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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
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76.悪魔の国

 ジラルダークに連れられて広間に入ると、魔神のみんなと一緒にエミリエンヌがいた。こちらの顛末は聞いていたらしいエミリエンヌは、いつも通りのビスクドールの笑みでしなやかに跪いた。


「大事ないか」


「ええ、陛下の迅速な対応で、この通り五体満足ですわ」


「ならばいい」


 ジラルダークは、ともすれば素っ気ないほどあっさりと頷いて、一段高くなってる上座に腰を下ろした。私はもぞもぞと移動して、ジラルダークのそばに座る。魔神のみんなや、領主さんたちが集まってるのに、さすがに膝抱っこは恥ずかしい。

 どこぞの時代劇よろしく、ジラルダークの前には領主の大介くん、トパッティオさん、カルロッタさん、その後ろの列にボータレイさんにリータさん、お団子頭の子、挙式にもいた中華娘さんがいる。そして、さらに奥の列に魔神の十二人が並んで跪いて頭を垂れていた。こうしていると、まるで初めて魔王城に来た時のようだ。


「皆、面を上げよ」


 ジラルダークの声を合図に、みんながこっちを見る。気迫が凄まじい。彼らが、この国の中枢なんだ。


「我が国を取り巻く環境が変わった。今より各々の持つ情報と、任を擦り合わせる。アロイジア」


 ジラルダークに呼ばれて、アロイジアさんが頷く。立ち上がって、今日起こったこと、知りえた情報をアロイジアさんが説明していった。


 発端は、帝国が精霊王を捕らえたことだった。メイヴから聞いた話だと、メイヴの愛した人が帝国にいるようだ。それを利用して獣人の国、アサギナへ攻め入った。落城させたが、精霊王のメイヴが気を病んで消えてしまう。


「落城自体は、数日前の出来事です。恐らくは、その後に精霊王の代わりとして、多くの精霊が犠牲になったと推察されます。帝国内に、精霊に詳しい者が紛れ込んでいるようですが、それは絞りきれておりません。フェンチス帝国は、落城はさせたもののアサギナを侵略しきっていませんので、帝国の最大の火力であったのは精霊王だと見て間違いないでしょう」


 アロイジアさんの話では、これを機に、多くの精霊が死に絶えたことを察知した上位の精霊が暴走を始めたのではないかと言っていた。上位精霊は、まずは精霊王を転生させなければニンゲンに対抗できないと考えたのだろう。ニンゲンに対抗するにも、そもそも下位の精霊が転生するためには精霊王の助力が必要だという。だからこそ、精霊王の存在は必要不可欠であって、魔力の豊富なジラルダークが狙われた。

 こればかりは運がよかったというべきか、精霊王は転生を拒んでいた。けれど、私を見つけて私の隷属精霊となった。


 そして、先程の戦いだ。赤い風の子と呼ばれていた上位の精霊は鎮まり、精霊王は一度、精霊の元へと帰っていった。下位の精霊の転生を手助けしているのだろう。


 アロイジアさんがそこまで説明すると、ジラルダークは片手を上げてもういいと示した。一度礼をして、またアロイジアさんは跪く。


「精霊王が我が后の隷属精霊となった。今まで精霊とニンゲンの諍いには中立でいたが、これからはそうもいくまい。場合によっては……」


 ジラルダークは一度瞼を伏せてから、鋭く前を見据えた。


「ニンゲンを支配下に置く」


「!」


 何人かが息を飲む音がする。私も、ジラルダークの言葉を理解して目を見開いた。ニンゲンを支配する、まさしく魔王の横顔だ。


「国同士で友好関係を築けるならばそれもいい。だが、我々は悪魔だ。ニンゲンとは相容れぬ。支配下に置く方が容易かろう」


「陛下、発言の許可を」


 まず、トパッティオさんが声を上げた。ジラルダークは短く頷いて許可する。トパッティオさんは、ニンゲンを支配するのに反対するのだろうか。


「陛下のおっしゃる支配下に置くニンゲンとは、どちらの国のことでいらっしゃいますか?狙うはアサギナでしょうか、フェンチスでしょうか」


 予想に反して、トパッティオさんはジラルダークの意見に反対しなかった。狙うのは落城したアサギナか、精霊王を捕らえていた帝国か、という問いだ。


「どちらがいい?それとも、魔導のガルダーにするか?」


 ジラルダークは、魔王らしくにやりと口元を吊り上げて言う。覗く八重歯が、彼の凶暴性を示しているようだった。


「我は三大国ならばどれでも構わん。どこか一つ、ニンゲンの国を手元に置ければバランスがとれる」


「人口はフェンチス帝国が抜きん出ていますが、賛同しかねます」


「なれば、アサギナかガルダーでいい。フェンチスを押し戻すなど造作もない」


「かしこまりました。その前提で情報を精査致します」


 トパッティオさんはそう言って、起こしていた上体をまた前に倒す。次に手を上げたのは、カルロッタさんだった。またジラルダークは、許すと短く応じる。


「侵略軍の編成は、こちらに権限を頂けますか」


「好きにせよ。お前に任せる」


「過分なるご厚情に感謝いたします」


 侵略軍……か。そうか、もう、みんなジラルダークの決定ありきで話を進めてるんだ。精霊王が私の隷属精霊になったこと、そこから派生するであろう物事を即座に予測して、みんな考えてるんだ。

