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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
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5.魔王の力

【ジラルダーク】


 耳を舐められ放心しているカナエをベーゼアに任せて、俺は謁見の間へと向かう。舐めずとも変形させることは出来るが、カナエは魔法を知らない。これ幸いと便乗させてもらった。カナエはスキンシップ自体に慣れていないようだから、隙あらば俺から攻めさせてもらおう。


 カナエも気にしていたように、悪魔たちはそれぞれ、一見するとニンゲンとは思えないような容姿をしている。城の中にいる者は尚更だ。この世界のニンゲンと同じような見た目の者は村を任せているせいでもある。この世界にはいない種族も多く、今では慣れたとはいえ俺も昔は驚いたものだ。

 特に、魔女のダニエラや、ファントムのヴラチスラフは中々の迫力だな。後でカナエに一人一人紹介してやらねばならん。彼等に興味を示していたからな。


 石膏でニンゲンの骨を模して作られたオブジェを撫でると、謁見の間に続く扉が開く。平伏して待ち受けていたのは、十二の魔神のうち、呼び出しておいたグステルフとナッジョ、イネスの三人だ。


 俺は玉座につくと、顔を上げるように促した。


「グステルフ、次の軍の演習は三日後であったな」


「は。陛下にご覧頂くとあって、軍の者も力を入れております」


「そうか。その演習、少し変えさせてもらおう」


 俺の言葉に、三人が目を見開く。今まで、演習に口を出したことはないが、この程度ならば問題ないだろう。


「グステルフ、ナッジョ、イネス。我と力比べをせよ」


「!な、へ、陛下と、でございますか?!」


 ナッジョが驚いて声を上げた。時折、軍の者に混じって鍛錬をしているとはいえ、魔神が俺と剣を交えることは多くない。俺を魔王と認めた後、その回数は目に見えて減少した。極稀に俺へ挑んでくる者は、グステルフくらいか。俺自身が鍛えたいと思えば、魔法で俺の分身を作るか、別の領地にいる奴のところまで飛ぶかしているからな。


「我が妻が、お前たちの力を測りたがっておる。それとも、我が相手では不足か?」


「め、滅相もございません!」


 再び平伏したナッジョに、俺は口元を吊り上げた。冷酷に見えるよう、幾度となく繰り返した笑みだ。呆然としているイネスを軽く叩いて、グステルフが頷いた。魔神として俺に従って長いだけはある。この程度で思考が止まることはないか。


「陛下が直々にお相手下さるとは、光栄の極みにございます」


「ああ。我も楽しみにしておるぞ」


 赤い瞳が目立つよう、目元に力を込めて告げれば、気圧されたように三人が息を飲む。元より、この玉座は俺が恐ろしく映るように照明が調整されていた。慣れた角度で顎を引き体を背もたれに預ければ、それだけで俺は魔王となれる。妻が望むからというよりは、俺自身がその機会を窺っていたのだと思わせるための小芝居だ。


「以上だ。皆、鍛錬に励め」


「「はっ」」


 機敏な動作で頭を垂れた三人を尻目に、俺は玉座を辞する。魔王らしく振舞おうと肩肘を張っていた頃が懐かしい。

 さて、俺も鍛えるとするか。あの三人が束になろうが負ける気は全くしないが、カナエの前で万が一にも膝をつくような無様は晒したくないからな。



◆◇◆◇◆◇



 三日後、俺はカナエを伴って演習場に来ていた。隣にいるカナエの耳は、あの日から俺と同じような形になっている。元に戻してほしいと言われることもなければ、カナエ自身、特に耳を気にしている素振りもなかった。自然と受け入れられたことに、どうしても頬が緩んでしまう。カナエに格好悪いところを見せるまいと気合を入れて、俺は悪魔の兵が集う演習場へ視線を向けた。

 俺が直々に演習を見るのは、年に数度と決まっている。あまり緊張させてもいい結果は望めない。年に数度だけの、一種のイベントのようなものだった。それに加え、今回は俺が将であるグステルフや奇襲部隊の長であるナッジョ、女だてらに斥候部隊の長を務めるイネスと手合わせをすると触れてある。常以上に、皆の気合が入っていた。


 ふむ、俺の視察に合わせて演習に参加するのもいいかもしれない。想定していたよりも、兵の士気が高まっているようだ。普段は、やるとしてもグステルフとの手合わせを見せるのが精々で、他の魔神との手合わせはわざわざ演習中に見せることはなかったからな。


