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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
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70.人形の憂い

【エミリエンヌ】


 魔王襲撃、その報は喜びに満ちていた私たちを一瞬でどん底へ叩き落した。涙に暮れるカナエ様の意識をトパッティオが強引に奪って、崩れ落ちた純白の花嫁をベーゼアが抱える。頬に残る涙の跡が痛々しい。

 私を拾い上げてくれた朴念仁が、ようやく幸せになれると思った矢先の出来事だった。あの魔女も片付いて、これからというときに。


 いけない、私は冷静であらねば。


「ノエ、ミスカ。あなたたちの精霊は何とおっしゃっているの」


 私の呼びかけに、ノエとミスカが普段見せることのない凍り付いた表情で頷いた。


「暴走してる」

「怖がってる」


 ひらり、と消え入りそうな光がノエとミスカの前を横切る。随分と弱っているようだ。この辺りは精霊も落ち着いていると報告が来ていたけれど、どこかから流れてきたのだろうか。暴走……、あまりいい話ではなさそうだわ。

 しかし、何故このタイミングなのかしら。普段であれば散り散りになっている領主や魔神が一堂に会している今ならば、こちらも対応に移りやすい。魔王を攫うにしても、もう少しやりようがあったでしょうに……。こちらの事情を知っていて手を出してきたのではないのかもしれないわね。


 空を見上げれば、彼の張った強大な結界が薄っすらと感じられる。まだ、大丈夫。魔王は、まだ魔王として、どこかにいる。


「エミリ、行けそうか?」


 ダイスケの声に、私は頷く。


「あちらでは私が引き継ぎますわ。ティオ、レイ、ノエ、ミスカ、それとリーをお願い」


「分かった。カルロ、軍の編成を頼む」


 私の言葉に、ダイスケとカルロッタが頷いた。カルロッタの補佐官であるリータが、細剣を腰に括りつける。その表情は怒りに満ち満ちていた。


「許せぬ……、あのように可憐な花を手折るとは!私は、涙に濡れる花嫁を見に来たのではないのだぞ!」


 ぎり、と歯を食いしばるリータの腕に触れて、私は微笑む。


「すぐに連れ戻しましょう。御后様の元へ、我々の敬愛する魔王陛下を」


 さあ、まずは切り込んで糸口を見つけなければ。



◆◇◆◇◆◇



 カナエ様がおっしゃっていたテレポートの最終地点に降り立って、私は周囲を見回した。魔王と妃の婚礼パレードを見送っていた民はもうまばらだ。混乱が起きている様子もなかった。ならば、テレポートするその一瞬を狙われたとみて間違いない。

 ざわつく気配は、肌に感じる。私ですら精霊の動揺を感じ取っているのだから、ノエとミスカにしてみたら、胸を掻きむしるほどの激情が襲っているだろう。


「怖い、痛い……」

「熱い……、苦しい……」


「意思の疎通ができそうな子はいるかしら?」


 ボータレイとトパッティオ、リータが油断なく周囲を警戒する中、私はノエとミスカに呼びかけた。限界まで精霊と交わっている二人の瞳が、赤、青、白、黒、また赤へと明滅する。


「風、怒ってる」

「ニンゲン、仲間、たくさん殺された」

「王が、いない」

「王、だめ、生まれ変わる」

「待てない」

「犠牲、増える」

「自分たちで、滅ぼす」

「悪魔の力、欲しい」

「王、戻す」

「仲間、帰る」

「ニンゲン、滅ぼす」

「ニンゲン、滅ぼす」


「……随分と荒れているようですわね。それに、精霊王が生まれ変わる、ですって?そのような報告は、陛下の元にも来ておりませんでしたわ」


 どうなっているの。精霊王など、早々転生するようなものではない。それこそ、精霊王自身が何かの影響で朽ちぬ限りは……。


「王、ニンゲンに騙された」

「ニンゲン、王、閉じ込めた」


「馬鹿な……!何ということを……!」


 ニンゲンが、精霊王を閉じ込めた。そこから脱するために、精霊王は転生を選択したらしい。

 精霊の特性として、例え殺されたとしてもまた同じ個体として生まれ直すことができる。風に由来する精霊ならば、澄んだ風の吹く場所で生まれ直す、といった具合だ。上位の精霊ほど、以前の力を引き継いで転生できるというが、転生直後はいくら精霊王とて力が弱る。だから、他の精霊が暴走しているのね。暴走しているのが上位精霊となると、その影響力は計り知れない。


「レイ、ダイスケの方は如何ですの?」


「いつでも動けるわ。万が一のために精霊を相手にできるよう、最低限の編成し終わったようよ」


「私たちとしては、なるべくなら精霊とは敵対したくありませんけれども。これは、厄介なことになりましたわね」


 交渉は出来るだろうか。上位の精霊は、こちらの武力を欲していはするけれど、ニンゲンを滅ぼすためにとなると、こちらもおいそれと頷けない。


「トゥオモの潰したあの研究だけではなかった、ということですか」


 トパッティオが、忌々しげに口元を歪めた。確かに、報告で上がっていた精霊の減少については、突き止めた規模の割には減りが激しいとジラルダークも言っていましたわね。帝国か、獣人国か、あるいは魔導国が余計な研究をしているか……。


