80.人気の茶室
ジラルダークにじっくりたっぷり魔法を教わった翌日、私はお勉強の休憩がてら、おやつ部屋に来ていた。悪魔城に戻ってきてから不定期にはなったものの、手の空いてる魔神さんが訪れてくれてる。
今日おやつ部屋に来ているのは、グステルフさん、ナッジョさん、リータさんとベーゼアだ。顔面殺人鬼と海坊主に挟まれた中性的なイケメンの図が、こう、何とも面白い。顔面偏差値って、時に残酷だ。
「ナッジョさんは魔法も使って攻撃するんですよね?」
話題はもっぱら、戦闘に関してだ。ケーキつつきながらだと何とも不釣り合いな話題だけど、今ここには魔王様直轄の軍の総大将に、奇襲部隊の隊長、王国軍育成地の補佐官と揃ってるんだ。こりゃ聞くしかないよね。
私の言葉に、へいと頷いたナッジョさんは、分かりやすく立てた人差し指の先に炎を出して見せた。
「おお!」
「まあ、俺の戦闘スタイルの遥か高みにいるのが陛下ですがねェ。その点、グスティは魔法もなしにこの強さですぜ」
「……褒めても何も出んぞ」
ナッジョさんの言葉に、ぶっきらぼうにグステルフさんが応じる。照れてるのか。可愛いな、グステルフさん。
「グスティさんは、魔法を使う敵と戦う場合、どうやってるんですか?」
私の疑問に、グステルフさんは少し考えて、短く頷いた。
「押し切ります」
お前も力こそパワータイプか!脳筋か!肉体言語主義か!ちょっと考えた末に出てきた答えがこれか!
「押し切ろうとして押し切れるものでもないと思いますが」
くすくすと忍び笑いながら、ベーゼアが言う。ベーゼアは魔法中心の戦闘スタイルなんだよね。最近は随分と近接戦闘にも慣れてきたようだ、って魔王様が言ってた。
「グスティさんとナッジョさんの戦いぶりは、ここに来てすぐに見せてもらいましたよね」
もう、随分と懐かしい。あの時は、まさか自分が精霊と契約するなんて思ってもいなかった。魔王様にびっくりして、魔神さんにびっくりして、魔法に驚いていた記憶しかない。ひたすら、驚きの連続だったなぁ。
「お恥ずかしい限りです」
「今なら、あの頃よりもちょっと分かります。魔王様がとんでもないんだって」
「随分と近付けたと思えば、その分遠ざかる。自分も、強さを求めるほど陛下の恐ろしさを感じます」
グステルフさんが、しみじみと告げる。うんうん、と他の三人も頷いた。私も一緒に頷かせてもらおう。
「昨日は精霊王と戦っていましたけど、魔王様、精霊王の魔法を真正面から斬ったり、精霊王蹴っ飛ばしたりしてましたもん」
あれは酷かった。攻撃の勉強とかそういうレベルじゃない。そもそも、何をしているのかを解説してもらわないと全く分からん。今度から、バトル漫画をリスペクトして解説係を用意しよう。
「精霊王を……」
「蹴り飛ばせる、のですか……」
あ、ナッジョさんとリータさんが引いてる。ドン引きしてる。二人の口元がヒクヒクしてる。グステルフさんは、もっと強くならねばとばかりに拳を握り締めてた。
「攻撃に関しては陛下にお尋ね頂くよう申し上げましたが、あまり参考にならないやもしれませんね」
気を取り直して、といった風に、リータさんが言う。一応、あの後解説してもらったんだけどね。どこでどんなふうに解説されたのかは、うん。思い出さないようにしよう。
「ええと、魔王様には、雷を大地で抑えて、風と聖属性を風と闇属性で叩き切って、毒を毒で相殺して、火を水で消した、って教えてもらいました」
「カナエ様、差し出がましいようですが、後程、基本的な魔法属性の相性表を作成してお渡しいたします」
隣のベーゼアが、真剣な顔で私を覗き込んできた。お、おう。それはありがたい。けども、ベーゼアがそう言うってことは、ジラルダークに教えてもらったこれはあんまり参考にできないのかな?
そう思ってリータさんを見ると、それその通りだとばかりに頷かれた。
「よ、よろしくお願いするね?」
「はい、必ず」
「陛下の魔力はとんでもねェですから。火に水を当てても、相手の火力が勝ってりゃ蒸発しちまうんですよ」
「あ、なるほど。確かに言われてみればそうですね」
そりゃそうだ。あんな火柱にちょっと水かけたところで収まるはずがない。じゅわっと消されちゃうだろう。
「確実とされるのは、大地で封殺することですね。大地の壁をそのまま防御に転用できますので、奥方様と相性がよろしいかと」
ふむふむ。天ぷら油の火災に布団被せるみたいなイメージかな。よし、メモ帳に書いておこう。いそいそと懐からメモ帳を出して教えてもらったことを書き留めていると、リータさんが頭を下げた。
「出過ぎたことを申しました。どうぞ、今はご休憩下さい」
「あ、気にしないでください。私から聞いたことですし、何よりこうして教えてもらうの、楽しいんです」
魔法なんて夢って世界から来たからね。自分が直接使うわけじゃないけれど、色々新鮮で楽しい。
「後でカナエ様の手帳を添削致しますね。陛下の魔法は、応用が過ぎます」
「あはは。うん、ありがと、ベーゼア」
なんて談笑しつつケーキを食べ終わる頃、おやつ部屋の扉がノックされた。気配を感じていたのか、ベーゼアがすぐに扉の方へ向かう。誰だろ?
