表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
79/184

75.風の精霊

 普段はのんびりとした和風の庭園は今、物々しい雰囲気に包まれていた。私の目にも映る、夕暮れの庭園を覆う半透明のキューブが恐らくは結界なんだろう。キューブの四隅にそれぞれ、ボータレイさん、トパッティオさん、トゥオモさんにリータさんがいる。ボータレイさんのところに向かうと、何か言いたげに、でも何も言わずに少し空間を開けてくれた。

 ジラルダークとメイヴと共に結界の中に入って、私は拳を握る。メイヴの……精霊の力がどんなものなのか、私には分からない。けれど、それでエミリエンヌが救えるのなら、ビビってる場合じゃない。


「カナエ、精霊の王に自身を防御させるように命じてくれ」


「分かった」


「可能であれば、そのままカナエを連れて逃げてくれ、精霊の王」


 ジラルダークの言葉に、メイヴはにっこりと笑った。くるりと私とジラルダークの周りを舞って、メイヴが私の正面に浮かぶ。


「さあ、愛されし子。わたしを呼んで」


 よし……。ええと、私を守ってほしい、って願いながら呼ぶんだよね。できれば、私だけじゃなくて、ジラルダークも守ってほしいけど……。

 そう思ってメイヴを見上げると、彼女はやさしく目を細めて頷いた。大丈夫よ、と言ってくれてるみたいだ。


「メイヴ、お願い」


 瞬間、メイヴの体が青白く発光した。眩しくて思わず目を閉じると、次いで息の詰まるような突風が吹き荒れる。

 飛ばされそう、と思ったら、花の香りだけを残して突風が止んだ。


 恐る恐る目を開くと、目の前が真っ赤に染まっている。そこに、ジラルダークが剣を抜いて立っていた。彼の体は、私と同じように青い光に包まれていた。風は感じないけれど、周りの木や草がものすごい勢いで揺れているから、これはメイヴの防御の効果なのだろう。するりと肩に腕を回されて顔を上げると、ごく至近距離にメイヴの整った顔があった。


