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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
純白の花嫁編
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59.煩悩の数

【ダイスケ】


 うろうろ、そわそわ。


 オレの目の前で右へ左へ前へ後ろへと目紛るしく移動しているのは、独楽鼠ではなく我が偉大なる魔王陛下である。オレの部下の牧師サマも、初めて見る魔王のアホな行動に目を白黒させてる。

 そりゃそうだよな。夏苗ちゃんを迎えてから初めて見るもんな。オレらがこうなったジラルダークを見たのは酒の席だったから酔っ払い特有の寛大な心で流したが、確かに今までのジラルダークを知ってると驚きだよな。女なんていらん、とばかりに擦り寄ってくる奴を片っ端から袖にしてた男とは思えないくらいの変わりっぷりだよな。あの魔女の所為もあって、ちょいと潔癖っぽかったもんな。領内でオレ相手に男色の噂が出たときは、全力で潰したけどよ。


 そのジラルダークが、だ。嫁の姿が見えないだけでこの浮つきっぷりときたもんだ。


「落ち着かれては如何でござるか、陛下。それでは式次第の打ち合わせも碌に出来ぬでござるよ」


「しかしだな、ダイスケ。カナエはどのドレスを選ぶのだろうか。選ばれなかった他のドレスを、後日着せてもいいのか。俺は全てのカナエが見たいぞ。きっとどのドレスもよく似合う。カナエは着る服で印象がよく変わるから、一つも見逃したくはないのだ」


「ただの嫁馬鹿でござる」


「それに、式次第にはカナエの意見も取り入れなければならん。ニホンでは、結婚式の内容は嫁の意見を反映させるべきなのだろう?これ以上勝手に決めて、カナエに嫌われたくない」


「真性の嫁馬鹿でござる」


 それ以外の感想が出ねぇ。どんだけ絆されてんだ、この魔王陛下は。夏苗ちゃんは多分、ドレスを選ぶのに男がうろうろしてちゃやりにくいってんで追い出しただけだろ。あの子のことだ、ジラルダークを叱ることはあっても嫌うことは余程でない限りないはずだからな。じゃなけりゃ、結婚式のためのドレスを選ぶなんてしねぇだろうし。


 つうか、結婚式の流れをやっとかなきゃなのは、お前が日本人じゃねぇからなんだよ。夏苗ちゃんは大体分かるだろうから、この時間をお前のお勉強の時間に当ててやったっつうのに、これじゃ意味ねぇじゃねぇか。


「とりあえず落ち着いて座りやがれでござる。挙式で花嫁をカッコよくスマートにエスコートしてぇのでござろう?御台様に惚れ直してもらうチャンスを、わざわざ棒に振りやがるでござるか?」


 オレの一言は、ことのほか魔王陛下に効いたようだ。独楽鼠は鳴りを潜めて、ジラルダークはオレたちの目の前に座った。いくつになっても、男ってアホだよなぁ。惚れた女の手前、カッコ悪いところなんざみせたくねぇし、むしろカッコつけたいし。余裕ぶって内心冷や汗なんざしょっちゅうだもんな。


「りょ、領主様。陛下にそのような物言いは……」


「失礼仕った。つい本音が出ただけでござる」


 こっそり耳打ちしてくる部下に、オレは適当に返事をした。ま、本音っつうのは嘘じゃねぇけどな。


「陛下。今回の挙式で取る形式は、日本で言うところのプロテスタントスタイルのキリスト教式でござる。とはいえ、殆ど人前式のようなものでござるが。大まかな流れを教えるでござるから、質問は最後に纏めて受け付けるでござるよ」


「ああ、頼む」


 大真面目に頷いたジラルダークに、オレと部下からキリスト教式の流れを話した。列席者は夏苗ちゃんと面識のある各領主と魔神たちだけだから、そう肩肘を張る必要はないと思うけどな。その後、うちの領をお披露目がてら回る予定だが、ありゃウグイス嬢やってりゃどうにかなるだろう。

 日本の結婚式の詳細を知らないジラルダークに入場の順番や、誓約の仕方、指輪の交換や退場の仕方までをざっくりと説明した。話を聞いて考え込んでいる様子の、偉大なる魔王陛下の様子を窺う。


