28.侍の領主
【ジラルダーク】
サリュー、アマドの訪問に合わせて、ダイスケとボータレイを城へ招いたところ、カナエとボータレイが仲良くなった。予想に反して、とまでは言わないが、カナエはどうも女性陣と仲良くなりやすいらしい。……ボータレイは、まぁ、見た目は女性に属していよう。
カナエはサリューと風呂に入っているから、俺はダイスケを誘って晩酌をすることにした。カナエが風呂から上がるまでは、ボータレイもこちらに付き合うという。
ダイスケとボータレイは、共に俺が魔王として立つ前からの付き合いだ。対外的には魔王と配下として接しているが、三人で会う際には数百年前と何も変わらない。
「はっはっは、友達は選んだほうがいい、か。御台様も言うねぇ」
用意した酒を煽りながら、ダイスケが楽しげに笑った。あのふざけた振る舞いも、俺の前ではしない。マゲとやらも、ボータレイの魔法でそう見せているから、今はただの短髪の青年だ。服装も俺と同じようにラフなものになっている。
「お前がおかしな恰好をしているからだろう。あまりカナエをからかうな」
「うわー、ダークが嫁さんこさえたってだけでオレら驚いたのによ、何か溺愛してんぞ」
「アラ、いいじゃない。誰だってねェ、独りじゃしんどいのよ。それにほら、カナエちゃん可愛かったもの。ハムスターみたいで」
「あーあ、確かに。ありゃあ、随分な幼な妻だぜ、ダーク」
幼な妻……、か?確かに、俺はもう700年以上生きているから、そういった意味では、カナエは随分年下の妻になるのだろう。
「で、今回サリューやアタシたちを呼んだのはエミリの助言?」
ワインに口を付けながら尋ねてくるボータレイに、俺は瞼を伏せた。エミリエンヌは言っていた。まだ、カナエの感覚はニンゲンに近い。俺や魔神が当たり前と思っていることも、彼女には負担になりかねない。例えば、友人が作れないこと、自由に散策すらできないこと、時に個人を殺さなければならないこと。普通の村人として生きてゆくのならば、全てかかることのなかった負担だ。
俺はカナエを追い詰めたいわけでも、ましてや彼女を殺したいわけでもない。ならば、カナエに、魔神では果たせぬ友人という立場の者を用意するのはどうかと考えた。既にその立場を得ていたサリューとアマド、加えて、同郷のダイスケと、そのフォローが出来るボータレイを迎えてみたのだ。表立ってカナエの存在を知らせるにはまだ早い。
「そうだ。カナエはまだ、こちらに来てから三月に満たない」
「おお、そりゃ若い。よくもまぁ、お前に嫁ごうと思ったな、御台様」
「それはまぁ……」
拉致同然に攫ってきたからな。俺が魔王であることを、まさかこのような形で利用する日が来るとは思ってもみなかった。
「嫁ぐ、なんてモンじゃないでしょうよォ。ダークってば、カナエちゃんを無理矢理連れて来ちゃったんですって。あの子、アマドの村にいたのよ」
「ああ、それでサリューがいたのか。おいおい、ダーク。お前さん、いきなりはっちゃけたな。御台様にベタ惚れじゃねーの」
くつくつと喉で笑いながら、ダイスケは面白そうに俺を見ている。反論できないのが悔しいが、カナエを手元に置いた今、冷静に考えるとかなり突飛な行動をしたものだと自分でも思う。
……ああ、そうだ。
「ダイスケ。念のために言っておくが、いくらお前とはいえカナエに手を出したら全力で潰すぞ」
「ついでに独占欲の塊ときたもんだ。おい、レイの旦那。独身歴3桁の悪魔代表にアドバイスしてやんな」
「旦那って呼ぶんじゃねぇよ、スケ野郎」
ダイスケを右ストレートで殴り倒しながら、ボータレイが微笑む。ダイスケは殴られて後、そのままソファに沈んでいる。魔法使いであるボータレイのパンチは痛いからな。俺も昔はよく喰らったものだ。
「ふう。この馬鹿はこう言ってるけど、ダークにとってはいい変化だと思うわ」
「そうか?」
「ちょっと前までは、エミリ以上にお人形さんだったじゃないの、アナタ。魔王、って作品名のお人形」
深く笑んで、ボータレイが俺の瞳を覗き込む。人形、か。一理あるとは思う。魔王であるということに関して、俺は貪欲すぎたのかもしれないな。
「カナエちゃんをお人形にしないのだったら、アタシはこの結婚に賛成よ。ネェ、披露宴はいつするの?」
「領地の雪が落ち着いたら、だな。魔法で雪を止めることもできるが、災害でなければ自然形態をあまり崩したくはない」
元来、荒野であったこの領土は、異世界より飛ばされてくる悪魔たちの魔法によって維持されている。この悪魔城には俺や魔神が、各地の領土には領主ないし補佐官が魔法使いだ。領地に配属されている魔法使いでも手に負えない時は、こちらから魔神を派遣している。
