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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
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79.奥様の勉強

 リータさんとメイヴと、精霊の勉強をし始めて一週間。随分と精霊について詳しくなった、と思う。防御するにも色んな種類があるって分かった。不意打ちを食らっても大丈夫な全身を覆う結界や、攻撃自体を受け流してこちらからの攻撃に転換するやり方、衝撃を吸収してしまうという手もある。攻撃方法は、ジラルダークに今、少しずつ教わってるところだ。

 今日も、ジラルダークにくっついて鍛錬場に来ている。ここのところ体を動かしていなかったから、とジラルダークは言っていた。


「本当に大丈夫、だよね?」


 鍛錬場の中央には、ジラルダークとメイヴが立っている。メイヴは、立っているというか、浮かんでいるんだけど。

 私は、魔王様と精霊王の厳重な結界の下、二人の勝負を見守ることになっていた。


「ある程度、実戦で見たほうがカナエも分かりやすいだろう?」


「心配しないで、愛されし子。愛されし子が望めば、わたしは何度でも転生できるのよ」


 そこじゃない、そこじゃないよ、メイヴ。そもそも、転生するのを前提にしちゃダメなんだってば。

 ジラルダークに至っては、どうもメイヴが私と隷属契約したのが面白くないらしくて、いい憂さ晴らしになるとか呟いてたし。精霊の王様に向かって憂さ晴らししないでよ、魔王様。やってることが完全に悪役だよ、もう。


「さあ愛されし子、わたしの名を呼んで」


「ううう、でも……」


 私がメイヴを呼んだら、ジラルダークを攻撃しちゃうんだよね?そんなの、呼びたくないというか何というか……。いや、攻撃方法の勉強しなきゃいけないのは分かってるんだけどさ。


「やさしい愛されし子。悪魔の王には攻撃できない?」


「うん……」


 頷くと、いつの間にかそばに来ていたジラルダークに抱き寄せられた。ジラルダークの大きな手が、私の頭をよしよしと撫でる。


「すまない、嫌なことを頼んだな」


「ああ、愛されし子を悲しませたかったのではないの。ごめんなさいね」


「ふ、二人して甘やかさないでよ」


 駄目だ。この二人と一緒にいると、でろでろに甘やかされてしまう。これは勉強!勉強なんだから、頑張らないと!


「ごめんね、大丈夫。攻撃方法、ちゃんと覚えるから、二人に戦ってもらってもいい?その、絶対に、怪我しない程度で……」


「ああ、当然だ」


 ジラルダークの胸元から顔を上げて言うと、彼はやさしく目元を緩ませた。ちょん、と私の額にキスを残して、ジラルダークはまた鍛錬場の真ん中に戻っていく。

 私は気持ちを切り替えるためにぶるぶると頭を振って、すっかり厚みの増したメモ帳を手に取った。


「じゃあ、よろしくお願いします。メイヴ!」


「ええ、任せて愛されし子。いくわよ、悪魔の王」


「望むところだ、精霊の王」


 ぶわっ、と二人を中心に風が巻き起こる。ジラルダークは双剣を抜いてメイヴへ向かって踏み込んだ。メイヴは全身を青白く光らせながら、ふわりと宙返りしてジラルダークの剣を避ける。

 追いかけるように片足で強く地面を蹴ると、ジラルダークは重力を感じさせない身軽さで飛び上がった。メイヴはいくつか青い球を生み出しながら空を泳いで、一気に加速するとジラルダークの背後に回る。


 危ない、と思ったら、ジラルダークはまるで分かっていたかのようにぐるりと空中で回転して体勢を変えた。いつの間にか黄色く光っていた双剣を薙いで、メイヴの青い球を斬っていく。

 青い球は電撃か何かだったのか、バチバチと音を立てて霧散した。ついでとばかりに正面に捉えていたメイヴを蹴り飛ばして、ジラルダークは一度地面に着地する。


 メイヴは蹴られた勢いのまま空中を滑って、その軌跡に桜色の光を残した。桜色の光は竜巻のように渦を作る。ばさばさと揺れるジラルダークのマントが、メイヴの起こした竜巻の激しさを物語っていた。

 ジラルダークは迫りくる竜巻から逃げることなく、その場で十字に双剣を振るう。瞬間、竜巻が十字に割けて消えた。


「ひえぇ……」


 もう、一般人はぽかんと眺めるしかない。何がどうしてそうなってるのか、全く分からない。竜巻を切り裂くって、どういう現象ですか魔王様。


 今度は、ジラルダークの周りの空間に緑色の紋様のようなものが浮かんだ。メイヴは空中で踊るように腕を揺らす。メイヴが手をかざすと、紋様がロープのように波打ってジラルダークを締め付けた。ここぞとばかりに飛び込んでいくメイヴを、ジラルダークは焦る様子もなく迎え撃つ。

 青く光るメイヴの手刀を片足で受け止めて、受け止めた足を軸にもう片方の足でまたメイヴを蹴り飛ばした。何今の。魔王様、どんな身体能力してるんですか。


 それから、まるで埃でも払うかのように腕を振って、ジラルダークを縛っていたはずの緑の紋様を打ち消す。ど、どういうこと……?何でジラルダークは平然と抜け出せたの?あれ、メイヴの技、でしょ……?


