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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
緋色の指輪編
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4.想いの行方

【ダイスケ】


 倒れたジラルダークを寝室まで運んで、オレは夏苗ちゃんを見る。憔悴しきった彼女は、それでも気丈に前を向いていた。


 最初は、オレたちからジラルダークに事情を説明しようとした。オティーリエの件もあって、夏苗ちゃんに出会う前のジラルダークは潔癖に近い。無意識だろうと夏苗ちゃんを傷つけてしまう可能性があったからだ。記憶を取り戻したとしても、夏苗ちゃんへの態度によってジラルダークは気に病んでしまうだろう。

 だが、神からかけられた呪いのようなものは思った以上に強力だった。彼女の名前をこちらが口にしただけで、あの屈強を誇る魔王が膝をついてしまうのだ。無理矢理この数十年の記憶を話し伝える案は、オレたちの中で早々に消えた。オレたちは魔王を失うわけにはいかない。ジラルダークがただの男であったなら、と考えて、そもそもただの男であったならこんな事態にはなっていないかと自嘲する。


 代替の案として、夏苗ちゃんをジラルダークのそばに置いて自然に思い出せないか試してみることにした。ジラルダーク自身にも違和感があったのだろう。夏苗ちゃんを目で追うことは増えていたし、無意識にオレを牽制もしていた。じわじわと刺激を与えていけばあるいは、と考えていた矢先に、これだ。


 青い顔をしてベッドに横たわるジラルダークに、オレは拳を握る。夏苗ちゃんは意識のないジラルダークの髪を愛おしげに撫でて、オレたちへ振り向いた。


「今のジルに、私は毒なんだと思います」


「カナエちゃん……」


 そんなことないわ、とボータレイが首を振る。慰めの言葉を、夏苗ちゃんは大丈夫と微笑んで否定した。


「あの神たちがどんな手を使ってるのか分かりません。けど、ジルは私のことを考えたり思い出したりしようとして倒れています。……だから」


 一瞬、夏苗ちゃんの唇が震える。オレは見なかったふりをして、ジラルダークに視線を移した。薬も魔法も効かない、そんな術をこの魔王にかけられるのは神だけだ。それがどういう効果を持つのか、まるで見当がつかない。下手をすると生命まで脅かす可能性がある。最悪の事態だけは避けなければならなかった。

 オレが思い至ったのなら、彼女も考えつくだろう。そしてそれは、彼女自身が口にしなければオレたちは頷けない。


「だから、私は一度、ここから離れようと思います」


 夏苗ちゃんの言葉に、ベーゼアが息を飲んだ。様子を見守っていたエミリエンヌもトパッティオもカルロッタも、苦い顔をして俯く。オレは瞼を下ろして軽く息を吸った。

 冗談にしても度が過ぎるぜ、早く起きろよクソ魔王が。神なんぞにしてやられてんじゃねぇよ。あらゆるものから仲間を守るために強くなったんじゃなかったのか、オレも、お前も。


「ならば、拙者の所へ来ると良いでござる」


 飲み下した感情はさっさと消化して、オレは夏苗ちゃんに視線を戻す。夏苗ちゃんはいいのかと問うようにオレを見た。しょうがねぇから、お前がぶっ倒れてる間はオレが守ってやるよ。とっとと奪い返しに来やがれ、クソ魔王。


「随分と昔に、帰る実家は拙者の領地に用意すると申したでござろう?まあ、今回は夫婦喧嘩の末の三行半ではござらんが」


 オレの軽口に、夏苗ちゃんは小さく笑った。他の面子もここでただ夏苗ちゃんが弱っていくよりはいいと考えたのだろう。それぞれがオレの提案に賛成した。


「ベーゼアとエミリも此度は夏苗殿と共に我が領へ来るといいでござる」


 夏苗ちゃんは戸惑ったようにオレを見たが、ベーゼアは当然ですとばかりに頷く。エミリエンヌも、置いていかないでくださいましね、と夏苗ちゃんの手を握った。

 精霊王に全く頼れない今、夏苗ちゃんを一人にしておきたくはないだろう。こっちとしても勿論、放っておくつもりはないけどな。


「陛下が休まれている間に荷物を纏めてしまいましょう。お手伝いいたします」


「私もお手伝いいたしますわ」


「うん、ありがとう、ベーゼア、エミリ」


 オレたちがいたら作業しにくいだろうと、夏苗ちゃんたちを残して部屋を出た。長く息を吐くと、トパッティオも似たように溜め息を吐く。カルロッタは寝室の方へ視線を向けながらガリガリと頭を掻いた。


