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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
32/184

30.束の間

第三者視点

 夜も更けた頃、魔王の下に集った彼等は、真剣な表情で魔王の言葉に耳を傾けていた。かなりの量の酒を空けたはずだが、彼等の表情に酔いは無かった。ジラルダークは自身の膝をカナエに貸してやりながら、彼等にニンゲンの動向を伝える。


「……ということは、兆候が見られるとしたら、私の領地でしょうね」


「ああ。お前のところが、最もニンゲンの領地に近いからな」


「懲りないわねぇ、ニンゲンも」


 呆れたように言って、ボータレイは長い髪を掻き上げた。指の間をさらりと流れる茶色の髪は、室内の光を反射して煌めいている。彼が男性と知らずにその切れ長の視線を受ければ、忽ちの内に虜となるだろう。


「今度はどこかしら。名ばかり魔法大国?獣臭い国?久々に中央の馬鹿かもしれないわね」


「既にニンゲンの偵察へトゥオモを向かわせている」


「なら、同じようにニンゲンに化けれるアタシがフォローに向かいましょうか。領主サマたちには、守りを固めてもらいましょ」


 ふふふ、と含み笑うボータレイに、ダイスケとトパッティオは顔をしかめた。トゥオモも普段の性格は少々癖があるが、静かにしていれば中々端正な顔立ちの男前だ。ボータレイもそれを分かっているから偵察に名乗りを上げたのだろう。


「少数ならば、潰しても構わん」


「全面的にやりあうのか?」


「ニンゲンの用意しているモノによる。あの女の行方も知れぬところだ。あまり兵力を割きたくないが……。ノエとミスカからはニンゲンの命を贄に、精霊を強制的に使役していると報告があった」


 ジラルダークの言葉に、トパッティオが眉を寄せた。


 精霊とは本来、召喚の契約に基づいて使役するものである。魔力で無理矢理押さえつけ、使役するものではない。ノエやミスカは契約できる精霊の数が通常の者よりも多いため、魔法ではなく精霊術を得意としていた。しかし、この世界のニンゲンは魔力量が少ないばかりか、精霊と対話するという考え自体が無い。


「いずれは、精霊側からも報復がありそうですね」


「回復させることは出来るとはいえ、悪戯に精霊の数を減らすような真似はしたくない。早めに叩くべきだと考えている」


「そうだな。ニンゲンの領域から精霊の数が減りゃあ、あっちの方が住みにくくなる。悪魔の方が豊かな土地にいる、なんてことになりそうだな」


「そうなれば、また戦争になるでしょうし……」


 アタシたちから説得なんて無理だものねぇ、とボータレイは溜め息混じりに呟いた。ニンゲンとの対話は、過去に何度も試みたことである。この場にいる四人も、なるべくニンゲンと戦わないようにと立ち回ってきた。だが、ニンゲンの認識は、悪魔も魔物も同じだ。聞く耳を持たず、手酷い目にあったことは、一度や二度ではない。

 今では、悪魔は甘言にてニンゲンを惑わせる、とまで言われている。そんな相手に、何を言おうと聞き入れてはもらえなかった。


「いっそ、ニンゲンを支配してやるかい。我らが魔王サマ?」


「馬鹿を言え。悪魔だけで手一杯だ。ニンゲンの面倒を見てやる義理はない」


「んまぁ、油断は禁物とはいえ、ニンゲンの攻撃なんてマッサージにもならないわよ」


「はーあ。兵を纏めんのも面倒くせぇんだぜ?」


「今回の件に求めるものは迅速さだ。……まぁ、杞憂であればよいが」


 膝を枕にして寝息をたてているカナエに、ジラルダークは目を細めた。起こさぬよう、そっと栗色の髪を撫でる。彼女はこの世界が平和だと笑っていた。ならば、悪戯に不安にさせる必要は無い。大規模な戦争になる前に押さえ込める自信も、その力もある。そうであろうと目指して、ここまで歩んできたのだ。


「オクサマには言わないつもりなのね」


「ああ。ただでさえ、カナエはこの世界に来て日が浅い。戦争と聞けば、要らぬ心配をかけるだろう」


「ふーん」


 ジラルダークの答えに、ボータレイは笑むように目を細めた。


「まぁいいわ。どちらにしろ、ニンゲンがどこを標的にしているのかを探り出さないといけないし」


「どこを標的にしてるにしろ、精霊の件は妨害しねぇとな」


「標的がこちらでないならば、そのままトゥオモとレイで潰してしまいなさい。悪魔の痕跡を残さなければ、後は勝手にニンゲン同士で潰しあいますよ」


 トパッティオは指先でメガネを押し上げる。溜め息混じりの言葉に、ダイスケは肩を竦めた。

 こちらの世界に飛ばされてから、幾度となく繰り返されたことだ。特に、ジラルダークが魔王として悪魔を纏め、この地に移るまでは酷いものだった。ジラルダークが悪魔たちを纏める以前に飛ばされてきた者で、今現在も残っているのはごく僅かだ。