「赤い風の子、怒らないで、声を聞いて」


 真っ赤な塊に、メイヴが呼びかける。どん、と何かがぶつかる音が目の前で響いた。ジラルダークが、双剣を振って赤い塊を切り裂く。


「退け、精霊の王!」


「憎い」


 頭の中を掻きむしるような、かさついた灼けた声が響いた。赤い塊の中心から漏れ聞こえてきてる。思わず頭を押さえると、私の手にメイヴの手が重なった。


「ニンゲン、王、捕らえた」


「違うわ。全てわたしが悪いのよ。赤い風の子、悲しまないで。わたしの声を、聞いて」


「滅ぼす」


 ごう、と風が鳴ったと思ったら、視界がものすごい勢いでぶれる。浮遊感があって初めて、宙に浮いていると気付いた。メイヴと一緒に、空を飛んでるらしい。

 私がいた場所が抉れているから、攻撃を避けてくれたのだろう。ジラルダークが私たちを見上げて息を吐いたように見える。


 赤い塊は嵐のように渦巻いて、私たちを飲み込まんばかりに膨張していた。どうすればいい。どうしたら、止められる?私の考えに呼応するように、メイヴが口を開く。


「あの子の力を削らないと、声を聞いてもらえなそうだわ」


「戦うなら、私は逃げてた方がいい?」


「いいえ、ここでわたしを呼んで、愛されし子。悪魔の王とわたしで、赤い風の子を抑えるわ。ここからなら、よく見えるでしょう?」


「うん、そうだね」


 確かに、正面から捉えるよりも、こうして俯瞰して見たほうが全体を把握しやすい。メイヴは私の周りを体をぐるりと回ってから、ジラルダークのそばに降り立った。


「退けと言ったはずだ」


「赤い風の子が悲しんでいるのはわたしのせいよ。償いたいの」


 ジラルダークは、メイヴを睨みつけながら迫りくる赤い塊をひらりと避ける。と同時に剣を薙いで塊を切り裂いた。

 赤い塊は、ぐにゃりと歪んでからまた、ぐるぐると渦巻き始める。攻撃が通っているのだろうか。風を切っているようで、手応えがあるようには感じられなかった。


「憎い、ニンゲン」


 乾ききった声は、耳に入れるだけで息苦しい。これが、精霊の声なのか。メイヴとは全然違う響きだ。


「駄目よ、飲まれては駄目」


 メイヴはそう言いながら、赤い塊を抱き締めるかのように両手を広げた。赤い塊の起こす渦が、メイヴの体を切り裂いていく。


「メイヴ!」


 叫ぶと、メイヴの体が青く光った。いつの間にか渦の背後に移動していたジラルダークが、渦を何度も斬りつける。


「あああああ憎い、ニンゲン、滅ぼす!」


「くっ……!」


「ああっ!」


 赤い塊が叫んで、ジラルダークとメイヴが弾き飛ばされた。ジラルダークは衝撃を剣で受け流して、メイヴは吹き飛ばされた勢いのまま空中でぐるりと回転する。


「分からず屋ね」


「動きを止めるぞ、引きずり出せ」


 そう言って、ジラルダークが赤い塊に手をかざした。すると、ジラルダークが刻んでいた剣の軌跡が白く輝く。白く瞬く軌跡は、赤い塊を締め付けるように凝縮していった。な、何、この技!?


「!!」


 赤い塊の、あの灼けた声が息を飲む。メイヴが、私を見上げた。力をちょうだい、と言われているようだ。


「頑張って、メイヴ!」


「ありがとう、愛されし子」


 微笑んで、メイヴは白い軌跡ごと赤い塊を抱き締めた。まるで体内に取り込むように、メイヴはきつくその塊を抱き込む。


「赤い風の子、聞いて。わたしはここにいるわ」


「…………王……」


「そう、わたしよ。もう大丈夫、ニンゲンを憎まなくていいの。殺された子たちも、もう一度生まれるわ」


「生まれ、る……」


「また会えるのよ。大丈夫、あなたが悲しむことはないの。わたしの大切な子。赤い風の子。悲しまないで、わたしはここにいるわ」


 あれだけ激しく渦巻いていた赤い塊が、メイヴの声に鎮まっていく。緩やかになっていく風に、メイヴはほっと息をついた。


「心配をかけてごめんなさい、赤い風の子」


「王……、尊き王……」


 メイヴの腕の中には、サッカーボール大の赤い光が残っている。ジラルダークの魔法のようなものも、いつの間にか消えていた。

 渦が収まったのを見届けて、ジラルダークがこっちに飛んでくる。ジラルダークに抱き寄せられると、さっきまでのふわふわとした浮遊感がなくなった。メイヴの魔法が消えたのかな。そのまま、ジラルダークは私を抱えて着地する。


「愛されし子、悪魔の王、ありがとう」


「お前にはまだ聞きたいことがあるが、まずはお前の精霊たちを落ち着かせて来い。我が后の声はどこであろうと届くだろう?」


 私を横抱きにしたまま言うジラルダークに、メイヴは楽しそうに笑った。


「やさしいのね」


「こちらも、色々とごたついたからな」


 言いながら、ジラルダークはメイヴに背を向けて歩き出す。張られていた結界は既に解かれていて、ボータレイさんたちがこちらを見ていた。


「行ってくるわ、愛されし子。また後でね」


 メイヴはそう言って、花の香りを残して消える。ジラルダークに抱えられたまま、私は彼の顔を見上げた。今の戦いのせいだけじゃないだろう、彼がこんなに険しい顔をしているのは。


「ボータレイ」


 結界を張っていた四人が待つところまで歩いてきて、ジラルダークは口を開く。他の三人に遅れて、ボータレイさんが表情を隠すように跪いた。


「俺は俺の命を粗末にはしない。国の要としても、だ。その上で、最も確実な方法をとる。俺は、悪魔の王だからな」


 私を抱くジラルダークの腕に力がこもる。私は皆に気づかれないように、そっとジラルダークの服を掴んだ。


「異論があるならば、俺を超えろ」


「……かしこまりました」


「トゥオモ、魔神と領主を広間に集めよ」


「承知いたしました」


 流れるように指示をして、ジラルダークは再び歩き出す。まっすぐ前を見つめたまま暫く歩いて、ジラルダークは口を開いた。


「お前を巻き込みたくはなかったのだがな……」


「私じゃ役に立てないかもしれないけど、魔王様の奥さんになったんだから、覚悟の上だよ」


 ぎゅっとジラルダークの服を掴んで、私は彼の横顔を見つめる。ようやく、ジラルダークは私に視線を向けた。どこか苦しそうな表情に、私は服から手を放してジラルダークの頬に指を伸ばす。


「ジル?」


 そのまま、背中にあった腕に力を込めて引き寄せられると、噛みつくようなキスが落ちてきた。抵抗せずに受け入れて、私はジラルダークの肩に腕を回す。


 どうしたんだろう。何を不安に思ってるんだろう。その不安を、少しでも取り除ければいいのに。


 私は、ジラルダークの力強い腕に抱かれながら、そう願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