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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
20/184

18.祝福の宴3

【ジラルダーク】


 魔神の催した宴を、カナエは酷く気に入ったらしい。トゥオモとフェンデルが用意した食事も、アロイジアが用意したワインも、グステルフとナッジョが見せた剣舞も、カナエはいたく喜んでいた。

 そして、珍しく着飾って出てきたイネスを見て、カナエは紅潮した頬を両手で押さえながら喜んだ。一頻り賞賛した後、俺の腕にしがみついて可愛い可愛いと連呼している。お前の方が可愛いだろうと思わないでもないが、場を弁えて黙っていた。カナエが可愛いと褒める度、泣くかと思うほどにうろたえるイネスも見ていて面白いしな。


 魔神が揃って、ようやく全員に酒が振舞われた。その頃には、城の使用人たちが給仕を行なっていた。

 上質なワインを喉に流すと、隣のカナエがこちらへ視線を向けてくる。


「ジ……陛下って、お酒、強いのね」


「ああ、弱くはないな」


 声を抑えて、カナエが小首を傾げた。酔うという感覚が無いわけではないが、これでも魔法使いだ。完全に酔いが回る前に、体内からアルコールを消すことも容易い。しかし、カナエは喋り辛そうだ。皆の前では后を演じねばならないというプレッシャーからだろう。演じずともいいのだが、これはこれで愛らしいから今しばらくは黙っておく。


「こちらに来るか、カナエ」


 だが、折角の祝いの席だ。カナエの負担になってしまっては意味が無い。俺が自分の膝を軽く叩くと、カナエはふわりと頬を染めた。それに遅れて、拗ねるように唇を尖らせる。強引に腰を抱いて引き寄せたい欲を、ぐっと堪えた。


「恥ずかしいよ……」


「ここにくれば、そう気を遣わずとも話せるぞ?」


 こそこそと囁きあう俺たちを、魔神は見ない振りをして宴を進めていた。無礼講であるゆえ気兼ねなく食すがいい、と言ってあるから、魔神たちも会話を楽しみながら食事をしているようだ。

 俺の言葉に、カナエは戸惑うように視線を揺らした。一瞬ではあるが、腰が浮いたのを見逃すわけにもいくまい。


 座っているカナエに腕を伸ばして、細い腰を掴む。動きで俺が何をしようか分かっているからか、カナエは声も上げずにされるがまま、持ち上げられた。そのまま、俺の膝の上に座らせる。


「もう……、強引なんだから」


 頬を膨らませて言う割に、カナエの目は笑っていた。俺は彼女の腰に腕を回して、その耳元に口を寄せる。


「そうだ。魔王とは強引なものだからな」


 囁くと、カナエがくすぐったそうに身を捩らせながら微笑んだ。ばか、と呟く声すら愛おしい。このまま部屋へ連れ帰りたいが、流石にそれは拙いか。エミリエンヌも、先程から俺を威圧してるしな。


「魔神さんって、いい人たちばかりだね」


 カナエは俺の耳元に口を寄せて、小さな声で言った。彼等に聞かれても問題ないとは思うが、カナエの努力を無碍にするのも忍びない。俺も、カナエの耳元に口を寄せて囁いた。


「お前を祝おうと、皆で計画したようだ」


「ふふっ、何だか家族みたい。ジルがお兄ちゃんでね」


「随分と大家族だな。苦労しそうだ」


 くすくすと笑いあう俺たちを、魔神たちも微笑ましそうに見ている。魔神たちは皆、小さな物音を聞き逃さぬよう訓練をしているから、この距離の囁き声など簡単に拾うだろう。ノエとミスカなど、家族と言われて嬉しそうにしている。


「お父さんはフェンデルさんかなぁ」


 フェンデルは、俺が腐っていた時期に何かと世話を焼いてきた。そのお陰でカナエを知ることができたのだが……。


「……いや。どちらかと言えば、母かも知れんな」


「ふふふっ、確かに気苦労が多そうだもんね」


 納得半分、といった様子で、フェンデルが顔を歪めている。アロイジアとトゥオモは爆笑しているな。少し酔っているらしいカナエは楽しそうに俺に耳打ちをする。曰く、父親の顔らしいのはグステルフで、長男が俺、のようだ。基準は何だろうか。


「イネスさんは末っ子ね、これは譲れない」


 うんうんと俺の膝の上でカナエは頷く。よく分からない基準が、カナエの中にあるらしい。魔神を最初から知っている俺としては、女性陣の中で二番目に魔神としての年数が経っているイネスが次女のような感覚だが……。

 イネスがまた赤くなっている。アロイジアにからかわれているようだな。戦場で豪快に斧を振うイネスからは想像もできない姿だった。


「長女はダニエラさんかなぁ、しっかり者さんっぽいし」


 ぴくりとダニエラの肩が揺れる。顔がにやけているぞ、ダニエラ。


「ベーゼアは次女ね。器用なの。お姉ちゃんも妹もいて、どっちも上手にいなしてそうだもん」


 ベーゼア、お前もか。揃ってにやけるな。


「それでね、エミリエンヌさんは末っ子と見せかけて三女なの」


「ほう?」


「ちょっと悪戯っ子っぽいから」


 よく見抜いたな。女性の中では、コイツが一番の曲者だ。悪戯、で済まないものも多々ある。エミリエンヌはビスクドールの表情のまま、俺ににこりと笑ってみせた。


「では、俺の下は誰だ?」


「次男はー……、トゥオモさん、かな?にぎやかだし。ムードメーカーだし。自由だし」


 ふむ。次男は自由な者が多いと聞く。確かに、アレは自由だ。


「三男はナッジョさんかな?お父さん大好きっ子」


 ナッジョとグステルフが顔を見合わせた。何とも言えない複雑な表情をしている二人に、俺は笑いを堪えるので必死だ。


「それでね、四男はヴラチスラフさんで、五男がアロイジアさんで、末っ子の六男と七男がノエさんとミスカさん、って感じ」


「随分はっきりと決まっているな」


「えへへ、だってね、ヴラチスラフさんって、兄弟の真ん中っぽいの。でね、ノエさんとミスカさんはお兄ちゃんたちに沢山愛されてるもの。で、アロイジアさんは個性豊かな上のお兄ちゃんとやんちゃな弟に挟まれて要領がいいのね」


