52.銀の呪い
私が縮んで今日で三日目。相も変わらず、チビちゃんこと幼少カナエさんは魔神さんたちと遊ぶのに大忙しだ。今日は魔王様も私の事情をエミリエンヌたちに説明しに悪魔城に戻ってるから、いざという時のストッパーがいないのだ。何をしでかすのかドキドキだ。
「のえ、みすか!」
「カナちゃん、遊ぼ!」
「カナちゃん、かくれんぼ!」
「うん!」
てててー、とノエとミスカに駆け寄った私、幼少カナエさんは、かくれんぼに興じるらしい。
うーん。すごく不思議な感覚だ。ジラルダークにだけ話しかけることができるけれど、基本、私の意志はどこにも通じない。動くことも、話すことも、眠くないのに目を開けることすらできないのだ。まぁ、幼少カナエさんの睡眠中が、落ち着いてジラルダークと話できる時間なんだけどね。
「じゃあ僕が鬼ー!」
「ノエが鬼ー!」
「かくれるのー!」
鬼はノエに決まったようだ。幼少カナエさんはミスカと分かれて、領主邸の執務室らしき場所に駆け込んでいく。……ん?違うな。執務室じゃないぞ、ここ。
「おや」
『え、ちょ、チビちゃん、どこに隠れるつもり!?ここトパッティオさんの部屋じゃないか!』
しかも、現在はアロイジアさんと東堂さんまで一緒にいる。絶対、入っちゃいけない雰囲気だったでしょうよ、幼少カナエさん!
「どうかしたのかな、カナエちゃん」
駆け込んできた私を慣れた様子でひょいっと抱き上げたのは、ホスト魔神代表のアロイジアさんだ。安定のタラシでチャラ男だ。幼女にも発動されようとは、驚きだぜ。
「えっとね、かくれんぼしてるの!」
「ってことは、ノエとミスカかな?」
「面倒を見る相手を隠してどうするんですか。全く……」
「ははは、この領主邸であれば、滅多なことは起きぬでござろう。元気があってよろしいではないか」
かくれるのー、とじたばたする幼少カナエさんを見て、三人が何とも生暖かい目になった。幼少カナエさんはアロイジアさんから逃げ出した後、ソファに座ってるトパッティオさんのマントに包まった。おい、トパッティオさんの脇腹がもっこり状態だろ、これ。
「……ぶふっ!」
分かる。分かるよ、東堂さん。けどね、そこで吹き出したら多分、トパッティオさんの逆鱗にハードタッチだと思うんだ。
「あー……、懐いてますね、カナエ様」
選んだ!ものっすごく言葉選んだぞ、アロイジアさん!私の視界は真っ暗で分からないけど、それだけ凄まじい形相してるんだろうな、トパッティオさん。
「で?奪えたのですか?」
「……いいんですか、領主殿?」
「構いませんよ。彼女には分からないでしょう。分かっていたとしても、彼女に関することですからね。聞かれたところで何も問題はありませんよ」
トパッティオさんの言葉に、それもそうですね、とアロイジアさんの声が聞こえた。何故か、東堂さんの声が聞こえないけれど、うん、考えないようにしよう。
「奪いましたよ。ちゃんと記憶も消して上書きしておきました。恐らくは、あれを触媒に、カナエ様へ呪いをかけているのかと」
「……そうですか。ようやく肩の荷が下りそうですね」
「呪いの内容は、今、エミリとヴィーが解析しています。あの調子ですと、今日中には分かりますね」
おお、早いな。さすがだね、魔神さんたち。
幼少カナエさんは、トパッティオさんに引っ付いたまま寝息を立て始めてる。うんうん、寝る子は育つよね。
「寝ちゃいました?」
「ええ。後で陛下に言い訳をしないといけませんね。でないとまた斬りかかられてしまうでしょう」
「ははは、陛下はカナエ様のこととなると、目の色が変わりますから」
うん、ここまで懐かれてるのって玩具効果だと思うよ、トパッティオさん。幼少カナエさんのお気に入りだからね、あれ。
そういえば、ノエ、来ないなぁ。まさか、この部屋に隠れてるだなんて思わないんだろうな。部屋に入れば一発で分かるだろうに。
ぽんぽん、と誰かの手が優しく背中を叩く。誰だろう。位置的にトパッティオさんだろうか。
「カナちゃん、見つけた」
「カナちゃん、寝ちゃってるね」
あれ、ノエ?ミスカ?いつの間にここに来てたの?