そう思って扉の方を見ていたら、ちょこんと二つ、金色のふわふわ巻き毛が覗いた。見慣れたふわふわに、私は思わず笑う。
「ノエ、ミスカ、どうしたの?」
呼ぶと、二人は恐る恐る扉の陰から顔を出した。
「カナエ様にお菓子、作ったの」
「カナエ様、最近お忙しいから」
順番じゃないのにごめんなさい、と二人は叱られた子供のようにしょんぼりしている。そんなこと気にしなくていいのに。
「大丈夫よ、いらっしゃい」
立ち上がって、ウエルカムと両手を広げると、花が咲くように笑って二人が駆け込んでくる。抱き着いてくるノエとミスカを受け止めて顔を上げた先、二人の後ろについていたベーゼアが苦笑いを浮かべていた。
「ノエ、ミスカ。陛下に叱られますよ?」
「大丈夫だよ、カナエ様の後ろにいれば」
「大丈夫、大丈夫。カナエ様がいるもん」
この悪戯っ子たちめ。お菓子作ったんだよ、ときれいな袋に入ったクッキーをありがとうと受け取りつつ、私は二人のふわふわの髪の毛を撫でる。そんな様子を、リータさんは微笑ましそうに、ナッジョさんは苦笑いで、グステルフさんは片眉を上げて見ていた。
「そろそろお暇致します。双子も、自分が引き取りましょう」
席を立ちながら、グステルフさんが言う。途端に、抱き着いてくる二人の力が強くなって、私は笑った。やだやだとごねる二人の首根っこをむんずと掴むと、グステルフさんは一礼しておやつ部屋を出ていく。
「ほんじゃ、俺も仕事に戻りますかね。またご一緒させてくださいよ、カナエ様」
ぐいっと背伸びしながら、ナッジョさんもおやつ部屋を後にした。私はノエとミスカから貰ったクッキーを抱えて、屈めていた腰を起こす。
「私たちも、鍛錬場に向かいましょうか。早いところ、咄嗟に相殺できる属性で防御できるようにしないとですもんね」
「お疲れではございませんか、カナエ様。あまりご無理はなさいませんよう。このベーゼアも、非力ながらカナエ様をお守り致しますから」
「ありがと、ベーゼア」
心配そうに顔を覗き込んでくるベーゼアに、私は微笑んで答えた。ふと、立ち上がったリータさんが耳元に手を当てる。どうしたんだろう?何か魔法で連絡がきてるのだろうか。ベーゼアも、何か聞くように少し顔を俯かせていた。
「奥方様、御前を失礼致します。大変不服ながら、頭の痛い急用ができまして、一度領地に戻らせて頂きたく存じます。お許し頂けますでしょうか」
きびきびとした動作で私の前に跪いたリータさんが言う。不服で頭が痛い急用ってなんだ……?
「も、もちろんです。こちらは気にせずに、早く向かってあげてください」
急用だって言うなら、そりゃそっちを優先するべきだ。私のお勉強なんて、みんなの片手間でいいんだから。
「ご厚情を賜り、深謝申し上げます。片付け次第、即座に参りますので」
リータさんは律義に挨拶をして、魔法で飛んで行った。一体、何があったんだろう。不服で頭が痛い急用……。見当もつかない。何か知ってるかなと思ってベーゼアを見上げても、ベーゼアは苦笑いを浮かべるだけだ。
一体何なんだろうと首を傾げていたら、またもおやつ部屋の扉がノックされる。ベーゼアが応対して迎え入れたのは、エミリエンヌだった。
「エミリ!体調は大丈夫?」
「もう、カナエ様ったら。エミリはずっと元気ですわ」
エミリエンヌはくすぐるように笑って、とことこと私のところまでくる。可愛らしく小首を傾げるエミリエンヌを、私はしゃがんで抱き締めた。
「あら、役得ですわ。ばれたら陛下に叱られてしまいますわね」
ふざけて笑うエミリエンヌに、私もあははと笑う。私が解放すると、エミリエンヌは後ろ手に持っていた何かを私に差し出した。
「私からもカナエ様へプレゼントですの。受け取ってくださいまし」
「わあ、ありがとう!」
エミリエンヌがくれたのは、可愛らしい包装のキャンディーだ。ノエもミスカもエミリエンヌも、甘いものを差し入れてくれた。ってことは、そんなに疲れて見えるのか、私。はあ、寄る年波には勝てないのねぇ。
「違いますわ、カナエ様。ノエもミスカも私も、カナエ様への賄賂をお持ちしましたの」
遠い目をしてた私に、くすくすと笑ってエミリエンヌが首を振る。賄賂ってどういうことだと首を傾げたら、エミリエンヌは愛らしくも悪戯な笑みを浮かべた。
「次は、ご一緒にお茶致しましょうね?」
「なるほど。あはは、分かったよ」
そういうことか。確かにそれは賄賂だわ。袖の下ってやつだわ。受け取っちゃったから、呼ばないわけにはいかないもんね。
「次は三人を呼ぶね。賄賂、ありがとう」
にんまり笑って答えると、エミリエンヌは楽しみですわと花の笑みで頷いた。ほっこりと暖かい気分で、私たちはおやつ部屋を後にするのだった。




