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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
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37.異世界の日常

 私がこの世界にトリップしてきてから、四ヶ月くらい経った。城に来てからは、三ヶ月くらいかな。いや、きちんと一日ずつ数えてたわけじゃないから、かなり適当だ。

 来た当初は雪景色だった魔王城も、随分と春めいてきた。……とはいっても、雪が溶けて赤黒い地面とか白茶けた岩肌が剥き出しになってきてるだけだけども。東堂さんのジャパン領では梅が咲いたって言ってたから、きっとこれが魔界の春なんだろう。


 もう少ししたら、悪魔の民に魔王の后として私を紹介するんだ、ってジラルダークが言ってた。ついでに、魔界も見せてくれるらしい。

 この世界に来てから、私はサリューとアマドさんがいる村と悪魔城しか知らない。あの村は初心者トリッパー向けになってるようだから、魔界の領地は楽しみだ。色んな意味で。あ、ジャパン領には不安しかないけどね。


「カナエ様、参りましょうか」


「うん、そうだね」


 ベーゼアに促されて、私は部屋を出た。


 ここに来て三ヶ月。魔神さんたちとも随分仲良くなれた……と思う。


「あ、カナエ様だー!」

「カナエ様、カナエ様ー!」


「飛びつくんじゃねェぞ、ガキ共」


 少なくとも、以前に感じていた壁のようなものは無い。駆け寄ってきたノエとミスカ、それに呆れたような顔をしてついてくるナッジョさんに微笑んだ。


「こんにちは、ノエ、ミスカ、ナッジョさん」


「こんにちはー!」

「こんにちはー!」


「こんにちは、カナエ様。散歩ですかい?」


「うん。ついでに、魔王様におやつ差し入れようかと思って」


「そりゃいい。カナエ様がいりゃあ、陛下もご機嫌だからな」


 あっはっは。魔王様の嫁馬鹿が魔神の常識みたいになってて、私ゃ嬉しいよ。


「ナッジョさん、ノエとミスカと一緒にいるの珍しいね」


「今日はアーロの奴もダニエラも出ちまってましてなァ。お守りみてェなモンですよ」


 最初の頃に比べたら、随分と打ち解けられたと思う。こんなに仲良くなって、御后様としていいのかな、と思ったけど、なんと東堂さんとボータレイさんが裏から手を回してくれたらしい。エミリがこっそり教えてくれた。東堂さんなりの謝罪なんだって。まぁ、これであの件は許してやろう、と思う。


「あはは、ご苦労様」


「全くですよ」


「違うよー!僕たちがナッジョの面倒見てるの!」

「違う違う!僕たちがナッジョのお世話してるの!」


 騒ぎながら、ノエとミスカが纏わりついてくる。よしよしと頭を撫でてあげると、ノエもミスカも腰の辺りに抱き付かれてしまった。

 あ、そうそう。この数ヶ月で、魔王様も魔神さんたちに譲歩したんだよね。ちびっ子限定で、私に触んな命令が解除されたのだ。それでも、対象はノエ、ミスカ、エミリエンヌだけだけど。あんまり譲歩してないような気もする。


「飛びつくなっつったろーが、ガキ共!」


「わーい、ナッジョが怒ったー!」

「わーい、ナッジョの怒りんぼー!」


 きゃっきゃ言いながら、ノエとミスカは逃げていってしまった。嘘みたいだろ。私より年上なんだぜ、あれ。

 失礼します、と告げて、ナッジョさんも後を追う。いつもアロイジアさんが上手く御してるんだろうな。あの人、男女問わずに人の扱いが上手いから。タラシだから。もしくは、厳しくも優しいダニエラお母さんか。二人の代わりだなんて、ナッジョさんも大変だ。


「あれ、そのうち拳骨が落ちるね」


「多少は構いませんわ。そうでもしないと、止まりませんから」


 ベーゼアの言葉に、それもそうか、と納得してしまう。ノエ、ミスカ、ちょっとは大人になろうね。その点、エミリエンヌは大人だ。見かけは幼女、頭脳は艶女なのだ。


「おや……?」


「わ。ヴィーさん」


 ぬ、と廊下の影から現れたのは、ファントムのヴラチスラフさんだ。名前が呼びにくいなと思ってたら、ヴィーと呼べと言われたのだ。で、そこを皮切りに魔神さんをあだ名で呼ぶようになったんだよね。


「御機嫌よう……、カナエ様……」


「こんにちは。ヴィーさんが研究室から出歩いてるの、珍しいね」


「ええ……、エミリに……薬草の追加分を……受け取りに……参りました……」


 長い髪を揺らして、ヴラチスラフさんはふらりと横に重心をずらす。倒れそうで倒れないのは幽霊クオリティーだな。うん。

 初対面の時には怖かったけど、今は慣れた。ヴラチスラフさんは、徹夜が続くと顔が幽霊になっていくのだ。今日の感じだと、まだ一日二日程度の徹夜だろう。


「今度は何の研究してるの?」


「くす……、出来上がりましたら……、お持ちしますよ……。是非お試しを……」


「いや、いい!いらない!試さない!」


「おや……、残念……」


 全力で拒否すると、ヴラチスラフさんはニイッと笑った。あ、ダメだ、やっぱりちょっと怖い!