 ドン引きする私に気付いているのかいないのか、ジラルダークとメイヴは尚も激しくぶつかり合う。メイヴが赤く光る両手を前に出した。と、思ったら、ものすごい熱風とともにいくつもの火柱が立つ。一瞬でジラルダークの姿が見えなくなった。ちょ、怪我しない程度って言ったよね、私。これ、大丈夫……?


 なんて心配、全く持って無用でした。突然現れた水の渦が、何本もの火柱を飲み込んで消えていく。水の渦を足場にして、焦げ跡一つないジラルダークが飛び出してきた。

 空中にいたメイヴを叩き落すと、ジラルダークは素早く着地して、メイヴの首元に切っ先を向ける。


 勝負あり。って、ここまでで何を勉強できた、私!?


「……属性魔法でわたしを抑え込むなんて、悪魔の王は規格外ね」


「加減をしておいて、よくも言う」


「お互いさまでしょう」


 つ、強すぎやしませんか、魔王様。最後の火柱と水の渦だけ、理屈は分かったけども。火を水で抑え込んだ、ってことなんだろうけども。規模がでかすぎでしょうよ。


「これ、参考になるのかな?」


 手元のメモ帳は、真っ白だ。今の数分の激闘で、何をどう学べと。目で追うのもやっとだ、っていうか、多分追えてないところもあったと思う。


 私は、澄んだ音を立てて剣を収めたジラルダークと、転がっていた地面からふわりと浮かびなおしたメイヴの元へ駆け寄った。見たところ、二人とも怪我はなさそうだ。


「二人とも、大丈夫?」


「ああ、問題ない」


「平気よ、愛されし子」


 駆け寄った私をひょいと抱き上げて、ジラルダークが微笑む。メイヴは、つんつんと私の頬をつついた。呼んで、って督促されてるらしい。


「メイヴ」


 呼ぶと、嬉しそうに笑ってメイヴが頷いた。私はジラルダークの服を掴んで、すぐ近くにある彼の顔を見る。


「ジル、強すぎ。参考にしようにも、ジルがすごい強いってことぐらいしか分からなかったよ」


 少しむくれて伝えると、ジラルダークはおかしそうに口元を緩めた。こんにゃろめ。確信犯か、魔王様。


「そうね。今のわたしと悪魔の王の戦いで分かることは、力で押し切れば勝てる、ってことよ」


 くすくすと笑いながらメイヴが言う。まさしくそれだ。ジラルダークは、しれっとした顔でそっぽを向いた。この野郎と思ってジラルダークの頬っぺたをつねると、指先にちゅっとキスをされる。全く反省した様子はない。


「ふふふ、悪魔の王によく教えてもらうといいわ。またね、愛されし子」


 メイヴは、ばいばいと手を振って風に消えていった。うん、そうしよう。魔王様に教えてもらおう。基本的には、メイヴが出した属性魔法?ってやつをジラルダークが打ち消してたんだもんね。

 私は抱っこされたまま、ジラルダークの胸元をメモ帳で軽く叩く。ジラルダークは、私に視線を向けて首を傾けた。


「ジル先生、お願い。教えて」


 ふざけて言った私に、ジラルダークは目を見開いて息を飲んだ。ん?どうしたんだ、魔王様?


「……分かった。ベッドの上でもいいか?」


「だっ!?」


 ベッドの上?!いつからそんな艶っぽい話になった!攻撃方法のお勉強のしてたでしょうよ!


 私を抱えたまま、ジラルダークは歩き出す。こらこらこら!こっち、寝室の方だよね!?寝室向かってるよね、魔王様?!

 ばたばたと暴れてみても、ジラルダークの腕からは抜け出せない。そりゃそうだ。さっきの戦いでも分かる通り、この魔王様の力は凄まじいのだ。


「ちょ、ジル!」


「一つずつ、教えてやろう。じっくりとな」


 ぺろりと妖艶に唇を舐めて、ジラルダークが笑う。肉食獣のような笑みに、私はぶるりと体を震わせた。


「普通に!普通に教えてください!」


「遠慮するな。魔王が直々に、手取り足取り教えて進ぜよう」


 あ、ダメだこりゃ。


 魔王様にがっちりと抱っこされたまま、私はさながら捕食される草食獣の気分で、ぱたりと閉まる寝室の扉の音を聞くのだった。

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