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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
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78.魔王の憂慮

【ジラルダーク】


 カナエを鍛錬場に送り出して、俺は不本意ながら執務室にいた。ニンゲンの国を侵略すると指示を出したものの、今はまだ情報を集める段階だ。俺が動かなければいけない事態にもなっていない。フェンデル達の研究の進捗でも確認するか。

 そう考え手元の書類にいくつか目を通して顔を上げると、エミリエンヌがむくれていた。分かりやすく、俺を睨めつけている。


「何だ」


「レイから聞きましたわ。精霊と対峙するなど、ご自身の立場をお考えになってらっしゃるのかしら」


「捻じ伏せた。問題なかろう」


「そういう問題ではありませんの!」


 ばん、と俺の机を叩いて、エミリエンヌは俺を見上げた。随分と威勢のいいことだ。昨日の後遺症は全くなさそうだな。


「俺は、お前たちを犠牲にしてまで上に立つつもりはない。賛同できぬのであれば、魔王の首を挿げ替えろ」


「ダーク!」


 刹那、感じた気配に俺は立ち上がって剣を抜く。エミリエンヌが驚いて硬直したが、今は構っていられぬ。切っ先を向けた場所に、風を纏って精霊の王が現れた。


「悪魔の王は、随分と乱暴なのね」


 余裕の笑みを浮かべながら、精霊の王は剣の側面を撫でる。俺は納刀して、再び椅子に腰を下ろした。


「何用だ」


「愛されし子が気に病んでいるから、それを伝えに来たの」


 精霊の王は緩やかに宙を舞いながら、花弁を散らす。荒んでいた感情が溢れそうになるのを、素知らぬ顔で飲み下した。


「一人逃がされて、悪魔の王の足を引いてしまったと愛されし子は苦しんでいるわ」


「あの時点で、カナエを逃がさねばカナエは死んでいた。精霊の道に引き込まれると分かったからな。精霊の空間に、カナエの体は耐えられぬ」


「そう。だから愛されし子は、もう悪魔の王が逃がさなくても耐えられるように歩み始めたのよ」


 それが、気に食わない。勝手な感情だと分かっている。カナエを守るには、この精霊の力は喜ぶべきものだ。そう、分かっている。分かってはいるのだが、カナエの魂に結びついた繋がりが、俺を苛立たせた。隷属の契約は、契約者の魂に縛られる。カナエの死はそのまま精霊の死になるように。そこまで深い繋がりを、……俺以上の繋がりを、この精霊が持ったことが許せない。

 カナエは、俺だけのものだ。ただ一つ、魔王ではない一人の男として、俺が愛するもの。誰にも奪わせたくないものだ。


「愛されし子を逃がす一瞬で悪魔の王が攻撃をしていれば、悪魔の王を危険に晒さずに済んだはずだと、愛されし子は考えているわ」


「まさか」


「駄目よ、悪魔の王。勝手に愛されし子の心を手放してはいけないわ。愛されし子は、必死に悪魔の王に喰らいつこうとしているのだから」


 精霊の王はそう言って、目を細めて笑う。厄介な。俺の感情も見透かしているのだろう。だからこそ、忠告しに来たのか。


「何故それを、俺に?」


「わたしも愛した人がいるの。愛し、愛されることは素敵なことだと知っているわ。わたしは、……悲しい結果に終わってしまったけれど。愛されし子には、わたしと同じようになってほしくないのよ」


「…………」


 カナエ……。


「わたしの力は悪魔の王には及ばないけれど、弱くはないの。愛されし子に及ぶ全ての災厄から守ると誓うわ。愛されし子に呼ばれなくとも力を行使するために、隷属の契約にしたのだから。けれど、愛されし子の心は、悪魔の王が守るのよ」


「言われずとも」


「分かっているならば、きちんと愛されし子に伝えてね。悪魔の王が何かを不安がっていると、愛されし子は気付いているわ」


「……善処しよう」


「ああ嫌だ、悪魔の王は素直じゃないのね。愛されし子の方が何倍も可愛いわ」


 呆れたように言って、精霊の王はひらひらと鬱陶しく俺の周りを回った。元より、精霊に愛されるような性質はしていない。カナエの魂を縛ったと分かって、尚更精霊との相性は悪くなったように思う。虫を払うように軽く手を薙ぐと、精霊の王はそれ以上俺に纏わりつかずにエミリエンヌの方へ向かった。エミリエンヌは俺たちの会話からこのふざけた存在が精霊の王だと察したらしい。軽く足を引いて礼をした。


「お初にお目にかかりますわ、精霊の王殿」


「お人形の子、迷惑をかけたわね。体は大丈夫?」


「ええ、問題ありませんわ」


 それはよかった、と精霊の王は微笑む。エミリエンヌは精霊の王に向けていた視線を、俺へと移した。鋭い視線は、まだ納得していないと告げている。ボータレイと結託されると面倒だな。


