表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
愛憎の魔女編
47/184

44.布の罠

 魔王様と抱っこされるされないで組んず解れつしていたら、トパッティオさんのところのメイドさんが呼びに来た。どうやら、商人さんの用意が整ったらしい。染織物の布か。ああ、できるだけシンプルなのがいいなぁ。ストールとかショールに使えそうな布を希望します。


「こちらへどうぞ、陛下、御后様」


 トパッティオさんに案内されて入ったのは、領主邸の中でも一際豪華な部屋だった。ふんだんに髑髏が使われてるところを見るに、表向きの来賓用の部屋なのだろう。さっきまで寛いでた部屋は、髑髏の飾り1個しかなかったし。クロスとかも、トパッティオさんの趣味なのか落ち着いたグレーで纏められてたからね。


「商人は下がらせています。お気に召された品を献上した者だけを後程お連れ致しますので、どうぞお気軽にお選び下さい。ああ、複数お気に召したようでしたら、それでも構いませんよ。むしろ1つも気に入らないというのも色々と面白そうですね」


「えええー……」


 さすがだ。さすが鬼畜メガネだ。自分の領の商人さんなのに、まるで水を得た魚ならぬ調教の機会を得たドSだ。私が気に入らないってなったら、それを口実にちくちく商人さんたちをいじめるんじゃなかろうか。


「どうせ魔王陛下におもねる連中からの献上品ばかりですから。現に、刺繍どころか色合いすら貴女の好みを聞いていないでしょう。皆、貴女の姿は昨日見たばかりなのですよ。それで気に入るものが出てくるほうが稀ではありませんか」


「そ、それは確かにそうかもですけれども……。ほら、商人さんたちはプロですから、一目見ただけでぱぱっと手早く似合うものを選んでくれてるんじゃないですかね?」


「彼らが勝手にあつらえた似合うであろうものと、貴女自身の好みが一致すればいいのですが」


 商人さんを庇った私の発言をすっぱりと斬り捨てて、トパッティオさんは並べられた布たちを私に示した。腰高のテーブルの上に、いくつもの布が並べられている。魔王様と一緒に、整然と並べられた布を手に取ってみた。

 ストール、というよりも、サリーとかカンガとして使えそうな大判の布が多いなぁ。しかも、色も赤とか黒をベースにしてるせいで、全体的におどろおどろしい。刺繍も基本的に金色の糸ばかり使われてるから、おどろおどろしさの中に華美さまで加えられてしまってる。これ、どっちかっていうと魔王様のマント用にどうだろうか。私が普段使いするには、あまりにもなデザインすぎる。


「んー、もっと淡い色の方がストールとして使いやすそうなんだけどなぁ……」


「そうでしょうそうでしょう。では、御后様の御眼鏡には適わなかったとのことで」


「ちょ、待ってください!もっと!もっとじっくり見させて下さい!」


「そうですか?残念ですね」


 今にも商人さんたちに突撃しそうなトパッティオさんをなだめて、再び布選びの作業に戻った。ダメだこのドS!調教の血がうずいてやがる……!どれでもいいから、適当に1枚選ばないと、トパッティオさんのドSが火を噴いてしまう……!


 慌てて布を探す私を横目に、ジラルダークは目ぼしいものを見つけたのか、何枚かの布を私の肩に掛けたり外したりして吟味している。次は複雑な刺繍が施されてる布を掛けられた。ふーむ。


「うん、カンガとして使うなら、こういう複雑な刺繍があったほうが見栄えいいよね」


「カンガ?」


「うん。一枚布の民族衣装でね。こういう大きめの布を体に巻いて、ワンピースみたいにして使うんだ」


「…………それは……」


 驚きからか、目を見開くジラルダークに私は首を傾げた。あれ、こっちだとあんまりないのかな?


「ワンピースみたいに着れるから、普段着に使いやすいんだよ。楽ちんだし」


「……どのようになるのか、実践してみてくれないか」


 何故かジト目になってる魔王様が、複雑な柄の布を持って迫ってきた。実践て言われても、ああ、まぁ、今はマーメードラインのドレスだから、やれないこともないけども。


 しょうがない、と私はジラルダークから布を受け取って、ドレスの上から体に巻きつける。体の前で交差した隅っこ部分を首の後ろに持ってって、軽く結んだ。


「こんな感じ」


「……これを、布1枚で、着ていたのか?」


「向こうにいる頃?そうだね。お土産で貰ったことがあって、夏は部屋着にしてたよ」


 頷くと、カッと魔王様の目が見開かれる。光線でも発射しそうな見開きっぷりだ。


「ど、ど、どうしたの、魔王様?」


 半歩下がりながら尋ねると、後ろの鬼畜メガネが喉を鳴らして笑う。振り返ると、ああ失礼、とばかりにトパッティオさんは片手を上げた。


「男の些細な嫉妬ですよ、カナエさん。今は下にドレスを着ていらっしゃいますが、その布1枚となると、随分と目の毒な装いですからね」


「え」


 言われて、自分の体を見下ろした。……そう、かな。むしろ、ジラルダークが勧めてくるドレスの方が際どいラインばっかりで、目の毒というよりも見苦しい姿のような気もするけれども……。


