45.愛憎の魔女
【???】
ずっと、想っていた。あの日、貴方に救われた日から。途方に暮れる私を、優しく介抱してくれたあの日。貴方はまだ、とても自由で、とても美しかった。
「うっ、ん……、え……?」
昔も、今も。ずっと好き。愛してるの。いいえ、振り向いてくれなくてもいい。私はただ、貴方を守りたいだけだもの。気付いてくれだなんて言わないわ。ただ、貴方の幸福を願うの。好きで好きで堪らないから。貴方を汚す者、貶める者、その全てから、私が守ってあげる。
「ここ、は……?」
綺麗な金色の髪。透き通る青色の瞳。少しだけ小麦色を混ぜたような肌は、宝石のように美しい貴方にそっと男らしさを感じさせる。
しなやかな身のこなしも、低く通る声も、優しいまなざしも、全部全部好き。どれ一つとして欠けることのない、美しい貴方。傍にあれるだけでよかったのに。
「それなのに!」
「っ!?」
魔王……っ、魔王だなんて!
あの悪魔たちにそそのかされて!責任感の強い、愛おしい貴方は、騙されたの!悪魔の王だなんて、そんなものを押し付けられてしまった!貴方が背負う必要なんてなかったのに!
「可哀想な人。どうしてあの人だけが、そんな苦しみを背負わなければならないの!」
「わ、っ!?」
綺麗な金色の髪も、透き通る青色の瞳も、汚らわしい黒と赤に染められてしまった。苦しみを背負わせるだけでは飽き足らずに!あの愚か者どもは美しいあの人を呪ったのだ!貶めたのだ!
ああ、なんて可哀想な人……!
「なんて、可哀想なジラルダーク……!汚され、苦しまされ、呪われ、今度はこんなものを押し付けられて……!」
「け、汚され……?」
汚らしい茶色の髪、鈍色の瞳、耳を蝕む忌まわしい声。どれ一つ取っても、美しいあの人の隣に立つに値しない。
「あの人は優しいから、お前のような汚らしい子に同情したのでしょうね。捨てられぬと、あの人を尚も苦しめているのでしょうね。そんなにあの人を魔王として縛りつけたいの?どこまであの人を苦しめれば気が済むの?あの人は逃げたすことも放り出すことも出来ずに今この瞬間も嘆いているというのに!」
「うわっ!?」
「汚らわしい汚らわしい汚らわしい!ああ、なんて汚らわしい!あの人の金色の髪を返して!青色の瞳を返して!」
「ちょ、ま、落ち着いて下さい!」
「口を開くな汚らわしい雌豚め!お前もジラルダークを苦しめる枷ですわ!」
汚らしい雌豚が、鈍い色の瞳を私へ向ける。その視線すら、私やあの人を汚すのだ。どうしてそれが分からない?
「も、申し訳ございません。じるっ、ジラルダーク様に、そのようなご事情がございましたこと、この汚らわしい雌豚めは存じ上げませんでした」
閉じ込めた檻の中で、雌豚は平伏した。己が罪を理解したのか。今更!
「何という無知!何という高慢でしょう!知らねば許されるとでも?お前がジラルダークを縛りつける枷になり得ているのに、何も知らぬと言うのですか!」
「お待ちくださいませ!ジラルダーク様が憂いておられたのは存じております!しかし、私のような下賤の者には、その憂いを取り除くことは出来かねます!」
平伏したまま、雌豚が言う。
「貴女様のように、ジラルダーク様を真に想う方からのお言葉でなくば、かの御方には届きすら致しませぬ!」
私の言葉でないと、届かない……?
「貴女様もおっしゃられましたように、私のような汚らわしい雌豚の言葉など、所詮は家畜の鳴き声に等しきもの。どうしてジラルダーク様に届きましょうか。私では、かの御方に鳴き声すら届きませぬ……!」
卑しき雌豚は、懇願するようにその汚れた瞳を私へ向けた。
「もしもかの御方が苦しまれているのであらば、貴女様のお声で呼びかけては頂けませんか!私は、かの御方を苦しめ貶めるつもりなど毛頭ございませぬ!貴女様の魔法で真偽を見て頂いても構いません!」
ああ、そうなのね。
「貴女は、正しく枷のための家畜であったのね」
檻の中の雌豚は、微笑んだ私にその汚らしい目を見開いた。
「貴女、様は、いったい……?」
「私はオティーリエ。ジラルダークを守る盾であり、矛ですわ」
何者にも汚させない。あの人は、気高く美しくあるべきなのだから。そのためならば、私は手段を選ばない。
「オティーリエ、様……」
汚らわしい雌豚は、感極まったように顔を歪め、再び平伏してみせた。この家畜は、家畜らしく誰に従うべきかを弁えているのね。
「ふふふ、ならば、家畜は家畜らしくしましょうね。そうすれば、いくらあの人でも、隣に置こうとは思わないものね」
「!」
「何を驚いているの。僅かながらあの人の隣に立てたのだから、もういいわよね。隣に立った幸福な記憶も、必要ないでしょう?身に余る栄誉を噛み締めなさい」
檻の中の雌豚に指先を向ける。淡い光が、汚らわしい雌豚を包んだ。
「うぅ、ッ……!」
苦しそうに体を抱えて縮こまる雌豚を、私は微笑んで見下ろす。
「死にはしないわ。死んでしまったら、優しいあの人が悔いてしまうかもしれないもの。大丈夫よ。汚らしい雌豚が人の言葉を喋ることの方がおかしいものね」
ごとり、と音を立てて床に転がった雌豚は、最後に何かを呟いた。まぁ、それももう誰にも届かないけれど。
◆◇◆◇◆◇
【カナエ】
ばつん、と視界が真っ暗になった。と思ったら、目の前に鉄格子?檻?が現れた。鉄格子を挟んだ向こう側に、紫がかった銀髪の美女がいる。
「ここ、は……?」
「それなのに!」
どこだろうと思って声にしたら、美女が絶叫した。びっくりしたぁ。いきなり何だ?
