表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
愛憎の魔女編
44/184

41.民の希望4

 市場を視察よろしく歩いて眺めたり、たまにトパッティオさんのオススメの店に入ってみたりと、私の初の悪魔領領地観光は楽しく順調に進んでいた。……のだけれど。


 さっきから、魔王様の雰囲気がヤバイです。黒いオーラが出てるというか、目が笑ってないというか、何でこんなに不機嫌なんですか、魔王様。

 いや、私に対しては、ごくごく普段どおりに優しく接して下さってるんですけどね。合間合間に見せる、その射抜くような視線はどういうことですか。視線を追おうとすると、ことごとく邪魔してくるのはわざとですよね、絶対に。


「どうかなさいましたか、陛下?」


「この辺りも随分と発展したものだ。よく治めているな、トパッティオ」


「は。お褒めに預かり、光栄にございます」


 といった感じで、聞いても白々しく話を逸らされるのだ。怪しすぎる。


「カナエ、あちらの小物はお前の趣味に合うだろう?」


「ええ、ああいう素朴なものはとても好きですわ」


 不自然じゃないように会話しながらジト目で見つめると、ジラルダークは微笑みとも苦笑いともつかない笑みを浮かべて私を抱き上げた。うおっと!何だ、急に?!


「喉が渇いたか。そうか、随分と歩いたからな」


「では、あちらの店でお休み下さいませ」


「ちょうどいい、甘味も用意させよう」


 私が唖然としている隙に、何故か市場の一角のお店に連れてこられてしまった。お店の二階部分に運び込まれて、あっという間においしそうなデザートが目の前に並べられた。


 な、な、何事!?


「こちらでしたら我々以外が出入りしませんので、暫くはごゆるりとお過ごし下さいませ」


 トパッティオさんが、有無を言わさぬ笑顔でデザートを勧めてくる。隣に座ったジラルダークを見ると、一つ頷いてからトパッティオさんに目配せをした。連れ込まれたお店の中には、確かに、私とジラルダーク、トパッティオさん以外にはいない。


 ……あれ?


「ねぇ、ベーゼアは?さっきまで一緒だったよね?」


「ああ」


「というか、急にどうしたの?」


 とにかく、いきなりすぎて頭がついてこない。状況を整理させてもらおう。


「ああ、すまない。礼儀知らずがいたものでな。危害を加えさせる前に避難した」


「礼儀知らず?」


 首を傾げた私に、ジラルダークは短く頷く。


 ほう、全く気付かなかったわ。危害を加えさせる前にってことは、ジラルダーク、その人睨みまくってたってことか。だからあんなに鋭い視線だったんだ。


「申し訳ございませんでした、カナエさん。民の前で貴女に手出しさせるわけにはいきませんので、急遽こちらに避難していただきました」


「そ、そんなに危険な感じだったんですか?」


 民の中に猛獣が混じってたとか、腹マイトかましちゃってるような人がいたとか?き、危険すぎる……!着飾っていようとも、私はパンピー。紙装甲もいいところだ。そんな人に襲われたら、木っ端微塵になってしまう。


「危険、といえば危険か」


「ええ。ダークが暴走する、という意味でですがね」


 頷いたジラルダークに、どこか呆れたようにトパッティオさんが肩をすくめた。


「ああ、ご心配なさらずとも、ああいう手合いに襲われたとてカナエさんには傷一つ負わせませんよ。それ以前に我々がお守りします。そのための随行ですからね。ですが、カナエさんに危害を加えようものなら、そこの阿呆が後先顧みずに暴走するでしょう」


