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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
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16.祝福の宴1

 魔神さんたちが、魔王陛下と私の婚姻を祝って宴を開いてくれることになった。悪魔の宴と聞くと、もう何というかサバト的なものを連想してしまうけど、違うらしい。こんなことをするのは初めてだって、ジラルダークも驚いてたし、嬉しそうでもあった。

 そう、ジラルダークが驚いてたってことは、魔神さんたちが自主的に宴を開こうとしてくれてるってことだ。うん。ちょっとは受け入れられているようで、私も嬉しい。


「綺麗だ、カナエ」


 ほんでもって、今日がその宴の日だ。魔王様直々にお選び頂いたドレスを着てみせたら、魔王様、とってもご満悦でござる。ていうか、魔王様って赤好きだよね。自分の目が赤だからか?俺の色に染まれってか?

 まぁ、私も好きだけどね、ワインレッド。落ち着いた色だし。ジラルダークが選んでくれたドレスは、色も何より露出が少ないのがいい。二の腕とか肩とか鎖骨とか背中とか、乙女として気になるところはいくらでもあるのだ。


「ありがと、ジル」


 じーっと見てくるジラルダークに、私は微笑んで応える。調子に乗って、くるりと回転して見せたら、ジラルダークが抱きついてきた。


「ああ、とても綺麗だ。誰にも見せたくないな……」


 あの、魔神さんを一気に紹介された日。あれ以降、ジラルダークは時たま、こうして独占欲を曝け出してくるようになった。それ自体は別にいいんだ。うん、ほら、私、彼氏いない歴=年齢だから。この世界に知り合いも少ないから。独占するも何も、他に私を構おうとする人もいないのだ。

 ただ、ね。身悶えるほどに恥ずかしいだけだ。もんのすごく恥ずかしいだけだ。居たたまれなくなるほどに恥ずかしいだけだ。


「ジル、恥ずかしいよ」


 赤くなった顔を見られたくなくてもそもそと彼の胸に顔を埋めると、ジラルダークは喉を鳴らして笑う。


「本来ならば、このまま奪ってしまいたいが……。流石に、俺たちの宴を欠席するわけにもいくまい」


 おおう。そこまで考えてたのか。魔王様、自分の宴をすっぽかしちゃいけませんぜ。


「宴まではもう少し時間がある。その間だけでも、俺にだけ見せていてくれ」


「うん……。というか、恥ずかしいからそんなに見ないで」


「嫌だ」


 うわーい。即答かーい。上目遣いにジラルダークを睨んでも、魔王様は緩んだ顔で私を見てるだけだ。ドレスに着られちゃってる私を見て、何が楽しいんだか。

 むしろ、イケメン魔王様の方が眼福だろう。今日は、いつもの真っ黒ゴシック服と真っ黒マントな魔王服じゃない。真っ黒な騎士服を赤と金で装飾してる、悪の将軍様ルックだ。ちなみにマントは深紅だ。カナエに合わせたんだぞ、って嬉しそうに言ってた。いつものは魔王様だけど、これだと魔王戦前の中ボスっぽいなと頭の片隅で思う。


 じーっと魔王様を見ていたら、額にチューされてしまった。それから、尻を撫でようとしてくる手を摘んだり叩き落としたりして、宴が始まるまでの時間を過ごした。


 魔王様は尻フェチなのだろうか。一度、じっくり話し合う必要がありそうだ。



◆◇◆◇◆◇



 その後、宴の時間だからと悪魔城の大広間的なところに案内された私は、その光景に唖然とした。


 何か、室内がぼんやり光ってる!青、紫、ピンク、赤、黄色、緑と、カラーバリエーションも豊富だ。そして、この光り方、見た覚えがあるぞ……!主に、あの悪魔研究室で!


「い、イルミネーションになってる……」


「ほう、中々豪快だな」


 ぽかんと口を開けたまま、黄緑に光る頭蓋骨やら橙色に光るコウモリやらを見る。すげー……。ホラーハウス、ここに極まれり。理科室にあるような骨の模型が淡いピンクに光ってる様なんて、笑い出したくなるくらいシュールだ。


「ようこそおいで下さいました、陛下、御后様」


 迎え入れてくれたのは、まんまお人形さんの格好をしたエミリエンヌさんだった。水色のドレス、可愛い!ふりふりでふわふわで、アンティークドールみたいで可愛い!


