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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
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77.隷属の契約

 悪魔城に戻ってきた翌日、私は悪魔城の鍛錬場に来ている。今日は動きやすいように、いつも着ているワンピースじゃなくパンツスタイルだ。ジラルダークもついて来たがってたけど、魔王様のお仕事を優先しろって説得した。情勢がこれだけ動いたんだ。絶対に暇じゃないだろう。

 ちなみにここはジラルダークがよく使う鍛錬場で、今いるのは私とリータさん、ベーゼアだけだ。


「奥方様の契約は隷属ですから、然程訓練をする必要はないかと存じますが。彼を知り己を知れば百戦殆うからずと申しますゆえ、僭越ながら私めよりご説明致します」


 リータさんは、今日もきりりと背筋を伸ばしている。中性的なイケメンさんだ。私はペンとメモ帳を手にこくりと頷いた。


「では、精霊王をお呼びいただけますか?」


「分かりました、メイヴ」


 呼ぶと、すぐに鍛錬場が花の香りに包まれる。何度嗅いでも、心が安らぐいい匂いだ。青白い光が空中に浮かぶ。ふわりと優雅に宙を舞って、青白い光の中からメイヴが姿を現した。

 メイヴはオレンジ色の首飾りを鳴らしながら、くるくると鍛錬場を回って私のところに降りてくる。精霊というよりも、妖精っていうほうが似合うな、メイヴは。


「おはよう、愛されし子」


「おはよう、メイヴ」


 メイヴはにこにこと笑いながら、私の肩に抱き着く。精霊という割に、触れた質感は人間の肌そのものだ。それに、どことは言わないけれど、やわらかくて豊満だ。

 リータさんはメイヴの姿を確認して、すっと人差し指を立てる。先生のような仕草に、こちらも何となく緊張した。


「まず奥方様の精霊は、とても、特殊だということをお忘れなきようお願い致します」


 とても、の部分を強調して、リータさんが言う。


「ご覧頂いた方が分かりやすいでしょうから、私の契約している精霊を呼び出しますね」


 リータさんの唇が、音にならない言葉をなぞった。私がメイヴを呼ぶときも、みんなにはそう見えているのかな。

 リータさんの掌に、黄色の光が現れる。野球のボールくらいの大きさだ。昨日の、あの赤い塊の精霊ような形をしている。大きさは、こっちの方が小さいけれども。


「こちらが、私の精霊です。奥方様にも視認できるように精霊へ力を与えておりますが、お分かりになりますか」


 これが、精霊。って、随分とメイヴとは違うな。昨日の赤い塊も、あれで精霊の姿だったんだ。ん?ってことは。


「……ええと、つまり、人型をとったうえで、みんなに見えるようになっているメイヴ……精霊王は、とんでもないってことでしょうか?」


「はい」


 凛とした表情で頷くリータさんに、メイヴはふふふと照れたように笑う。照れるところですか、そこ。

 リータさんは、ふうと息を吐いて掌の光を消した。他の人に視認できるように精霊を呼び出して維持するだけでも結構大変なことなのだろう。リータさんの額には、うっすらと汗が浮かんでる。


「私の精霊は、昨日の上位の精霊よりも数段弱いものです。尚且つ、私と精霊の契約は対等なものでございます。精霊だけでいえばノエとミスカの方が強力ですが、……彼らは説明が苦手ですので」


「ああ……」


 うん、まあ、それは納得だ。ノエもミスカも、感覚で生きてそうだもんねぇ。バッてやって、ぐいっとやるんです、お后様!とか言いそう。想像もできるわ。


 リータさんはそれから、昨日話してくれた契約の種類をもう一度説明しなおしてくれた。私は、ふんふんと聞きながら、メモ帳に契約の種類の違いを書いていく。リータさんのは対等の契約、ノエとミスカは二人が優位になる契約を多くしているようだ。


「隷属の契約ともなりますと、奥方様から奪われるものはありません。精霊に力を譲渡せずとも、精霊自身の力で動きます」


「そうよ。愛されし子から何かを奪うなんてできないもの」


 メイヴは私の肩に抱き着いて寄りかかったまま、リータさんの言葉に頷く。少し呆れたように、リータさんは片眉を吊り上げる。


「貴殿の力は、奥方様より名を呼ばれることで発揮できる、と考えてよろしいか」


「ええ、かまわないわ。愛されし子に呼ばれると、嬉しくて力が出るの」


 リータさんは溜め息をついて、私の方へ視線を向けた。どうしたんだろう?何か、メイヴが変なこと言ってるのかな?