 くいっとメガネを押し上げながら、トパッティオさんが早口に言う。聞いてるジラルダークは、どこか居心地が悪そうだ。


「“偉大なる魔王陛下”の醜態を民に晒すわけにはいきませんので」


「あ、あはは……」


 し、辛辣だなぁ、トパッティオさん。さすが、鬼畜メガネ。


「暫くはこちらで休憩なさっていて下さい。先程の輩は出所も含めて我々で対処いたします。くれぐれも、暴走なさらぬように。いいですね?」


 きっ、とジラルダークを睨みつけてから、トパッティオさんはお店を出て行ってしまった。隣の魔王陛下さんは、不服そうに口をへの字に曲げている。拗ねるな、魔王様。


「……俺もまだまだ、ということか」


 ぽつりと呟いて、ジラルダークは苦笑いを浮かべた。首を傾げると、ジラルダークは私の頭を撫でる。


「万人に好かれる王になど到底なれはしない。だが、力は見せ付けてきたつもりだ。それでもまだ、皆に理解をされるものではないか」


「圧政を、ってわけでもないんだから、ジルは充分いい王様だよ。きっと、ジルから遠すぎて想像できないんだよ」


 ジラルダークがどれだけ強くて、どれだけ優しい人か。それは、近付いて分かるところもあるんだろう。


「昨日の子犬ちゃんもそうじゃない。話したらすぐに、ジルのこと分かってくれたでしょ。魔王、って他の世界でもあんまりいい意味合いは持ってないだろうから、初めはどうしたって誤解しちゃうんじゃないかな」


 かくいう私も、最初は大いに誤解していたさ。魔王様っていうものは、もっと緑色な感じを想像してたしね。少なくとも、同じような人間とは思わなかった。むしろ、喰われると思ったもん。

 ジラルダークは私の言葉に少し照れたように笑って、いつもの如く私を膝の上に抱き上げた。


「ありがとう、カナエ。そういってもらえると嬉しい」


「いえいえ、このくらいでしたらいつでもどうぞ」


 すかさず尻を撫でようとするジラルダークの手を追い払って、私は用意されたデザートに視線を向ける。うむ、今日も誠においしそうなデザートだ。桃みたいな果物を使って、クレープ仕立てになってる。


「んふふ、じゃあお言葉に甘えておやつタイムにしようかな」


「ふふ、ああ。そうするといい」


 ジラルダークの膝の上で体の向きを変えて、私はデザートに取り掛かった。ジラルダークは私のお腹の辺りに腕を回したまま、私の頭に顎を乗っけてくつろいでる。


 どんな人が私を狙ってたのか、とか、どの辺りにいたのか、とか、気になることは色々あった。けれど、その話題を蒸し返してしまうと、トパッティオさんが危惧する魔王様の暴走にスイッチが入りそうなのが怖い。

 トパッティオさんたちがどうにかするって言ってくれてるし、紙装甲のパンピーは大人しくしてるのが一番なんだろう。


「ん、おいしい」


「そうか」


 クレープ生地もほんのり甘くて、ふわっと香ばしくて、クリームと桃みたいな果肉によく合う。甘くて幸せな一品だ。


「そういえば、市で幾つか気になっていたものがあっただろう?」


「あ、うん。マリモみたいなお菓子」


「マリモ……、ああ、モンテームか」


「それと、串焼きみたいなの」


「ロルル鳥の串焼きだな。分かった。後で運ばせよう」


 モンテームにロルル鳥か。初めてファンタジーな名称にぶち当たった気がする。なまじ、ジラルダークが日本名で通じちゃうもんだから、中々お目にかかる機会がなかったんだよね。それに、基本的に日本での名称と変わってないものも多い。この世界特有の食べ物とか動物とかじゃないと、ファンタジーな名前じゃないのかもね。

 この魔界にいる悪魔さんたちは全員が違う世界からのトリッパーなのに、言葉に不自由しないのは何でだって疑問はある。けれども、分からないものは分からない。トリップの原因さえ分からないのだ。そういう世界なんだろうってことで、私の中では折り合いをつけた。いや、うん、別に考えてるうちに知恵熱出そうだとか、急激な眠気に襲われるとか、そんなんじゃないから!


「…………もうすぐに片が付く」


 心の中で言い訳をしてたら、不意にジラルダークが私の頭を撫でた。ああ、トパッティオさんのお仕置きがもうすぐ終わるのね。さすが鬼畜メガネ、手が早い、おっと失礼、仕事が速い。


「うん。じゃあ、急いで食べる」


 残っていたデザートに手を伸ばすと、背後のジラルダークがくすくすと笑った。ゆっくりでいい、なんて優しい声色に、さっきまで見せていた鋭さは欠片もなくて、少しだけ安心した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