38.民の希望1
悪魔城に来てから三ヶ月とちょっと。今日は、はじめての外出だ。ウキウキだ。私は魔王様にくっついて、トパッティオさんの領地に向かってる。ただし、今日はいつものように魔王様に抱えられて飛んできたわけじゃない。正式な訪問だから、と魔法の馬車を使っていた。
魔法の馬車、というと灰を被ったお嬢さんの物語に出てくるアレみたいだけど、悪魔城所有の馬車はあんなに綺麗なものじゃない。なんてったって、御者がデュラハンだ。首もげてるよ。馬も真っ黒なボディーに青い鬣、ついでに黄金の角が一本生えてらっしゃる。闇落ちしたユニコーンか、おのれは。
「まさか、生のデュラハンが見られるとは……」
「彼等は体を自在に切り分けられる種族だからな。デュラハンらしいだろう?」
「そんな特技を、どうしてこんなところで生かすのか!むしろ、御者には不要な特技じゃないか!私は声を大にして問いたい!」
これが結構楽しいんですよ、と頭を小脇に抱えた御者さんが笑ってる。前を向け、前を。ついでに頭を小粋に小脇に抱えるな。
「ちなみに、ダイスケの発案だ。アレは見聞きしたことを全て覚えているからな。昔、ニホンでそういうものが載った本を読み漁っていたらしい。ラノベ、と言っていたか」
わお。東堂さんはこちら側の人か。時代劇とラノベが好きなこちら側のお兄さんか。デュラハンが出てくるってことは、ファンタジーが好きだったのか。ますますジャパン領が不安に思えるのは気のせいではあるまい。
「今日行くのがトパッティオさんのところでよかった……。日本人としては、ジャパン領は不安でいっぱいだよ」
「ふむ。ニホン人は驚くらしいが、意外と住み心地はいいものだ、と言っていたぞ」
「まず、住環境に驚き要素を求めてないから」
「それもそうだな」
馬車の中で景色を眺めながら、私はがっくりと肩を落とした。ジラルダークは私の頭を撫でて笑ってる。私はジラルダークに体を預けつつ、馬車の外を高速で流れる景色を見ていた。この馬車、馬車自体に魔法を使っているから、スピードが新幹線レベルだ。しかも、乗り心地も抜群にいい。そりゃそうだよね。空中に浮いてるもんね、これ。御者がデュラハンじゃなければ、魔法の馬車そのものだっていうのにね。
景色は既に、私の知らないところになってる。悪魔城周辺はおどろおどろしかったけど、この辺は普通の山林だ。偶に跪いてる人がちらっと見えるけど、あれが悪魔の人たちかな。流れる景色が早すぎて、ほとんど判別できない。
「トパッティオの領地は、名をブルリアという。奴の生まれ故郷と同じ名だ」
どうやら、魔王様の直轄地から鬼畜メガネさんの領地に入ったらしい。
「ブルリア、かぁ。名前もまともそうで安心したよ」
「ああ。ニンゲンの領地から最も近い領地だからな。中央部は万が一、ニンゲンが踏み入っても恐れるよう、とても悪魔らしい景色になっているぞ」
「うわ、吹き飛んだ。私の安心が全て吹き飛んだわ」
ふざけて顔をしかめる私に、ジラルダークも悪戯な笑みを浮かべた。悪魔らしいってことは、悪魔城と同じような外装ってことだもんね。
「トパッティオは悪魔として職務に忠実だ、と言っておこうか」
「じょ、常識人だと思ってたのに……」
「どうだろうな。あれを怒らせると、吹き飛ばされるぞ」
「えっ?」
吹き飛ばされる?あらま、トパッティオさんてば、頭脳労働派と見せかけて実は肉体派?肉体言語主義?
「そんなムキムキには見えなかったけどなぁ」
「いや、爆弾で、だ」
「ばっ……」
爆弾!?爆弾って、クレイモアとか、TNTとか、C4的な!?
