26.魔王の一ヶ月4
【カナエ】
異世界に飛んで、今日で一ヶ月。いやぁ、随分馴染んだなぁ。今では、収穫も中々、様になってると思うんだ。スピードではサリューにまだ追いつけないけど、目標があるのはいいことさ。いつか絶対、サリューを追い越してやる。
異世界の野菜や果物を使っての料理も慣れた。ほとんど日本で採れるものと変わらない野菜も多い。まだ米とは巡り合えてないけど、アマドさんは、トウドウ領主さんが作ってるって言ってた。
今日は天気もいいから、日向ぼっこがてら窓辺でサリューの服を繕ってる。サリューはアマドさんとお出かけ中だ。大きい果物を採るから、男手が必要なんだって。んふふ、サリューに私のお留守番スキルを見せてあげようじゃないか。ホームアローンばりに、お家を守ってあげよう。
「……よし、完成っと!アップリケ、可愛いね」
サリューの上着の左下に、ウサギのアップリケを付けてあげた。うむ、可愛い。これ見て何て言うかな。面白い反応してくれそうだなぁ、サリュー。
「ひぃッ!」
「へ、陛下っ……!」
ん?何だ?外が騒がしいな。どうしたんだろう。みんな、走ったり悲鳴上げたりしてる……、って、何事!?
そぉっと窓から外を窺ってみると、真横で勢いよくドアが開いた。
「っ!」
「…………」
く、……黒ッ!
ゴキブリみたいに黒い男の人が入ってきた!ゴシック!?マント!?ベルトだらけ!?中二!?すんごい格好だな!さすがファンタジーだな!主人公のライバルキャラにうってつけだ!
「ど、ど、ど、どちらさまでしょうか?」
「……カナエ、だな」
「えっ?は、はい、えっと、ええ、私が夏苗です、けど……」
黒い人は、私をじぃっと見てる。え、私、あなたのこと知らないよ。こんなキャラの濃いイケメンの知り合いいないよ。サリューの知り合いじゃないの?ていうか、何で私の名前を知ってるんだ。
「ま、魔王陛下!」
「へっ?!」
家の中に駆け込んできたサリューが、黒い人に向かってそう呼んだ。……そう、魔王、陛下って。
アレですか。この人、魔王様ですか。この世界、ファンタジーだなぁと思ってたけど、魔王様までいらっしゃるわけですか。魔王様って、魔王様ですか。ああ、私は今、こんらんしている……!
「俺は悪魔の王、ジラルダーク・ウィルスタインだ」
「は、はぁ……」
悪魔の王……、で魔王ってわけか。目は赤いし、耳も尖ってるから、見た目は悪魔っぽいけど、魔王らしいかと言われれば、それは否定したい。
だって、このジラルダークさんとやら、イケメンだもの。魔王様っていったら、人よりもモンスター寄りの造形でしょ、常識的に考えて。
いや、見た目がイケメンだからって騙されちゃいけない。魔王ってくらいなんだから、この村に攻め入ってきたのかもしれない。村の人に危害を加えさせるわけにはいかないけど、村のみんなと同じく私もパンピーだ。とりあえず、魔王様の意図を確認しよう。
「ど、どのようなご用件でございましょうか?」
「お前を娶る」
…………は?
今、何て言った。……め、めとる?めとる、って何だ。嫁にするって意味であってるのか?え、私を?え、何で?
「カナエを気に入った。我の后とする」
家の外に集まっていた村の人たちに、魔王様が宣言した。后、ってことは、嫁にするってことであってるんだろう。
もしかして、生贄的な意味だろうか。この世界に来て、魔王様に見初められたら生贄にされるってことか。あー、なるほど。悪魔って人を食べそうだもんねぇ。私、いい感じに脂のってますぜ、魔王様。
「こちらへ、カナエ」
おっかなびっくり魔王の様子を窺っていると、近くへ来るように呼ばれた。サリューに視線を向けると、複雑な表情で私を見てる。
……うん。大丈夫、分かってる。下手に抵抗なんてしないさ。村のみんなに迷惑がかかるような真似はしない。大人しく、魔王様の生贄になるよ。この一ヶ月、とってもよくしてもらったからね。そんな村の人たちに迷惑がかかる真似、私には出来ない。
促されるまま魔王の傍に行くと、思いの外、やさしい眼差しで顔を覗き込まれた。イケメンの破壊力は凄まじいやね。おお、眼福、眼福。
「お前は我が后となる。よいな」
よいな、って聞かれても、拒否権無いでしょうよ。
まあ、うん。これもまた、ファンタジー。パンピー村人Aとして、後々の勇者様が奮起するための『たくさんの人が犠牲になった』一人になろうかね。
「はい。構いません」
「!」
頷いた私に、サリューが息を飲んだ。ああ、サリュー。窓のところに、アップリケ付きの服、置きっぱなしだわ。それ着てね。直接リアクションが見れなかったのが残念だけど、きっと似合うから。ギャグ的な意味で。
魔王は満足そうに笑うと、私の腰に腕を回した。バサッと何かが音を立てる。見えたのは、魔王の背中に黒い、何か。……え。……羽?
