69.悪魔の花嫁
手早く化粧を直してもらって、案内されたのは空き缶がいくつも括りつけられた白い馬車のところだった。見たことあるぞ、この空き缶。テレビでだけども。あれは、オープンカーの後ろに付けるものなんじゃないのかな。
「大介くんの仕業か……」
「二ホンの風習かしら?」
一緒に来ていたボータレイさんの言葉に、私は首を振った。空き缶ぶら下げて街を回るなんて、テレビの中の出来事だ。それも、ひと昔もふた昔も前の。
首を振った私に察したのか、ボータレイさんがパチンと指を鳴らす。その瞬間、馬車に括りつけられていた空き缶は、紐諸共消え去った。少し離れたところに魔神さんたちと一緒にいる大介くんへ視線を向けると、口笛でも吹きそうな顔でそっぽを向かれてしまう。 あんにゃろうめ、確信犯か。
「全くもう。ごめんなさいねェ、カナエちゃん」
「いえいえ、可愛いイタズラですもん。後でエミリにチクってお仕置きしてもらいます」
大介くんの天敵はエミリエンヌとトパッティオさんだ。私からして頼みやすいエミリエンヌに相談と称して告げ口しよう、そうしよう。
「ふふっ、もうダイスケの扱いも慣れたわね」
「少し妬けるがな」
隣の魔王様は不服そうに眉を寄せていた。何だ、魔王様もお仕置き希望かね?エミリエンヌだったら容赦なくやってくれそうだし、ついでにお願いしておこうかね?エミリエンヌは、体は幼女、頭脳は艶女だからお仕置きも容赦ないもんね。
「どうせなら、カナエから直接受けたいものだが」
にやにやしてたら考えを読まれてしまった。不敵に笑ったジラルダークの腕を軽く叩いて、私たちは馬車に乗り込む。
白を基調とした馬車は、今まで移動に使っていたデュラハン馬車と違って花があしらわれていたりところどころ金の装飾が入っていたりと、おとぎ話に出てくる馬車といえばコレ!な見た目をしていた。ジラルダークにエスコートされて座ると、ふかふかのクッションが出迎えてくれる。まるで、シンデレラにでもなったかのようだ。隣に座ってるのは魔王様だけども。
今日の馬車の御者はいつもの小粋なデュラハンさんじゃない。何を隠そう、トゥオモさんなのだ。護衛もできて、馬車の操作も慣れていて、見目麗しい。何とも恵まれたイケメンだわ。トゥオモさんの場合、黙っていれば、っていう条件がついちゃうけどね。
「参りますぞ、陛下、御后様」
「ああ、頼む」
「よろしくお願いします」
トゥオモさんの言葉に頷くと、ゆっくりと馬車が動き出す。魔法で何かしてあるのだろう、振動も何もなく、とても乗り心地のいい馬車だった。
「ジャパン領の主要都市をいくつか回って、昼過ぎには戻れるだろう。だが、気分が悪くなったり疲れたらすぐに言うんだぞ」
「うん、ありがとう」
過保護な魔王様に頷いて、私は馬車から街を見渡す。そこには、ジャパン領の人たちが所狭しと並んでいた。駅伝の応援よろしくこちらに手を振ってくれている。中には、花びらを撒いてフラワーシャワーしてくれてる人もいる。
ありがとう、と手を振って、私は微笑んだ。日本人のような見た目の人もいるし、そうでない人も多くいる。ジラルダークに聞いた話だと、ジャパン領以外の人にもこのお披露目のパレードもどきが見れるように、希望者はテレポートで送ってあげているらしい。そんな御大層なもんじゃないです、と一人一人に言って回りたいけど、私は魔王様のお后様だ。見た目が貧弱な分、堂々としていないとね。
デュラハン馬車よりは随分とゆっくりしたスピードで街道を走る。私は微笑みのままに手を振っているし、魔王様は軽く手を上げて応えていた。時折、魔王様が戯れに私の髪やらうなじやらにキスをして、黄色い悲鳴を浴びる。さすがに恥ずかしくて、真っ赤なまま俯いたらそれでまた黄色い悲鳴が聞こえてくるって、どうなってるんだこれ。
「ああ、お前の可愛らしい姿を見せたくはないが……、耐えられん」
横からものっすごい不穏な呟きが聞こえた気がする。気のせいだよね、うん。気のせいだ。そういうことにしよう。
御者台のトゥオモさんは、いつもなら快活に笑って茶々入れてくるのに、今日はきりりと前を向いたままだ。とても真面目に御者をしてる。普段からこうなら、イケメンなのになぁ。
途中、何度か馬車ごとテレポートしつつ、アメリカっぽい街並みやヨーロッパっぽい街並みの中を走る。ジャパン領は、まさに地球のごった煮みたいなところだった。
「ここを回れば、城に戻る」
