64.日本人の回想3
【ダイスケ】
ボータレイに送ってもらった紙を見て飛んできたのは、金髪碧眼のオウジサマと、七三眼鏡のイヤミ野郎だった。オウジサマの方はジラルダーク・ウィルスタイン、眼鏡の方はトパッティオというらしい。どいつもこいつも野郎ばっかだ。一人はカマだけどよ。
ジラルダークとトパッティオは、ここ5年ほど行動を共にしてるって話だ。こいつらはこいつらで、ここと同じような簡易拠点を作っていたらしい。
二人に招かれた先、ボータレイが作った拠点よりはまあマシかって程度の掘っ立て小屋があった。ダイニングテーブルもどきに備え付けられた丸太の椅子にそれぞれ座って、お互いの情報を交換している。オレ?しょうがねえからボータレイに抱えられてテレポートしたわ。マジ魔法使いてぇ……。
「ぶっちゃけて言うと、紙を送った中で最も魔力の高い二人組が来たのよ」
「はあ、そりゃ味方でよかったぜ」
オレには魔力そのものが感じられねぇからな。ちょいと青ざめた顔でいうボータレイに頷くくらいしかできない。
「だからこそ、でしょうけど」
「あー……、何かあっても対処しきれるって奴が来たってことか」
「ええ。この紙の元を辿っても大した魔力は感じませんでしたから」
最悪殺してしまえばよかった、と言外に含ませてトパッティオが言う。隣に腰かけているジラルダークが、お前そこまで言うなよ、みたいな焦った顔をしていたのが妙におかしかった。
「しっかし、魔法使いサマが増えたってだけで、状況はあんま変わらなかったか」
「原住民への接触は諦めました。君のように服装を誂えたりもしましたが、そもそも話が通じない。下手に手を出すよりも、見つからないようにしていた方が利口です」
やっぱダメだったか。この程度で誤魔化せるなら、そもそもあそこまで殺気立って襲ってこないわな。
「それと恐らくですが、ここへ飛ばされてきた我々は、成長しません」
「…………はあ?」
「精神的にはわかりませんがね。肉体的には、髪も、爪も伸びません。不老になったようです。不死では、ないようですが」
トパッティオが、ここへきて一番の爆弾を落とした。……不老って、おい。オレ、まだ、16だぞ。まだ、大人になってねぇぞ。ずっと、このまま、ガキのままなのか?オレが、……死ぬまで?
「意味、分かんねぇ……」
こんなワケ分からねぇ場所にすっ飛ばされて、強制的にサバイバル生活させられて、見知らぬ連中に追いかけまわされて、世界すら違う奴らと生きるか死ぬかの相談してて、で、極めつけは何だ?オレはもう、ここで終わりってことか?これ以上、成長も老化もできねぇって、そんな……。
あ、ハ、ハハッ……。
「ッ……!」
辛うじて。
辛うじて、叫ぶのは、堪えた。きつく、両手を握りしめて、体を屈める。湧き上がる感情が喉をせり上がるのを、無理矢理飲み込んだ。胃袋に重い、重い感触が広がる。目の前が、ちかちかと赤く染まった。根幹が、揺らぐ。
「ダイスケ……」
「いい、堪えるな。お前はまだ若いだろう。吐き出せ、受け止めてやる」
ハア?何なんだよ。何、したり顔でオレのこと見てんだよ。ちょっと年上だからって、なめんじゃねぇぞ。こんなクソみたいな感情を、手前ぇがどうにかできるってのかよ。ああ、上等だよ、どうにかしてくれよ!オレを!帰らせてくれよ!まだやり残したことなんざ、山ほどあるんだよ、オレは!ガキのまま、こんなところで終われるかよ!帰せよ!帰してくれよ!