「ということでございます。精霊は言葉として指示をせずとも契約者の意を汲んで力を行使致します。攻撃をしたいと願えば、精霊王はそうするでしょう」


 特に何も言及せずに、リータさんは説明を続ける。攻撃、か。メイヴは、私の意思を汲んで攻撃してくれるらしい。


「ふむ、ちなみに、どんな風に攻撃するんでしょうか?」


「通常であれば、精霊には属性がございます。先程お出しした精霊は雷の属性でございますので、私は相手に直接雷撃を加えたり剣に纏わせるようにしておりますね」


 通常であれば、と前置きされたということは、メイヴは違うのだろうか。寄りかかってるメイヴに視線を向けると、メイヴはにっこりと笑った。


「愛されし子の望むままに。その子の持つ橙の光の子みたいにしてほしいと望むならそうするわ」


「なるほど。じゃあ、私は精霊がどんな攻撃をできるのか知っておいた方がいいですね。咄嗟に、こうしてほしいとメイヴに望めるように」


 そもそもが、私は魔法や精霊のある世界からここへ来たわけじゃない。そりゃ、ラノベとかアニメとかの知識はあるけれど、あれは空想のものだ。流用できる部分もあるだろうけれど、咄嗟の時に不発でした、じゃ済まされない。


「これも例外ですが、上位の精霊でもここまで流暢に人の言葉を操る者はおりません。精霊王とは、他の精霊と比べて意思疎通がしやすいかと存じます」


「愛されし子とたくさんお話したいもの」


 ふふふ、とメイヴは嬉しそうに笑った。そうか、メイヴはニンゲンと愛し合っていたんだ。だからこんなにも人の姿に近いし、言葉も扱えるのか。


「メイヴは、普通の精霊とは随分違うんですね……」


 色々と違いが多すぎて混乱しそうだ。メイヴの常識は、精霊の常識じゃない。これだけは強く心に留めておかないと危ないな。


「焦らず、一つずつ進みましょう。僭越ながら、私は奥方様に必要なのは、攻撃することよりも防御に特化することだと考えておりますので」


「はい、ありがとうございます、リータさん」


 そうだった。攻撃よりも防御だ。昨日、メイヴが張ってくれた結界はどんなものだったんだろう。そう考えていると、メイヴが私の唇を人差し指でなぞった。名前を呼んでくれ、ってことかな?


「メイヴ」


「どうぞ、愛されし子」


 ふわっと、自分の体が青く光った。昨日、メイヴが張ってくれた結界のようだ。リータさんはメイヴの張った結界を見て、ほうと息を吐いて頭を振った。


「一見しただけで分かるほど、幾重にも属性が連なっております。この結界を物理的に突破するのは、陛下でもない限り無理でしょう」


「魔王様はできるんですね」


「陛下ですから」


 リータさんに真顔できっぱりと断言されて、思わず苦笑いしてしまう。どんだけ規格外なんですか、魔王様。


「私の知る限り、陛下は魔法とも剣戟ともつかぬ攻撃で翻弄して、相手の防御を無効化することを得意とされております。あまりにも格下が相手の場合は、強引に防御ごと叩き伏せることもありますが」


「き、鬼畜……」


「陛下は一対多の戦いに慣れておられますので、もし攻撃を学びたい場合は私よりは陛下にお尋ね頂いた方がよいかと」


「すごいなぁ。せめて、魔王様の足手まといにならないようにしないと」


 私のせいで捕まってしまって、危険な目にあわせてしまったんだ。私が、自分で自分を守れてさえいれば……。


「……ねえ、愛されし子。わたし、少しお散歩してくるわ。またわたしが必要になったら呼んでね」


 不意に、メイヴが私の肩から腕を外した。私の頭を撫でてから、メイヴはふんわりと宙に浮いて消えてしまう。どうしたんだろうと消えた彼女を見送っていたら、リータさんがこほんと咳払いした。


「では続けましょう」


「はい、お願いします」


 頷いて、またメモ帳を構える。リータさんはきりりとした表情のまま、やわらかく微笑んだ。


「お伝えし忘れておりました。奥方様、ご成婚お祝い申し上げます。とても素敵なお式にございました」


「あ、ありがとうございます」


 改めて言われると、どうにもむず痒い。リータさんは照れる私に微笑んで、しなやかな動作で跪いた。


「昨日のように泣き暮れることがございませぬよう、このリータ=レーナも些少ながら力添え致します。何なりとお申し付け下さい」


「そ、そんな、私はリータさんに教えて頂けてとても助かってます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 イケメン騎士に跪かれると、罪悪感が半端ない。慌てて立ってもらうと、リータさんは目も眩むような笑顔を見せた。うおお、なんというイケメンビーム!


 それから、私たちはジラルダークが迎えに来るまで、ひたすら精霊についてのお勉強をするのだった。

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