55.二度目の始まり
【コパル】
村に戻ってきた俺は、今までの分を取り返すべく村の仕事に精を出した。今回、この世界を知るために村人に同行し、魔王を見て帰ってきたのだが、そこには様々な人種の悪魔がいたのだ。
魔王が統治するこの国は、俺と同じように違う世界から飛ばされてきた奴らで構成されているのだという。魔王も、呼び名は物騒だが元はこの世界に飛ばされてきた奴だと、“偶々”街で出会った領主が言っていた。
ニコを探して街をうろついてところに声をかけられたんだが……、この国の領主は随分と身軽だったな。俺がこの世界の理を知らないであろうから声をかけたと言われた。そのまま、この世界について教えてもらったんだ。
この世界の理を知ったあの日から、数ヶ月。
「コパル、いるかい?」
「ん、どうした、親父さん」
誤解していたさまざまな事柄が霧のように晴れた今、俺は村の人たちと良好な関係が築けている。……と思いたい。俺の間違った先入観を許してくれた村の人たちには感謝してもしきれない。そういった意味でも、あの日、魔王を見に街へ行ってよかった。
「そろそろ周期がくるもんでね。今回はコパルに迎えに行ってもらおうかと思ったんだよ」
緑色の肌をした親父さんは、にこにこと人好きのする笑みを浮かべて言う。周期、って飛ばされてくる奴がいる、ってことだよな。
「いいのか?俺が行っても」
「ああ。コパルならもう安心だ」
向けられる信頼に、むず痒くも暖かい気持ちになった。前の世界では感じなかったものだ。その信頼に応えてみせたい、いや、応えなければと俺は強く頷く。
「ありがとう。じゃあ、俺が迎えに行く」
「頼んだよ」
そう言って、親父さんはいくつかの注意点を教えてくれた。
この国は飛ばされてくる人間を保護することを第一に、領地や村の場所が考えられている。俺のいる村もそうだ。飛ばされてきた人間が現れる地点が決まっていて、頻度や周期も決まっているので、そこを重点的に守る考えのようだ。
そして驚いたことに、俺たちに寿命はない。親父さんもここへきてから100年は過ぎたというし、国王である魔王に至ってはこちらへ来てから700年近いという。見た限りでは俺と然程歳は変わらないように思えたけどな。
「コパル、どこいくんだ?オイラもいっしょにいく!」
「ニコ、今日はダメだ」
尻尾を振りながら駆けてきたニコラウスは、俺の言葉にしゅんと尻尾を垂れてしまった。
くっ、ものすごい罪悪感が……。だが、今日はダメだ。心を鬼にしなければ。何より、幼いニコラウスはこの世界の理をまだ知らない。尚のこと連れてはいけないのだ。
「お客さんを迎えに行くんだ。帰ってきたら、一緒に木の実を取りに行こう」
「ん……、ぐみ?」
「ああ、グミだ」
「うん!わかった!オイラ、まってる!」
聞き訳がいいな、ニコラウスは。よしよしと毛並みのいい頭を撫でて、俺は村のそばにある林へ分け入った。
飛ばされてくる人間は、当初混乱していることも多い。あまり大人数で行っても警戒されてしまうだけだから、基本的にはこの世界の理を知る村人が、偶然発見した、という体で迎えに行く。そして、混乱が収まってきた頃にこの世界の理を教えるのだ。
そうすることで、守られる側だった異世界の人間が、守る側の“悪魔”へと変わる。悪魔へと意識が変われば、後は話が早い。この魔界の民として国のシステムを支えるのだ。
背負った籠に申し訳程度に枝を入れながら、親父さんに教わった場所を目指す。大木のところを越えて右、だったよな。木苺とモンタムの木の前だもんな。
「ん?」
少し開けた視界に、誰かいるのが見えた。紫がかった銀色の、短い髪の女性だ。地面にへたり込んで、ぼんやりと辺りを見ている。うちの村の奴じゃないな。ってことは、こいつが今回飛ばされてきた悪魔か。
よし。俺は偶然通りかかっただけ。警戒させないように、悪魔を拾うんだ。
「こんなところでどうした?」
「!」
俺の声に、弾かれたように振り返る。大きな瞳は零れ落ちてしまいそうなほど見開かれていた。そうだよな。いきなり見覚えのないところに飛ばされたら驚くよな。俺が敵か何かに見えるよな。
「大丈夫か?迷子にでもなったか?」
「ここ、は……?魔導士様は……?」
「ん?魔導士?」
へえ、魔導士、なんて職業がある世界から来たのか。
「魔法、が、使えない……?」
自分の手元を見て、彼女はぽつりと呟いた。魔法がある世界から来たのか?魔法が使えるようなら報告しろって言ってたが、使えなくなってたらどうするんだろうか。一応、親父さんには伝えとくか。魔界は災害も多いから、魔法使いは貴重だもんな。
「あの、ここは、どこなのですか……?私、魔導士様の研究所に向かっていたのです」
「ここはブルリアの隅っこにある村だ」
「ぶる、りあ……?」
分かってはいるが、俺はしたり顔で頷いた。とりあえず村に連れて帰らないとな。
「すぐそこが村だ。詳しい説明は後にしよう。ここはまれに魔物が出るからな」
言いながら、銀髪の女の子に手を差し伸べる。座り込んだまま、女の子は俺の手と顔を見比べた。……さすがに知らない男の手を取るのは怖い、か?
