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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
愛憎の魔女編
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48.幼児の奥様2

第三者視点

 ダニエラは思う。どうしてこの方は、自分を一切怖がらないのだろう、と。


「だにえ、ごはんなのよ」


「う、うむ」


「だめ!ごはんは、いただきます、なのよ!」


 今も、ままごとの設定上でカナエとベーゼアの娘、というダニエラにぷりぷりと怒っている。もちもちとしたやわらかそうな頬を膨らませて怒る様は、怖いというよりも愛らしすぎて困るくらいだ。


「い、いただきます」


「あい!めしあがれ!」


 厳しくも優しき母、という設定なのだろうか、腕組みをして重々しく頷くカナエは抱き締めたくなるほど愛らしい。

 トパッティオが魔法で作り上げたままごと用キッチンセットには、プラスチックで作られた食物や皿の玩具も付いていた。嬉々としてそれを手に取ったカナエが、先程から料理をふるまっているのだ。ダニエラの世界にはこのような玩具は無かったが、ブルリア領主の世界にはあったのかもしれない。もしも想像で作り上げたのだとしたら、……ダニエラの中でトパッティオへの評価が変わりそうだった。


「じらるは、こっちよ」


「ありがとう、お母さん。いただきます」


 魔王陛下は、愛らしい母親に相好を崩している。むしろ、崩れっぱなしだ。


「よくできました、じらる、いいこなのよ」


 床に座している魔王の頭を、カナエは精一杯背伸びをして撫でる。ジラルダークは、転ばないようにと腰の辺りに手を回して、彼女の好きに撫でさせていた。この世界ではありえないが、魔王と后の間に子供が出来たのならば、きっとそれはそれは幸せな日々が続くのだろう。


「わんちゃんにもごはんなの」


 トパッティオの出した犬のぬいぐるみにも食事を与えて、カナエはベーゼアの膝の上に座った。彼女なりの夫婦の表現らしい。ベーゼアはパパだからママの私が座るのよ、と自信満々に魔王陛下に答えていた。


「だにえはね、ちょっぴりはんこーきなのよ」


「反抗期、ですか?」


「そう。かみのけがくろくないの、ふりょーではんこーきなのよ」


 それでねー、と続くカナエのままごと設定集を、膝の上に乗られているベーゼアがにこにこと聞いている。


 ダニエラはそんな二人を微笑ましく眺めながら、そっとカナエの状態を探ってみた。縮んではいるが、どこか不調が出ている様子はない。しかし、変化の魔法ではなさそうだ。オティーリエの魔力が封じられても元に戻れないのだから、呪いである可能性が高いだろう。

 ちらりとジラルダークを窺うと、彼も小さく頷いて見せた。その表情は、幼いカナエに見せるものとは違い、正しく魔王然としている。


 ダニエラは、人知れず息を吐いた。大丈夫だ、と訳もなく確信する。魔王が現状を甘んじて受け入れるはずがないのだ。ただ、后を安らかに過ごさせたいがために、ここにいる。ならば、そう遠くないうちにカナエは元に戻るのだろう。


「だにえ、おかわりする?」


 ダニエラは微笑んだ。


「はい、お母さま」


 すぐに元に戻ってしまうのならば、この愛らしい后を少しでも愛でようと、そう決めたのだから。



◆◇◆◇◆◇



【ジラルダーク】


 俺は、ぬいぐるみを抱えたまま俺に身を寄せて眠る幼いカナエを見ていた。領主邸の客室、今は俺とカナエの寝室として使われているここは、俺と遊び疲れて昼寝しているカナエしかいない。


『んー、どうやったら戻れるのかな?』


「どうにも、な。魔法では打ち破れん」


『げ。マジですか、魔王様。どうにかしてください、魔王様』


 眠るはずのカナエから聞こえてくる、成人したカナエの声。指輪を渡していてよかったと、心から思った。


 昨夜、あの憎き女に捕らえられ、姿を変えられてしまったカナエを見つけて、俺は理性を失いそうになった。あの女が呼吸をしていることすらも、許しがたい暴挙のように思えたのだ。


「おにいさん、こわい……」

『……は……、っ!ジル!来てくれた、の……、え、ちょ、何これ喋れない!?しかも、動けない?!』


 幼いカナエから聞こえてきた、普段と変わりないカナエの声に、俺は正気に戻った。


 対の指輪を持った相手へ念話を送ることができる、と指輪についてカナエに説明をし、よくよく話を聞いてみたところ、魔法をかけられた時、カナエは瞬時に変身してしまうことはなかったという。癪だが、あの女の魔法能力は俺と同等のものだ。もし、変化の魔法だけならばすぐにでもかかってしまっていただろう。その点は、魔法防御の結界の中で指輪が働いたのだ。この指輪は、ヴラチスラフの作った魔力を元にしない防御の指輪だったから、上手く反応したのだろう。