「いけませんよ。寝かせておいてあげなさい」
「うん。大変だもんね」
「カナちゃん、疲れてるもんね」
「この状態で狂うこともなく保てているのは、偏に御后様の精神力のお陰ですからね」
「カナエ様、頑張って」
「カナエ様、もうちょっとだよ」
え……?ええ?私の精神力?そんなの、モブ村人と同等よ?触れたら砕けるガラスの精神力よ?
「大丈夫だよ、カナエ様」
「精霊も、カナエ様を守ってくれるって」
「あの腕輪が壊れれば、あいつには力を持ってかれないって」
「そしたら、エミリが元に戻してくれるよ」
「早く帰ってきて、カナエ様」
「僕たちと一緒に、お菓子食べようよ」
「僕たちはカナエ様が大好きだからね」
「だから、絶対にカナエ様を守るよ」
ノエとミスカが、いつものようにせわしなく交互に語り掛けてくる。幼少カナエさんが寝ちゃってるから、彼らがどんな表情をしているのかは分からないし、私からお礼を言うこともできない。それが、今はちょっとだけもどかしい。
元に戻ったら、たくさん甘やかしてあげよう。あの茶室で、ノエとミスカとたくさん遊ぼう。ふわふわの髪を撫でて、抱っこしよう。
おチビになってしまったこと、実はよかったかもなと思ってる。オティーリエさんがかけようとしていた魔法は、こんな風になるのとは違うのだろうけれども、ね。皆の意外な一面を知れて、また少しだけ皆に近づけた気がするよ。
「んにゅ……、じらる……」
もぞもぞとトパッティオさんに擦り寄りながら、幼少カナエさんはここにいないジラルダークを呼ぶ。
もしかしたら、幼い私は寂しかったのかもしれない。今日は、いつも一緒にいてくれたジラルダークがいなかったもんね。お留守番できるよ、って答えてたけど、本当は寂しかったんだよね。ジラルダーク、でろでろに甘やかしてくれちゃうから。
「この状態でも陛下ですか」
「ラブラブだもんね!」
「イチャイチャだもんね!」
「あー、あんまり大声を出すと……」
アロイジアさんの忠告と、幼少カナエさんが覚醒するのはほとんど同時だった。トパッティオさんのマントの中にもぐりこんで寝たせいで、目を開けても真っ暗だ。
もしも声が届いたなら、私はここにいる男性陣に教えてあげただろう。
「ふえっ……、うわああああん!」
「っ!?か、カナエさん!?どうしました!?」
「カナちゃん、どうしたの!?」
「いたいの!?こわいの!?」
「っ?!落ち着くでござる、とにかく、落ち着かせるでござる!」
「うわ、ヤベ!陛下が来る!」
あのね、君たち。幼少カナエさんは、暗いのびっくりして泣いてるだけだよって。落ち着いてあやせば、すぐに収まるよって。
「カナエ、いるか。城に向かう……ぞ…………」
ちょうどいいタイミングで入ってきちゃったジラルダークに、部屋にいた男性陣が凍りついたように止まった。
うん。分かる。私にも分かるよ。こりゃ最悪のタイミングだ、ってさ!
「ふえぇぇっ、じらる!じらるうぅ!」
『ジル!ジル!魔王様!幼少カナエさんはね、かくれんぼで暗くて驚いて泣いてるだけなのよ!』
「覚悟はいいな、貴様ら!」
『ちょ、待て待て待て!聞け!剣抜くな!止まれ魔王様!』
領主邸の一角をぶち壊す騒動は、いつまでたっても城に来ない私と魔王様にしびれを切らしたボータレイさんとエミリエンヌによって終止符が打たれた。
主に、魔王様が怒られる方向で、だけれども。