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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
緋色の指輪編
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7.夫婦の日々

【ジラルダーク】


 神の攻撃からカナエの手によって救われて数日、俺は片時もカナエから離れなかった。本当に元の俺へと戻ったのだとカナエに示したかったことも勿論あるが、何よりもカナエから与えられた愛情が嬉しくて彼女を放し難かったのだ。カナエは呆れたように微笑んで、だが俺の好きなようにさせてくれている。

 とはいえ、あまりにも俺がカナエを放さなかったからだろう、目付け役のエミリエンヌが、気の済むまでいっそ旅行でもして来いと溜め息交じりに提案してきた。俺が記憶を失っていた間に溜まっていた雑務も粗方片付いたことだ、これ幸いと便乗させてもらおう。精霊の王にも、天界から助けた礼として俺の気の済むまで邪魔をするなと言ってあるしな。


「旅行って、どこ行くの?」


 夕食の席で、そばに座っていたカナエが首を傾げた。俺はワインを傾けながら、どこでも、と答える。


「久々の長期休暇だ。昔のように、一夫婦としてモノキ村やジャパンに行くのもいいな。それとも別の領地に行ってみるか?」


 食事を終えて紅茶を楽しんでいるカナエを、いつものように膝の上へ抱いた。カナエは慣れたように俺の腕の中で体勢を変えて、俺の顔を見上げてくる。俺は微笑んで彼女の額に口付けた。カナエはくすぐったそうに笑うと、俺の髪に指を伸ばす。俺はカナエの指に導かれるまま首を傾けた。楽しそうに忍び笑うカナエの息も愛しい。


「ジルはどこ行きたい?」


 悪戯に声を潜めてカナエが尋ねた。俺はふざけてカナエの耳たぶを軽く食む。くすぐったいよ、とカナエが俺の髪を引いた。


「お前と共にいられるところならば、どこへでも」


「それじゃあお城にいるのと変わらないじゃない」


 カナエは俺の髪を指先で梳きながら目を細める。やわらかな彼女の唇を軽く味わってから、緩く額を合わせた。俺の髪が、カナエを隠すように流れる。カナエは俺の頬に両手を当てて、髪ごと後頭部へと腕を回した。


「んふふ、くすぐったい」


 笑う息が心地いい。俺は衝動のまま、カナエの唇を何度も味わった。俺の頭を抱えるように回されたカナエの腕が、次第にくったりと力を失う。苦しかったろうかと唇を離すと、カナエの瞳が俺を捉えた。


「はぁっ……、ジル……」


 濡れた唇は色めいて俺を誘う。抗うことなどできようはずもなく、俺は誘われるがままに彼女へ喰らいついた。



◆◇◆◇◆◇



【カナエ】


 どさどさばささ、と雪の落ちる音がする。目を開けると、視界いっぱいにジラルダークの顔があった。特徴的な柘榴色の瞳は閉じられている。すうすうと規則正しい寝息も聞こえていた。まだ寝てる……のかな?


 カルロッタさんの領地に遊びに来て数日、まだ雪の残るここはとても静かで、それでいて活気のある場所だ。昨日、遊び人カルロッタさんに連れてってもらった酒場も楽しくて美味しかった。


 すやすやと眠るジラルダークの顔をじっくりと見る。彼の隣にあることを諦めなくてよかった。昔の私だったら、しょうがないよねって諦めていた気がする。

 魔王様のお嫁になったのも流されるまま、だったらお嫁じゃなくなるのも流されるままだっただろう。あの頃は幸せだったな、イケメンと夫婦になるなんていい思い出が出来たな、なんて思いながらまたサリューと暮らしていたかもしれない。そうしてきっと、生まれていたはずの自分の気持ちには見ないふりをしていただろう。


 そう考えて、私は小さく笑った。


 もう無理だけどね。ジラルダークの隣にいることを諦めるなんて、私にはできない。いつからなんて分からないけど、すっかり魔王様に変えられてしまった。何だかそれが嬉しいようなむず痒いような、不思議な気持ちになった。