 ああ、ダメだこりゃ。笑み崩れてやがる。夏苗ちゃんがどんな風になるか想像してんだな。ムッツリな野郎だ。


「ちなみに、ヴァージンロードの付き添いは外見の年齢からしてフェンに頼むとよいでござる」


「父親役として、か」


「同郷ではあるが、拙者では幼すぎる故。カルロッタはチョイ悪親父なので却下でござる。ああ、それともサリューかアマド辺りに声をかけてみるでござるか?あれは御台様の姉貴分兄貴分のようなものでござろう」


「そうだな……」


「なれば、後程遣いの者に飛んでもらうでござる。……いや、ここまできたらいっそ、アマドの村の民にも列席させるでござるか?サプライズゲストとして、喜ぶやもしれぬでござるよ」


「ああ、それはいい案だ。我が直々に説明をして……」


 早速飛びそうになった我が偉大なる魔王陛下に、オレは慌ててストップをかけた。待て待て、色ボケ魔王。いくらなんでも、民にこの魔王を披露するわけにはいかないだろ。威厳もクソもなくなる。


「いけませぬぞ、陛下。いつ、御台様よりドレスの相談が入るやもしれませぬ。今動いては、折角の好機も逃そうというもの」


「!」


 もっともらしく言ってみれば、ぴたりとジラルダークが止まった。今回の衣装合わせはボータレイとうちの侍女数人で行なってるんだが、夏苗ちゃんの希望でジラルダークが透視できないように防壁張ってんだよな。だからこそ、魔王陛下はやきもきそわそわしてたわけだ。


「そうだな」


 ああ、相談自体入るとも限らねぇけどな。とまぁ、それは飲み込んでおいて、オレは部屋の外で控えていた侍女にテレポートが使える部下を呼んでおくよう伝えた。いいよなぁ、魔法。できるならオレも使ってみたかったぜ。魔道具は使ってるけどよ。日本は大体再現しきったから、凍結してた魔道具の開発に力を入れるか。どうせなら、どこでも繋がる扉と自由に空を飛べるプロペラぐらいは再現したいよな。いっそ、ヴラチスラフを唆して仲間に引き込むか。


 俺が青いタヌキに思いを馳せている隙に、飛ぶ必要がないならば、とジラルダークは部下に色々質問し始めた。それを横目に、オレは緑茶をすする。この緑茶を再現するのにも、随分と時間がかかっちまった。米の時は似たような植物があったから比較的簡単だったんだけどな。大豆もすぐに見つけられた。そっから、醤油、味噌、納豆までは早かった。ここら辺は日本人の意地だよな。


「ああ、そういえば御台様は日本食を気に入られたでござるか?中食(ちゅうじき)は定食屋に行ったのでござろう?」


 尋ねてすぐ、後悔した。折角、部下と真剣に打ち合わせしてたってのに、また魔王陛下のご尊顔が蕩けちまった。


「とても気に入っていたぞ。日本食は時折、城でも出していたのだが、同郷の者が作るものに比べては細部が劣っていたのだろう。定食屋に入った時から可愛らしくてな。カナエはサバの味噌煮が好きなようだ。あれを見つけた時の嬉しそうな顔は、網膜に焼き付けておきたいくらい愛らしかった」


 部下が、魔王陛下に見えないようにオレを睨む。余計なこと聞いて悪かったって。お前の中の魔王様像ぶち壊してるもんな。主に本人が。


「普段、城の中に籠もりきりだった所為もあるだろうが、気兼ねない外出にはしゃぐのもまた可愛らしくてな。それに俺が私服であるのは珍しいからか、随分と照れて恥らっていた。耳まで赤く染めて俯く姿は、抱き潰してしまいたいくらいだ。しかし、上目で俺を見上げてくるカナエは、誰の目にも晒したくないほどに愛らしいものだな。淡く頬を染めて嬉しそうに笑うカナエに何度、囲いたい欲を抑え込んだことか。街中を散策するうちに慣れてきて自ら手を繋いできた時など、よく耐えたと自分を褒めたいぞ。ああ、まだ衣装合わせは終わらないだろうか。早くカナエに会いたい」


