俺、光るワラジムシを拾う
「男爵の所までどれくらいかかるんだ?」
結構歩かされそうだったので、俺は徴税官に聞いてみた。
奴はあごを摩りながら、
「三日も行けばつく」
とか抜かすのだ。
三日も歩いていられるか。
「そうか。では方角だけ教えるのだ。お前を担いでそっちに走ろう」
「な、なんだと!? ぎえー!」
「さあどっちだ! 教えないと適当な方向に走るぞ!」
「あ、あっち! あっちだ!」
「よし!」
確認と同時に、俺は全力疾走を開始した。
時速86キロのダッシュである。
唖然とする男爵の軍隊を置き去りに、猛烈な勢いで走る。
「大体、あの軍隊が移動する速度がスタンの1/20くらいだね。20倍の速さでつくよ」
ふわふわと空を飛びながら、ゴールが計算する。
ヴァルキュリアは飛べるのか!!
いいなあ!
だが、翼が無い俺は走るしかない。
失ってしまった装備の中には、空を飛べる鎧もあったのだが。
くそう、必ず回収してやる。
俺は徴税官を担いだまま、道を走っていった。
そう、道だ。
舗装されてはいないが、踏み固められてそれなりに広い幅で道が出来ている。
俺は凸凹道でも速度が落ちないが、こうやって足元が平坦なら、担いだ徴税官を揺さぶらずに済むというものだ。
いけ好かない徴税官と言えど、その身を心配する程度には俺の心は広いのだ。
「おえええええ! 気持ち悪いいいいいい」
徴税官の口から、後方にキラキラしたものが流れていく。
うわあ、ばっちい。
ということで、俺は一時間で男爵の屋敷に到着したのだった。
結構走ったな。
下ろした徴税官が、蹲ってげろげろしている。
まだ吐くものがあるのか……。
「彼が吐いてると、男爵とやらに会えなくないか?」
「そうねー。でもあたし、この人間の気持ち悪いの治す手段がないんだよね。アイテムは持ってないし、魔法は攻撃用のしか装備してないから」
「俺もなあ。装備はないし、まして魔法は……あったわ」
アイテム欄を見てみたら、1レベル魔法が二つほど記載されていた。
低レベルだが、実に汎用性が高い魔法だったので、キャラクターシートに書き付けて置いたのだった。
早速俺は、ヒールとキュアを装備した。
ヒールは使用者のレベルに準拠したHP回復。
キュアはバッドステータス……略してBSを回復する魔法。
ただし、どちらも発動に手間がかかるので、戦闘中は手が空いてない限り使えない。
これを覆せるのは、補助の専門職だけだな。
「それ、キュアだ」
俺の手が光り輝いた。
光は徴税官に降り注ぎ、彼の乗り物酔いらしき状態異常を瞬く間に回復する。
「お? おおお? 気持ち悪くない……。お、お前、魔法も行使できるのか?」
「うむ。汎用特技のリードマジックは経験点で取得できるからな。お陰で戦士だが魔法を使えるぞ」
ラグナロク・ウォーでは、リードマジックという特技を取得することで、ホワイトメイジとブラックマジシャンという、二つの魔法職以外でも魔法を取得できるのだ。
この世界ではどうだか分からないが、俺は経験点消費で簡単に取得できるこの特技を重宝していた。
失ったアイテムの中には、強力な魔法も入っているのだぞ。
「なんと器用な……。というか、既に男爵のお屋敷についているではないか!! ちょ、ちょっと待っているのだぞ!」
徴税官は跳び上がるように起きて、屋敷に中に駆け込んで行った。
すっかり元気になったな。
「なんか、スタンに担がれる時よりも元気になってない?」
「何気に腰痛とか肩こりとかのBSがあったのかも知れんな。ほら、キュアはレベル依存で効果が拡大するから、俺のキュアは一度に三つまでBSをまとめて回復するんだ」
そして、徴税官を待つ。
俺は退屈で、あっという間に焦れてきた。
「さて……戻ってこないな」
「まだ五分も経ってないじゃん」
「そうかあ……。自分の意思で暇になるのはいいが、他人の都合で暇になるのは時間が長く感じるな。まだ来ないかな?」
「まだ六分くらいしか経ってないよ」
「ぐぬぬ」
涼しい顔で、塀に寄りかかっているゴール。
彼女は待つのが苦では無いようだ。
俺は、現実世界にいた時、仕事などで手持ち無沙汰な時はスマホを覗く癖がついていた。異世界にはスマホを持ってこれていないため、こういう突発的な退屈に対応する術を持たない。
仕方なく、その辺の石をめくってみて、下にいる虫をほじくり出したりして暇つぶしをすることにした。
「おお……! おいゴール、来てみろよ! ワラジムシがキラキラ光ってる……!」
「マジで!?」
突如、テンションが上がる俺たちである。
手の平の上に光り輝くワラジムシを乗せ、俺とゴールで品評会を始めた。
やれ、突然変異だ、やれこの世界では一般的なのかも知れない、様々な意見が飛び出す。
実に興味深い。
「おい、お前たち!」
「これは父上に報告すべきかもしれないね。うちの主神、ああ見えて昆虫好きだから」
「オーディンって虫が好きだったのかー。カブトムシ好きそうだよな」
「おい! おーい!!」
なんだなんだ。
盛り上がる俺たちの背後で、叫ぶ者がいる。
あっ、忘れていた。
徴税官である。
「どうしたんだ徴税官よ」
「どうしたじゃなーいっ!! 男爵の準備が整われたのだ! こっちに来い!」
この徴税官も、俺の力やヴァルキュリアのゴールを前に、この上から目線を続けられる辺り、大物かもしれない。
ちょっと見直しておこう。
さて、では男爵とやらと顔合わせだ。
※魔法を装備する
ラグナロク・ウォーでは、魔法は武器や防具と同じ用に、装備して使用することになる。
この時、魔法的な右手、左手、両手装備の魔法、と区別される。
※ワラジムシ
石の下などにいる、ダンゴムシに似ているが丸くはならない、フナムシと近い仲間。
ミズガルズのワラジムシは美しく輝くようだ。
キッズ(とキッズの心を持った大人)はワラジムシ大好き!