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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
緋色の指輪編
183/184

おまけ.旅の夫婦


 ここはカルロッタさんの領地であるツァンバイの都市の一つ、ノッツァのお食事処だ。旅行に来て三日目、今日はジラルダークと二人きりで夕飯を食べに来ている。地元の人で賑わうここは、扉を開けた瞬間から熱気とスパイスの香りで満ちていた。


 給仕さんに案内されるまま席について、私はジラルダークを見る。一般イケメン男性の恰好をしたジラルダークは、にこにこと機嫌よく私を見ていた。昔は普通の恰好をしたジラルダークに緊張してたなあ、なんて、ちょっと懐かしくなる。


「すごい香辛料の匂いだねぇ。お腹すいたー」


「ふふ、今日はよく動いたからな。少し多めに頼もうか」


 そしていつも通りに、魔王様は私を甘やかすのだ。私が一般イケメン魔王様に緊張してた頃も、慣れてリラックスしてる今も変わらない。メニュー表を私の方に向けて、どんなのがいいとか分からないものはあるかとか、ごく当たり前のように言っていた。これが彼にとっての当然で、私にとっては魔王様の可愛らしい一面に思えてしまうのだからしょうもない。

 メニューを見せてもらいながら、あ、と気付いた。私は正面にいるジラルダークへ視線を向ける。ジラルダークはメニュー表から顔をあげた私に、微笑んだまま首を傾けた。


「ねぇねぇ、香酒ってどんなの?」


 昨日カルロッタさんに勧められたんだけど、ジラルダークがいらないって断ってたんだよね。ここのメニューにもあるから、ツァンバイではよく飲まれてるものだと思うんだけど……。


「数十種類のスパイスを漬け込んだ酒だ。かなり辛口であるし、度数も高い酒だからな。お前は甘い口当たりの酒の方が好きだろう」


 さらりとジラルダークが言う。


「ああ、味が気になるか?ならば俺が頼もう。一口舐めてみるといい」


 おおう、魔王様の笑顔が眩しい。嫁甘やかし検定とかあったらこの人、余裕で一級取ってるでしょ。


「んもう、ちゃんとジルはジルの食べたいものとか飲みたいもの頼んでよね」


 一応そう言ってはみるけれど、ジラルダークは微笑んだままだ。にっこにこだ。カナエ様を甘やかすことに生きがいを感じてらっしゃるらしいですわ、ってエミリエンヌが溜め息交じりに言ってたっけ。


「他は何が気になる?肉料理は昨日食べたが、味付けを変えてみるか?腸詰もハーブが効いていて美味かったな。ああ、そうだ。凍らせた魚の肉を使った料理も、お前の口には合うと思うぞ」


 イケメン魔王様はいそいそとメニューをめくって私に見せる。私は小さく笑って、どれにしようかなと再びメニューを覗いた。

 ジラルダークも私の方へ顔を寄せて、これはこういう料理で、これはボリュームがあって、と説明してくれる。んふふ~、どれも美味しそう。お肉もいいけど、凍った魚料理も気になるなぁ。ルイベみたいな感じなのかな。


 ジラルダークのおすすめする料理とお酒を注文して、すぐにお酒がやってきた。


 ジラルダークにはあの辛口だというお酒、私には甘い口当たりだというみかんのお酒だ。果肉が浮かんでいて美味しそう。

 軽くグラスを合わせて、私はまずみかんのお酒を飲んでみた。爽やかで甘くて、ぺこぺこのお腹に染みるようだ。ちらっとジラルダークを見ると、待っていたかのように彼はグラスを差し出してくる。


「ありがと、もらうね」


 ああ、とジラルダークは穏やかに微笑んだ。私のもどうぞとみかんのお酒を差し出す。ジラルダークが受け取ったのを確認して、私は香酒のグラスに口をつけた。


 うおぉ、すごい香辛料の匂い!スパイシー、というか、ひええ、アルコール強い!喉がひいひいする!


「ククッ、どうだ?」


「うう……、おかえしします……」


 一口、ほんのちょっぴり飲んだだけなのに、喉も口もぽかぽかだ。ジラルダークは私の顔を見ておかしそうに笑っている。ほら、とみかんのお酒を返された。

 私がちびちびみかんのお酒で口直しをしていると、頼んでいた料理も次々やってくる。美味しそうな匂いに、思わず笑みが零れてしまった。ジラルダークは微笑ましいものを見るかのように目を細めてる。これでも一応、そこそこ年齢を重ねたと思うんですけどね。何でそんな、幼い子供をほっこり見るような顔してるんですかね。


「ほら、食べてみるといい」


 私がそんなことを考えている間にも、ジラルダークは魚料理を小皿に取り分けた上でフォークに刺して私の口元へ持ってきている。介護だ!

 そしてこういう時、拒否してもジラルダークがしょんぼりするだけで何もいいことがないと知っている。だから私は甘んじて、お口を開けて待機するのだ。


「んむ」


 咀嚼する私をにっこにこで魔王様が眺める。自分も食べて!私に餌付けするのが主目的みたいな顔してないで!