「煩悩の塊でござるな、御台様限定で」


 嫁馬鹿っつーか、よくこれを相手に出来るな、夏苗ちゃん。誰にも見せたくないとか囲いたいとか、かなり仕上がったヤンデレじゃねぇか。もしも、万が一、夏苗ちゃんがジラルダークに呆れたり、鬱陶しくなって嫌ったりしちまったら、コイツ死ぬだろ。精神的にも、肉体的にも。

 前に仕掛けたイタズラにエミリエンヌが激怒した理由も、今なら痛いほどによく分かる。駄目だ、この魔王。一瞬でも夏苗ちゃんに厭われようもんなら、本気でこの世から消えるだろ。さらさらと塵になって消える姿が目に浮かぶぞ。


「まあ、女性の支度には時間がかかるのが世の条理。そう急かすものではないでござるよ」


「それはそうだが……」


 今度は座ったままそわそわし始めた魔王陛下に、オレは深く溜め息をついた。隣の部下からは非難がましい視線を感じる。そりゃ分かっちゃいるけどよ、オレもこんな魔王陛下をどう扱えばいいのか攻めあぐねてんだよ。素面だからな、今日は。こちとら、コイツと出会ってから数百年、こんな蕩けきったジラルダークなんざ、見たことがなかったんだよ。

 あー、早く終わらしてくんねぇかな、ボータレイ。昼には顔出すっつってたけど、今何時だ?……まだ10時か……。


「昼時には一度休憩を挟むでござろう。御台様に理想のドレスがあれば、昼までには決まっているのではなかろうか」


「そうだな。……ダイスケ、昼食は何を用意させている?」


 ああ、はいはい。分かったよ。オレは魔王陛下の忠実なる部下ですからねぇ。このくらいの意図は汲んでおきますとも。


「部屋でもお召し上がり頂けるものでござるよ。運ばせるようにしておくでござる」


「ああ、そうしてくれ」


 悪いな、夏苗ちゃん。着せ替え人形にされて疲れてるだろうけど、こっちの相手も大概疲れてんだ。昼飯は、ゆっくり取らせてもらうぜ。


「……そういえば、陛下も新郎用のフロックコートを試着するように言われていたでござるよ」


 オレの言葉に、半分抜け殻になっていた部下が頷く。だよな。領民憧れの的の魔王様が、でろっでろに蕩けきってのろけてんだもんな。リア充、マジ爆発しろ。

 試着っつっても、こっちは向こうと違って型は一種類だけだから、ちゃちゃっとサイズ合わせるだけで終わるけどよ。コイツに似合う色は、定番の黒かシルバーグレーか。その辺は新婦のドレスとの兼ね合いもあるから、ボータレイがよろしくやるだろう。


「ならば、今のうちに済ませてしまうか。ああ、そうだダイスケ。明日も出かけようと思うのだが、また洋服を見立ててもらえるか?」


「相分かった。昨日の服装も御台様はお気に召したようでござるし、平成の服装なら拙者に任せるでござるよ。ちなみに、明日はどちらの地区へ向かうでござるか?」


「フジヤマの麓の遊園地に行きたいと言っていた。そこに連れて行こうかと思っている」


 ああ、富士急か。あそこは特に力を入れて建設したもんなぁ。オレが飛ばされる少し前に行った時のアトラクション施設は、ほぼ完璧に再現した。オレ以外にもあそこのファンは多かったから、予想以上の仕上がりになったんだよな。日本人のこだわりに驚くといいぜ、夏苗ちゃん。


「あそこは絶叫系アトラクションが多いでござるよ。動きやすい服装の方がいいでござるな」


「絶叫……、ジェットコースター、だったか?」


「左様。御台様もあの遊園地はご存知の様子でござるから、ボータレイにも言っておくでござる。今日のようなスカートでは、安心して楽しめないでござるからな」


 言った瞬間、ぎろりと魔王陛下に睨まれた。


「カナエで妙な想像をするな」


「冤罪にも程があるでござる」


 マジめんどくせぇ。リア充、爆ぜろ。


 そう思ったオレは、絶対に悪くないはずだ。

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