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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
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36.悪魔の鍛錬

 今日は魔神さんたちと魔王様が鍛錬を行なうらしいので、それを見学に来てる。悪魔城探索では来なかったこのだだっ広い鍛錬場が、魔王様がよく使う鍛錬場のようだ。今まで見たことのある鍛錬場のどこよりも頑丈そうで、どこよりも広かった。


「おらよ!」


「おや……、危ないですね……」


 今は、魔神さんたちの模擬戦を見学してる。目の前で戦ってるのは、長槍をまるで腕の一部のように振るう部隊長のアロイジアさんと、現れては消え、消えては現れする幻影のヴラチスラフさん。あの槍を避けきるのもすごいし、現れる場所を的確に突けるのもすごい。もう、何に驚けばいいか分からなくなってる。私の口は、ここに来てから開きっぱなしだ。


 ふと、ヴラチスラフさんが手をかざす。白い手を中心に、ぶわっと光り輝く魔方陣が描かれた。瞬間、魔方陣から溢れた銀色の矢が、雨のようにアロイジアさんに降り注ぐ。


 おおおお!すごいすごい!MMORPGの世界に入ったみたいだ!


「あれがヴラチスラフの錬金術だ。魔法は使えぬが、術式を元に金属を作り出すことができる」


「うわぁ!」


 もう、何が魔法で何が魔法じゃないか分からないや!


「ほう、アロイジアも矢を全て凌いだようだ。いくつかはヴラチスラフの影に打ち込んでいるな。銀の反射光を利用して逃げ道を塞いだか」


「うわぁ!」


「決着がつくぞ。……アロイジアの勝ちだ」


 うわぁ!アロイジアさん、自分の影突いたと思ったら、両手を挙げたヴラチスラフさんが影からぬるっと出てきた!


「ふふ……、敵いませんねぇ……。わたくしの……渾身の術……だったのですが……」


「冷や汗出たぜ。何だよ、あの矢。殺しにきてんだろ」


 互いに少しだけ距離を置いて、軽く拳を合わせた。おお!あれは漢の合図ですな!青春ですな!


 ほわーっと口を開けたままの私を、魔王様が苦笑い混じりに撫でた。いけないいけない、御后様モードが完全解除されてたよ。魔神さんたちとはお茶してるとはいえ、あんまり羽目外しちゃまずいよね。


「ふふ、構わん。ここには魔神しかおらぬ。気軽に楽しむといい」


「うん!ありがと、ジル」


 魔神さんたちの戦い見てると、異世界来てるんだなって思う。元の世界の常識では考えられないような戦い方ばっかりだ。

 この二人の戦いの前に、グステルフさんとイネスさん、ナッジョさんとダニエラさんの戦いを見たけれども、驚かない時間がないくらいに驚いた。ダニエラさんの蛇攻撃は、ちょっとトラウマになるレベルだ。


「次は誰と誰が戦うの?」


「ああ、そうだな……」


 今日の模擬戦は、全部ジラルダークが組み合わせてる。それで、魔神さんたちの今現在の実力を見るんだって。鍛錬して経験を積めば、魔神の中のパワーバランスも変わることがあるんだって。


「フェンデル、エミリエンヌ。次はお前たちが力を見せよ」


「は、かしこまりました」


「承りましてございますわ、陛下」


 でも、この世界に来た人間、いわゆる悪魔は、トリップした瞬間のまま全く成長しなくなるんだよね。身長や体重から始まって、年齢もそうだし髪の長さもそのままだ。となると、筋肉量や魔力量なんかも増えないんじゃないかって思うんだけど。


 そう考えてジラルダークに聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。


「魔神や軍の者は、悪魔の中でも成長の余地がある者を集めている」


「え?」


「勿論、全く成長しない者もいるが、筋肉量や魔力量はその本人の潜在的に持っている限界までは成長できるようでな。魔神や軍の者は、元々の能力の高い者か、潜在能力の高い者を集めている」


「ふむふむ」


「というよりも、我々悪魔がこの世界でどういった存在となっているのか、誰にも分からないからな」


「そうだね。それこそ、トリップさせた神様辺りにでも聞いてみないと分からないね」


 頷くと、ジラルダークは小さく笑って私の頭を撫でた。


「魔力量や筋肉量は増やすことが出来る。こちらで起きた物事を記憶することも出来る。食事も睡眠も要する。しかし、外見の身体年齢は成長せず、子を生すことも出来ない。生きる上で幾つもある事柄を虱潰しにするぐらいでしか、それを確認できぬのだ」


