65.花嫁の深意
大介くんから携帯電話のようなものを貰って、私とジラルダークは借りている離れの一室に戻ってきた。すごいなぁ、こんなのも作ってるんだ。そのまんまスマホだよ、これ。矯めつ眇めつ見ていたら、隣のジラルダークが手を差し出してくる。
「少し貸せ、カナエ」
「はいはい」
ジラルダークの番号は登録してないって言ってたから、きっと自分の番号を登録するんだろう。そんなことしなくても、ほとんど一緒にいるし、何かあればジラルダークの方からすっ飛んでくるだろうに。大介くんも、そういう意味で登録してないよって言ったんだと思うけどなぁ。
「これで登録四人かぁ」
「まぁそもそも、この電話は魔神にも配っていないからな。持っている者のほとんどが登録されたようなものだ」
「え」
「量産できるものではないとダイスケが言っていただろう?このサイズで魔力を収めて、且つ自由に通話できる魔紋を描くのは、今のところ俺とダイスケが協力せねばできん」
「そ、そんな大事なもの、貰っちゃってよかったの?」
そんなの、超高級品じゃないか!後生大事にしまっちゃうよ、私!専用の首下げ袋作って、そこにしまい込んじゃうよ、もう!
「もちろんだ。むしろ、魔力のないものから発信できる唯一の手段になる。ある程度使用して内蔵した魔力が少なくなれば俺が注ぎ込むから、気兼ねなく使ってくれ」
「あうう……、貧乏性には気後れする携帯電話だわ、これ」
登録し終わったらしいジラルダークから携帯を受け取って、私は両手で包み込む。よくスマホを床に落っことしてたからなぁ。これは、気をつけないと。
「失くしても構わんぞ」
「ええええ……」
「要は、俺とダイスケが協力すればいいだけだ。……面倒でここ最近は断っていたからな。それに、変なものを作って叱られることも多かった」
ぼそっと、ジラルダークが明後日の方向を見ながら呟く。何だこの魔王、くっそ可愛いな。叱られるって、エミリエンヌに?それともボータレイさん?はたまた、トパッティオさん?
「叱られたって……。ちなみに、何作って怒られたの?」
部屋の縁側でそれぞれ座椅子に座って、時折お茶を飲みながらジラルダークの話に耳を傾ける。曰く、大介くん考案の全自動署名捺印機とか。これはトパッティオさんとエミリエンヌに怒られたらしい。そりゃまあ、そんなん作られたら署名捺印の意味なくなるもんね。本人いなくてもできちゃうってことじゃない。
「いや、あれはスタートボタンを生体認証にすれば有用だと思う」
「諦めてないし!」
「存外、書類仕事が続くと辟易するものでな……」
「ああ、まあ、うん。それは分かるけれどもねぇ」
曰く、またもや大介くん考案の声真似機とか。設定した内容を、任意のタイミングで話してくれる機械だったらしい。これは、トパッティオさんとボータレイさんに怒られたようだ。
「それあれでしょ、大介くんが仕事サボるために、居留守できる機械でしょ」
「何故分かった。俺は、不在時の音声案内として使おうと思っていたのだが、ダイスケが試作品を居留守に使用して開発を禁止された」
「あっちゃー……」
曰く、バックパックタイプの飛空装置とか。おお、これは私も興味あるぞ。ジェット噴射のように魔力を噴射させて飛ばせる設計だったようだ。
「それ、私も興味ある。何で駄目だったの?」
「あれに関しては、まあ、魔法が使えなければ着地で大変なことになるから、だろうな」
「ひええええ、なにそれ!その惨状、想像したくない……!ぐしゃあってなっちゃうってことでしょ!?」
「ああ。ある程度、高度も調整できるようにはしていたんだが、魔力の残量が分かりにくくてな。飛んでいたダイスケが落ち始めた時に俺が受け止めなければ、今頃……」
大介くんは帰らぬ人になってた、ってわけか。失敗は成功のもととはいえ、そりゃ危険すぎる。ちなみにこれは、方々から怒られたらしい。何してんだ、この悪ガキどもめ。
「ダイスケの考案する魔道具は有用なものも多いが、魔力を際限なく使いながら開発せねばならないからな。どうしても最初の開発時は俺の魔力が必要になる。上手く量産体制まで持ち込めれば、俺でなくともいいのだが」
「んー、たまに、息抜き程度にまた作ってみたらいいんじゃない?もちろん、その飛行装置みたいな危険なことはしない方向で、さ」
趣味はない、って前にジラルダークは言っていたけれど、大介くんとの魔道具開発について語るジラルダークの顔はとても楽しそうだった。魔神のホラー同好会の研究も、楽しそうに聞いてたもんね。工作するのとか発明するのが好きなんじゃないかな。でも、面倒で最近は断ってたんだよね……。それって、あれ、もしかして。
「……ジル、作ったものに関しては叱られてたけど、作ることとか開発に関わることについては叱られなかったんじゃない?」
