56.日本人の領地1
トパッティオさんの領地に戻った翌日、私たちはブルリアの民に見送られながら再びデュラハン馬車で移動していた。ここ数日、私たちが領主の館に籠っていた理由として、領地の特産品の布で喜ぶ后を魔王様が思う存分愛でていた、ということにされたらしい。屋敷に籠りきりで魔王と后の関係が良好であり、我が領地にも不利益はなく尤もらしい理由としてはこれしかありませんでした、とトパッティオさんが断言していた。
うん、どんな顔してブルリア領の人たちに手を振ればいいんだ、私は。
流れる車窓の光景に人々の姿がなくなった頃、ようやく私は隣に座るジラルダークへと視線を向けた。ジラルダークは、微笑ましそうに私を見てる。
「ジル、このまま悪魔城に帰るの?」
「いや。ある程度気候が落ち着いている今、民の多いもう一つの領地にも向かおうかと考えている」
ふむふむ。そういえば、悪魔領って住みにくい気候のところを何とか魔法で調整しつつ、自然形態を整えて住んでるって言ってたな。聞く限りでは、悪魔領全域が雪の多い気候なのかな?
「そうだな。この国は気候の変化が激しい。以前に比べればだいぶ緩やかにはなったが、冬は雪が多く、夏は熱帯に近い。雪の中を巡るのも、灼熱の中を巡るのも避けたいだろう?」
「おおぉ……、確かに、うん。今は穏やかな気温だもんね」
北極とアマゾンを混ぜたようなものかな。私がいた村は比較的、ニンゲンの村に近かったからか気候は穏やかだったけど、悪魔城に来てからはずっと雪だったもんね。城内部の温度はエアコンよろしく魔法で制御してるから暖かいんだよってベーゼアが言ってたし。
なら、今が魔界にとっての春なのかもしれない。雪も無くて、暑すぎるわけでもないしね。魔界を回るなら、確かに今が一番なのだろう。
「ねぇ、ジル。次はどこに?」
「ジャパン領だ」
うわあ。
あ、これはやばい。眩暈してきた。ジャパン領って、東堂さんの領地だよね。日本をはき違えた日本領だよね。行くの怖い。
「ふふ、大丈夫だ。飛ばされてきたニホン人も最初は驚くが、すぐに慣れているぞ」
「その驚きが怖いのです、魔王様。日本人が日本に驚くってどんだけですか」
がっくりとうなだれる私を膝の上に抱き上げて、ジラルダークは悪戯に笑った。うん?魔王様がすごく楽しそうだ。ジャパンに何かあるのかな?東堂さん絡みだと考えるだけで、もう全くちっともいい予感がしない。外国の人が思い描く間違った日本知識に基づいて創られた街のような気がしてならない。
「ジル、ちょっと聞きたいんだけど」
「ああ、どうした?」
「フジヤマ、ニンジャ、カップ麺。これってジャパンにある?」
当然だ、と頷かれて意識が遠のいたのは正常な反応だと思う。
◆◇◆◇◆◇
着いた。着いてしまった。頭を抱えて、馬車の外は見ないようにしてる。体調不良でこうしてるわけでもないから、ジラルダークもたまに思い出したように笑うだけで特に何もしてこなかった。
しかし。
到着してしまったのだ。今しがた、馬車の揺れが止まったのだ。そして、デュラハン行者さんが到着いたしました、って言ったのだ。聞こえなかった振りをしたい。全力で無視したい。
「カナエ」
促されるようにジラルダークに呼ばれて、私は渋々瞼を持ち上げた。目を開けたのを確認すると、膝の上に座っていた私をそのまま抱き上げて、ジラルダークは馬車を降りる。
降りてすぐ、視界に広がったのは大阪城もかくやという立派なお城だった。
ああ、何だ、この城……。ジラルダークの腕から下ろしてもらったけど、膝から崩れ落ちそうだ。城は城でも、悪魔城とは全く建築様式が違うじゃないか。こっちの城は純和風だ。バカ殿様がいらっしゃりそうだ。しかも、見回した限り、二の丸、三の丸とかもありそうな雰囲気だ。これわざわざ異世界に造ったのか。アホじゃなかろうか。
「おお、よくぞいらっしゃいました、御二方」
「いらっしゃい、カナエちゃん」
出迎えてくれたのは、東堂さんとボータレイさん、それに着物姿の侍女さん数名だ。どうやら、このヘンテコ城の本丸まで馬車を乗り入れたらしい。
東堂さんもボータレイさんも、あの魔女騒動が落ち着いてすぐにこっちに戻ってきたようだ。公式な訪問だから準備とかもあるだろうに、ばたばたさせちゃったな。
「その節はお世話になりました」
「いいのよ。こちらこそ、すぐに戻してあげられなくてごめんなさいね」
頭を下げる私に、ボータレイさんは首を振って私の肩を抱いた。ふわりと香る涼やかな匂いは、凛としたオネエさんにぴったりだ。
「ダイスケ、日取りはどうなっている?」
「うむ、抜かりはないでござるよ。教会も押さえてあるでござる。日本で牧師をしていた者が拙者の部下におったでござるよ」
ん?教会?牧師?
