53.呪いの解放
私が幼女になったのは、どうも魔女の呪いとその触媒の思考と指輪の防御と精霊の加護が影響していたらしい。触媒に思考なんてあるんだなぁ、そして精霊の加護っていつの間に、と私は魔王様に抱っこされながらぼんやりと思う。幼少カナエさんは、泣き疲れて眠ってしまった。そのため、視界は真っ暗だ。
これから、私の体にかけられた呪いを解くという。呪いと魔法、何が違うのかさっぱり分からない。そこに込められる感情が違うだけじゃないのかと思ったけれども、聞いたところで理解できるとも思わなかったから聞いていない。そもそも、私や東堂さんがいた世界では魔法なんてフィクションだったのだ。撮影の技法でいかにそれらしく見せるかを競っていた程度に過ぎない。理解するにも、そのエネルギーはどこからとか、魔力って毛穴から湧き出るのかとか、スタート地点が後ろすぎてついていけないのだ。
とりあえず、魔法で呪いを解除できないということは分かった。呪いを解除するためには、どんな呪いがかかっているか知らないといけないということも。
「カナエ様、聞こえておりますか?」
ここはどこだろう。多分、どこかベッド的なところに寝かされている、と思う。
『うん、聞こえるよ、エミリ』
ジラルダークにしか聞こえなかったはずの声は、エミリエンヌに届くようになっていた。ジラルダークに貰った指輪は、防御だけでなくテレパシーのような通信もできるのだと、幼少カナエさんになってから教えてもらったけど……。知らぬ間に心の声が聞こえちゃうとかナニソレコワイ。元に戻ったら、指輪の機能を変えてもらおう。
「これから、解呪の術をカナエ様におかけしますわ」
『うん。よろしくね』
「お任せ下さいまし。フェン、ヴィー」
「おう。術式は完璧じゃぞ」
「ええ……、失礼致します……」
ごそごそと、周りで音がする。何をしてるんだろう?幼少カナエさんの視界が頼りだから、眠ってしまっている今は全く何も見えない。
「今、お前の体を囲うように術式を刻んでいる。ここに俺の魔力を注いで、呪いを消すんだ」
『おお、成程』
「少々強引な術ですので……、今まで奥方様にかけていた魔法も……、一緒に飛んでしまいますが……」
『ああ、じゃあ耳が元に戻っちゃうね』
「構わんだろう。呪いが解けた後、また魔法をかけ直すからな」
『うん』
ごそごそと周りで動いていた音が聞こえなくなって、誰かが頷く声が聞こえた。術式とやらを刻み終えたってことかな?
「魔力を込めるからな、カナエ。痛みを感じたら言ってくれ」
『これで元に戻れるんだね』
「ああ。お前を見失った時は、心臓が止まるかと思ったぞ」
あはは。私もまさか縮むとは思わなかったよ。魔法掛けられる、とは思ったけども、殺さないって言ってたからね。安心はしてたけど、まさかミニマムになろうとはね。
「ドレスからお前が転がり出て来た時も、目の前が真っ暗になった」
『ふふ、私も驚いたも、ん……?』
じんわりと体が熱くなる。
今、魔王様何て言った?ドレスから私が転がり出てきた?ってことは、縮められた時に来ていた服は、合わせて縮んでないってことだ。
ということは、つまり……!
『じ、ジル!ちょっと待った!呪いが解けたら多分、私、服が破けて裸になっちゃう!!』
「なっ……!カナエ!」
「おや……」
「まあ!」
私の言葉に驚いた声が複数。直後に、一気に体が熱くなった。
「陛下!」
フェンデルさんの声と、誰かが駆け寄ってくる音。
う、うーむ、あっつい……!
何かが体にかけられて、抱き締められた。
「カナエ!」
「う、ぅ……?」
ああ、元に戻った、のかな?手が、動く。瞼も、持ち上がる……?
