94.人間の城
エミリエンヌに、ヴァシュタルのことは任せて下さいと言われて、私は魔王様の監督するお城建設の方を手伝っていた。主に、悪魔城化しそうになる内装を食い止めるお仕事だ。ついでに、魔王様と一緒に内装のデザインもさせてもらってる。
城の建造を始めてから十日目。外から見た感じ、もうだいぶ城の形になっていた。建材も建築も魔法で作って魔法で進めてるから途轍もなく早い。そういえば、おやつ部屋造るのも早かったなぁ。
今日も、私は魔王様にお願いして内装用の絨毯やら机やらを作ってもらっていた。ジラルダークは積極的に悪魔城化を止めないから、気付くとしれっとトゥオモさんが骸骨のランプを抱えてたりする。
他の部屋の内装を整えようと廊下を魔王様と歩いていたら、でっかい目玉を抱えたホラー同好会三人と出会った。慌てて横から奪うと、カラカラと快活にトゥオモさんが笑う。何だこりゃ!浮き上がる血管まで精巧に作るな!
「またもう!禍々しいもの作って!」
「ハッハッハ、これは防御の結界を張るランプですぞ、御后様!」
「結界を張るランプなのはいいんです、問題は見た目なんですってば!」
「ふむ……。桃色にすれば……怖くない……でしょうかねぇ……?」
いつも通り、ゆらゆらと体の軸を斜めに据えているヴラチスラフさんの言葉に、私はぶるぶると首を振った。違う、そうじゃない。隣のジラルダークは、とても楽しそうに私を見ていた。くそう、からかって遊んでやがるな、魔王様。
「目玉じゃなくって、普通の形状のランプはないんですか?」
「儂らで造ったことはないですな」
からりとフェンデルさんも笑う。今まで、魔王様はホラー同好会の好きにさせてたようだ。そんなに興味がない、というか、頓着してないっていうのが正しいかな。いやでも、ここアサギナの人が使うんだよね。たまに見かけるアサギナの人は、私が悪魔的内装を食い止めてると、魔王様たちに見えないように何度も頷きながら目で訴えてくる。アサギナの人は悪魔に意見できない分、私へと訴えかけてくる表情は必死だ。
私は取り上げた目玉のランプへ視線を向ける。ジラルダークは、私が両手で抱える目玉のランプに手を添えた。ぼんやりとジラルダークの手が光って、目玉はガラス製の灯油ランプのような見た目に変わる。さっき、執務室の内装を飾っていた時に私がジラルダークにお願いして作ってもらったのと同じヤツだ。
「見えるところは、これに統一させるか」
「おお、かしこまりましたぞ、陛下!」
トゥオモさんが、どこに隠していたのか目玉を取り出して、ジラルダークが見せたランプと同じ形に変える。ああ、よかった。アサギナのお城はどうにか普通になりそうだ。ホラー同好会三人組は、まだ建築中のお城の上階へと向かって歩いていく。
「明日か明後日には城の建造を終えるか。あちらの調子はどうだろうな」
ジラルダークはそう言いながら、城の大きな窓から庭へと視線を向けた。荒れていたお城の周りはもう、悪魔たちとアサギナの人たちによって綺麗に整えられている。元々がどんな風景をしていたか分からないけれど、城の外には悪魔城とは違って真っ当な庭園が広がっていた。
庭園には、白色を基調にしたテーブルや椅子が誂えられてる。そこにいるのは、ヴァシュタルとボータレイさん、エミリエンヌ、それからメイヴだった。メイヴは私たちの視線に気付くと、ふんわりと浮いてこちらへやってくる。窓をすり抜けて、メイヴは私の肩に抱き着いてきた。
「メイヴ、お疲れ様。ヴァシュタルの方は順調?」
「ふふふ、愛されし子もお城の飾りは順調かしら?」
メイヴはヴァシュタルのことに答えずに、私の顔を覗き込んで首を傾ける。順調だよと頷くと、メイヴはにっこりと笑った。メイヴと私を見て、ジラルダークは思案するように口元に手を当てる。
「俺も一度、様子を見てくるか。カナエ、精霊の王と作業を続けていてくれ」
「うん、分かった」
ジラルダークは頷いた私の頭を撫でると、そのまま瞬間移動して消えていった。残された私は、メイヴを連れて建築中の大広間に向かう。あそこはまだ、内装に着手していないはずだ。ホラー同好会が手を回してなければだけど。
メイヴは宙に足を投げ出してひらひらさせながら、歩く私の肩に抱き着いている。ヴァシュタルの所へ戻ろうともしないから、今度は私の方を手伝ってくれるのだろう。
「ねえ。愛されし子は悪魔の王の城はあまり好きではない?」
歩きながら、メイヴが尋ねてきた。純粋な疑問といった様子の彼女に、私は軽く首を捻る。
「うーん、そうだなぁ。悪魔城も住んでると案外慣れるっていうか、別に嫌いじゃないんだけどね」
「じゃあ、もっと好きな飾りがある?」
小首を傾げるメイヴに、私は考えた。ぶっちゃけ、悪魔城の飾りは、今となってはもう嫌いじゃない。私がこの世界に飛ばされてきてから、もう半年近く経つんだ。最初の一ヶ月はのんびりログハウス暮らしだったけど、魔王様に見初められてからはほとんどを悪魔城で過ごしてきた。悪魔城の悪趣味な装飾は、むしろ自分のテリトリーに来たようで落ち着くくらいだ。
「こだわってるわけじゃないんだけど、えっと、その、これは魔王様には秘密だよ?」
私は唇に人差し指を当ててメイヴに言う。メイヴは、目をキラキラさせて私に耳を寄せた。人間だろうと悪魔だろうと精霊だろうと、女同士の内緒話はワクワクするようだ。