「あの……、ありがとう……」
躊躇った彼女は、おずおずと俺の手に自分の手を重ねた。
────それが、俺とティーエの初めての出会いだった。
◆◇◆◇◆◇
ティーエが村の一員になって半年。彼女は元々の世界で魔法が使えたらしいのだが、こちらに来てからは全く使えなくなってしまったのだという。名前も、ティーエ、としか覚えていなかった。世界を飛んだ弊害かもしれない。俺や他の村人がそれぞれの世界から飛んできたことだけを伝えてある彼女は、俺の隣でくすぐるように笑っていた。
「コパルったら、そんなに木苺集めてどうするの?」
くすくすと口元を隠して笑う彼女に、俺は口をへの字に曲げる。
「薪集めに飽きただけだよ」
「うふふ、ニコちゃんが好きだものね?私はコパルの分も薪を拾おうかな」
ぽいっと背中の籠に薪を入れながら、ティーエはすまし顔で言った。短かった髪はあの日から短いままだ。そろそろ、少しずつティーエにもこの世界のことを教えていかなきゃいけないって親父さんも言っていた。俺は一気に教えられたけど、と親父さんに聞いたら、それは領主様が一気に教えても大丈夫だと判断したからだと笑う。
「お前だって好きだろ、木苺」
ぼそりと呟くと、薪を拾うティーエの手が止まった。
この世界に飛ばされてきた直後、ティーエは研究所に行かなければいずれ追っ手が来て殺されてしまう、と酷く狼狽していた。彼女が恐れる研究所というのは、どうも魔法が使える人間を実験台にする場所らしい。ここはその世界と違う、もう大丈夫だ、と根気よく言い聞かせていた時に、彼女が好んで食べていたのが木苺のジャムを使ったパンだった。元の世界と味が似ているのだという。食欲のないティーエが泣きながら食べるのを見て、とてつもなく安心したのを覚えている。
まあ、今では料理の得意じゃない俺に代わって、ティーエが食事の準備をしてくれているけどな。俺が作れるのはジャムを塗っただけのパンと、適当に野菜を突っ込んだスープだけだ。
またきっと、この世界の異常な理を知って、ティーエは落ち込んでしまう。だから、彼女の好きなジャムを作ろうと思ったんだ。
「コパル」
そっと呼びかけられて、俺は彼女の方を向く。ティーエは穏やかに微笑んで俺を見ていた。
「私は大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「べ、別に、そういうんじゃない。言っただろ、薪拾いに飽きただけだよ」
「ふふふ。そうね」
本心と真逆のことを言う俺に、ティーエはくすぐるように笑う。木漏れ日がティーエの銀髪に反射してきらきらと輝いた。
「貴方がいるもの。何を知らされても、もう大丈夫。貴方が研究所の人だったとしても構わないわ」
「それはない。絶対に」
「例え話よ。ふふ、だからね、何も心配してないの。魔法も使えない、何も出来ない私をこんなに気にかけてくれる人だもの」
そんなことはない。俺にだって下心ぐらいある。……とは、言えないが。まっすぐに見つめてくるティーエに気恥ずかしくなった俺は、また木苺を摘む作業に戻った。
「この世界はとても平和ね」
「ああ」
「とても平和で、とても素敵な世界」
そう笑ったティーエは何よりも美しく見えて、俺は思わず見惚れてしまった。微笑むティーエの頬は赤く色づいていて、つられて俺も赤くなる。やわらかな風に揺れる木の葉の音だけが、辺りを包んだ。むず痒いのに、ずっとこうしていたいような、不思議な感覚だ。
そばにあるティーエの瞳を覗き込む。緩やかに閉じられていく瞼を追って、顔を近づけて…………。
「コパル、ティーエ!」
きゃんきゃんと尻尾を振りながら駆け寄ってくる小さな影に、俺たちは慌てて顔を逸らせる。
「あ、きいちごだ!コパル、ひとりじめするなんて、ずるいぞ!」
足元にまとわりついてくる子犬に、俺もティーエも笑った。
あの日、俺は悪魔になった。これからも俺は悪魔としてこの世界で生きていく。出来ることならば、隣で笑ってくれる彼女を守りながら。




