7.悪魔の崇拝1
私が、身も心もジラルダークの妻になって一週間。いやまさか、彼氏いない歴=年齢だった私が、朝チュンを経験するとは思いませんでした。それも、ほぼ毎朝。元気過ぎます、魔王様。こちとら、体力も並、耐久力も並、それどころか恋愛レベル1のパンピーですよ。
「もう少し休んでいろ、カナエ。後で軽食を運ばせる」
「うぐぐ……、すぐに起きれるって言えないのがつらい……」
枕に顔を埋めたまま嘆いた私に、ジラルダークは喉を鳴らして笑った。お前のせいだぞ、この野郎。
恨みを込めて見上げると、既にばっちり着替え終わったジラルダークがこっちを見ていた。今日も素敵な魔王様ルックだことで。黒いマントが非常にお似合いです。
シーツを巻き付けて、私は上半身を起こした。
「行ってらっしゃい、魔王様」
「ふふ、ああ、行ってくる」
軽く身を屈めて、ジラルダークは私の額に口付ける。
あんだけ運動した後だっていうのに、微塵も疲れを感じさせず、むしろ嬉々として部屋を出ていく魔王様を見送って、私もベッドから降りた。け、気怠い……。
ふらふらとお風呂に入って、控えてたベーゼアさんに手伝ってもらってドレスを着て、ようやく朝ご飯にありつけた。とはいえ、そんなに食欲もないから、スコーンと紅茶だけだけども。
「はぁ……、眠い……」
「お疲れでございますか、奥方様?」
食器を下げながら、ベーゼアさんが尋ねてくる。私の側仕えを命じられてるけど、私にしてみたら数少ない悪魔の友達だ。ボンデージで悪魔の矢印尻尾持ちのお友達だ。
魔神の中だと、女性って少ないしね。今のところは、ベーゼアさんとアマゾネスのイネスさんの二人だけだ。……そういえば、魔神って他にもいるんだよね。
「ねぇ、ベーゼアさん」
「はい」
「魔神さんたちの名前と顔を確認したいんですけど、迷惑かからないようにこっそり紹介して頂くことって出来ますか?」
私の言葉に、ベーゼアさんは小首を傾げた。ああ、そんな姿も麗しいです、ベーゼアさん。さらさらの髪の毛を撫でたいです。
「奥方様でしたら、御声がけ頂ければ皆集まりますわ」
「いやいや、それだと、皆さんのお仕事の邪魔になっちゃいますから。もしご迷惑でなければこう、物陰からこっそり覗いて、あれが誰ですって教えてもらえればと思いまして」
「まあ。でしたら、陛下にお話致しましょうか」
「んー、魔王様も忙しいですからねぇ」
ジラルダークは、いうなれば大統領みたいなものだ。魔界のどこそこで何か問題が起きたと聞けば解決のために人を動かしたり、面倒な時にはジラルダーク自らが現地に赴くこともある。その流れを、私が止めてしまうのは心苦しい。
「それにほら、私、一回で顔と名前を覚えられないですもん。今のうちに確認しておきたいなぁって思ったんです」
そう告げると、得心がいったようにベーゼアさんが頷いた。ちなみに、ベーゼアさんには再三に渡って敬語を止めてほしい、名前を呼び捨ててほしいと言われてる。だけど、どう見ても私より実力もあってトリッパー先輩のベーゼアさんに敬意を払わないわけにはいかない。ジラルダークの時は、村が滅ぼされる心配があったから言われるがまま敬語もやめて名前で呼ぶようにしたけど。
「分かりました。でしたら、こっそりとは難しいかもしれませんが、私がご案内させて頂きます」
にっこりと笑って頷いたベーゼアさんに、私はほっと息をつく。よかった。納得してくれたわ。と思ったら、ベーゼアさんがずいっと顔を近づけてきた。
「ただし、敬語をお止めになって、私を呼び捨てにして下さいましたら、ですわ」
「えぇッ!?」
「私は奥方様にお仕えする身でございます。従者に敬語を使う主がおりますか」
「で、でも、ほら、ベーゼアさんはジラルダークに仕えてるんでしょう?私は何というか、おまけみたいなものですから……」
迫ってくるベーゼアさんに首を振ると、綺麗な赤い瞳が細められた。なまじ顔が整ってるから、迫力が凄まじい。美人さんを怒らせる、ダメ、ゼッタイ。
「確かに、私は陛下に忠誠を誓っております。その陛下がお選びになった奥方様、貴女様にもそれは当然当てはまりますわ」
「ええぇッ!?」
「私は、貴女様にお仕えする身。それをいつまでもお認め頂けないとなりますと、私では側仕えに向かないと判断されます」
「そ、そんなぁ……」
そういう考え方もあるのか。ああ、パンピーには遠い世界過ぎる。ただ、確かにベーゼアさんの言うことも分かる。私が敬語使いたいだけだって言っても、魔神さんの中には口さがない人だっているだろう。魔神さんたちが揃ってたあの時だって、グステルフさんが茶々入れてたもんなぁ。
「分かり……、分かった。ええと、それじゃあ、魔神の人たちの案内を頼める?ベーゼア」
