57.日本人の領地2
天守でひと悶着あったものの、ジャパン領については大体把握した。要は、日本にあって再現可能なものを領地の中に無差別に建てていった結果、日本のごった煮みたいな領地になったということだ。
出されたお茶は煎茶で、何とも懐かしい気分になる。このお茶の苦味と甘味がいいんだよね。口の中がさっぱりするというか。外の景色はこの際、まるっと無視だ。結構見晴らしいいのね、ぐらいで心の棚にしまっておこう。
「で、この後どうするのよ?ダークとデートに行く?」
「ぐふっ!」
煎茶を堪能していた私に、ボータレイさんが特大の爆弾を投げてきた。飲んでいた煎茶が変なところに入ってしまって、私は噎せながら目を白黒させる。
「げっほ、げほっ、で、ででで、で、デートですか!?」
「あらま、新鮮な反応ネ。かーわいい」
しなやかに笑うボータレイさんは、私の隣で背中を擦ってくれてる過保護魔王様に視線を向けた。
「アンタ、したことないの?カナエちゃんとデート」
「ああ、カナエと共に外出するのは今回の領地巡回が初めてだからな。トパッティオのところは公務で回ったようなものだ。自由に出歩くこともままならなかった」
「じゃあ、こっちでは楽しんでいきなさいよ。幸い、まだ領民にはカナエちゃんの顔は知られてないもの。ダークがちょっと変装するだけでいけるわ」
ボータレイさんの言葉に、ジラルダークが頷く。
で、で、でで、デート、ですか?魔王様と?いや、うん。確かに、私は魔王様の后で、恋人関係すっ飛ばして結婚しちゃってるけども。前の世界ですら、でぇと、などというリア充爆発しろ的な事態に陥ったことなど皆無なのに。あ、うん、ジラルダークとはそれ以上のことを毎夜致しているけれども。それとこれとは別というか、乙女心が大混乱というか、そもそも、デートって何したらいいんだ?手を繋いで、ぶらぶらウインドウのショッピングなんかしちゃったりして、景色のいいレストランに行ってシャンペン片手に、魔王の瞳にカンパイ☆とかすればいいのか!?
「ウフフ、カナエちゃんがフリーズしてる間に準備しちゃいましょうか。服はワンピースとニットのポンチョでいいわね。あ、この前可愛いブーツ見つけたから、それも用意させましょ」
「そうだな。俺は服装を変えて髪を縛ってしまえば殆ど分かるまい」
「そうね。念のため、伊達メガネでもかけときなさいな」
「ああ」
私が大混乱している間に、あれよあれよと着せ替えられて出かける準備をさせられてしまった。流石、領地に日本人が多いだけはある。ボータレイさんが用意してくれた恰好は、ここ最近全く目にすることのなかった洋服だ。しかも、可愛い。
「オッケー、完璧ね」
唖然呆然とする私に手慣れた様子でナチュラルなお化粧を施してくれたボータレイさんは、全身を確認するとウインクしてくれた。ジラルダークは、自分が着替えるために別の部屋に行ってる。勿論、東堂さんも引きずっていってくれた。
「初デートなんでしょ」
「うぐ。……はい。魔王様と初、というよりむしろ、人生初です」
「ウフフ。そうだったのね。ホラ、そんなに緊張しないの。散歩とでも思って、ゆっくり楽しんできたらいいわ」
た、楽しめるかなぁ。でででデートなんて緊張するし、何より、デートするのはジャパン領だ。この領地への不安は尽きない。
「用意はいいか?」
「こっちはオッケーよ」
ボータレイさんの声を受けて、ジラルダークが襖を開けた。緊張しきりの私はボータレイさんに背中を押されつつ、ジラルダークの方を向く。
うっ……!
「行こうか、カナエ」
そう言って、ただのイケメンが手を差し出してきた。
そうだ。そうですよ。魔王様って、魔王様用真っ黒ゴシック服&マントを纏ってらっしゃるから魔王様なのであって、普通にデニムとかジャケットとか纏ったらただのイケメンなんですよ。忘れてた。完っ全に忘れてた。しかも何でメガネ?
「……カナエ?」
ざっくりと髪の毛を纏めたジラルダークは、ちょっとやんちゃな爽やか系イケメンに成り上がってる。不思議そうに顔を覗き込んでくるジラルダークを見て、顔中に熱が広がるのが分かった。
「!」
私の反応に驚いたように数回瞬きをすると、ジラルダークは非常に意地の悪い微笑みを浮かべる。ボータレイさんは私の背後でおかしそうに喉を鳴らして笑ってた。
「では、我が姫君をエスコートさせてもらおうか。おいで、カナエ」
「あ、うぅ……」
俯く私の手を取って、ジラルダークはしっかりと指を絡める。
どうしよう。手汗が半端ない。むしろ、ジラルダークの目が見れない。顔上げられない。は、恥ずかしい!居たたまれない!逃げたい!