反射的にジラルダークの胸倉を掴んで、オレは、呻きながら歯を食いしばる。ダメだ、堪えろ。コイツに当たり散らしたところで、何も解決しねぇ。それどころか、コイツも被害者みてぇなもんだ。このまま喚いたら、それこそガキじゃねぇか。
震える手をジラルダークから離すと、海のように静かな目が、痛々しそうに歪んだ。やめろ、そんな目でオレを見るな。
「悪ィ、ちっと一人にさせてくれ」
早口でそう告げて、オレは小屋から飛び出した。ダイスケ、とボータレイが呼ぶ声が聞こえたけれど、振り向けない。振り向きたくなかった。こんな、涙でぐしゃぐしゃになった顔なんざ、見られたくない。
あいつらは5年もこの世界を彷徨っていた。5年。短くはない。しかも、魔法使いから見ても強いと判定される奴らだ。そいつらが、5年。帰れずに、ここに、いたのだ。魔法使いでも何でもない、ただの高校生が思いつくような手段など、とうに試しただろう。試して、ダメだったのだ。
帰れない。絶対に。
帰れない。成長もできない。
大人になって酒でも飲みながら親父と話をして、年寄りが無理すんなよ、オレだってもう大人だって、笑ってやりたかった。
二人とも飲みすぎちゃだめよ、ってお袋に呆れたように笑ってほしかった。
いつか可愛い彼女でもこしらえて、相手の親父さんとお袋さんにお嬢さんをください、なんて言って。ここまで育ててくれてありがとうって、伝えて。
そんな、些細な、夢も、もう。もう、永遠に、叶わない。
「ッぐ、……ッ、ぅうっ……!」
噛み殺せない悲鳴が、喉の奥で渦巻く。帰りたい帰りたい帰りたい。こんなワケ分からねぇ世界は嫌だ。怖い。怖くないわけがない。何で、オレなんだよ。オレが何したってんだよ。助けてくれよ、誰か。助けて。オレを、家に帰してくれ。
それから日が暮れて、心配したボータレイが呼びに来るまで、オレは声にならない叫びを上げて泣き喚いていた。
オレの世界は、絶望から始まった。
◆◇◆◇◆◇
「壮絶、ですねぇ……」
夕飯の席で、ここに飛ばされた直後のオレの話を聞いていた夏苗ちゃんは、どこかしんみりとした声で頷く。いや、アンタも同じように飛ばされてきてるだろ。直後に保護されたかどうかってぐらいで、境遇はそう変わらないはず、なんだけどな。
夕食の席にはオレとボータレイ、ジラルダークと夏苗ちゃんがいる。侍女も下げてるから、オレはいつもの侍ルックじゃなく、日本人の寛ぎスタイルであるジャージを着ていた。さっき、どこかの馬鹿に蹴り食らって池に落とされたしな。
「合流した直後のダイスケは可愛らしかったぞ。年相応の子供でな」
「るせぇよ。そういうお前はオウジサマだったじゃねぇか」
にやにやと笑うジラルダークに、オレは頬をひくつかせる。夏苗ちゃんは、お茶を啜りつつ首を傾げた。
「金髪碧眼だったから?」
「それもあるし、コイツ元々の世界で王太子だったんだぜ」
「まじか」
「マジマジ」
驚いて目を丸くした夏苗ちゃんは、隣に座るジラルダークを見上げる。言ってなかったのか。つか、ジラルダークのことだ、単に忘れてたのかもしれねぇけど。
ジラルダークが元王太子だったのも、コイツが魔王の座に就いた理由の一つだったんだよな。人を纏める、人心掌握術つうの?そこら辺は王太子なだけあって学んでたっぽい。当時から強さも抜きん出てるわ、王としての教育はされてるわ、ってんで他に魔王として適した奴はいなかった。コイツを王として据える分、オレたちはその補佐として細かく分担したんだ。ジラルダークの負担が、少しでも減るように。
トパッティオは対ニンゲン用の策を練る。トパッティオの任された土地も、ニンゲンの動きが把握しやすいところに設けた。ボータレイは衣食住を整える。真っ先に不満が出るのがここだ。食と住に関しては、オレもだいぶ口を出させてもらったが。