そう告げると、ベーゼアは満足したようににっこり笑った。おお、美人スマイル。
「畏まりました、奥方様」
そんなこんなで、魔人見学ツアーが決行と相成りました。
◆◇◆◇◆◇
おどろおどろしい城内を、ベーゼアに先導してもらって歩く。骸骨のオブジェとか、崩れかけた貴婦人の肖像とか、雰囲気ありまくりだ。ちなみに、骸骨は本物じゃないらしい。石膏で作ってるってジラルダークが言ってた。
「我ら十二魔神、それぞれに役割がございます」
道すがら、ベーゼアが説明してくれる。曰く、魔神の中でも古参と新参に分かれているとのこと。古参組にはこの前ジラルダークと戦ったグステルフさん、ナッジョさん、イネスさんが含まれるらしい。それプラス、イガグリ頭のフェンデルさん、トゥオモさん、エミリエンヌさんという方々がいるとのことだ。
ベーゼアは新参組なんだって。他には、アロイジアさん、ノエさん、ミスカさん、ヴラチスラフさん、ダニエラさんという方々がいるらしい。もう、名前だけでお腹いっぱいだ。誰がどれだ。
「古参の者は、それだけ武術も洗練されております。その為、軍の将を任される者が多いのです」
「ほうほう」
ちなみに、この前戦った三人は全員戦闘部隊の将を任されているそうだ。特にグステルフさんは魔王様直轄の軍を纏める総大将みたいな感じなんだってさ。さすが、顔面殺人鬼。
「新参の者たちの方が私もご案内しやすいですので、そちらからでよろしいですか?」
「うん。むしろ今日はそっちだけでいいや。覚えきれなそう」
名前だけでげっそりの私に、ベーゼアはくすくすと笑う。笑っても美人さんだなぁ。抱きしめて差し上げたいわ。
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
案内された先は、ちょっとした食堂のようなところだった。何人かが驚いたようにこっちを見た。ベーゼアが、長身を屈めて耳打ちしてくれる。
「奥方様に城内をご案内している、と皆に説明いたします」
「うん、分かった」
頷いて、食堂内を見渡した。うーん、休憩所みたいな感じで使ってるのかな。稽古中って格好の人もいるし。
「奥方様、こちらは、魔神軍の休憩所でございます。ご希望のとおり、軍の者も多く滞在しております」
わざとなのか、特別畏まった様子でベーゼアが礼をした。そうか、私は魔王の后としてここに来てる。それらしく振舞えってことね。
「そう。皆様、鍛錬に励んでらっしゃるのね」
は、と恭しく頷くベーゼアに、私は出来るだけ上品に微笑んでみせる。
「御機嫌よう。急に訪ねてしまってごめんなさいね」
声をかけると、休憩所にいた人たちが慌てて跪いた。こ、こっそりはどこにいったんだい、ベーゼアよ。思いっきり堂々と正面突破しちゃってるじゃないかい。しょうがない。こうなったら、城内をお散歩の体でいくっきゃない。
「陛下のご負担にならないよう、お城の中を覚えてしまいたかったの。驚かせてごめんなさい」
「いえ、勿体無いお言葉にございます」
代表して応えたのは、金髪の男の人だ。耳のピアスからはシルバーのチェーンが伸びて口元のピアスに繋がってる。痛くないんだろうか。んー、全体的にチャラい。チャラ男さんだ。女の人をとっかえひっかえしていそうだ。
「奥方様、こちらは諜報部隊のアロイジアでございます」
「アロイジアと申します。お目にかかれて光栄にございます、奥方様」
跪いたまま、チャラ男さんことアロイジアさんが礼をする。チャラ男と見せかけてしっかり者さんだった。アロイジアさんって、魔神の名前の中にあったよね。
「どうぞ、楽にして頂戴。これじゃあ、私が皆様の邪魔をしていると、陛下に叱られてしまいますわ」
くすくすと笑いながら言うと、アロイジアさんが顔を上げた。うむ。顔もチャラい。どこか惚けたように私を見ているアロイジアさんに、ベーゼアが咳払いをする。この人がアロイジアさん。チャラ男のアロイジアさん、と。オッケー、覚えたぞ。心のメモにばっちり記載した。
「ねぇ、ベーゼア。他にはどんなところがあるのかしら?」
「はい、こちらの奥に鍛錬場がございます」
ということは、そこにも魔神さんがいるってことね。アイコンタクトでベーゼアと頷きあって、私はアロイジアさん他、休憩所にいた人たちに微笑みかけた。
「皆様、どうぞお怪我などなさいませんよう。では、失礼させて頂きますわね」
会社員時代と同じようにぺこりと一礼して、ベーゼアを促す。ベーゼアは、私を先導するように歩き出した。
ようやく魔神さんに出会えたけど、まだ一人だけなんだよねー。チャラ男のアロイジアさん。キャラが濃そうで助かったわ。他の魔神さん、全部覚えきれるかなぁ?