 初めて触れる、軍議といっても過言ではない緊迫した空気に私は息を飲む。何がどこに影響して、どう転んでいくのか。自分たちが望む未来へ転ばせるには、どうしたらいいのか。そのために必要なことは何なのか。こんな大変なことを、彼らは数百年行なってきたんだ。


 身の引き締まる思いで、私は居住まいを正す。私も、もう無関係じゃない。精霊王の契約者は私で、だからこそ、彼らはニンゲンを支配しようとしている。


 今度は、大介くんが手を上げた。ジラルダークは同じように発言の許可を出す。


「陛下は、精霊の王が戦力になるとお考えでござりまするか」


「力のみを言うのであれば、精霊の王を見て、我は単独であの上位精霊を抑え込めると判断した」


 つまりは、ジラルダーク一人で上位の精霊も精霊王も抑えることができる、ってことか。不意打ちで、尚且つ無防備なパンピーの私を逃がすために大事な一瞬を犠牲にした。私を逃がすその時間を、攻撃に変えていたら結果は違ったのかもしれない。

 そう考えると、自分が不甲斐なくて堪らなくなる。まさに足手まといだ。私があの場にいなければ、ジラルダークは精霊に捕まるようなこともなかったのだろう。


 だからと言って、私は格闘技のスペシャリストでもなければ、魔法使いでもない。偶然、精霊王の契約者にはなったけれど、実感もなければメイヴの力の詳細も知らない。平凡極まりない一般人だ。


「委細承知にござりまする」


 大介くんは納得したように頷いてまた上体を前に倒す。ジラルダークは、他にないかと皆を見渡した。今度は、特に誰も反応しない。皆、ジラルダークの言葉に納得したのだろう。


 私は、勇気を振り絞って手を上げてみた。


「よろしいでしょうか、陛下」


 手を上げた私に、ジラルダークは少しだけ目を見開いた。驚きを隠そうとしたのだろう、くっと彼の喉元が震える。


「ああ、構わん。どうした?」


 他のみんなに許可をするときよりも大分優しい声色で、ジラルダークは私に頷いた。私は、ともすれば緊張で震えそうになる声を頑張って正す。


「わたくしの隷属精霊となった精霊王を、陛下のお役に立てたいと考えております。わたくしは精霊について無知でございますので、どなたか詳しい方にご教授頂きたく存じます。お許しいただけますか?」


 私の提案に、ジラルダークは一瞬私から目を逸らした。反対、されるだろうな。そう思ったら、突き動かされるように私は口を開いていた。


「せめて、わたくし自身の身はわたくしで守りたいのです。陛下の足手まといになりたくありません」


 もう嫌だ。私だけ逃げて、あんな思いをするのは。せめて、同じところに立ちたい。隠されるだけなのは、怖い。

 カナエ、とジラルダークの唇が動く。声にならない呼びかけに、私はジラルダークの赤い瞳をじっと見つめた。ジラルダークは、そっと息を吐いて瞼を伏せる。


「許可しよう。リータ=レーナ、我が后をお前に任せる」


「身に余る光栄にございます」


 ジラルダークの指示に、リータさんが応えた。ジラルダークは、私に手を伸ばしてさらりと頬を撫でる。くすぐったくて口元を緩めると、ジラルダークも笑むように目を細めた。こう、どこからともなく、いちゃいちゃすんなコラ、って視線を感じる。


「暫くは我が城に逗留せよ。エミリエンヌ」


「かしこまりましてございますわ」


「他にあるか」


 尋ねて、彼らからは他に質問は上がらなかった。以上だ、と短く告げて、ジラルダークは私を抱き上げる。


「長く世話になったな、ダイスケ」


「どうぞ、またお越し下さりますよう」


「ああ」


 ジラルダークは頷くと、私を抱えたまま瞬間移動した。流れるように変わった景色は、久々に見る悪魔城の私たちの部屋だった。


「無理だけはしないでくれ。お前は、俺が守る」


 ぎゅうっと抱き締めて、ジラルダークは私の胸元に顔を埋める。私は、ジラルダークのわかめヘアーを胸元に抱いて、その頭頂部に頬を擦り寄せた。


「今日みたいな思いはもう、したくないよ。ジル、一人にしないで」


「カナエ……」


 胸元から顔を上げて、ジラルダークは唇を重ねてくる。もう、無知のままでいられない。ジラルダークはきっと、これからも私を守ってくれるだろう。だからこそ、彼が安心できるようにしないと。


「ジル、大好きだよ」


「ああ、俺も愛している」


 久々の赤黒いベッドの感触を背中で感じながら、私はジラルダークの肩に抱き着くのだった。

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