「特にここがいけませんね。ほら」


 くいっと首の後ろにある結び目を指で引かれて、そのまま解かれてしまった。慌てて肌蹴かけた布を抑えて、はたと気付く。下にドレス着てるんだから、別に抑えなくてもいいじゃないか。おおっとポロリしないもの。


「なにす……」


 何するんですかティオさん、とは言えなかった。そう、左隣から感じる、強烈な殺気によって。


 ぎぎぎ、と凝り固まった首を動かして左隣を確認すると、魔王様は俯いてらっしゃった。表情が見えないのが、とても怖い。それに、何か黒いオーラ出てるし。魔法使えない私にも見えるし。マントなびいてるし!


「あ、あの、ジル……?」


 声をかけた瞬間、ものすごい速さで視界が回った。中途半端に体に巻いていた布が宙に舞うくらいの速さだった。ついでに、何か暖かいものに顔面から激突した。


 直後に甲高い金属音が響き渡って、私はくらくらしながらくっつけていた顔を離す。何事かと視線を動かすと、真っ暗だった。


「え?あれ?」


 どうなってるんだ、これ?ええと、腰に回ってるのは、多分ジラルダークの腕で、私が激突したのもジラルダークの胸、だよね?この感触と匂いは私のよく知ってるものだから、間違ってない、と思う。


「幾ら貴様とて、俺も加減はせぬぞ……!」


「すみませんね、どうにもじれったいもので。それではない、と貴方も分かっているでしょう?」


「ッ!」


「どうされるにせよ、こちらの準備は整っております。私としても、とっとと終わらせたいのですよ」


「だが……!」


 どうやら、ここは魔王様のマントの中らしい。外ではジラルダークとトパッティオさんが言い争ってる、ようだ。とっとと終わらせたい、ってトパッティオさん、そんなに商人さんたちをいじめたいのか。


「ごめんなさい、すぐに選びます。ね、ジル」


 ぽんぽん、とジラルダークの胸元を叩くと、腰に回されている腕に力がこもった。マントの裾ごと抱え込まれてるからこの状態なのか。


「陛下」


「……ああ、分かっている」


 トパッティオさんに促されて、渋々ではあるけれどもジラルダークは私を解放する。あーあ、さっきまで着てた布、あんなところまで飛んじゃってるよ。どんだけ勢いよく抱き込んだんだ、魔王様。


「さあ、お選び下さい」


 促すトパッティオさんの手には蝋燭乗ったままの燭台が握られている。ジラルダークの剣を、トパッティオさんは燭台で受けたのか。この場合、トパッティオさんの反射神経に感心するべきなのか、それとも燭台の耐久力に感心すべきなのか。


 さて、ちゃっちゃと布を選んじゃわないと。


「そうですね、じゃあ、部屋着に1枚、ひざ掛けに1枚戴こうかな」


 さっきの刺繍が細かいのを部屋着としてもらおう。床に落としちゃったし、うん、買い取るにも私はお金持ってないのだけれど。今度こそ、魔王様から仕事をもらおう。


「……ならば、…………これは、どうだ」


 差し出されたのは、淡い蜂蜜色の布だった。おどろおどろしさを前面に出した他の布と違って、全体的に素朴な色合いで纏められてる。刺繍の糸も橙色や緑色を使っていて、可愛らしい感じだ。こんなのが混じってたのか。完全に見落としてたわ。普段使うなら、このくらいの色合いがいいよね。


「うん、可愛い布だね」


「先程のように、纏われてみてはいかがでしょうか」


「そうですね」


 ジラルダークから布を受け取って、さっきと同じように体に巻こうとした。どうしてだろう。ジラルダークは布を受け取った私を見て、泣きそうな顔をしてる。


 どうしたの、と、声にならなかった。


「すまない、カナエっ……!す────」




 ばつん、とヒューズが飛ぶような音が、耳の奥で聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