31.魔王の異変
サリューとアマドさん、領主さんたちが来た翌日。
「…………」
「…………」
ええと。
「な、何があったの、ジル?」
いつも通り仕事があるジラルダークを見送って、私はサリューたちとお茶してた。おやつ部屋にベーゼア、サリュー、エミリエンヌ、ボータレイさんを招いて楽しく女子会したりしてたんだ。
それで、夕飯前に部屋に戻ってきてジラルダークをお出迎えしたんだけど。
「ジル?」
おかえりなさい、って言ったら嬉しそうに目を輝かせた魔王様は、今日は楽しかったんだよ、って私の報告にものっすごくしょんぼりしてしまった。え、私、お茶会を楽しんじゃいけなかったの?
「いや……、何もない」
「そ、そう?」
とてもじゃないけど、そうは見えません、魔王様。稀にみるショボーンっぷりですよ。いや、しょんぼり魔王様、ちょっと可愛いけど。
今日はアマドさんや東堂さん、トパッティオさんと仕事の話をしてた、んだよね?もしかして、魔界で何か問題でもあったのだろうか。そういえば、魔界は元々不毛の地だったんだよってアマドさんが言ってた。それを、魔法が使えるジラルダークを筆頭に魔神さんや領主さんが魔法で開拓を進めたらしい。天候まで魔法で操るなんて、すごいよね、魔法使い。憧れちゃうね。私もやってみたい。主に、エターナルフォースブリザードの方向で。
「……他に、言うことは?」
「えっ?」
他に、ですか?ええと、もっと心配してほしいってことでいいんでしょうか?構ってちゃんですか?それとも、ちょっと間違ったツンデレですか?
「んと……、お疲れ様です、魔王様」
「…………」
あ。間違った。これ、ゲーム的には好感度じゃなくて爆弾の方のポイントが上がっちゃう感じだ。わー、爆弾処理面倒っちい。じゃなくって、どうしたんだろう、魔王様。
「ど、どうかしたの?何かあった?」
聞いてみても、ジラルダークは首を横に振るだけだ。まぁ、言いたくないってことを無理矢理聞き出すのも可哀想だし……。様子を見ようかな。しばらくしたら、ジラルダークの方から話してくれるかもしれないもんね。
◆◇◆◇◆◇
と、考えてた時期が私にもありました。
おかしい。あの日から、魔王様がおかしい。どうおかしいのかって、毎晩毎晩、摩訶不思議な反応をするのだ。仕事終わって部屋に戻ってきた魔王様に、おかえりなさいって声をかけると、何故か期待に満ち満ちた目で見られるようになった。そして、話を続けるとしょんぼりしちゃうのだ。大の男がショボーンだ。どう考えてもおかしいだろう。しかもその……あの日からこれまでずっとあった、夜の運動会もない。平和に寝れるといえば寝れるんだけど、ジラルダークの様子が気になっちゃって眠れないのだ。
自慢じゃないけど、私はジラルダーク以外の男性と付き合ったことすらない。むしろ、お父さん以外で接する男性は同僚かコンビニ店員か、ぐらいに枯れた生活だった。つまりはアレだ。私の恋愛レベルは1だ。どうのつるぎと布の服装備だ。こんな時の対処法なんて、斜め45度からチョップ喰らわせてみたら治るんじゃね?としか思いつかない。
「ということでね、どうしたらいいか聞きたいの」
「うふふ、恋愛相談、ということでございますわね」
お茶の席で、エミリエンヌに相談してみた。相談相手が幼女だけど、エミリエンヌは私のン十倍も年上だ。人生経験も豊富……なはず。
ちなみに、今日のお茶会は私から指名させてもらった。勿論、魔神さんたちの予定は予めベーゼアに聞いてある。招いたのは、ベーゼア、エミリエンヌ、そしてチャラ男代表アロイジアさんだ。
「俺、この席にいていいんでしょうかね?」
「男性側の意見も聞きたいと思いまして。ほら、アロイジアさん、経験豊富っぽいから。ナイスバディの女の人とっかえひっかえしてそうだから」
「あー。そう見られてましたか」
アロイジアさんは苦笑い混じりに頷く。髪を掻き上げる仕草さえチャラい。うん、恋愛レベル1の元パンピー村人としては、心強い味方だ。
「うーん、恐らくは、何か言ってほしいことがある、っつーことですよね」
「だと思うんですけどねぇ?」
「陛下が言ってほしそうなこと、でしょうか。私には想像もつきません」
ふるふるとベーゼアが首を振る。一緒に考えてくれてるアロイジアさんも、眉間に皺が寄りまくりだ。エミリエンヌは……、あれ、何かイイ笑顔。
「もう少し詳しくお話をお伺いできますかしら?陛下がおかしくなられたのは、いつ頃ですの?」
「うん。東堂さんとかレイさんが来た次の日、かな?」