俯いたまま手を引かれるのに従って歩いていたら、不意にジラルダークが私の両脇に腕を入れて抱き上げた。
「ひゃわっ!?」
「城下町の手前まで魔法で飛ぶぞ。さすがに城から出ては、不審がられてしまうからな」
いつものように抱っこされると、ジラルダークの顔が近くて尚更意識してしまう。魔王様やってる時のジラルダークとは違って、威圧感の全くないただで普通のイケメンは、違う意味で破壊力が抜群だ。
「うぅ、うん……」
なるべく彼の顔を見ないようにして、私は頷く。あああ、耳まで真っ赤なんだろうな。すんごい熱いもん。
何だろうね、何なんだろうね。悪魔城に嫁いでからこちら、ずっと一緒にいたはずなのにね。夜もこんなことで恥ずかしがるようなレベルじゃないことしてるのにね。アレか?これがギャップ萌えというヤツなのか?普段は男友達のように接してる幼馴染の女の子が、ドレスアップしてドキッと自覚しちゃうアレなのか?
「全く……。カナエは可愛いな」
くすくすと笑いながら、ジラルダークは私の頬っぺたに口付ける。びくっと体を震わせた私を落ち着かせるように、ジラルダークの手が背中を撫でた。
「そのように愛らしい反応をされると、夕刻まで保つか分からんぞ。それとも、このまま屋敷に戻るか?」
背中にあった手が、ごくごく自然にお尻を撫でてくる。せ、セクハラ!爽やか系イケメンの癖してセクハラすんな!
「で、デートしたいです!ジルとデートします!」
「ああ、行こう」
緩やかに微笑んで、ジラルダークは私を抱っこしたまま瞬間移動した。
瞬間移動自体には、かなり慣れたと思う。外出するようになってから、ジラルダークがよく使うからね。ただ、瞬間移動した先の光景が江戸だと、思考が回復するまで時間がかかるわ。
「うわぁ、完全にお江戸だぁ」
腕から下ろしてもらった私は、目の前に広がる完璧な城下町をきょろきょろと見回した。建物は全て木材で作られてるし、看板も墨で描かれてたり彫ってあったり、何より行き交う人々の七割が着物だ。あとの三割は私と同じような洋服の人や、トパッティオさんの領地で見たような西洋民族風の服装だ。
どこかで見たような土産物のおまんじゅうを蒸かしていたり、刃が引っ込む刀を売ってたり、あ、忍者ショーもやってる。歌舞伎座もある。貸衣装屋もある。射的屋に酒屋、反物屋やお茶屋さんや越後屋も、って何をしてるんだ、このお店は。お煎餅屋さん?
「ふふ、そう慌てずとも、ゆっくり回ろう。あれの準備が整うまでは、ここに滞在せねばならないからな」
きょろきょろしてたら、いつの間にか手を繋いでたジラルダークがおかしそうに笑う。よく見れば、通り過ぎるジャパン領の人たちも、微笑ましそうに私を見ていた。お、おのぼりさんですよね、思いっきり。
「懐かしいか?」
「うん。なんだか、日本で観光旅行してるみたい」
頷くと、ジラルダークはそうか、と穏やかに微笑む。
「少し散策したら、昼食にしようか。お前の言っていた定食屋というものも、この区画にあったはずだ」
「おお!」
手を引いて、ジラルダークが歩き出した。それに合わせて、私も辺りを見学しながら歩く。ブルリア領の市だと魔王様に付き添う御后様として回ってたから、こんなに気楽に楽しめなかったもんね。
「ジルはここ、よく来るの?」
「ああ。アレに用があるときは、大体そこの越後屋に呼ばれる。煎餅屋と茶屋を兼ねているようでな」
「へえ、そういう造りなんだ」
こだわってるなぁ、東堂さん。というか、この町で働いてる人は皆楽しそうだ。ノリノリでやってらっしゃる。
「どうせならばアレの屋敷に呼べばいいものを。越後屋でやると雰囲気が出る、と訳の分からんことを言っていたな」
「うーむ。日本人としては、分かるような分からないような。越後屋、おぬしも悪よのう、っていうのが日本人として一度は言ってみたい台詞だもんね」
「確か応答は、お代官様には敵いませぬ、だったか」
「うわ。やっぱり余計なこと教えられちゃってる」
東堂さんのことだから、ジラルダークに教えちゃってるんだろうな、とは思ったけども。時代劇フリークって言ってたもんねぇ。
「ただ、俺もこうしてのんびりと散策する機会は中々ないからな。ニホンのことを教えてくれないか?」
「うん、もちろん!」
頷いた私に、ジラルダークは嬉しそうに笑った。おっといけない。そうだった。私の隣を歩くのはただのイケメンだったんだ。この笑顔はまずい。また顔が赤くなる……!
「と、とりあえず、あっち!あっちの射的屋行ってみよう!」
「ああ、そうだな」
絶対私の変化に気付いてるであろうジラルダークを連れて、私は必死に平常心を保とうと努力した。……その努力が実ったかは、別の問題だったとだけ言っておこう。