『しかし、ままならないものだね。自分の意思に反してダニエラさんとままごと遊びするとは。びっくりだわー。夏苗さん驚いたわー』


「珍しいものが見れただろう」


『かなりね。ドSのティオさんが実は幼女に優しいとか、知りたくなかったけどね!』


 目の前の幼いカナエは眠っている。だが、今、カナエがどんな表情をしているか、手に取るように分かった。


『しかしまぁ、この体は本当に私の小さい頃に戻っちゃってるみたいね。東堂さんにしてやられたよ』


「カナエの父と母はいないのか?」


『この頃はね。大丈夫、あと半年もすれば、父さんと母さんが私を引き取ってくれるから。血は繋がってないけど、本当の家族だよ』


「そうか……」


『ていうか。もう充分ですよ、魔王様。幼少カナエさんでトパッティオさんに意趣返しできたでしょ?朝、死にそうな顔になってたじゃない。そろそろ私の意識があること、皆にばらそうよ』


 あの女を捕らえるためとはいえ、カナエを囮にし、あまつさえこんな不自由な状態にしてしまっている。誰のせいだと言われれば、あの女以外の何物でもないのだが、そもそもカナエを囮にする作戦はトパッティオが思いついたものだ。

 魔王としては、この国の脅威となりうるあの女をこれ以上野放しにできなかった。それは認めよう。だが、カナエを守りきれなかったのもまた、事実だ。


「このお前もまた愛らしいのだがな」


『ダニエラさんを、だにえ、って呼んだ時点で寿命が100年は縮んだけどね。ジルのことはじらるで定着しちゃってるし。まぁ、私はこの通り元気だから、もうちょっと遊んでもいいけどさ』


「それは俺が耐えられぬ」


『わあ。魔王様、正直者ー』


 くすくすと笑うカナエの声が耳に心地いい。


『この指輪作ったのはヴィーさんだっけ。ヴィーさんは何て?』


「魔法を弾いた副作用の可能性もあると。エミリエンヌと共に調べている」


「んにゅ……」


 俺の膝の上で眠っていた幼いカナエが、もぞもぞと体の位置を変えた。やわらかな髪を撫でれば、くすくすとカナエの笑う声が耳の奥に響く。


『今度はフェンデルおじいちゃんにでも遊んでもらおうか』


「ふふ、言ってやるな」


『おじい、って呼ばれて固まってたもんね、フェンさん。可哀想なことしちゃったな』


「じらる……?」


 寝ぼけ眼で俺を見上げる幼いカナエに、俺は微笑んだ。目覚めを促す様に柔らかく髪の毛を撫でると、幼いカナエは何度か瞬きを繰り返す。


『ほら、私が起きるよ。よろしくね、じらるおにいちゃん』


「すまないな、カナエ」


『これはこれで楽しいから気にしないで。さ、可愛がってもらってくるといいよ、チビちゃん』


「んむ……、じらる、おっき……する」


 抱き上げろとせがんでくる幼いカナエを望みのままに抱き上げて、俺は立ち上がった。カナエはその小さな手で、ぬいぐるみと俺のマントをしっかりと掴んでいる。

 あやすつもりで何度か緩やかに体を上下させると、幼いカナエは俺のマントを引っ張った。促されるまま頬に口付けると、くすぐったそうにカナエはくふくふと笑う。おかえし、とカナエのやわらかい唇が俺の頬に押し付けられた。


「遊びに行くか?」


「あい!」


 元気よく頷いたカナエを連れて、呼び出された魔神たちの待つ応接間へと向かう。トパッティオとボータレイからも絶えず報告は入っているが、オティーリエの尋問は成果を上げていない。


「……あの女を、直々に締め上げるか」


「???」


『あー、恋する乙女は手強いと思うよ。焦らないでね』


 トパッティオもダイスケも、いや、国を支える立場にある悪魔たちは皆、あの女には一矢報いたいと願うのはよく分かった。ようやくの機会を、簡単に終わらせるつもりはない。


「じらる、いたいいたい?おかお、こわいのよ?」


『ジル、無茶しないでね。暫くはほら、幼女カナエさんと戯れられると思ってくださいよ、魔王様』


「ふふ、ありがとう。……カナエは優しいな」


 外から聞こえる声と、頭の内に聞こえる声。そのどちらにも返して、俺は微笑むのだった。

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