 魔神と兵の演習が滞りなく終了した。皆、よく鍛錬されている。これならば、特異な能力を持たぬ兵も、ニンゲンの騎士を相手に引けを取らないだろう。

 カナエとベーゼアを席に残して、俺は兵たちの下へ向かう。跪く兵の間を通り抜けて、グステルフたちの前に立った。演習場の中央に用意してある闘技用の舞台の上で、彼等と向かい合う。グステルフは俺を油断なく見つめ、ナッジョとイネスは多少強張ってはいるが気合充分といった風だ。


 俺は両手にそれぞれ持つ剣のうち、右手の剣を軽く掲げる。


「皆、面を上げよ」


 跪いていた兵が、俺の声に合わせて顔を上げた。舞台の最も近いところには、今回声をかけなかった魔神たちが控えている。彼等の力も特筆すべきものがあるが、連携させるならばこの三人だろう。武力がものを言う部隊の長を務め、尚且つニンゲンとの戦争で俺と共に前線に立ったことのある三人は、勝つことに貪欲だ。例え、その相手が魔王である俺であっても、だ。そうであるように、教え込んだしな。


「自衛の術なくば、我々に安寧は無い。お前たちの力を我に示すがいい」


「では、僭越ながら私めから」


 一歩前に出たイネスに、俺は掲げていた剣を振り下ろした。特に魔法を纏わせていなかったが、イネスが一瞬怯んだように目を見開く。俺は演習場にいる皆に聞こえるように魔法で声を響かせながら、口元に挑発的な笑みを浮かべた。


「笑止。我の相手がお前一人に務まるとでも思ったか」


「!」


 俺の言葉に、イネスはおろか、グステルフもナッジョも目を見開いて息を飲んだ。ああ、しまった。俺の意図が正しく伝わっていなかったか。

 俺は魔法でマントの裾を揺らしながら、驚く彼等に笑んでみせる。煽る目的で浮かべた笑みは、カナエに向けるものとは全く違うものだ。見物している魔神のアロイジアが楽しげに口笛を吹いた。


「一纏めに相手をしてやろう」


 俺の言葉に、視界の隅でカナエが立ち上がる。無茶でしょ何言ってんの魔王様、と俺の耳がカナエの声を拾った。お前まで驚いてどうする。俺は、お前に力を見せてやると言ったんだ。生半なことで示せるとは思っていない。


 それに、こうして複数人相手にして勝った方が、格好いいだろう?


 お前の心が俺に向いていないことは知っている。随分と強引に連れ去った自覚も勿論あった。厭われても仕方ないというのに、カナエは強く俺を拒むことはない。それが俺に希望を持たせる。だから俺は、カナエに示すのだ。俺の実力を、恐らくは、惹かれてくれるであろう魅力を。


「かしこまり、ました」


 グステルフが、三人を代表して跪きながら言う。一対一で俺と戦えると思っていたらしいグステルフは、少々不満そうであった。ニンゲンであれば、グステルフに敵う者はいないだろう。だが、俺は数百年を生きた魔王だ。三人どころか、十二の魔神を纏めて相手をしても俺は勝てる。……さすがに、これほど集まった兵の前でやるわけにはいかないが。


「僅かでも手加減しようものならば、魔神の名が挿げ変わると思え」


「むしろ、陛下相手に手加減などしたら、命が幾つあろうと足りないでしょう」


 苦笑混じりに言うグステルフに、俺も口元を吊り上げた。こちらは無論、加減はする。本気で相手をしてしまうと、三人とも潰してしまうからな。


「では、お相手願います」


 グステルフの声に、ナッジョとイネスも構えた。グステルフは大剣、ナッジョは曲剣、イネスは斧を得手としている。うち、ナッジョとイネスは魔法も使うことが出来る。魔法の練度は俺に劣るが。

 俺も双剣を構えた。息を飲む刹那に、演習場に集まる誰もの目が集まったのを感じる。動き出す合図は、フェンデルの鳴らした頭蓋骨のベルだった。


「参る!」


 踏み込んできたのはイネスだ。俺は斧をぎりぎりまで引き付けてから二本の剣で弾いた。その一瞬で右後ろにナッジョ、イネスの左にグステルフが移動していた。

 やはり、彼等の連携は目を見張るものがある。イネスの攻撃をどこかの方向へ避けていたならば、ナッジョかグステルフの餌食となっただろう。魔法で迎撃するにも、この世界の数十倍使える俺の魔法でさえ、召喚するのに僅かな間を要する。僅かの間に体を動かせるならば、そちらのほうが賢明だ。


「ィイッ!」


 歯を食いしばって、イネスが弾かれた斧を方向転換させる。向かう先は、勿論、俺だ。右後ろのナッジョが危険だな。これは弾かずに避けるか。横薙ぎに走り抜けたナッジョの曲剣を背に、俺は後ろへ宙返りして避けた。丁度、腰のあった辺りを曲剣が走り抜ける。