「こんにちは、エミリエンヌさん。本日はお招き頂きましてありがとうございます」


「うふふ、御后様をお祝いするための宴ですわ。どうぞ、お力を抜いて下さいまし」


 とことこと側に来たエミリエンヌさんが、可愛らしく小首を傾げて微笑んだ。ああ、もう、可愛いとしか言いようがない。だって、本当に可愛いんだもん。


「ここの照明は、以前の研究か?」


「はい。此度の宴に間に合うように、ヴラチスラフとフェンデル、トゥオモが作成致しましたわ」


「ふむ。悪くない。褒めて遣わす」


「ありがたき幸せにございます」


 エミリエンヌさんは優雅に一礼すると、ふわりとドレスを揺らす。白くて細い手を奥へ向けて、もっと奥に入るように私たちを促した。


「さあ、どうぞ奥へお入り下さいまし。僭越ながら、私たち魔神にて陛下と御后様のご結婚を祝福させて頂きますわ」


「け……っこん」


 そうだ。私、魔王様と結婚したんだった。怒涛の悪魔城ライフで、結婚したって感覚が抜け落ちてたわ。彼氏すっ飛ばして結婚とは、人生何があるか分からないものだ。


「行こう、カナエ」


 するりと腰にジルの手が回されて、私は大広間の奥までエスコートされた。奥には、待ち構えていたかのように魔神さんたちが跪いていた。

 OK、これは復習のお時間だな。ベーゼアとエミリエンヌさんは今、こっち側にいる。跪いているのは、左から順に、イガグリ頭のフェンデルさん、吸血鬼のトゥオモさん、幽霊のヴラチスラフさん……、って、ホラー同好会一同か。それから、双子のノエさん、ミスカさん、チャラ男のアロイジアさん、ヘビドレッドのダニエラさん、顔面殺人鬼のグステルフさん、海坊主のナッジョさん、アマゾネスのイネスさん、だ。よし!覚えてるぞ!


 って、あれ。イネスさん、何故にズボン?エミリエンヌさんを始め、ベーゼアもダニエラさんもドレスなのに。


「……イネスさんがドレスじゃない……」


 ぽつん、と呟くと、聞こえてしまったのかイネスさんが勢いよく顔を上げた。あらら?顔が真っ赤だ、イネスさん。


「お、おお、お戯れをっ……、あたっ、わたしが、ドレスなど、おこがましい上に、お目汚しでっ……」


 あわあわしてるイネスさんに、ナッジョさんとアロイジアさんが俯いたまま肩を震わせてる。笑ってるな、ありゃ。失礼な野郎共だ。


「うふふ、御后様のご要望ですもの。お応えしないわけにはいきませんわ」


「左様でございますな。御前を失礼させて頂きます、陛下、奥方様」


「私もお手伝いさせて頂きます。お傍を離れますこと、お許し頂きたく存じます」


「ああ、許す」


 声を上げた女の人三人に、ジラルダークは面白そうに許可を出した。やったね、イネスさん!女の子たちに、もまれておいで!


「ふふっ、たくさんおめかししてきて下さいね。髪の色が赤いから、ドレスはアクアブルーがいいかしら?オレンジも似合いそうですわね」


「お、奥方様っ……!」


 そんな殺生な、とでも言わんばかりの目で見ないで下さい。絶対、可愛いですから。いや、凛とした美人さんになるかな。どっちにしろ、似合う。

 というか、私も慣れないドレス姿なんだ。イネスさんだけ逃げようったって、そうは問屋が卸さないんだぜ。


「いってらっしゃいませ」


 にっこり笑って、引導を渡してやる。泣きそうな顔で、イネスさんはエミリエンヌさんたちに引きずられていった。


「楽しみですわね、陛下」


「ああ、流石は我が后だ。目の付け所が違うな」


 ジラルダークも楽しみにしてるらしい。うむ、いい仕事したった。僕、もう満足。


「では……、イネスの支度が整うまで……、こちらにてお食事をどうぞ……」


 いなくなった女性陣の代わりに、幽霊さんが出てきた。き、今日はあんまり目が血走ってないのね。良く言えば、薄幸そうな青年……、に見えないこともない。ものすごく頑張れば、だけど。


「あ、ありがとうございます、ヴラチスラフさん」


「くすくす……、どうぞ……、お楽しみ下さいますよう……」


 も、もっと腹に力を入れて喋れ!怖い!半分ジラルダークに隠れながら頷くと、ヴラチスラフさんはくすくすと暗い笑みを浮かべた。か、髪の毛の長さと相俟って、やっぱり怖い。


「ヴラチスラフ、此度の研究は中々のものだった。褒めて遣わす」


 私が怖がってるのを分かってか、ジラルダークがヴラチスラフさんに話しかけてくれた。あ、ありがとう、魔王様!


「光栄至極にございます……、陛下……。奥方様にお喜び頂きたく……、心血を注ぎました……」


「そうか。見事だ」


 ヴラチスラフさんが心血を注ぐって言うと、そのまんま心臓から直に血を注いでそうで怖い。とにかく怖い。……けど、私に喜んでもらいたくて、頑張ったんだよね。確か、あのカラーボールもどきは持続時間が短いってエミリエンヌさんが言ってた。それが、これだけ経ってもまだ発光してる。よくもこの短期間でここまで時間を延ばせたものだ。


「私も、すごいと、思います。カラフルなイルミネーションみたいで、とても、綺麗ですし」


 ジラルダークに半分隠れたまま言うと、ヴラチスラフさんは驚いたように目を開いた後、またもやくすくすと笑った。そ、その笑い方が怖いんだよ!


「ありがたき幸せにございます……、奥方様……。さあ……、こちらへ……」


 冥府へ招きかねないヴラチスラフさんに従って、私たちは席に着いた。テーブルクロスも黒とは、拘ってるね、悪魔城。


 宴はまだまだ始まったばかりだ。これからどんな宴になるんだろう。


 私は、期待半分、恐怖半分で魔神さんたちの次の手を待った。

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