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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
35/184

33.吸血鬼の好物

第三者視点

 魔王陛下の命を受けて、トゥオモはニンゲンの領地にいた。銀色の髪は目立たぬ紺色になっており、赤い瞳は黒く塗りつぶされ、特徴的な牙もない。すらりとした長身に、旅人が愛用するマントを身に着けており、その姿を一目見ただけでは、誰も彼が悪魔の吸血鬼と気付かないであろう風貌だった。

 魔神の中では、トゥオモが最も魔法に長けている。魔力の気配を消し、存在も希薄にし、ただのニンゲンを装って何かを調べることも、もう慣れたものだった。魔王の影として行動することも多い。


(しかし、酷いものだね。ここにノエとミスカが来たら、あまりの酷さに喧しそうだ)


 トゥオモは街道をのんびりと歩きながら、笑むように目を細めた。街道の傍を流れる川は勢いがなく、木々も枯れ始めている。悪魔領は冬を迎えているが、ニンゲン領はもう春のはずだ。芽吹く時期であるのに、その兆候は見られない。精霊の数が少なく、自然形態にまで影響しているのだろう。

 悪魔の中には、旅人を装って各国を回らせている者もいる。後ほど、それと連絡を取る必要もありそうだ。


(はて、精霊の気配が弱いな。辿るのも一苦労だ)


「そこなお兄さん。薬草は如何ですか?」


 かけられた声に、トゥオモは視線を送る。声の主は、豊かな栗色の髪の毛を持つ女性だった。薬売りだろうか、腕に掛けている籠には乾燥した草と赤い実が詰まっていた。


「おや。珍しいものをお持ちだ」


「この辺りで稀に採れる薬草ですの」


「少し見せて頂いても?」


「ええ、勿論ですわ」


 トゥオモによく見えるよう、薬売りは籠を傾けた。ほう、と頷きながら、トゥオモは中身を確認する。籠を覗きながら、トゥオモは薬売りに囁いた。


(何故、補佐官殿がここに)


(んふふ、お手伝いよ、坊や)


 薬売りを装っていたのは、ボータレイだった。素朴な薬売りを装っているが、口元に浮かぶ笑みは妖艶だ。


(我輩はそんなもの頼んでいないぞ)


(とっとと潰せって指示、出てるでしょう?)


(成程。我輩と補佐官殿であれば、ニンゲンに探知されぬ魔法を使えるからな)


(そうよ。陛下からの指示はいつも通り魔法でくるけれど、ニンゲンがどんな装置を使っているのか分からないの。それを確認するまでは、アタシたちも陛下も魔法を控えるべきだわ)


(そうであるな。では、同行するか)


 トゥオモは頷いて、ボータレイと共に歩き出す。羽織っているマントを少しずらして剣を覗かせれば、薬売りを護衛する旅人、という風に見える。少なくとも、悪魔には見えないだろう。


「次の町で宿を取ろう。女性の足には少し遠いかも知れないが、行けるかな?」


「ええ、大丈夫ですわ」


「それはよかった。では頑張ろう」


 城で見せる笑みとは全く別種の笑顔を浮かべながら、トゥオモはボータレイの隣を歩く。視線はなるべく動かさぬように周囲を観察するのも、もう慣れたものだ。


(精霊の姿がほとんど無い。……残っている精霊も、辿れるかどうかだな)


(悪魔領に来た精霊は、ノエとミスカが保護したらしいけれどね。あまりここから精霊を奪ってしまっても、またニンゲンとの諍いの種になりかねないわ)


(ふむ。加減が難しいものだ)


 トゥオモはふと、視線を街道の先からずらした。乗り合いの馬車が、彼等の横を通り過ぎていく。御者は凡夫だ。やせ細った馬に引かせている割に、馬車の幌は厚い。ひらりとも揺れなかった。

 それを見送って、トゥオモはそっと息を吐いた。


(芳しい香りがするな。あれを追うか)


(こんな町外れで、と言うべきか、人里離れているからこそ、と言うべきか。どちらにしろ、吐き気がするわ)


 人では気付かないであろう、血液の微かな匂いをトゥオモは感じ取っていた。ニンゲンを生贄に精霊を強制召喚していると魔王は言っていた。元来、精霊はあまり争いを好まない。生贄など、望むような存在ではないのだが。

 トゥオモは、遠くなった馬車を視線で追う。遮蔽物があろうとも、それはトゥオモにとっての障害とはなりえなかった。


(それ、魔法じゃないんでしょ?便利よね。コウモリの超音波みたい、ってダイスケが言ってたかしら)


(超音波では、対象のみを追うことは出来ないがね。我輩は吸血鬼だ。不可能なことなどないのだよ)


(……後でトマトジュース奢ってあげるわ)


(我輩、トマトは嫌いだ。イチゴにしたまえ)


(変な吸血鬼)


 黙ってれば美男子なのにねぇ、とボータレイは溜め息混じりに肩を竦めるのだった。



◆◇◆◇◆◇



 突き止めた場所は、街道からも町からも外れた廃鉱だった。馬車は街道の途中で引き返していたが、積荷はその前に降ろされていた。積荷の方を追ったところ、辿り着いたのがこの廃鉱だったのだ。