「ヴィー、カナエ様を脅かさないで頂戴」


「くすくす……、失礼致しました……。つい……、ね……」


 つい、で脅かさないで下さい。ノミの心臓が潰れてしまいますから。ただでさえ、見た目が幽霊で怖いんですから。


「さあ、カナエ様、参りましょう」


「うん。じゃあね、ヴィーさん。あんまり徹夜しないでね」


「ええ……、留意します……」


 ゆらゆらと手を振るヴラチスラフさんと別れて、ベーゼアと城の回廊を進む。悪魔城は今日も安定のおどろおどろしさだ。青空とのミスマッチが凄まじい。そこを飛び交うカラスとコウモリもミスマッチ甚だしい。


「魔界ってどんな感じなのかなぁ」


「そうですね。ニンゲンの領地から見ると、暗黒の死地に見えますよ。常に暗雲が立ち込め、瘴気の渦巻く場所ですから」


「え?こんなのどかなのに?」


 景色を見ながら質問したら、ベーゼアが真逆のことを言った。確かに、悪魔城はおどろおどろしいし、朝はスズメの代わりにカラスが鳴くし、雪が降ってた時は厚い雲がどんより感を演出してたけれど、瘴気渦巻くって程じゃない。青空見えてるもんね。


「ええ。ニンゲンの領地からはそう見えるように、悪魔の領地を覆っているのです」


「あ、なるほど」


「はい。陛下が、ニンゲンがおいそれと近づけぬようにと威嚇の意味を込めて結界を施しました」


 決して狭くは無い魔界を覆う結界って、さすがすぎるでしょ、魔王様。私は魔法が使えないから分からないけど、それでも、魔界を覆うほどの結界が大それたものだってことぐらいは理解できる。


「改めて、ジルってすごい人だね。かっこいいなぁ」


 呟くと、ベーゼアがくすりと笑った。


「それは、直接陛下にお伝え下さいませ。きっとお喜びになりますわ」


「喜ぶ……だけで済むと思えないから言わない」


 首を振ると、ベーゼアは楽しそうに笑った。ああ、美人さんだわ。ひよひよ揺れてる尻尾が可愛い。


「カナエ様、照れてらっしゃいます?」


「て、照れてないもん!」


 面と向かって言えるほど、私は恋愛レベルが高くないよ、ベーゼア!逃げるように、私は速足で回廊を抜けた。ベーゼアもそれ以上は突っ込まずに、後ろを付いてくる。


 ジラルダークの執務室は、私が愛用しているおやつ部屋の隣だ。今日は、おやつ部屋にジラルダークを招いて一緒におやつ食べようと思う。たまにはいいよね。

 おやつ部屋の近くまで来ると、ジラルダークが執務室から顔を出した。このタイミングのよさ、もしかして見てたのかな?心配性だなぁ。


「ジル、お疲れ様」


「ああ」


 おやつ部屋に入ると、既にメイド悪魔さんたちがおやつの準備をしててくれていた。ジラルダークに導かれるまま席に着くと、メイド悪魔さんたちはそそくさと出て行ってしまう。ベーゼアも、紅茶の準備をするとすぐに出て行った。二人きりにしてやろうという、生暖かい配慮を感じる。


 魔王様は私の隣に座ると、慣れた手付きで私を膝の上に抱き上げた。おい、私はぬいぐるみじゃないぞ、魔王様。


「で?俺に何か言うことがあるのではないか?」


 ……え。


「やっぱり見てたんだ!出てくるタイミングいいと思ったよ!」


「そろそろ来る頃かと思ってな」


 ジラルダークは私が逃げないように腰をホールドして、顔を覗き込んでくる。じっと見つめられて、私はふらふらと視線を彷徨わせた。


「カナエ」


「うう……。聞いてたなら、いいじゃん」


「直接聞きたい」


 期待に満ちた目で、ジラルダークが私を見てる。ああ、魔王様がご覧あそばされてる。言えってか。こんなの、面と向かって改めて言うとなるとものすごく照れるわ!


「なぁ、カナエ」


「う……、うぅ、ま、魔界全部に結界張るの、すごいね」


「ああ、それで?」


 もぞもぞと呟く私に、ジラルダークは笑みを浮かべながら先を促してくる。こ、この悪魔め!


「か、かっこいい、よ……」


 喜ぶだけで済むとは思えない、ってさっきベーゼアに言ったけど。うん、予想通り。魔王様のおやつは私ですか、そうですか。


 遠く離れた日本の友人たちよ。私は今、異世界で元気に魔王様のお嫁さんを頑張っています。もう、独身女のはっちゃけ女子会には参加できません。これが何十年も、何百年も続くといいな、と思う程度には、旦那様のことが好きです。ノロケです。きっと、向こうには聞こえないだろうけど、一度は自慢してみたかったなぁ。

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