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雑な導入部分

「いよっし、レベルアップ作業終わった! これで……レベル90のエインヘリヤルが完成だ!」


 深夜の賃貸マンションの一室。

 俺は一人で快哉を上げる。

 目の前にはパソコンのディスプレイと、そこに映し出された自動計算ソフトを用いたキャラクターシート。

 いわゆる、TRPGと呼ばれるゲームのプレイヤーキャラクターが記載されているものだ。


「戦士30レベル、神の落とし仔(バスタード)20レベル、騎士20レベル、そして戦王(バトルマスター)20レベル……!」


 それは、俺が作り上げたキャラクター。

 今までおよそ、百回にも及ぶ連続(キャンペーン)シナリオを終え、ひよっこ冒険者だった俺のPCプレイヤーキャラクターは、エインヘリヤルと言う神の戦士に成長していた。

 しかも、全てのレベルがカンスト。

 ここまで遊ばせてくれたGM(ゲームマスター)氏には感謝しかない。

 今宵、最後のセッションを終えた俺。

 ゲームの名前は、『ラグナロク・ウォー』。

 北欧神話をモチーフにした、ファンタジーもののTRPGだ。

 一介の冒険者として旅立つPCは、様々な冒険を経て、やがて世界の終わりを知り、滅びを呼ぶ終末の巨人族や諦観に支配された分からず屋の神々、遠い星辰より飛来して世界を書き換えようとする異貌の神々との戦いに身を投じることになる。

 ということで、それら全てを退け、世界を滅ぼす最後の戦い、ラグナロクを超えて俺のPCは新たな世界へと至った。

 他に三人の仲間たちも一緒だ。

 時刻はすでに、日付が代わって久しい。

 明日は仕事がある俺だったが、それでも今日は寝付けそうになかった。


「最高だったわ……。オンラインセッションで週一で遊んで、九年にも渡るキャンペーン……。お前もよく、頑張ってきてくれたなあ」


 ディスプレイに写る、マイPCに声を掛ける。

 その男の名は、スタン・レイクス・ウィルコット。

 俺が九年間のキャンペーンを共にしたキャラクターだ。

 今夜の成長で、こいつは全てのクラスのレベルをカンストした。

 もう成長することはないし、さらには、こいつで遊ぶ事だってもう無い。

 スタンは引退だ。

 ラグナロク・ウォーの世界を極めつくしたキャラクターであり、俺はこいつと共に、あの世界を遊び尽くした。


「お疲れさん、スタン。来週からはお前で遊べなくなると思うと、ちょっと寂しいなあ」


 俺はそう呟きながら、冷蔵庫から取り出してきたビールを開けた。

 明日も仕事だし、もう深夜だ。

 だが、人間、それでも飲みたい時はある。

 この日のために買ってきた、お高いビール。

 キンキンに冷えたこいつを、ディスプレイに写るシートに掲げた。


「乾杯!」

『最強の戦士、スタン。いいじゃない、いいじゃない。こんなエインヘリヤルを待っていたのよ』


 ビールを口に運ぼうとしていた俺は、突如聞えた声にのけぞった。

 危うく、お高いビールをこぼすところだった。


「誰っ!?」


 立派な中年と言える年頃の俺が、甲高い悲鳴を上げるわけだ。

 大変様にならないが、怖かったんだから仕方ない。

 のけぞった先には、上下さかさまになった女が座っていた。

 俺の背後にはベッドがあるから、彼女はベッドに腰掛けているのだ。


『あら、あたしが見える? ってーことは、あなたがこのエインヘリヤルの魂なのね?』


 彼女は、一言で表すならばコスプレイヤーだった。

 身に纏った青い鎧は美しく、翼を象った紋章があちこちに刻まれている。

 腰から下はスカートになっていて、スリットからは生足が覗いていた。脛から下はグリーブに包まれているとは言え、独身男にこの真っ白な肌は大変刺激が強い。


『なーんか、冴えない魂だなあ』


 彼女は身を乗り出して、俺を覗き込んできた。

 うわあ、近い近い!

 緑色に輝く髪が俺にかかる。

 瞳の色は、眩いほどのエメラルドグリーンだ。


「な、なんだあんた! どっから入った!? 鍵は閉めたはず……あれ? 閉めた? もしや、独身男性を狙って忍び込んでくる痴女……」

『失敬ね!? あたしは見ての通り、立派なヴァルキュリアなんだから! 来るラグナロクに備えて、エインヘリヤルを全世界から集めて回ってるのよ!』

「ヴァルキュリア……戦乙女かあ。そういう設定なん?」

『信じなさいよ! むきー! だったら分からせてやろうじゃん! えー、テステス。親愛なる父上。あなたの娘、ヴァルキュリア・ゴールがいいものを見つけました。すっごいエインヘリヤルです。今から連れて来まぁす』

「軽っ。それに、これは俺が作ったキャラクターであって、俺じゃないんだけど……」

『問題ないって。だってそれ、魂が篭ってるでしょ? ……と、父上からの承認も降りた! さあ行くわよ、スタン!』


 ゴールという名の彼女が立ち上がり、俺の手を引く。

 一介のサラリーマンでしかない俺は、彼女の見た目に寄らない馬鹿力に引き起こされ……。


「ちょっと待ってくれ! いい加減寝ないと、明日の仕事が!!」

『問題ないって! だって永久に戻って来れないんだもの! 楽しいわよう、ラグナロクは!』

「戻って来れないだとお!? や、やめろー!?」


 俺とゴールの周りに、ふわふわっと光の輪が浮かび上がる。

 次の瞬間には、部屋の床が抜けていた。

 壁も消し飛んだ。

 天井だって無くなった。

 ただ一つ、俺のパソコンだけが変わらずに、スタンのキャラクターシートを映し出している。

 やがてシートは俺の視界いっぱいに広がり……。

 

※ラグナロク・ウォー

 2000年代後半に発表されたファンタジーTRPG。

 北欧神話をベースとしており、これにいわゆる中世ヨーロッパ的世界、スチームパンク、世紀末的世界、果ては宇宙までを加えた、広大な舞台を持つ。

 シーン制のTRPGで、

 導入部であるオープニング、ないしはプロローグ

 本編であるミドルフェイズ

 シナリオの最終戦闘であるクライマックスフェイズ

 エンディング、で構成される。


※エインヘリヤル

 神の戦士。

 超強い。

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