「悪魔の王も、お人形の子も、お互いに命を賭してほしくないのね。わたしは、悪魔の王であるならば、然程心配はいらないと思うのだけれど?」


「そうはいきませんわ。陛下はこの国で第一位の尊き方ですのよ。万が一があってはなりませんの」


 精霊の王は、尤もらしく顎に手を当てて考える仕草をしてみせる。全く、本当に精霊というものは厄介だ。ここまで筒抜けになると、やり辛くて仕方がない。


「ここは、悪魔の王の国なのでしょう?悪魔の王が右と言えば、右になるものではないの?わたしが見ていた人の国はそうだったわ」


 帝国のことを指しているのか。精霊の王は、帝国のニンゲンに利用されていたのであったな。


「それは、そうですけれども……」


「精霊の王、お前に人の国について教えた者は、帝国のどの地位にいた?」


「皇帝の右腕と呼ばれていたわ。人について教えてもらった代わりに、精霊のことを教えてあげたの。そのせいで、子供たちがたくさん死んでしまったけれど」


 成程な。ニンゲンの割にやけに詳しい奴がいると思ったが、元凶は精霊の王か。皇帝の右腕……。帝国でそう呼ばれていたものは確か、宰相だったな。アロイジアの部隊に追わせるか。帝国程度ならば、トゥオモを出すまでもあるまい。精霊の王がいるとはいえ、これ以上、ニンゲンの国方面の精霊を減らすのは避けたいものだ。

 手短に、念話でアロイジアに指示を出す。帝国は手元に置くメリットがないからな。宰相も潰してしまって構わないだろう。精霊の情報がどこまで漏れているのかは留意せねばならないか。場合によっては、すべて口を封じてしまったほうが楽かもしれないな。


「ほら。悪魔の王はきちんと実力を測って指示をしているわ、お人形の子」


「情報を漏らすな、精霊の王」


「いいでしょう?ここには悪魔の王の仲間しかいなもの」


「だとしても、だ。伝えるべきことは、俺の口から言う」


 カナエのことに関してもだ、と言外に含めて、俺は精霊の王を見た。精霊の王は、くすぐるように笑ってエミリエンヌに纏わりつく。


「じゃあ一つだけ。昨日あの場にいた子のうち、無傷で赤い風の子を抑え込めるほどに力があったのは、そこにいる悪魔の王だけだったのよ、お人形の子」


「!」


「悪魔の王は意地悪だから、教えるつもりもなかったでしょう?」


 にんまりと笑む精霊の王を、俺は睨みつける。精霊の王は随分と世話焼きらしい。頭の痛い問題だ。流暢に喋ることができる精霊というのは、こうも面倒な存在か。この調子でカナエにいらぬことを吹き込まなければいいのだが。


「ふふふ。ああ、愛されし子がわたしを呼んでいるわ」


 言うだけ言って、精霊の王は嬉しそうに風を纏って消えていった。俺の前に残されたのは、俯いて沈黙するエミリエンヌだ。面倒なことを……。


「……どうして黙っておりましたの?」


「言ったであろう。俺が気に食わないのであれば、魔王を挿げ替えろ。俺は、俺の考えを曲げる気はない」


 俺の力の及ぶ限り、守ると誓ったのだ。悪魔も国も、俺の手が届くならば守ってみせる。失うのはもう、懲り懲りだ。


「では、捕らえられた時にも策がありまして?」


 エミリエンヌの言葉に、俺は瞼を伏せた。結果としては違うものになったからな。誰かに言うつもりはなかったのだが。カナエも気に病んでいると精霊の王は言っていたか。カナエには教えてもいいのかもしれない。

 口を噤む俺を、エミリエンヌは辛抱強く見上げてくる。言わねば、梃子でも動かないと全身で訴えていた。……仕方あるまい。


「……お前と交換されなければ、あの場で上位精霊を仕留めるつもりだった。精霊の空間に俺自身の魔力が馴染むのを待っていただけだ」


 逃げるくらいはできたが、対峙するとなると話は別だ。満足に動けぬまま対峙できる相手ではなかった。トゥオモも、捕らわれた時点では眷属を出すのが精一杯だった。魔力が馴染むまであと少しかというところで精霊の空間から引っ張り出されたものだから、衝撃で気を失ってしまったが。


「そう、おっしゃっていただければ」


「さすがに、俺もトゥオモも精霊からの襲撃は予測していなかった。精霊の空間からお前たちに連絡をとるのも、魔力が馴染むまでは不可能だった」


「そういう、ことでしたのね……」


 俺は、俺の命がこの国のどの位置にあって、どう影響するかは理解しているつもりだ。そう、伝えたと思ったのだが、な。


「私たちが、ダークを信じ切れていなかったのですわね」


「数十年ぶりの襲撃だ。ここのところは、小さな諍いもなかっただろう。皆、動転していただけだ」


 言った俺に、エミリエンヌはいつも通りの人形の表情に戻った。もう、俺を責めるような雰囲気もない。納得したというところか。


「レイには私から説明致しますわ。これ以上、陛下のお手を煩わせたくありませんもの」


「そうしてくれ」


 エミリエンヌは深く一礼して、執務室を出ていった。俺は背もたれに身を預けて深く息を吐く。そのまま天を仰いで、目を伏せた。


 ともすればカナエの元へ飛んでいきたくなる感情を、俺は強引に飲み込むのだった。




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