「そうね。もう一月もすれば、雪も落ち着くでしょ。それじゃあ、カナエちゃんにはドレスを用意しなきゃ。アタシの方で仕立てましょうか?」
「ああ、頼む。ニホンでは、白いドレスを用意するのだったか?」
俺の言葉に、ソファに沈んでいたダイスケが顔を上げる。これは放っておけば青痣になりそうだな。
「そうだ。純白のウエディングドレスで、ベールも付ける」
「民に披露するなら、ドレスも華やかにしないとだわね」
「披露自体は、こことオレんとこの領地でやんのか?高札も出さねぇとな」
高札、とはあの、木製の看板か。民の目に留まりやすい、面白い文化だな。悪魔らしいというよりは、ダイスケの記憶にある時代劇のようだが。
「後は、広い領地といえばトパッティオのとこか。カルロッタのところはまだ暫く積雪が落ち着かないだろう」
「げ。あのリーマン、うるせーんだよなぁ。細かいこと任せるにゃあ向いてっけど」
「あら、クールでイイ男じゃない。ちょっと呼んでくるわ」
「おお、どうせなら縛って連れてきてやれ」
ボータレイはそう言うと、ロッドを光らせて消えた。いや、今呼べとは言っていないぞ。むしろ、トパッティオのことだ。急に呼び出されたと滔々と怒るのではなかろうか。
トパッティオも俺が魔王になる前からの付き合いで、とても冷静な男だ。日頃、ふざけているダイスケとはよく衝突している。仲が悪い、というわけでもないのだがな。
機嫌よく俺に酒を注ぐダイスケに促されるまま飲んでいたら、ボータレイの魔力を感じた。先程、ボータレイが飛んでから数分だ。早かったな。
「お待たせぇ!ティオ、連れてきたわよ~!」
「私は、行く、と一言も申し上げておりませんが」
銀フレームのメガネを指先で上げながら、青筋を立てたトパッティオが現れた。抱き着こうとしているボータレイを蹴り飛ばしている。彼は執務中に連れてこられたのだろう、悪魔用の黒服を身に着けていた。
「久しぶりだな、トパッティオ」
「ダーク、貴方が付いているならば、彼らの暴走を止めて下さい」
「ああ、すまない。ついでに妻も紹介できるからいいかと思ってな」
「成程、そういうことですか」
「急いたな。すまない」
「……まあいいでしょう。陛下にお声を掛けられたとあっては、配下として馳せ参じぬわけにもいきませんからね」
やれやれ、と溜め息混じりにメガネを押し上げたトパッティオは、俺の傍に来ると勝手に空いているグラスを取った。ワインを注いでやれば、それを一気に煽る。
「それで?肝心の御后様はいらっしゃらないようですが」
「今は風呂に行っている。寝る前に一度こちらに顔を出すから、その時に紹介しよう」
「成程。ならば、あまり御后様扱いをしてしまっては可哀想ですね。聞いた話では、まだこちらに来て間もないとか?」
トパッティオが俺のグラスにワインを注ぎながら尋ねてくる。流石に察しがいいな。堅苦しい席を用意していない、というだけで分かったか。
「かーわいい幼な妻だぜ、御台様」
「身体年齢は二十歳を超えている。何も問題あるまい」
幼な妻、といわれるとどうも気が咎める。確かに、こちらの世界に来てから日は浅いが、エミリエンヌやノエほど子供でもないだろう。
「カナエちゃん、そろそろ上がってくるかしら」
「んじゃあ、侍スタイルに変えてくれ、補佐官殿」
「まだあの格好をしているのですか。いい加減、真面目な悪魔になりなさい」
「悪魔の格好は飽きたんだよ。それに、侍のほうがカッコいいだろ?刀も使いこなせるようになったしな」
トパッティオは、頭痛を覚えたかのように額に手を当てた。サムライ、というのは頭をマゲにして、不思議な口調で喋り、物珍しい服を着る者のことだ。ニホンに古来よりいたらしく、ダイスケはとても憧れていたのだという。
カタナ、という片刃の剣も、ダイスケに任せている領地の民にカタナ鍛冶という職人を育成して作らせたものだ。こだわると一直線だからな、ダイスケは。
「面倒だわねぇ。ホラ」
ボータレイがダイスケに魔法を使う。すると、あのふざけた格好のダイスケが現れた。
「うむ、大儀であった」
重々しくダイスケが頷くと同時に、部屋の扉が叩かれた。このノックの仕方はカナエだな。俺は、迎え入れるためにソファから立ち上がった。
魔王自らお出迎えかよ、とダイスケがからかうように笑っている。……早々にこいつの本性をカナエに教えてしまおうか。
サムライの領主は、睨みつける俺にウインクをしてみせた。
……ああ、全く嬉しくない。