「ジルと一緒に部屋の内装を考えるの、楽しいんだ。その、アサギナの人には悪いし、不謹慎だって分かってるんだけど……」
「あら。ふふふ、可愛いわね、愛されし子。悪魔の王の世界を聞けるのが嬉しいのね」
「うん。ジルの世界ではこういうの飾ってたんだなとか、ジルはこういう装飾が好きなんだなって知れるから」
「愛されし子は本当に、心から悪魔の王を愛しているのね」
「うう……、はっきり言われると恥ずかしいよ、メイヴ」
くすぐるように笑いながら、メイヴが赤くなっているだろう私の頬をつつく。私はお返しにメイヴの頭をくしゃくしゃと撫でた。
さて、と。応接間の内装を仕上げちゃおう。シャンデリアと暖炉、それから大きめのテーブルにあわせて椅子を数脚、メイヴに作り出してもらった。ヨーロピアンな感じを頭に思い描いていると、メイヴは綺麗ねとシャンデリアを見て微笑む。
「よし、ここはこれで大丈夫かな?」
応接間全体を眺めて頷いていると、目の前にジラルダークが現れた。おお、びっくりした。ジラルダークは応接間を見回して微笑む。
「ありがとう、カナエ。とても落ち着く空間だな」
「足りないものがあったら言ってね」
頷いて、ジラルダークが私の頭を撫でた。ジラルダークの大きな手に撫でられると安心するなぁ。メイヴはふわりと宙に浮くと、軽く首を傾ける。
「魔の狼の子は、悪魔の王から見てどう?」
メイヴの言葉に、ジラルダークは肩を竦めた。特に何も答えなかったけど、メイヴは何か納得したようにくるりと宙で回る。
「ふふふ、そう。もう少し頑張らないとダメね。じゃあ行ってくるわ、愛されし子」
メイヴはひらひらと手を振って、壁をすり抜けていった。私は同じように手を振ってメイヴを見送る。それから、隣に立つジラルダークを見上げた。
「ヴァシュタルをアサギナの領主にするの?」
「アサギナの民は、ヴァシュタルを俺たちと同じ悪魔だと見ている。あいつが魔物との混血ということは、アサギナの民は皆知っているようだからな」
そうか。魔物が進化したのが悪魔、っていうのがニンゲンの常識なんだっけ。元々悪魔のことを忌避していたし、魔王様が力を見せつけたのもあってか、アサギナの人たちは基本的に話しかけてこない。必要最低限、近付くことはあるけれど、ジラルダークやフェンデルさんたち悪魔に話しかけてくるのは、ルベルトさんっていうアサギナの兵士の隊長さんみたいな人だけだった。
「現状を覆せるほどの主になれるか、民を従える先導者になれるか。それまではルベルトか他の誰かを軸にして俺が管理するしかあるまい」
ジラルダークはそう言って、小さく息を吐く。
「正直、ニンゲンを管理下に置く上で悪魔が領主をした方がいいかもしれないと考えてはいたところだ。奴は魔物との混血だが、肉体的に成長もしているようだし、俺たちのような不老ではないだろう。上手く、領主を引き継いでいけるようなシステムができればいいのだが」
「そっか……」
こう見えて、ジラルダークは数百年生きているんだ。不老であるということは、それだけジラルダークは王としての経験を積んできてる。悪魔の領主もみんなそうだ。
「こればかりは、悪魔である俺たちが見ていくしかないだろう。民に寿命があるが領主は変わらずにいたほうがいいのか、同じニンゲンが収まるべきか」
ジラルダークは言わなかったけれど、そもそもニンゲンが悪魔の領主を受け入れるかどうかも分からない。どうすればいいんだろう。私が力になれることは、何だろうか。
口元に微かな笑みを浮かべて、ジラルダークはまた私の頭を撫でた。私は撫でられるまま、彼を見上げる。
「それでも、国を造る時よりは楽だ。俺が守るべきは悪魔であってニンゲンではない。最悪、面倒だと感じるならば更地にしてしまってもいい。俺は魔王なのだからな」
「ふふっ、そうだね。魔王様だもんねぇ」
きっと、ジラルダークはその道は選ばない。私にだって分かる。だからこそ、ジラルダークの負担を減らしたい。私は魔法を使えないし、政治やら経営やらに詳しいわけでもないけれど、これは私が考えなきゃいけないことだ。
よし、と心の中で気合を入れていたら、ひょいっと体が浮く。ジラルダークの顔が一気に近くなって、ああいつものように抱き上げられたのかと気付いた。いきなり抱っこされるのにも慣れてきたなぁ。
「さて、次はどの部屋を飾ろうか」
やわらかく目を細めて、ジラルダークが私の顔を覗き込む。……何となく、だけど。さっきメイヴに話してたことがバレてる気がするぞ。心配性な魔王様のことだ、ヴァシュタルの相手をしながらこっちも見てたんじゃないか?うん、あり得る。というか、それしか考えられない。
私はジラルダークをジトっと睨んだ。バレたと察したらしいジラルダークは、尚も楽しそうに口元を吊り上げている。こんにゃろうめ。
「こちらにも、魔王と妃の寝室を作らせるか」
「さすがに私物化しすぎです、魔王様」
私がそう言うと、ジラルダークは喉を鳴らして笑った。楽しそうな彼に、覗かれていたことを許してしまう私も大概だと思う。私は魔王様に抱っこされて何処かへ連れていかれながら、彼の頬をつねったりわかめヘアーをくるくる指に絡めてみたりしてた。
もちろん、その後本気で寝室を作らせようとする魔王様を止めたのは言うまでもない。




