新たなる探索者、ソフィ
少女が見つめる前で、戦いは始まった。
敵は、全世界を征服せんと覇を唱える、マキナ帝国の軍勢三百人。
対するは、この地の領主、ドミー男爵の軍勢二百名……いや。
鋼の機械を軋らせ、蒸気機関を轟かせ、一糸乱れぬ動きで迫りくる異形のマキナ軍を前に、ドミー男爵の手勢は明らかに腰が引けていた。
このままでは、帝国の進軍を許してしまうだろう。
帝国軍は一直線に、少女が住む村を目指していた。
少女の名はソフィ。
森にて帝国兵と遭遇し、恐らくはこの帝国軍を、村へと呼び寄せる原因となった少女だ。
「どういうこと……。どうしたらいいの……」
ソフィは震えながら、村の門の外側に佇んでいる。
村の中にはとてもいられない。
村人たちは、帝国軍がやって来たことについて、ソフィのせいだと噂をし合う。
表立って危害を加えてくるわけではないが、彼女を無視し、あるいは面倒事を彼女に押し付けるようになった。
「お願い……! 死なないで、全裸様……!」
ぎゅっと目を閉じて祈る。
彼女が信じる神は、光明神バルドルだ。
バルドルは、たかが一信徒の祈りに応じることはない。
答えが無いまま、ソフィーは願う。
自分を助けてくれた人の無事を。
今、ただ一人、帝国軍の前に立ちふさがった彼の身を。
その男は、ヒグマの毛皮に身を包んだ偉丈夫だった。
背は高く、肩幅も広い。
顔立ちは端正だが、その目は鋭い。
髪は金糸のように美しく、それを惜しげもなく短く切り揃えていた。
スタン。
そういう名であったはずだ。
エインヘリヤルを名乗る男。
ソフィを襲った帝国の兵士を、ただ一人で打ち倒した男。
その時に何故か全裸だった男。
神の使徒、戦乙女ヴァルキュリアを従えた男。
そして今……スタンと、帝国の軍勢がぶつかり合う。
村人の誰もが、男爵の軍勢の誰もが、その後の結果をこう予想しただろう。
無謀な一人の男が、鋼の悪魔を思わせる帝国の大軍に、為す術無く押しつぶされると。
スタンがただの人間であれば、その予想は当たっていただろう。
だが、その男は、普通ではなかった。
突如、大地が揺れた。
ソフィは慌てて、近くの壁に掴まる。
そしてハッとする。
この揺れに覚えがあったからだ。
「畑を耕した揺れ……! 全裸様の技……!?」
そう。
地を揺らしたのはスタン。
彼を中心とした大地が揺さぶられ、男爵の軍勢は悲鳴を上げながら倒れ込んでいく。
それは帝国の異形の兵士たちも例外ではない。
バランスを崩し、彼らは倒れ、あるいは動きを止める。
運が悪いのは、スタンの目前まで達していた者たちだ。
彼らはなんと、激しい縦揺れに襲われ、空に向かって打ち上げられていた。
「そぉいっ!」
かけ声が聞こえた。
スタンが空に向かって跳び上がる。
一蹴り。
男の一撃が空を切り裂いた。
打ち上げられた兵士たちが、立て続けに爆発する。
「全裸様!」
誰よりも早く体勢を建て直したソフィは、彼の無事を確認してホッと胸をなでおろす。
いや、それどころではない。
スタンは未だ、揺れの影響から抜け出せない帝国軍に向かい、悠然と歩き出す。
彼を止めようと、帝国の兵士たちが群がってくる。
「何あれ……! まるで巨人みたいに大きい……!!」
兵士の一人一人が、大柄なスタンよりもなお大きい。
だが、そんな怪物めいた連中が襲いかかるのを、彼は小動物に群がられているかのように、容易くつまんでは投げ捨て、あるいは吹き飛ばし、ずんずんと突き進んでいく。
「凄い……」
ソフィは一人、拳を握りしめていた。
村人たちも、村の入口から身を乗り出し、その光景を呆然と眺めている。