重い瞼を持ち上げると、そこに金髪碧眼のイケメンがいた。いつもの黒髪ワカメの魔王様スタイルじゃない。
わーお。これって魔王様に変身する前のジラルダークじゃないのかい。初めて見たわ。金髪碧眼のイケメンだなんて、モロに王子様だねぇ。心配そうに私を覗き込んでるジラルダークは、普段と色が違うだけで過保護な魔王様であることに変わりはない。
「……あらら。今度はジルが変身しちゃったね」
心配かけないように、とふざけて言うと、2Pカラーのジラルダークはあからさまに肩の力を抜いた。
「大丈夫、のようだな」
「ん、ちょっとまだぼんやりするけど。ありがとう、ジル。マント巻いてくれたんだね」
スッポンポンでご登場しちゃうかと思ったけど、間一髪、魔王様が自分のマントをかけてくれたようだ。呪いを解く術式って、魔方陣みたいなものだったのかもしれない。だから、私に近づいたジラルダークまで、自分にかけていた魔法が解けちゃったのか。
「いや。流石にお前の素肌をさらすのは許しがたかったからな」
金髪碧眼の魔王様が微笑む。おお、すっげー。完璧な王子様だ。
「そっか。オティーリエさんはこれを守りたかったのか」
包まれたマントから手を出してジラルダークの頬っぺたに触れると、ジラルダークは即座に私の手を握った。金髪碧眼のイケメン王子様は憂いを帯びた視線を私に向ける。
「お前も、こちらの方がいいか?」
「ん?いや、魔王様っぽくないよね、こっち。どう見ても王子様だもん。悪魔の王って言われても、迫力ないよ」
もう片方の手でよしよしとジラルダークの頭を撫でた。そんな泣きそうな顔しないでよ、魔王様。と、思ったら、魔王様はとろけるような笑みを浮かべて、掴んでる方の私の手にキスをした。復活早いな。
「そろそろよろしいですの、陛下。御后様のお召し物をご用意致しましたわ」
あ。エミリエンヌが怒ってる。地味に怒ってらっしゃる。あれか、場を弁えろってことか。所構わずいちゃつくなってことか。
そして、部屋の中には既にヴラチスラフさんもフェンデルさんもいない。毎度毎度、いつの間にいなくなってたんだ。
「いらぬ。部屋でカナエを休ませる。俺も、このままでは人前に出られぬからな」
魔王陛下は言うが早いか、私を抱き上げて瞬間移動した。
「全く……。羽目を外すのも大概になさいまし」
そんな、エミリエンヌの言葉を聞きながら。
◆◇◆◇◆◇
「んっ、……ふ、……ジル…………」
「……は、…………カナエ……」
魔王城の寝室に瞬間移動した私たち……というか、魔王様は、そのまま私ごとベッドに潜り込んだ。おま、さっき私を部屋で休ませるって言ったじゃないですか。別に疲れてないからいいですけどね!元に戻って最初にやることはコレか!着替えはいらないって、そういう意味だったのか!
はふ、と息をついて、私はジラルダークの腕に頭を乗せた。今、何時だろう……?元に戻ってからどんだけ時間経ったんだ?
ジラルダークは私を抱き込むように寝返りを打った。深く吐いた熱い息がこめかみに当たってくすぐったい。
「カナエ、どこか不調はないか?」
腰の辺りを撫でながら、ジラルダークが低い囁き声で聞いてくる。ジラルダークはもう、いつもの魔王様スタイルに戻ってらっしゃる。私の耳も、さっきのアレコレの最中にまた尖らせてもらった。
「今更それを聞きますか。いや、別に不調はないけどもさ」
ぺちっと魔王様の胸を叩くと、ジラルダークは私の額にキスをする。そのままの流れで、瞼やら頬っぺたやら、ちゅっちゅしてきた。幼少カナエさんの時によくやってたよね、これ。
「ああ、ようやくお前を取り戻せた」
抱き締めてくるジラルダークの背に、私も腕を回した。ずっと動けなかったから、こうして自分から抱きつくのも久しぶりで、さっきから何度も抱きついてる。
「巻き込んでしまって、本当にすまなかった。怖かっただろう?」
「ううん、ジルが来てくれるって分かってたから、怖くはなかったよ」
目の前にあるジラルダークの胸元に口付ける。くすぐったそうに笑って、ジラルダークは更に深く抱き締めてきた。うぐえ、苦しい。
「潰れる。魔王様、ぷちっと潰れる」
「ああ、すまない」
ぺちぺちと素肌の背中を叩くと、少しだけ腕が緩められた。むしろ、私が縮んで怖かったのは魔王様の方じゃないのかな?さっきから、すんごい甘えてくるし、する前は泣きそうだったもんね。
「大丈夫だよ。私は無事だし、ちゃんとここにいるよ」
「……カナエ……」
ジラルダークは、私の肩に顔を埋めて腰の辺りを撫でてくる。よしよし、と魔王様のワカメヘアーを撫で返した。
このまま寝ちゃおうかな、ってうとうとと目を閉じようとしたら、肩から顔を上げたジラルダークに口を塞がれてしまう。魔王様からのちゅーは、寝る前に交わす軽いものというよりも、さっきまでのような濃厚なものだった。それはもう、今しがた感じてた眠気を吹き飛ばすには充分すぎるほどで、しつこく角度を変えながら舌を絡めてくる。
……ん?あれ、これってもしかして……。
「はぁっ、……まさか、もう一回でしょうか、魔王様……?」
上がった息を整えながら恐る恐る尋ねてみると、正解とばかりにジラルダークの手が私のお尻を撫でる。
「ちょ、尻撫でて返事をするでない!うあ、きゃあ!?」
「……いいだろう、カナエ?」
どこ触ってんの、と咎めようとしたら甘えるように名前を呼ばれて、私は口をつぐんだ。ああもう、そうやって甘えられると弱いんだよ。ジラルダークが私を甘やかすように、私も甘やかしたくなっちゃうのよ。
結局、元に戻った私が領主邸に帰ったのは、翌日の昼過ぎだった。帰って早々、エミリエンヌにあまり魔王を甘やかさないように、って怒られちゃったけどね!