「そういや、ダークってジルって呼ばせてんのか?」


 唐突なダイスケの質問に、ジラルダークは少し躊躇ってから口を開いた。


「俺は強制していない。カナエが付けた名だ」


「へーえ!ちなみに、オレたちが呼んだら?」


「許さない」


 間髪を入れずに答えたジラルダークに、三人は思わず噴き出した。言い方は尊大であったが、魔王としての威厳は欠片もない。そこにはただ、一人の拗ねた男がいるだけだ。


「カナエちゃんだけの特別な呼び名ってことね。イヤン、ロマンティックだわ!」


 くねくねと体を揺らしながら、ボータレイが頬を染める。ジラルダークは嫌そうに顔をしかめて、手元のワインを煽った。笑いの収まらないダイスケは、目元に涙を浮かべ、過呼吸になりかけながらも口を開く。


「ぶっ……ククッ、じゃあ、いいこと教えてやるよ、ダーク。日本での夫婦の常識だ」


 何を、と首を傾げるジラルダークに、ダイスケは得意げに人差し指で中空を指しながら言う。


「奥さんがな、帰ってきた旦那に聞くのさ。家に帰ってきた旦那へ奥さんからこの質問がない場合は、旦那に不満を持っていると思ってもいい」


「何だと?」


「クックック、日本人というのは奥ゆかしいからな。面と向かって、お前のどこが不満だとは言わないのさ。だが、帰宅時にこの質問がある場合は、最大限、奥さんから愛情を向けられてると考えられている」


「その質問とやらがない場合は……」


「お前を最愛の旦那と認めていない、ってことさ」


 ダイスケの物言いに、ボータレイはジラルダークに見えないように笑っている。第三者、という立ち位置で見守ることに決めたトパッティオは、何も口を挟まずにいた。


「…………その質問とは何だ?」


 今まで、ジラルダークが部屋に戻った際、カナエに何と言われていたか。元々物覚えのいいジラルダークは、今までに何を言われてきたかを思い出す。おかえりなさい、今日は早かったね、お腹すいた、ご飯まだかな、それから……。


「質問はな。“おかえりなさい、アナタ。”」


 ダイスケの言葉に、ジラルダークは安堵した。アナタ、は言われたことはないが、おかえりなさいはよくカナエが口にする出迎えの言葉だ。表情を緩めたジラルダークをよそに、ダイスケが言葉を続ける。


「“ご飯にする?お風呂にする?それとも……”」


 ダイスケは、にいっと口元を吊り上げて言う。


「“ワ・タ・シ?”」


「!」


「以上が質問だ。言われたことあるか、ダーク?」


「なっ……!?」


 はっきりと言える。そんな質問は、一度たりとも無い。むしろ、そのようなことを言われれば絶対に、絶対に覚えている。まさか、自分はカナエの最愛ではないのだろうか。不満を持たれているというのか。

 いや。もしかしたら、カナエは質問を知らないのかもしれない。そうだ。カナエは存外、疎いところがある。恋愛事には慣れていないと言っていたし、事実、ジラルダークがカナエにとっての初めての男だ。それならば、質問を知らなくても何もおかしいことはない。


 ジラルダークの考えを見抜いたのだろう、ダイスケが先程よりも深く口元を吊り上げて言った。


「よく聞け。これは古来より日本に伝わる、ラブラブ夫婦でのみ交わされる質問だ」


「なっ……」


「勿論、大衆にも広く認知されてる。向こうで未成年だったオレが知ってるくらいにな。だから、御台様が知らないということは有り得ない」


「なん……だと……!?」


 ということは、最愛の旦那への質問を知りながら、カナエは言わなかったということだ。もしくは、言わなかったのではなく、言いたくなかった。カナエはジラルダークを最愛の旦那と認めていないから、だろう。


「お前が命令すりゃあ言ってくれるだろうけど、そりゃあ違うよな、ダーク」


「っ……!」


「自主的に言ってくれなきゃ、ラブラブ夫婦とは認められねぇもんなァ」


 ジラルダークの膝を枕に、すやすやと眠るカナエへ視線を向けた。安心しきった寝顔は、見ているだけで癒される。……それが、普段であったならば、だが。

 同郷のダイスケが言う“最愛の旦那への質問”の話を聞いた後では、ただ悪戯に心が乱されるだけだ。


 これほどまでに身を許しておきながら、ジラルダークはカナエにとっての最愛の旦那ではないというのか。


「ニホン人って、イジワルね」


 ボータレイの呟きに、ジラルダークは激しく同意したくなった。しかし、声に出して同意してしまえば、ジラルダーク自身がカナエに愛されていないことを認めたようで悔しい。意地でも認めたくはない。


 震えそうになる手でカナエの髪を撫でれば、カナエは心地よさそうに頬を緩ませた。何か言いたげに、もぐもぐと口を動かしている。


「はっは、頑張れよ、ダーク」


 にこやかに笑いながら言うダイスケに、静観を決め込んでいたトパッティオは思う。


 自分を求めるか、などというド直球な質問が、奥ゆかしいニホンの夫婦間で日常的に使われていたんでしょうかね、と。

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