「可哀想な人……。どうしてあの人だけが、そんな苦しみを背負わなければならないの!」
「わ、っ!?」
刺激しないほうがいいかと思ってちょっと後退したら、美女が鉄格子を蹴り上げた。というか、ここ、檻だね。私が閉じ込められてるね。
布を巻いたら吹っ飛ばされて檻の中、って、ああそうか。あの布は罠だったのか。んで、飛ばされる前の魔王様とドSメガネさんの口ぶりからして、分かってて罠にかかったわけだ。つまり、この美女がストーカー魔女ってことか。居場所が掴めないって言ってたから、一度罠にかかって一気に攻めるって寸法ね。
「なんて、可哀想なジラルダーク……!汚され、苦しまされ、呪われ、今度はこんなものを押し付けられて……!」
「け、汚され……?」
マジか。魔王様、汚されてるのか。それはどっちの意味でなのかね?こんなシリアスな雰囲気でなければ、是非膝を突き合わせてじっくり話を伺いたいところだ。
「あの人は優しいから、お前のような汚らしい子に同情したのでしょうね。捨てられぬと、あの人を尚も苦しめているのでしょうね。そんなにあの人を魔王として縛りつけたいの?どこまであの人を苦しめれば気が済むの?あの人は逃げ出すことも放り出すことも出来ずに今この瞬間も嘆いているというのに!」
「うわっ!?」
がっしゃんがっしゃん鉄格子を叩かれて、私は更に後退した。こりゃまずい。せめて、魔王様がこの場所を特定するまでは何としてでも生きてないと!
「汚らわしい汚らわしい汚らわしい!ああ、なんて汚らわしい!あの人の金色の髪を返して!青色の瞳を返して!」
「ちょ、ま、落ち着いて下さい!」
「口を開くな汚らわしい雌豚め!お前もジラルダークを苦しめる枷ですわ!」
どうする?どうすれば、この魔女の気を引ける……?絶対にジラルダークは助けに来てくれる!とにかく、どうにかして時間を稼ぐんだ!
「も、申し訳ございません。じるっ、ジラルダーク様に、そのようなご事情がございましたこと、この汚らわしい雌豚めは存じ上げませんでした」
こうなったら、思い切りへりくだって、思い切り持ち上げるか!土下座しちまえ!
「何という無知!何という高慢でしょう!知らねば許されるとでも?お前がジラルダークを縛りつける枷になり得ているのに、何も知らぬと言うのですか!」
「お待ちくださいませ!ジラルダーク様が憂いておられたのは存じております!しかし、私のような下賤の者には、その憂いを取り除くことは出来かねます!貴女様のように、ジラルダーク様を真に想う方からのお言葉でなくば、かの御方には届きすら致しませぬ!貴女様もおっしゃられましたように、私のような汚らわしい雌豚の言葉など、所詮は家畜の鳴き声に等しきもの。どうしてジラルダーク様に届きましょうか。私では、かの御方に鳴き声すら届きませぬ……!もしもかの御方が苦しまれているのであらば、貴女様のお声で呼びかけては頂けませんか!私は、かの御方を苦しめ貶めるつもりなど毛頭ございませぬ!貴女様の魔法で真偽を見て頂いても構いません!」
ああ、もう台詞のストックがない……。は、早く来てくれ魔王様ー!
「貴女は、正しく枷のための家畜であったのね」
そういや、この人名前なんていうんだろう?魔女、としか教えてもらってなかったな。
「貴女、様は……、いったい……?」
「私はオティーリエ。ジラルダークを守る盾であり、矛ですわ」
「オティーリエ、様……」
「ふふふ、ならば、家畜は家畜らしくしましょうね。そうすれば、いくらあの人でも、隣に置こうとは思わないものね」
っ!やばッ!魔法使われる!指輪で防げるか……?!
「何を驚いているの。僅かながらあの人の隣に立てたのだから、もういいわよね。隣に立った幸福な記憶も、必要ないでしょう?身に余る栄誉を噛み締めなさい」
ジラルダークと同じように、オティーリエさんの指先が光った。瞬間、全身が燃えるように熱くなる。
「うぅ、ッ……!」
痛っ……!まずい、まだ、まだっ……!ジラルダーク……!ジラルダーク!
「死にはしないわ。死んでしまったら、優しいあの人が悔いてしまうかもしれないもの。大丈夫よ。汚らしい雌豚が人の言葉を喋ることの方がおかしいものね」
ああ……、死……なない、のか……。だった……ら……、い……いか……。
「…………ジ……ル…………、」
……もち……、こたえ…………る……から……ね…………。
「ま……、って……るよ…………」