「各国に散らばらせている諜報員を戻しましょう。こちらも焦点を定めねば、ニンゲンと真正面からぶつかりかねない」


「ええ、賛成ですわ。アーロに連絡をお願いできるかしら」


 私の言葉に、ボータレイが頷く。逐一、ダイスケには連絡がいっているだろう。私は、懐に手を忍ばせて、一つ瓶を取り出した。瓶の中、翡翠色の液体を一息で飲み干して私はノエの手を取る。


「ティオ、こちらへはミスカを残しますわ。ノエ、行けますわね?」


「エミリ、それはあまりに無謀では……」


「うん」

「わかった」


 止めようとするトパッティオを遮って頷くと、ノエとミスカは額を合わせた。二人の瞳の色が、青色に光る。ふわり、とノエと私を精霊の光が包んだ。眩しさに目を細めると、刹那、当たりの景色が一変する。


 見渡す限りの花畑に、ふわふわと鮮やかに浮く精霊たち。昼とも夜ともつかない黄昏が空を覆っている。

 ここは精霊とその使い手だけが入れるという精霊の道だ。さすがに、魔力の欠片もない私の体には負担になるようだ。一歩踏み出そうとして、全く足の感覚がないことに気づいた。声を出そうとしても、口も満足に動かせない。これは、まずいかもしれないわね。


「大丈夫、僕がエミリの声になる」


 頼もしいノエの言葉に、私はぎしぎしと音を立てて微笑んだ。


 少し、無茶が過ぎたかしら。いいえ、我が親愛なる朴念仁と、愛らしい御后様のためですもの。このくらい、どうってことないわ。


「念じて。僕の声は、エミリのものだ」


 ありがとう、ノエ。ここからは任せて頂戴。少しでも、情報を持って帰らなくては。


「精霊様、聞こえますか。私は悪魔の使いです」


 呼びかけると、追い返すような突風が吹き荒れた。咲き乱れる花々の花弁が散って舞い上がる。崩れそうになる姿勢をどうにか持ちこたえて、風の先を見た。

 空間が燃え上がるように赤く染まって、凄まじい力がその中心部に集まっていく。思わず浮かべそうになる苦笑いは、人形の仮面に防がれた。


「そちらにお邪魔している我が陛下とその部下をお返しいただけませんか」


「まだ」


 燃えるような声、と言えばいいのか。かさついた、ノイズ交じりの声が頭に響く。


「まだ、とは?」


「王」


 王……、精霊王のことか。さすがに、精霊と直接会話するのに慣れていないから、ノエのようにうまく汲み取れない。


「生まれ変わる」


 ぴく、とノエの手が震えた。


「贄、魔力」


「お前、魔王様の魔力を食うつもりなのか!」


 ノエが己の言葉で叫ぶと、赤い光が頷くように膨張する。


「何故!そんなことをしなくても、精霊王は生まれ変われる!」


「力、ニンゲン、憎い」


 脳を直接揺さぶるかのような声に、私は眉間にしわを寄せた。つまりは、即座に力をつけてニンゲンに報復をしたいからジラルダークの魔力を食う、と。精霊王の転生など、私たちが知る限りでは前例がない。


「それは、耐えられるものなのですか」


「…………」


「陛下を無事に帰していただけるのであれば、協力も吝かではありません。私たち悪魔は、精霊様の味方ですわ」


 通じている、だろうか。いまいち分かりにくい。それに、精霊王を転生させるほどの魔力をそもそもジラルダーク一人で補えるものだろうか。


「しかし、陛下の命を賭さなければならぬのであれば、我々は敵に回ります」


「敵、ニンゲン」


「いくら陛下の魔力でも精霊王の転生までは補えない。国一つが枯れるほどの魔力を吸われては死んでしまう!」


「!」


 やはり、そうか。ジラルダークとて、一人の人間だもの。精霊の、ましてや王と呼ばれる精霊の命を賄うのは無理だ。


「帰れ」


 再び襲い掛かった突風に吹き飛ばされてきたのは、意識を失ったトゥオモだった。避けきれずにぶつかって、しかし風は止まない。


「駄目だ、あいつの真名が分からない……!」


 つまり、ノエではあの精霊を制御できないということになる。精霊との契約では、名を交わさなけれはいけないのだ。止める手立ては、ないのか!考えなさい、エミリエンヌ……!他に、そうだ、精霊を、力があるまま転生させる方法は?!


「待ち、……なさい!」


 地面に転がったまま、私は、ノエの手を離した。どん、と自分の胸を叩いて、私は正面を見据える。立て、エミリエンヌ。酷い筋肉痛のような唇を、喉を、腕を、足を、無理矢理に動かした。


「魔力よりも、もっと確実なものを、差し上げますわ……!」


 追うノエの手を振り切って、私は赤い塊に向かう。ぶつぶつと、何かが切れる音が耳の奥に響く。


 ……とても楽しい日々でしたわ、陛下、御后様。どうか、ご無事で。


 精一杯、私は微笑んだ。そう、エミリエンヌは、いつだって完璧な人形であらねばならないのだから。

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