疲れてないか、大丈夫か、と言外に語るジラルダークへ、私は頷く。時間の感覚はだいぶ麻痺したけれど、まだ日は高かった。お昼過ぎには戻るって、ジラルダークが言ってたもんね。コルセットの締め付けで空腹はあんまり感じないけれど、これ脱いだらお腹鳴りそうだ。
そうこうしているうちに、街道の終わりが見えてきた。人だかりの終わり、つまりはそこが、テレポート地点なのだ。ジラルダークの魔力で飛んでるのかな。魔法いいなぁ。
トゥオモさんの絶妙な馬車さばきで、テレポート地点に入る。ふわっと体が馬車ごと浮く感覚がした。今日、何度も感じたアレだ。で、この後、大介くんのお城に戻るはずだ。帰ったらまず、ご飯かな。
ふわふわ、と馬車が揺れる。……揺れる揺れる。
「陛下!」
トゥオモさんの聞いたことのない焦った声が、揺れる空間に響いた。ぐわんと目の前の空間が歪んで、赤く明滅する。その中心に、青白い人影が見えた。ぞわっと、背筋に冷たいものが走る。
「精霊か!このようなところでっ……!」
ジラルダークがそう叫んで、私の体を抱く。真っ赤な空間にぼんやりと見えた彼の瞳は、見たことのないほどに険しく歪んでいた。
「お前だけはっ…………」
逃げろ、という言葉が、聞こえた、はずだ。
「…………え?」
どさっ、と体が地面に投げ出される。真っ赤な空間は、開けた日本庭園に様変わりしていた。そこにいたのは、大介くんや、ボータレイさん。それに、ベーゼアや、エミリエンヌ。魔神のみんなが、目を丸くして私を見ている。
さっきまで目の前にあったあの、狂気のような空間じゃなかった。夢、だったのかな?
「……ジル?」
周囲を見渡しても、すぐそばにあったはずの彼の存在が、ない。抱き締められていたはずの、ジラルダークの腕は、私のところにない。
「ジル……、どこ……?」
「夏苗ちゃん?!どうした、何があった!?」
「カナエ様!」
大介くんとベーゼアが、血相を変えて駆け寄ってきた。私は、地面にへたり込んだまま、二人を見上げる。
何があったのだろう。何をされたのだろう。ただ分かるのは……。
「私だけ、逃がされた……?」
「……っ、レイ!ティオに繋げ!魔神はオレの指揮下に入れるぞ、動けるものを集めろ!民に悟らせるな!」
「はっ!」
鋭く響く大介くんの声が、どこか遠い。
「夏苗ちゃんだけをここに送ったってことは、……チッ、どいつもこいつも、折角の門出くらい、大人しく祝福しやがれってんだ!」
ああ、そうだ。そう、もう少しで終わるところだったのに。もう少しでお披露目が終わって、ここへ戻ってきて、それで、ほら、ジラルダークが我慢できないって言ってたじゃない。だから、たくさん甘やかしてあげて……。
「行かなきゃ……、もうちょっとだったのに……」
「夏苗ちゃん?」
「もうちょっとで、ここに帰ってこれるところだったのに……」
うまく、足に力が入らない。ふらふらと立ち上がると、隣にいたベーゼアに支えられた。そうだ、ベーゼアなら。
「魔法、使える?ベーゼア。あのね、最後のテレポートするところだったの。私、行かないと……、ジル、まだ、そこにいるんだよ。私だけ、ここに来ちゃダメでしょ?ねえ、そうだよね?」
「っ……か、カナエ様……」
「テレポートしようとしたら、赤くなって、青い人が来てね、ジルが、……ジルが、わ、私だけでも、に、……にっ……、にげ、ろ……って……」
「カナエ様、お気を確かに!」
自覚して、一気に震えがくる。
逃げろ、と彼は言った。そして、私だけがここに送られた。ジラルダークもトゥオモさんも、だって、あんなに強いのに。
あんなに強い二人が、私だけを逃がした。一緒に逃げることも、退けることもしないで。それは、ああ、だめだ。考えられない。考えたくない。
「失礼」
そんな声とともに、視界が暗くなった。誰かの手が、私の視界を遮る。
「落ち着いて、カナエさん。我々が必ず無事に連れ戻します」
低く響く声は、ああ、トパッティオさんだ。ぐらぐら揺れる思考に、トパッティオさんの声が凛と響く。
「何がありましたか」
「て、テレポートしようと、したら、目の前が、赤くなって……、青い、人影が……」
「トゥオモと陛下は何と言っていましたか」
「トゥオモさんは、とても、焦ってて……ジルは、……ジルは……せい、れい……精霊か、って……、こんなところで、……お前だけでも、逃げろって……」
「……分かりました。少々、お休みください」
その声を最後に、意識が暗い淵へ落ちていく。ああ、これが、どうか。
────どうかこれが、夢でありますように。
私はそれだけを、馬鹿みたいに願った。