男爵軍に至っては、まるで悪夢でも見ているかのような顔をしていた。
やがて、スタンの前に立ちふさがったのは、赤と黒の甲冑に身を包んだ巨大な兵士。
明らかに他とはものが違う。
それがゴーレムと呼ばれる、大型動力甲冑であることを誰も知らない。
だが、ソフィが見つめるスタンは、そんな怪物を前にしてなお、大きく見えた。
巨大なゴーレムよりもだ。
「そこを通せ」
『排除、排除、排除……!! 危険、危険、エインヘリヤル……!!』
「こう……お前たちの本陣に近づくほど、妙な気配がするんだ。俺はその武器を、常備化してる。経験点を払って俺のものにした。つまり、俺の一部だ。お前ら……俺のアイテムを持ってやがるな?」
『意図不明……! 総攻撃を開始……!!』
ゴーレムが、巨大な槌を振り上げた。
スタンに向かって、叩きつけてくる。
これを、エインヘリヤルを名乗る男は、思い切り振りかぶった拳で迎え撃った。
「レベル5特技……破山撃!!」
拳が、熱を帯びる。
周囲の空気が熱されて揺らめいた。
拳と槌が衝突し、拮抗。
一瞬で拳が勝った。
槌が砕け散り、それどころか反動でゴーレムの腕が跳ね上げられる。
次いで発生したのは、衝撃波だった。
スタンの突き上げた拳に伴って生まれたそれが、ゴーレムの巨体に叩きつけられた。
鋼の巨体の全身に罅が入り、そして砕け散った。
ゴーレムの中に乗っていたのであろう、帝国軍の指揮官が落下してくる。
それと同時に、ゴーレムの中からキラキラと光るものが飛び出した。
光るものは空を舞い、くるくると周りながら……。
「あ……」
見上げたソフィの目の前に、落ちた。
深く地面に突き刺さったそれは、白銀に輝く短剣。
柄に赤い宝石を飾られた短剣は、武器というよりはまるで宝飾品だった。
「これ、全裸様の……」
短剣を思わず、ソフィは拾い上げていた。
ユニークアイテム。
それはスタンが持っている、世界を揺るがすほどの力を秘めたアイテムの一つ。
常人であれば、それを手にすることは出来ない。
例えば機械神などの神の加護があるか、あるいはアイテムそのものによって選ばれた者でもなければ。
そんな武器を、ソフィは拾い上げていた。
途端、彼女の脳裏に声が響く。
『運命に導かれし者。そなたに“命題”を授けましょう』
「えっ!? だ、誰!?」
『我は完全。始まりであり終わり。アゾット。そなたを探索者、“ホワイトメイジ”に導く者です』
次の瞬間、ソフィが光に包まれる。
そして彼女は理解していた。
自分が今、全く違う存在に変わってしまった事を。
「白魔道士、錬金術師、放浪者……。それが、私……?」
呆然と佇むソフィを、上空から見下ろすものがいる。
青い鎧の乙女。
ヴァルキュリアのゴール。
「エインヘリヤルの影響を受けて、新しい探索者が生まれちゃったわね。でも、旅の道行きにはお供がつきものじゃない?」
※全裸様
まだ全裸様呼びである。
※光明神バルドル
天に住まう神々の一柱。
裁定の神ともされ、一度決した結果をより素晴らしい形へと変化させる権能を持つと言われている。
※常備化
ラグナロク・ウォーでは、アイテムは経験点を払って購入する。
一度購入したアイテムは、消耗品であっても消費されず、ある程度の期間が過ぎると自動的に補充される。
常備化したアイテムは、近くにあると所有者には分かるようだ。
※ホワイトメイジ
白魔道士。戦士、密偵、白魔道士、黒魔道士の4つは基本クラスと呼ばれ、この4つを極めることでエインヘリヤルに至る。
スタンは戦士。ゴールは密偵。