「ドレス、楽しみにしててね、カナエちゃん。これでもアタシ、元はデザイナーだったのよ。ニホンの子達にも聞いて、いくつかウェディングドレス用意したの。後で一緒に選びましょ」
え、ウェディングドレス?
「挙式は教会であげて、そのまま街を回ればいいでござる。披露も兼ねられるし、一石二鳥でござろう?」
「ああ、そうだな」
「民には既に知らせてある故、こちらの準備には一週間もあれば充分でござろう。その間に、城下町を巡られてもよし、娯楽街へ赴いてもよし、でござるよ」
「変装するならアタシも手伝うわ」
ちょ。
「ちょっと待った!」
ボータレイさんに肩を抱っこされたまま、私は話を進める三人を止めた。どういうことだ?教会?牧師?ウェディングドレス?挙式?これってまさか。この領地に来たのってまさか。
「け、結婚式、するの?」
驚いて尋ねる私に、東堂さんとボータレイさんが顔を見合わせた。それから、二人揃ってジラルダークを見る。ジラルダークは悪戯に笑っていた。あれ、このニヤニヤ笑い、デュラハン馬車の中で見たことあるぞ。
「これか!魔王様が楽しみにしてたの!」
「ああ。ニホンの慣例に倣おうと思ってな。見初めた者へ指輪を贈り、婚姻の式をするのだろう?婚約の指輪は贈ったが、結婚の際に交わし合う指輪はまだだったな。今付けている物は外して、それと交換するといい」
ああうん、テレパシー機能付き指輪はどうにかしてほしいってお願いしてたけど、いやうん、結婚式までやるってか。これ、婚約指輪だったのか。テレパシー機能付きだけど。どこまでテレパシー出来るのか分からないけど、場合によっちゃ盗聴器付き指輪のこれ、婚約指輪のつもりだったのか。
后としてお披露目してるのに順番がめちゃくちゃでござるなぁ、と呑気に笑う東堂さんを睨みつける。だからどうしてこの人は、毎度毎度ジラルダークに無駄な日本の知識を植えつけるんだ。
「いいじゃない。けじめみたいなモンでしょ」
「そ、それは、そうですけども……」
「ホラ、こんなところで立ち話してないで行きましょ」
ボータレイさんは私の肩を抱いたまま、城の中へ向かう。引きずられるような格好で、私はジャパン領主邸に入城した。
すごい。日本のお城そのものだ。うん。ここまで再現するのもすごいね。中身も時代劇のまんまだよ。
「何か、日本で観光旅行してる気分……」
「そうでござろう。拙者、一度見たものは忘れぬのでござる」
「てことは……」
「日本に実在してる城を外見だけ完コピしたでござる」
ふふん、と得意げに胸を張る東堂さんに、私は半目になった。天守の最上階まで登ると、畳に座布団という、何とも和風な応接間がある。四方に大きな窓が設けられていて、随分と遠くまで見渡すことができそうだった。景色はどんなもんかと窓に目を向けて、私は凄まじく後悔した。
「な、なんじゃこりゃあああ!」
城の敷地を超えた先、眼下に広がるのは江戸村よろしく、古風な城下町だ。これはまだいい。問題はその隣だ。城下町の横、というか西方には、高さは然程ないもののビルが密集して建っていて、商店街のような道路は人で溢れている。更にその隣には青い裾野に白い頭頂部の山がそびえ立ち、その麓にはジェットコースターや観覧車までもが見える。
「こちら側は主に観光名所でござるな。あちら側には花街と飲み屋街、オフィスビルがあるでござるよ。向こう側が、主な住宅地でござる。あまり建物の高さを出すとニンゲンに捕捉される可能性があるからして、東京のようには出来なかったのでござる。しかし、中々に日本を表現してござろう?」
それぞれの方角を指しながら、東堂さんが得意げに説明していた。これはひどい。東堂さんの中の日本像がハチャメチャすぎる。城下町とセンター街もどきと富士の麓の遊園地と文字通り真っ青な富士山が密集してる国って何だ。
「ニホンの子も最初は戸惑うんだけど、そのうち、自分の好きな時代の町に通うようになるのよ。そこで働き始めちゃったりしてね。真面目なのねェ」
「あ、あはは……」
「ちなみにこの天守は概ね来客時にしか使ってござらん。普段はあちらの御殿で執務をおこなっているでござるよ」
二の丸にある屋敷を指して、東堂さんが言う。じゃあ最初からそっちに案内してくれ。何でここに案内したんだ。
「ここでなくば、ジャパンを見渡すことができぬ。御台様はジャパン領に興味をお持ちと聞き及んだ故、こちらに案内仕った次第でござる」
「つまりは、日本人である私を驚かせたかったと」
「そうとも言うでござるな」
したり顔で頷くエセ侍の脛を、私は遠慮なく蹴り上げた。エミリエンヌ直伝だからね。痛いだろうね。痛くしたからね。
「ふむ、いい蹴りだ」
魔王様はちょっと黙ってて下さい。