「美味しいね、ジルも食べて食べて」


「ああ、口に合ったようでよかった」


 ほっとしたように眉を下げてから、ジラルダークは自分の分を取った。まったくもう、いつまでたっても過保護なんだから。……いやむしろ、歳を重ねるごとにパワーアップしてるような……?うん、まぁ、気のせいってことにしておこう。


 むしゃむしゃとご飯を食べながら、私はジラルダークと今日の話をする。今日連れて行ってもらったところは、ちょっと遊べる雪山だった。キラキラ光る氷の木の間を散歩したり、雪の斜面を魔王様と一緒にソリで滑ったりと満喫してきたのだ。


「ソリ、楽しかったねぇ」


「ああ、カナエはバランスをとるのが上手いな」


「んふー、でしょ~!」


 お酒を飲みながら、私はふふんと胸を反らす。ほらこっちも食べてみろ、とジラルダークがお肉料理も取り分けてくれた。私は素直に口を開けて迎え入れる。


「おいひい」


 ジラルダークは柘榴色の瞳をやわらかく細めて満足そうだ。私も、ご機嫌なジラルダークを見てるとつい笑顔になる。


「今日の宿には雪を見ながら入れる風呂があるようだ」


「おお!楽しみだね!酔っぱらっちゃわないように気を付けなきゃ」


 じゃあ、お酒はこの一杯で止めておこう。飲んでもいいぞ、酔いたくないのであれば魔法で消そう、とかまた私を甘やかすことを言ってる魔王様に私は耐え切れずに笑うのだった。



◆◇◆◇◆◇



【食事処のお客】


 いつもの店にいつもの時間に寄って、いつもの肉盛り合わせといつもの酒を注文する。いつもの席に腰を下ろせば、見知った顔の男たちと女たちが何だかいつもと違ってそわそわしていた。浮足立っているようだが、今日は何か祭りでもあったか?


「ようお疲れ、何かあったのか?」


 届いた酒のグラスを片手に、斜め前の席の男たちに声をかけてみる。男たちは酔っぱらっているのか、耳を赤くしていた。ああ、おう、と生返事をされる。おいおい何だよと眉間に皺を寄せた。奴等は同じ方向を見ている。俺もそれを辿って視線を向けた。


 そこには、この辺りじゃ珍しい小柄な女がいる。女の正面には、って、ありゃあ……!?


「しぃー。お忍びなんですよ」


 顔なじみの給仕のネーチャンが、俺のところに肉盛り合わせを置きながら言った。俺はこの国で兵士をやってる。やっているからこそ分かる。ありゃ、うちの国王じゃねぇか!てことは何か!?あの女……いやいや、女性は御后様か!ああしてこっちの服を着てらっしゃると可愛……いや、これ以上は危険だ。てか、こいつら、分かってねぇな!?分かってなくて、国王と后に見惚れてんのか!?


 視線の先では、御后様が花のように笑って国王から何かを食べさせられていた。……ん?国王に、じゃなく、国王から、か?

 美味しいねと無邪気に笑う御后様に、国王は目に入れても痛くないと言わんばかりの笑みを浮かべている。ご成婚されてすぐの頃にはあの国王が笑うだなんざ信じられなかったが、御后様と共に過ごされるうち、よく御后様に向けて笑っておられる場面を目撃するようになった。


 とはいえ、俺のような下っ端兵士じゃあ目撃するつっても、豆粒みたいなもんだったけどな。まさか、こんな近くで見られるとは。

 御后様は俺と食ってるものが違うんじゃないかってくらい美味そうに飯を食いながら、氷樹やらソリやらの話をしている。……国王が、ソリか。えげつないスピードが出そうだな。あの方は、本当に容赦ってもんがない。


「んふー、でしょ~?」


 御后様がとてつもなく愛らしい笑みを浮かべた。撫で繰り回したい可愛さといえばいいのか。見惚れた瞬間、首元に剣を突き付けられたかのような殺気と冷気を感じた。思わず、違いますそんなつもりじゃないですと首を振る。

 俺への殺気はそのままに、国王はまた御后様に飯を食わせた。お、俺も飯を食おう。ええ、あの方は国王のものだ。俺は無関係、ただの一般人の客だ。


 口に肉を詰め込んで酒で流し込んでいたら、いつの間にか殺気は消えていた。ついでに、風呂が楽しみとか何とか言いながら二人の夫婦は帰っていく。俺はごっくんと色々飲み込んだ。


「いや、カッコいい人だったなあ」


「ねー!迫力ある美男子だわぁ」


「嫁さんかねぇ、ありゃ可愛らしい」


「笑うとさ、ふわぁっといい匂いがしそうだったぜ」


 二人の素性を知らない奴等が、わいわいと賑わう。俺はおかわりの酒を頼んで、ちびりと舐めた。


「あんな幸せな夫婦がいてくれるんじゃあ、この国は平和だねぇ」


 呟いた言葉に、顔なじみの野郎どもが違いないと笑う。俺も笑い返して、軽くグラスを掲げた。



 ────偉大なる魔王陛下と、宝玉たる御后様に乾杯。



 喉に流し込んだ酒は、ぴりっと辛くて、体を心地よく温めてくれるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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