 トゥオモは音も無く廃鉱の中を進んでいく。ボータレイは入り口付近で待機させていた。忍び込むにはトゥオモ一人のほうが、都合がいいからだ。


(積荷は全部で四体……。血の匂いが濃い。ニンゲンは十に満たないか。随分と少人数で行なっているようだ)


 廃鉱となってしまっているが、鉱山として利用されていた頃の運搬路はまだ崩れてはいない。入り組んだ道も、身を隠すのには都合がよかった。


(陛下が急がれるのも分かる。これは、いけない)


 ニンゲンを追って着いた先は、一際大きな空洞だった。そこに、黒い袋が四つ、転がっている。


(精霊は、あの魔方陣で吸い寄せているのか。で、無理矢理、死体の魔力を喰わせる、と。悪趣味だね。精霊の気が狂ってしまわないか心配だ)


「これだけか」


 魔方陣とその脇に無造作に置かれた黒い袋。それらを取り囲むように立っていた男が口を開いた。トゥオモは気付かれぬように距離を詰める。


「逃げ出した村民は、捕らえ次第運ばれてくる予定だ」


「この研究を王に認めさせれば、アサギナは疎か、悪魔どもを駆逐することも夢ではない」


「忌々しい悪魔め……!」


 続く呪いの言葉に、トゥオモは溜め息を吐いた。ニンゲンに降りかかる災害や疫病は、須らく悪魔の所為とされている。そんな事実はないというのに。


「既に、魔物へはこの魔方陣を用いて攻撃をしている」


「成果は上々だ。課題だった消費効率だが、この試作品で克服できよう」


「陣の文字を変えたか。よく読み解けている」


(いやはや、お笑い種だね。全然読み解けていないよ。城でそんな魔方陣を描いたら、うちの爺に監禁されて一から仕込み直されてしまうね)


 トゥオモは、イガグリ頭の男を思い浮かべながら、小さく首を振った。


(しかし、話し振りからして、他にも仲間がいそうだ。ただ、陣の内容から見るに、魔力検知は出来ないね。となれば、魔法で仲間は追える。ならば……)


 黒く染まっていたトゥオモの目が、じわりと赤く濡れる。魔方陣に吸い寄せられていた精霊たちが、一斉にトゥオモを振り仰いだ。


(喰いたくないものを無理矢理喰わされるのは不快だよね。そう、トマトみたいにさ)


 ひゅ、と風を切り裂いて、トゥオモは魔方陣を囲んでいるニンゲンに向かう。


「うわ?!何だ、このコウモリどもは!!」


「クソッ、魔方陣が!!」


(我輩の僕は肉も骨も血液も大好物だよ。───お前たち、綺麗さっぱり喰らってしまえ)


 コウモリの姿をしたトゥオモは、自身を追い越して勢いよくニンゲンに喰らいつくコウモリの僕たちに命じた。



◆◇◆◇◆◇



 廃鉱の入り口で待っていたボータレイは、籠の中から取り出した赤い実に齧りつく。水気を多分に含んだそれは、ふくよかなボータレイの唇を艶やかに濡らした。舌先で滴る汁を舐めとって、ボータレイは囁く。


「国全体での仕業じゃなかったようね」


『そうか。その割に随分と減っているようだが……。偵察部に加えて、ノエとミスカにも追わせた方がよさそうだな。お前はダイスケのもとへ戻れ』


 耳元で直に聞こえたのは、魔王の声だった。魔法を使っても問題がないと判断し、ボータレイは魔王に報告をしている。齧られた赤い実を片手に、ボータレイは首を傾けた。滑らかに肩を滑り落ちる土色の髪が、纏っている黒色のローブを彩る。


「あら。アタシはもうお払い箱?」


『いや、お前には別件で頼みたいことがある。ここまで小規模であったなら、そちらはトゥオモだけで充分だ。精霊はノエとミスカに任せよう。それよりも、俺はあの馬鹿領主を懲らしめたい』


 魔王の言葉に、ボータレイは口の端を吊り上げる。楽しくなりそうね、とボータレイは密やかに笑った。

 手元に残っている赤い実に齧りつきながら、魔王が並べていくダイスケへの無理難題に頷く。ダイスケの悪戯は、中々に魔王陛下を怒らせたらしい。


『……まぁ、弱音を吐いたらこちらへ飛ばせ。久々に手合わせをしてもよかろう。領主たるもの、民の模範となるよう鍛えられていなければならないからな』


「ウフ、いいお灸になるんじゃない?うちの領主がふざけたお詫びに、後でコレ、送っておくわ」


『その実は……、トマトか』


「この前、カナエちゃんにちょっとあげたのよ。追加分ってところかしら。ついでに、中で暴れてる吸血鬼にでも食べさせといて」


『断る。自分で与えておけ』


 投げやりに言って、魔王の声は消える。最後のひとかけらを口に含んで、ボータレイはくすりと笑った。


 それから数日の後、城に届けられた大量のトマトを見て、トゥオモは盛大に顔をしかめたという。

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