「ん?……ああ、そう言われてみれば、作り始めに何か言われることはなかったな。問題がある場合は、大体出来上がって、試作品の段階で叱られていた」
「そっかそっか。じゃあ、危険なものとか、仕事サボる系の機械じゃなければきっと叱られないよ」
ジラルダーク自身は認識してなかったけど、恐らくはジラルダークの趣味は工作だと認識されてるんだろう。特に、ジラルダークが友達だよって紹介してくれた人たちは。面倒で工作するのを止めていたのは、ジラルダークの友達や魔神さんたちがはらはらしてた期間だろうな。大介くんのお遊び開発にかける心の余裕がなくなってた、ってことだろうから。
「そう、だろうか……」
「うん、大丈夫だよ。それに、もし差し支えなければ私も混ぜてほしいし」
「もちろんだ、歓迎する」
「即答ですかい。ふふっ、仕事サボる系の機械だったら、私が止めてあげるよ。もし叱られたとしても、一緒に叱られてあげる」
それは、彼が趣味らしい趣味がない、と聞いていた時から考えていたことだった。ジラルダークに趣味がないなら一緒に楽しめる何かを探したい。彼自身、ちょっと天然なところがあるから、これ楽しいなって思っててもそれを趣味と認識していないだけなんじゃないかとも考えてたけど。ドンピシャだったわ。
「カナエ……」
腕を引かれて、私はもはや定位置となってるジラルダークの膝の上に移動した。人前でやられると恥ずかしいけれど、この居心地の良さはもう、手放せない。ジラルダークの広い胸にもたれかかって、私は少しだけ高い彼の顔を見上げた。
私がこの人に見初められなかったら。
彼が、私を見つけなければ。
ジラルダークはもしかしたら、死んでしまっていたのかもしれない。そう聞かされて何も感じずにいられるほど、私は図太くない。また彼に限界が来てしまうかもしれない、それが今は、何よりも、怖かった。
「ありがとう、カナエ」
「ふふっ、どういたしまして。ジル、大好きだよ。ずっと、ずっと一緒にいてね」
そのために、私も頑張るから。精一杯、協力するから。毎日楽しいなってあなたが思えるように、努力するからね。
私の言葉への返事は、息が詰まるようなキスだった。腰をきつく抱かれて、何度も角度を変えて口付けられる。乱れていく息も、漏れる声も、全部ジラルダークの口に吸われていった。
すっかり息が上がった頃、名残惜しそうにジラルダークの唇が離れていく。はふ、と息を吐いて、私はジラルダークの首筋に額を擦り付けた。
「明日、結婚式だね」
「ああ、ドレス、とても楽しみにしている」
「私よりも、ジルのタキシード見たい。すっごくイケメンなんだろうなぁ」
「お前の愛らしさには敵わない。……自制できるかが不安だ」
「そこはぜひとも自制してください、魔王様」
「…………善処しよう」
不安だ。いやまぁ、ジラルダークのことだから大丈夫とは思うんだけれども、うーん。折角だし、ね。折角、魔王様が結婚式まで用意してくださってたんだもの、ね。
「式が終わってからだったら、あの、その……、自制とか、しなくていいから……」
真っ赤になった顔を見られないように、ぎゅっとジラルダークの肩に抱き着いて、私はもぞもぞと呟いた。
びくん、と体を跳ねさせたジラルダークは、そのままたっぷりと十秒ほど固まっていた、と思う。身じろぎもしない、できない静寂のまま、私はジラルダークの鼓動を体で感じていた。重なる鼓動が心地よくて、恥ずかしくて、堪らない。
「……お前が、好きだ。愛している、誰よりも」
静寂を破ったのは、不意打ちで落とされた、ジラルダークの熱っぽい告白だった。低く響く声が、ただでさえ乱舞している私の鼓動を壊していく。
「今宵ばかりはお前に無理をさせたくない。だが、抱きたい。今すぐに繋がりたい。俺は、どうすればいい?」
「うぐっ……、き、聞かないでよ!」
直球で聞かれた質問に、私はさらにきつくジラルダークに抱き着いた。恥ずかしい。けれど、察せ……!魔王様……!ほら魔法で、察してくれぇ……!
「む、無理したら!魔法で回復してくれるんでしょ!魔王様が!」
「!」
これ以上は無理だ、今の私の恋愛レベルでは、これ以上のセリフは出てこない。無理、無理だってば。
絞め殺さん勢いで抱き着いていたら、くすぐるような笑い声が降ってきた。
「ああ、最上級の回復魔法をかけてやろう」
だから、と言葉を続けかけたジラルダークの唇を、私は自分の唇で塞ぐ。ここまで盛り上がっておいて、もう!もう!この天然魔王め!普段はがつがつ来るくせに、本当にもう!
分かるでしょ分かれよこのやろう、とジラルダークを睨むと、とろけるような笑顔で額にキスをされた。そのまま抱き上げられて、布団まで速やかに運ばれる。
「ジル、はやく……」
「ああ、俺の妻が可愛すぎてつらい……」
って、それ絶対、大介くんに教わったでしょ、魔王様。