 楽しそうに話すカナエの頭を、やわらかく撫でる。視界の隅でヴラチスラフはくすくすと笑い、ノエとミスカは嬉しそうにアロイジアに纏わりつき、アロイジアは頭を抱えている。

 ……案外、当たっているかもしれんな。


 それにしても、だ。こうも何度も耳元で囁かれると、妙な気分になってくる。まるで褥で睦み合う時のようだ。その際にはもっと熱が籠っているし、カナエもこれほどに余裕はないがな。エミリエンヌには人前でいちゃつくなと言われたが、まぁ、魔神たちは俺がカナエを溺愛しているのを知っている。口付けくらいはいいだろう。


「ご歓談中に失礼致しますわ、陛下、御后様」


 さて喰らいつこうか、と思った辺りで、エミリエンヌが割り込んできた。見れば、ビスクドールの笑みを装って俺を睨んでいる。……口付けは駄目だ、ということか。


 そんな俺の隙をついて、カナエはパッと立ち上がってしまった。腿の上に感じていたやわらかく暖かい感触が無くなり、俺は思わずエミリエンヌを睨む。折角の機会に何をしてくれるのだ。しかし、エミリエンヌはどこ吹く風といった様子でカナエに微笑みかけていた。


「宴はお楽しみいただけておりますでしょうか?」


「ええ、とても」


 エミリエンヌの言葉に、カナエがこくりと頷く。それはようございました、とエミリエンヌが笑みを浮かべた。


「私たち魔神は、御后様を歓迎しておりますわ。よろしければ、明日からもお話させて下さいまし」


「も、もちろん!こちらこそお話させて下さい!」


「うふふ、よかったですわ。断られてしまったらどうしようと、ドキドキしてましたの」


 小首を傾げて微笑むエミリエンヌに、カナエは嬉しそうに笑う。成程な。俺では許可を出さぬから、后から先に取り込もうというわけか。カナエに接触するためにこの宴を開いた。そして、カナエさえ頷いてしまえば、俺がカナエの望みを却下するはずがないと、そう睨んでいるわけか。……全くその通りなのが悔しいが、仕方あるまい。


「では御后様、お時間がよろしい時にでも、ベーゼアにお申し伝え下さいまし。ご一緒にお茶とお菓子を楽しみましょう?」


「はい!」


 エミリエンヌが微笑みながら、視線だけをちらりと俺に向けた。俺は、渋々頷いてみせる。俺が頷いたのを見て、ノエとミスカ、そしてアロイジアまでもが喜び始めた。双子は分かるが、お前もか、アロイジア。話すことは構わぬが、カナエに指一本でも触れようものなら、俺が直々にしごいてやることにしよう。


「それならば、部屋を用意させよう。我々の部屋にお前たちを招くわけにもいくまい」


 どうせなら、俺の執務室の近くに用意してやる。それならば、出入りの監視も容易い。俺の考えを見透かして、エミリエンヌがカナエに分からぬよう微笑みのまま睨んできた。


「陛下の御手を煩わせるわけには参りませんわ」


「我が后の為なれば、大事無い」


 これは譲らない、と視線で伝えると、エミリエンヌは短く息を吐いて頭を垂れる。


「……では、ご指示下さいまし」


「ああ」


 カナエは俺とエミリエンヌを見比べて、俺の方に寄ってきた。さて、もういいだろう。俺も我慢の限界だ。

 立ち上がってカナエの腰に腕を回すと、カナエは首を傾げて俺を見上げてくる。先程の、部屋を用意させる、というやり取りを不思議がっているのだろう。俺は軽くカナエの頬を撫でてから、魔神たちへ視線を向けた。


「今宵は実に楽しき宴であった。皆の心遣いを嬉しく思うぞ」


 頭を垂れる彼等に言って、カナエを抱き上げる。


「我々は戻るが、お前たちはまだ楽しむといい」


「今日はありがとうございました」


 俺の腕の中で、カナエがぺこりと頭を下げる。魔神たちが深く礼をする中、俺は広間を後にした。


 月明かりの降り注ぐ回廊を歩いていると、カナエが俺の肩に頭を乗せた。酔っているのだろうか、少し体温が高いようだ。暖かくて心地いい。


「部屋を用意する、って?」


「魔神を俺たちの私室に招くのも少々、な。どうせなら、中庭の見える部屋で茶を楽しめばいい」


「いいの?」


「当然だ」


 遠慮がちに言うカナエに、俺は笑って口付ける。ようやく喰らいつけた唇は、あたたかく湿っていた。


「ん……、ジル……」


 カナエの腕が、俺の肩に回される。自然と、部屋へ戻る足が早くなった。カナエは俺に抱かれるがまま、身を任せてくれている。


 その時に気付いていればよかったのだ。酔っ払いは、時間が経つと眠ることを。


 部屋に戻ってもおあずけを食らった俺は、今更酔いを抜いて起こす訳にもいかず、悶々と夜を明かすのだった。

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