 即座に着地して、今度はグステルフとイネスの攻撃を双剣で受け止めた。弾かずに受け止めた一瞬、三人に隙が生まれる。魔法を召喚できる、僅かの瞬間だ。


「ぐあッ!」「がッ!」


 見ている者に分かりやすいようにと、空気を黒く彩った。魔法で圧縮した空気に押されたグステルフとイネスが体勢を崩す。フォローに飛び込んできたナッジョの曲剣を、左の剣で受ける。同時に、右の剣を突き出した。避けようと仰け反ったナッジョを蹴り飛ばして、黒い風で吹き飛ばす。辛うじて曲剣で風を受けたナッジョは、俺たちから大きく離れた。それを追わずに、体勢を整えたグステルフとイネスに向かう。


「でやぁッ!」


 グステルフは、大剣と思わせぬ鋭さで振り抜いた。その剣の腹を力尽くで弾いて、剣筋を変える。このグステルフは囮、イネスが斧に魔法で雷を纏わせた。詠唱は無くせたか。随分と鍛錬したようだな。


 頭部を正確に狙ってきた雷付きの斧を、俺は右に飛んで避けた。着地の足で地面を蹴って、体勢を変える。


「よい練度だ」


 掲げた右の剣に、雷を纏う。イネスのそれよりも素早く、そして強力な雷だ。その剣に、イネスは目を見開いた。まだ甘い。これは致命的な隙だ。

 直撃させれば大事な部下を失ってしまう度合いの攻撃を、イネスの斧に当てた。ばきん、と派手な音をたてて斧が砕け散る。


「ぐあああッ!!」


 吹き飛ばされて舞台上から転げ落ちたイネスを飛び越えて、グステルフが向かってくる。俺の死角から、ナッジョもこちらに向かってきていた。イネスは、暫くは動けまい。

 ナッジョの曲剣が炎を纏う。ナッジョも魔法を唱えたか。ナッジョはまだ詠唱が必要なようだな。とはいえ、俺の耳だから拾えただけだが。詠唱を無くすまでもう少し、か。


「魔法は瞬時の想像が物を言う」


 瞬間的に濁流を想像できれば、次の間には再現される。如何に状況に合わせた魔法を想像し、実現させるか。そのための訓練だ。


「がはッ!」


「気配は随分と消えていた。よく鍛錬されている」


 俺の死角にいたナッジョを、濁流で押し流した。他の兵に被害が出ないよう調整はしたが、直撃したナッジョは無事では済まないだろう。グステルフの大剣をいなしながら、俺は黒い風を纏った。


「お前の剣は、更に重くなったな」


「光栄の極み……!」


 ぎりぎりと力を込めるグステルフに口元を吊り上げる。風を使いながら、左右の剣で鍔迫り合いに応じた。


「まだ、これほどに、力の差がありますか……!」


 グステルフの剣が、かかる力に悲鳴を上げる。


 グステルフ、ナッジョ、イネス。彼等は強い。肩を並べる者がいないほどに、だ。魔法と武術を組み合わせた技は、他の追随を許さない。だからこそこの機会に叩き潰して、糧にさせようと考えた。悪魔を守るために、俺たちには力が必要だ。それこそ、一騎当千の力が求められるのだ。


 それにはまだ、足りない。


「この程度で我に追いつけると思ったか」


「いいえ……!」


「なれば、より一層、鍛錬に励むがいい。我はお前たちに期待している」


 風の力を強めて、グステルフに圧力をかける。息を詰めて力を込めたその一瞬を狙って、俺は地面を蹴った。迫り合っていた剣を抜いて、グステルフの背後に回る。


 よろけた彼に、俺は笑ってみせた。


「次を期待するぞ、我が魔神よ」


 風を纏って振り抜いた双剣は、グステルフの体を軽々と吹き飛ばした。あれもすぐには起き上がれまい。起き上れるほど、手加減はしていない。


 静まり返る演習場の中央に座する舞台には、俺だけが残った。


 遅れて湧き上がる歓声の中、俺は剣を鞘に納めてカナエへ視線を向ける。カナエは、呆けたように立ち尽くしていた。魔法のない世界から来たから、こういった戦いは初めて見たのであろう。少しはカナエの心に響くといいのだが。もう少し派手にした方がよかっただろうか。カナエの世界は確か、魔法は読み物の中に存在していたのだったな。爆発の一つでもさせたほうがよかったかもしれない。


 響く歓声に応えながら、俺はそんなことを考えていた。

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