「ああ、……となると、ノエやミスカが幼くてエミリが艶女なのも、個人差なのかもしれないんだね」


「ああ。どういった条件で、というのは正確には分からない。飛ばされやすい元の世界というのはあるようだが、その世界から来た者が必ずしも力を持つわけでもないからな」


「うーん、難しいね」


 腕を組んで首を傾げた私に、ジラルダークはくすくすと笑った。


「そう難しく考えなくてもいい。ここは異世界で、俺たちは確かに生きている。元の世界とは多少違うが、それでも自分であることに変わりはない。それだけだ」


 よしよし、とジラルダークが甘やかす様に私を撫でる。きっと、彼は数百年の間、この疑問と戦ったのだろう。そして、ジラルダークは今も戦い続けている。この世界は私たちにとってどんな世界なのか。どうしてここにいるのか。元の世界に戻れないのなら、どうすればこの世界で生きていけるのか。自分のようにこの世界に迷い込んでくる人間を、どうすれば生かせるか。


 この世界のニンゲンには会ったことがないけれど、トリップしてきた人間を悪魔と呼んでくるのだ。ならば、魔王という名前にかけられたプレッシャーは並大抵じゃない。


「ありがと、ジル」


 私では力にはなれないけれど。でもね、支えられるようになりたいって、いつも思ってる。ジラルダークが背負う、その1%でもいい。ほんの少しでも、一緒に背負えたらって、口に出しては伝えられないけれど。


「私、この世界に来て、ジルに会えてよかった」


「!カナエ……」


 無抵抗のまま、むぎゅっとジラルダークに抱きしめられた。厚い胸板に、頬を摺り寄せると、愛しむように頭を撫でられた。


「うふふ、いつになったら開始できますのかしら」


「無理じゃろうな。このまま鍛錬を中止されるであろうよ」


「あらあら。私、今日のために新しい薬品を用意して参りましたのに」


「おお、それは僥倖。研究も一段落ついたところじゃからな。お前の薬を練金馬鹿にくれてやれ。また面白いことを思いつくだろうよ」


「まあ。ヴィーの研究、終わりましたの?」


「奴の気が済むところまでは、といったところじゃな。次の餌があれば、限界など考える暇もなかろう」


「そうですわね。では、あの仲睦まじいご夫婦は放っておいて、私たちは業務に戻りましょう」


 ああ、ごめん、エミリエンヌ。全部聞こえてる。聞こえてるけど、魔王様が放してくれないのよ。エミリエンヌとフェンデルさんの戦いとか見てみたかったけど、この状態の魔王様が放してくれるとは思えないのよ。


「えー!まだ戦ってないよ!」

「全然、戦ってないよ!」


「仕方あるまい。陛下は奥方様を愛でておられる。妾が相手をしてやろう。ほら、こちらにおいで」


 あ、ダニエラさんだ。ノエとミスカのお母さんことダニエラさんだ。ノエとミスカの首根っこを掴んで、鍛錬場を出て行ってしまった。ダニエラさんたちの後に続いて、どんどん魔神さんたちが鍛錬場を出て行く。


 ぐりぐりとジラルダークの胸板におでこを擦りつけると、ジラルダークの手が私の後頭部を撫でた。


「ジル。ねぇ、鍛錬場から誰もいなくなっちゃったじゃない」


「ああ、そうだな」


「もー、今日もジルの鍛錬見れない。魔法見たかったのに」


 ぐりぐりぐり、とおでこをジラルダークの胸に擦りつけて抗議すると、くすぐったかったのか忍び笑う声が降ってくる。


「后にせがまれては拒めぬな。魔王の術を見せてやろう」


 そう魔王様が告げた瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。ジラルダークは普通に立っている。どうも、魔法で浮かび上がらせたらしい。魔王様と同じ目線の高さまで、横抱きされたような体勢でふわふわ浮いてる。


「わあ」


「お前を飾るのは深紅の薔薇よりもこちらの方がよさそうだ」


 魔王様の言葉と同時に、私の周りをピンク色の花びらが舞った。小さな花弁は、風もないのに地面に落ちることなく揺れている。この花びらは……。


「桜だ!ジル、桜知ってるの?」


「ああ。ダイスケの領地で見た。あれの故郷の花だと言っていたからな」


「すごい、綺麗……!」


「そうしていると、まるで花の精のようだ」


「あはは、桜の妖精様ですぞ、うやまいたまえ」


 宙に浮いたまま桜を抱き込む私に、ジラルダークは眩しそうに目を細めた。それから、優美な動作で跪いて、私へ手を伸ばした。


「桜の妖精殿、どうぞ、我が元へ舞い降りては頂けぬか」


 芝居がかった仕草に、私は緩む口元を抑えながらジラルダークの手に自分の手を重ねる。桜の花びらが、私とジラルダークの周りをひらひらと泳いだ。


「ふふ、喜んで?魔王様」


 体を引き寄せられたついでにジラルダークの頬にキスをすると、魔王様はもう一度、魔法を使ってくれた。


 囲うように大量に現れた桜の花びらは、いちゃいちゃするバカップルを覆い隠してくれた。……と思いたい。

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