 イタズラしたら起きちゃうかな。せっかくのお休みなんだし、ゆっくり寝ていて欲しい。でもちょっと構ってほしい。

 このくらいだったら大丈夫かも……。そろりと体を起こしてジラルダークの頬っぺたにキスしようとした瞬間、濡れた柘榴の色を見た。


「んむッ!?」


 何故か、唇に当たったのは頬っぺたじゃなくてジラルダークの唇だ。そのままぐるんと世界が回って、ジラルダークに全身を包まれる。驚いてジラルダークの服を掴むと、更にキスが深くなった。


「…………は、おはよう、カナエ」


 ジラルダークが私を解放してくれるころには、すっかり息も上がってしまっている。途切れ途切れにおはようと返すと、彼はやわらかく微笑んだ。


「すまない、待てなかった」


 ん?え……、もしかしてずっと起きてたの?そう思ってジラルダークを見ると、彼は私の唇を指でなぞる。そのまま、ふにふにと指先で遊ばれた。


「起きていってしまうのかと」


 ああ、確かに一回体起こしたもんね。今までの私だったらジラルダークを起こさないように、こっそり抜け出してたかもね。疲れてる魔王様を寝かしておいてあげたいもんね。間違っても、寝てるところにキスしようなんて思わないよね。


「勿体ないことをした」


 魔王様、にっこにこだ。居たたまれない。じわじわと顔に熱が集まった。私に覆い被さってるジラルダークの笑みが深まる。


「今度からは待つことにしよう」


「しないから!もうないから!待たなくていいから!」


 耐え切れずに首を振ると、ジラルダークは眉尻を下げた。うぐっ……、しょんぼり魔王様だ……!


「それは寂しい」


「んぐぐ……」


「カナエ……」


 悲しそうにジラルダークが見てくる。目を泳がせる私を、魔王様にあるまじきか細い声で呼んだ。絶対!分かってやってるんだこの人は!ああそうともよ!私はしょんぼり魔王様に弱いともよ!ぎいい!


「いつやるかは、分かんないからね!」


 ヤケクソ気味に叫んだ私に、ジラルダークは待ってるって嬉しそうに笑う。ああ……、これからしばらくは、魔王様のお寝坊が続きそうだ……。朝っぱらから何してるんだ私たちは……。


「はぁ、起きよ……」


「もう少し」


「だーめ、昨日もそれで、起きたのお昼じゃない」


 甘えてくる魔王様が、起き上がらせまいとのしかかってきた。ちょ、重たい。潰れる潰れる。私はジラルダークの後ろ髪を梳いて、彼の目を覗き込んだ。ジラルダークは微笑んで目を細める。


「ジール」


「もう少しだけ」


 ちゅっ、と軽く唇を啄まれた。ご飯食べよ、って言う間にも、ちゅっちゅちゅっちゅしてきやがる。甘えんぼ魔王め!

 こうなったらもう、魔王様の気が済むまでまたベッドにこもるか。魔王様は休暇中だし、いいんだけどね。予定といえば、カルロッタさんの領地を好き勝手に見学して回るくらいだし。ただ、ちょっと夕飯時とかにカルロッタさんにからかわれるだけだ。


「しょうがない旦那様」


 笑って、ジラルダークの頭を撫でる。とろけそうな顔をして、ジラルダークが頬っぺたを擦り寄せてきた。


「お前は最高のお嫁様だ」


 額を寄せて、くすくすと笑い合う。


「大好きだよ、ジル」


「ああ、愛している、カナエ」


 ジラルダークは私を抱き締めたまま、ぐるりと体を回転させた。私がジラルダークの上に乗る形になる。私はジラルダークにぴったりくっついて、彼の鼓動を聞いた。ジラルダークの大きな手が、やわらかく私の髪を撫でる。


 ああ、この場所にいられてよかった。これからもずっと、隣にいてね。


 私は幸せな気持ちで瞼を下ろした。


お読みいただきありがとうございました。

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