あの直後に仲間になったオッサンことカルロッタは、軍の育成をした。今も、過酷な環境を領地として軍隊を育てている。育てた兵士の中で見込みのあるやつは、ジラルダークの元に向かわせた。そしてオレは、飛ばされてくる異世界人の情報を収集しては書物に纏めている。放浪領主なんて呼ばれているが、色んな世界の情報はかなり有益だ。もう、ただの男子高校生って言えるほど若くもねぇしな。
あの当時からの仲間は、任されたこの仕事を今も続けている。人口が増えたから領地の中にいくつか村長的なものを設けたり、魔神システムを作って任せてみたりしているが、オレたちは永い時を生きるのだ。
「おいそこ、イチャイチャすんな」
ちょっと目を離した隙に、ジラルダークが夏苗ちゃんを抱き上げて膝に乗せていた。夏苗ちゃんに阻止されてキスは出来ねぇみたいだけど。あーあ、オレも本格的に嫁探しすっかなぁ。こっちの世界に来てからそんな気分にならなかったけど、目の前でいちゃつかれると嫁がいるのもいいなって思う。
「ま、そんなだからさ。何かあったら遠慮なく頼ってくれ。オレでも、そこのおカマでもいい」
言った瞬間、視界がぶれる。また殴りやがったなこの野郎。コイツ、黙らせるのに殴ってくるくせに回復魔法を拳に乗せてくるから、吹っ飛ぶだけで無傷っつー変な状態にしてきやがる。
「そうよ、遠慮なく頼ってちょうだい。ダークには相談しにくいことも、私たちには話せる場合もあるでしょう?」
「ふふふ、ありがとうございます」
ぶっ倒れた俺に笑って、夏苗ちゃんはこくりと頷いた。夏苗ちゃんはトリップしてから今まで、この世界に絶望しなかったという。即座に村の生活に順応し、魔王様の拉致にも対応して、嫁にまでなってる。泣くことすらせずに。いくら元の世界での年上とはいえ、それが少し不安だった。
「夏苗ちゃん、これやるよ。どこでも電話」
「そのネーミングセンスはいかがなものか……。携帯電話とかでよくない?」
懐から取り出したスマホサイズの魔道具を夏苗ちゃんに渡すと、彼女は受け取りながら苦笑いを浮かべる。折角開発したんだ、名前は好き勝手に付けようと心に決めてる。
「それに、オレとレイ、ティオの番号が入ってる。……ダークのはいらねぇだろ。睨むなよ色ボケ魔王」
自分の持ってるどこでも電話の番号が登録されていないと知って、即座にジラルダークが睨んでくる。つか、使い方知ってるだろ、お前。自分で登録しろよ。
「使い方は、ほとんど携帯と一緒だ。電話帳から相手を選んで通話ボタンを押せばいい。逆にかかってきたときも着信音が鳴るよ」
「そのまんまスマホだね、これ」
「うん、そこ目指して作ったからな。動力だけが違うけどさ」
魔法なの?と首を傾げる夏苗ちゃんに頷いてみせる。魔法、つうか魔紋だけどな、内蔵されてるのは。基盤の代わりに、魔力を込めた魔紋が描かれてる。だから、魔力のないオレや夏苗ちゃんでも使える魔道具だ。つか、魔力がないオレらからの、唯一の連絡手段だ。
「量産はまだ難しくてさ。オレは魔法が使えないから、もうちょい、科学の方向でこの国を成長させたいところだな」
「そっか……。うん、ありがとう、大介くん」
綻ぶように笑う夏苗ちゃんに、オレも微笑んでみせる。途端に機嫌が悪くなる天然大魔王に、オレは思わず笑った。
あの日、オレはこの世界に絶望をした。
けれど、今は。
「末永く幸せにな、夏苗ちゃん。帰る実家はこっちに用意してやるから、夫婦喧嘩したらいつでも帰って来いよ」
そんな軽口にけらりと笑う彼女に、オレたちは緩く目を細める。どこかくすぐったい、やわらかな空気の中、オレたちは互いに笑いあうのだった。