あ、エミリエンヌの笑顔の向こうにブリザードが見える。エターナルなフォースのブリザードが見える、気がする。あれ?もしかして。
「エミリ、東堂さんたちとお友達なの?」
「うふふふふ。彼らとは、陛下が悪魔を平定なさる前からの同志ですの」
え、エミリが怖い。いつも通りの可愛らしい笑顔のはずなのに、とてつもなく怖い。アロイジアさんもベーゼアも、エミリエンヌの変化に気付いてないみたいだ。
「ダイスケ様もボータレイ様も、陛下の腹心として名高い方ですからね。何か助言されたのかもしれませんよ」
うーん。助言かぁ。東堂さん、変なことアドバイスしてないかな。平成生まれとは言ってたけど、侍の格好するような人だもんなぁ。水戸のおじいちゃんとか、暴れん坊な上様とか、ちゃーん的な知識を植え付けてくれちゃってないよね。あとで、ジラルダークに確認しよう。ここは、私がきちんとした日本の知識を与えてあげないといけない。
「何と言われたかは、陛下もおっしゃらないですよね?」
そう。ジラルダークは私に何も言わない。だから困ってるのだ。こくりと頷くと、アロイジアさんは顎に手を添えて唸った。
「陛下に何かあったとすれば、領主殿がお越しになられた後。で、あの領主殿はカナエ様と同じニホン人。ニホンでの習慣や知識を与えられた可能性が高い、でしょうか。それに、おかえりなさいの時には期待してる、というのが引っかかりますね。期待してるのは、カナエ様からの一言だろうな。ニホンで日常的に使われ、そこから続く定型の文言は……」
ぶつぶつと呟くアロイジアさんの言葉に、私も考えを巡らせる。定型の文言、ねぇ?おかえりなさいアナタ、お疲れ様、とか?今日も一日ご苦労様、とか?……いや、東堂さんが教えそうな、日本の、おかえりなさいの後に続く言葉は……。
「おかえりなさい……、おかえりなさい……、……おかえりなさいませ、ご主人様……?」
────まさか。
まさか、とは思うけど、東堂さん、ジラルダークにメイド喫茶の知識を植え付けてないよね?!
確かに、魔王様はこの魔界で第一位の御方だ。この城にも、たくさん使用人さん、つまりはメイドさんがいる。もしかしたら日本人の私がやってくれるかもしれないよ、ってジラルダークに言ってたとしたら。それで、アホな魔王様は期待しちゃってたりなんかしちゃったりしてたら。
「ひ、悲惨すぎる……!」
そんなの、一生言わないから!日常生活で使う日本人少ないから!むしろ、どうして言うと思っちゃうかな、ジラルダークも!
「に、日本の文化で、疑似メイドさんが働くお店があるというか、ええと、何と言えばいいのか……」
「領主殿が昔言ってたなー。あー……、メイド喫茶、でしたっけ?」
「正解です。さすが、アロイジアさん」
チャラ男さんは博識だね。女性に関わるところは抜かりないね。今日は声をかけてみてよかった。期待通りだよ。
「ええ、カナエ様にものすごく不名誉な評価を頂いてるような気もしますが」
「メイド、喫茶?メイドが茶店を行なう、ようなものでしょうか?」
首を傾げるベーゼアに、私は曖昧に頷く。メイド、っていっても、この城で働いてるような使用人さんとはちょっと違うもんなぁ。まかり間違っても、ここにいるメイドさんたちはご飯をふーふーしないだろう。美味しくな~れ!とか、ご主人様、ハイ、あ~ん!なんて言うはずもない。え。もしかして東堂さん、それ教えちゃったの?魔王様に、日本の常識として?駄目じゃね?
「もしメイドをやるのでしたら、協力しますよ、カナエ様」
「え、やっぱりやったほうがいいのかなぁ」
べしゃりとテーブルに潰れると、アロイジアさんが笑った。やらねばならんのか、アレ。ジラルダーク、期待した目してたもんね。それは常識じゃなく特殊なんだよって教えてもいいけど、期待しちゃってる分、またしょんぼりしちゃうだろう。
ああ、あのしょんぼり魔王様、可愛いんだけどずっと見てると切ないんだよなぁ。でも、メイド、か。私がメイドになれってか。元気ない旦那様を励ますのも奥さんの役目だけどさぁ。よりにもよって、メイドコスプレか。
「よく分かりませんが、陛下の為にやって差し上げて下さいましな、カナエ様」
「ええ。私も微力ながら協力させて頂きますわ」
「ううう……、マジですか。恥ずかしすぎる……!」
「ははっ、陛下だったら、絶対喜びますよ。大丈夫ですって」
にこやかに笑うな。引導渡してやろうか、このチャラ男。それと、ジャパンにいる諸悪の根源!
ああ……、私、異世界来てまで何やってるんだろう……。