「死にはしない程度に加減はされているが、痛みは凄まじいな。一度、ダイスケがまともに喰らって死にかけていたぞ」
「ひえぇ……!と、トパッティオさんって、過激な方なのね……」
「元々、ニンゲンから悪魔を守るために魔法の使い方を練っていて思いついたらしい。爆弾で、攻め込む場所ごと吹き飛ばしてしまえ、とな」
「地雷ですか」
「そんなものだ。あれの魔法は、爆弾の生成に特化している。爆弾を作ることに関しては、俺でも勝てん」
魔王様でも勝てないなんて、どんだけですか。ジラルダークが魔王になる前に仲間だった人たちって、みんな個性的なのね。オネエさんとか、サムライモドキとか、鬼畜メガネの爆弾魔とか。
「もうすぐだ。ほら、あそこに館が見えるだろう」
気付くと、馬車の外が暗くなっていた。ジラルダークが示す先は、……墓地だ。どう好意的に捉えても墓場だ。夜な夜な大運動会が催される場所だ。他に例えようがない。墓地と、ツタまみれの古城。朽ちた掘っ立て小屋はオブジェか。
「ナニアレ」
「領主邸だ」
「うわああぁ……!行きたくない行きたくない!まだジャパンの方がマシかもしれない!江戸の方がいいかもしれない!」
「ここはニンゲンの領からも観測される可能性があるからな。まぁ、結界を越えて観測できるようなニンゲンは、あまり存在しないが」
「うわ、スルーしやがった。人間から見えるからこうしてるっていうのは分かるけどさぁ」
「ああ。それと、獣人の中で鳥族は遠視が使える者もいるぞ」
「えんし?千里眼みたいなものかな」
首を傾げると、ジラルダークは似たようなものだって頷いた。遠視って能力を使うと、遠くの景色が見えるんだってさ。便利な能力だねぇ。魔法なのかなって思ったら、獣人特有の能力だから魔法じゃないらしい。うーん、魔法って難しい。
「獣とニンゲンが交わって出来たのが獣人の始祖と言われている。特異な能力を持つものも多いな」
「ふむふむ」
「獣の姿とニンゲンの姿を使い分けることも出来るぞ」
おお、文字通り獣人なのね。ってことは、もふもふのウサギからごっついオッサンに変身したりもするのか。夢が広がるね。
「獣の国は今、ごたついているようだ。機会があれば、ニンゲンに紛れ込んで見に行ってみようか」
「ちょ、いいの、魔王様?」
「折角の異世界だ。こういったものも楽しみたいだろう?」
にいっと口元を釣り上げて、魔王様は悪戯に笑った。さすが、魔王様。私の気持ちなんて、まるっとお見通しですね。
「さあ着いたぞ。まずは、我が国を堪能するといい」
ふんわりと馬車が着地して、魔王様はさっさと降りてしまった。私は、後を追って慌てて馬車を出る。
と、出ようとしたら、先に馬車の扉の前で待ち構えていた魔王様に抱っこされた。ああ、このために先に降りたのね。こんなところでコケはしないけど、相変わらずジラルダークは心配性のようだ。そのまま、魔王様にゆっくりと地面に降ろしてもらう。
「お待ち申し上げておりました、魔王陛下、御后様」
待ち構えていたのは、今日もばっちり七三分けのトパッティオさんだ。さっき、印象が鬼畜メガネから鬼畜メガネの爆弾魔にクラスアップした領主さんだ。今日も素敵な悪魔ルックでいらっしゃる。トパッティオさんの後ろには、様々な種族の悪魔さんたちが跪いていた。
トパッティオさんが、たくさんの悪魔さんたちの代表として私たちの前に来た。
「ああ、大事無いか」
「は。皆、陛下のお力によりつつがなく暮らしております」
すばやい動作でジラルダークの前に跪いたトパッティオさんは、ワインをラッパ飲みしてた人とは思えない。魔王様に忠誠を誓う領主様そのものだ。
ジラルダークは、トパッティオさんたちに立つように命令して歩き始めた。私も、ジラルダークの半歩後ろをついていく。トパッティオさんたちは更に後ろをついてきていた。おお、ジラルダーク教授の総回診ですってか。
「御后様披露の儀の準備は整っております。民も、御后様のご尊顔を拝謁致したく、今か今かと待ち侘びておりますよ」
「では先に済ませるか。カナエ、疲れてはいないか?」
「お気遣いありがとうございます、陛下。疲れは露ほどもございませんわ」
「そうか。こちらへ来い、カナエ」
ぐいっと腰を抱かれて、私は魔王様の隣に並ばされた。おっとと。
「お前は我が選んだ后だ。堂々と隣に立てばいい」
ああ、そうか。民への披露の儀ってことは、民衆の前に立つんだった。ウグイス嬢よろしく、笑顔でしとやかに手を振ってればいいんだよね。エミリエンヌなんか、カナエ様がこの国の初めての御后様なのですから好きにやってしまえばいいのですわ、なんて笑ってたもんね。
既に、ジラルダークも私も人前に出れるようにめかしこんである。ジラルダークは、黒い羽をふんだんに使ったマントと、いつもよりごっついゴシックな服装だ。ジラルダークは長身で体格もいいから、こういうゴシックな服が映えるね。
そして私は、魔王様に合わせて黒のドレスを着てる。ジラルダークは白いドレスを着せたがってたけど、あまりにもミスマッチな上に、魔王に攫われたお姫様状態になってしまうから辞退させてもらった。ジラルダークと同じ色が着たい、って言ったら、魔王様も納得して下さったしね。
うん。衣装が変わると気持ちも変わるね。魔王の后として、堂々としていよう。
こちらでございます、と案内する悪魔さんに導かれて、私たちは悪魔の民が待つ広場へと向かった。