「行こう、カナエ」
「は、いいぃ!?」
魔王様ことジラルダークさんは、私を抱えたまま飛び立った。その、突如背中に生えた黒い羽を使って。
……ああ、神様。哀れなパンピーに教えてください。
何がどうしてこうなった。
◆◇◆◇◆◇
【ジラルダーク】
俺に身を任せて眠るカナエに、普段装っている魔王の表情が自然と崩れる。無意識に髪を撫でていた手を止めて、カナエの尖った耳に唇で触れた。
俺は以前の世界で魔法騎士の隊長として父の王国を守っていた。魔法の扱いには長けている。触れずともその対象を変化させられるくらいには、使いこなしているつもりだ。数百年と過ごした今となっては、悪魔の暮らす地ぐらいの範囲であれば影響を及ぼすことも可能だ。
舌先でカナエの耳たぶをなぞると、色めいた声が上がった。白く細い指先が、俺の寝巻を掴む。
そういえば、ニホンでは妻に結婚指輪を贈るものだと聞いたな。カナエにも指輪を贈ろうか。あまり自身を飾ることに興味がない彼女だが、故郷で行われていることならば受け入れやすいだろう。
一度、あいつを城に呼ぶか。俺が知るニホンは、あれの領民たちの話だからな。こちらから質問すれば、もっと深く話を聞けるかもしれない。
「んぅ……、」
朝日の眩しさにか、カナエは嫌がるように身を捩った後、瞼を震わせた。目覚めを促すように口付けると、緩やかに瞼が持ち上がる。
「……んー、」
「おはよう、カナエ」
「んん……、おはよ、ジル……」
ごしごしと目を擦りながら、彼女は俺の言葉に応えた。いや、条件反射に近いか。現に、カナエは眠そうに瞬きを繰り返している。
頭を撫でると、擦り寄るようにカナエが俺の胸元に顔を埋めた。今にも塞がりそうな瞼を必死に持ち上げて、俺の服を掴む。
「んー、ねむい……」
「もう少し寝ているか?」
甘やかす俺の言葉に首を振って、カナエは体を起こした。すぐに、離れた温もりが恋しくなる。追って俺も体を起こした。
「ふわぁ。今日もいい天気だねぇ、ジル」
ほんわりと笑って言うカナエに、俺も頬を緩めた。遠く覗いていた笑顔がすぐそばにある幸福は、数百年の孤独を暖かく癒す。
「直に春になる。そうしたら、共に領地を見て回ろうか」
「いいね。魔界見てみたい」
「ああ、必ず連れて行こう」
元々が荒野であったこの地は、俺や魔神が魔法である程度、天候を調整してようやく暮らせるような場所だ。それでも、俺が魔王になった当初よりはかなり住みやすくなった。緑地が増え、自然に雨が降る回数も増えた。砂嵐のような災害も減ったからな。
「そうだ。数日後にサリューとアマドを城に招く」
「!」
俺の言葉に、カナエが大きく目を見開いた。その表情は、徐々に驚きから喜びへと色を変えていく。
「日取りが決まればまた教えよう。楽しみにしているといい」
「うん!ありがとう、ジル!」
愛らしい笑顔に感謝されて悪い気はしないな。なるべく早い日取りで会えるように調整しよう。ああ、どうせだ。ついでにカナエと同郷だというあれも呼ぶか。今はどこにいるのやら。後で探っておこう。呼ぶときは、あれの補佐官に飛ばしてもらえばいい。
「んふふ、楽しみー!」
隣でにこにこと無防備に笑うカナエに、俺は思わず腕を回してしまった。抱き寄せて、やわらかな唇を塞ぐ。
……まぁ、まだ朝も早いからな。ベーゼアが起こしに来るまでの時間で一度くらい出来るだろう。