「一時的な対処としちゃあ上出来だがよォ……」


 カルロッタの言いたいことは分かる。こんなの、一時しのぎになりゃいい方だ。とはいえ、現段階で対処が思い浮かばない以上、事態の悪化だけは避けるべきだ。


「あまり長くは時間をかけられないでしょう。記憶を封じられているダークも、精神に悪影響がないとは限らないですし」


「ああ……とはいえ、魔王もダメ精霊王もダメ、となるとな。何か、神に手が届く方法がありゃいいんだが」


 俺の意見にトパッティオが首を振る。夏苗ちゃんが神に奪われた時は、精霊の王とこの国の中でも稀有な魔力を持つジラルダークが力を合わせてどうにかこうにか手が届いたのだ。今の状況で、同じ手は使えない。

 かといって、それに代わる方法が見つかっているわけじゃない。神へ直接攻撃できないならジラルダークの方を改善したいところだが、それもどんな術がかかっているか分からない。命に関わるのかどうかも判断しかねる。肉体的に無事だとしても、精神的にやられてしまえばアウトだ。


 分かっているのは、対である武の神と次代の愛の神が仕掛けてきているということ。タケルは武を吸う神で、対であるユカリは武を与える神のはずだ。ユカリにはあまりこちらへ危害を加える力はない、と思いたい。

 今回、危害を加えてきているのは愛の神の方だ。先代愛の神のお手並み拝見、ってのが引っかかる。要は、愛の神らしい何かを夏苗ちゃんに求めた、ということだろう。その結果、ジラルダークが夏苗ちゃんの記憶を失ったのだ。


 夏苗ちゃんは神であった時代に、愛の神として何が出来ていたんだろうか。これまでの神の法則通りだとすれば、愛の神とは愛を奪い、与える神、ということになるだろう。記憶を失ったジラルダークに愛を教えて見せろとでもいうのだろうか。だが、今のジラルダークは夏苗ちゃんに対面するとぶっ倒れるような有り様だ。いくら何でも面ァ突き合わせて話せもしない相手に愛を教えろなんていう理不尽は言わない……はずだ。

 いやしかし、オレたちの知っている神の半分以上は理不尽極まりない神ばかりだ。万が一、会うことすら叶わない相手に愛してもらえ、なんて無茶ぶりをされていたら目も当てられない。


 ……ジラルダークに愛することだけを教えろ、ってなら手段を問わなければ対処は出来そうだ。けど、記憶が戻った後にこの国は終わるだろうな。


 こうなってくると、一番どうにかなりそうなのが精霊王周りのことになってくる。殺されていれば、隷属精霊である精霊王はすぐにでも転生して顔を出すだろう。つまりは、ユカリの力で囚われているということだ。精霊同士なら王の居場所も分かるだろうか。ノエとミスカに王を探すよう、指示をしておこう。


 思考の海から戻ると、廊下に出ていた連中は皆が皆、同じように何かを考えていた。オレはボータレイに声をかけて、ノエとミスカに王を探すよう指示を頼んだ。軽く考えを説明して、オレは溜め息を吐く。


「ったく、これがお伽噺なら、王子様のキスで悪い魔女の魔法は消えてくれるだろうに」


「その王子様がやられっちまってるんだぜ?こっちとしちゃあ、王子様のケツを蹴っ飛ばしてでも正気に戻してやりてぇわ」


 カルロッタが苛ついた口調で言った。何をしてやがるんだジラルダーク、って思いは同じらしい。アンタたち落ち着きなさいよとボータレイが肩をすくめた。


「酷だけれど、カナエちゃんの話題を振らなければ今のダークに異常はないの。魔王として据えておくには、ってだけだけれどね」


「領主としては、その意見に頷きましょう。けれど、ダークの友人としては頷けませんよ。我々は后と共にある彼を知っている」


 トパッティオの言葉にボータレイが頷く。ちらりと二人の部屋へ視線を向けて、ボータレイが口を開いた。


「二手に分かれましょう。カナエちゃんのことは、アタシとエミリ、ベーゼアでフォローするわ。どうにか精霊王を呼び出せないかも探ってみるつもりよ」


「分かりました。ダークは私とダイスケ、カルロッタで受け持ちましょう。彼のことです、無防備にやられたわけでもないでしょうから、まずはそこを徹底的に洗ってみます」


 それぞれにやるべきことを胸に秘めて、オレたちは頷き合う。


 荷物を纏めて部屋を出てきた夏苗ちゃんの目元は、隠しきれないほどに赤く腫れていた。気丈に振舞おう、后らしくあろう、オレたちに余計な負担をかけないように、と律する姿がただ痛々しい。本当ならこんな状態のジラルダークを置いていきたくはないだろうに、夏苗ちゃんにはつらい決断を強いてしまった。


「……大丈夫だ。どんな手を使おうと、必ず元に戻してみせる」


 オレはわざと普段の口調を止めて、夏苗ちゃんに伝える。夏苗ちゃんは綻ぶように、少しだけ安心したように笑った。


 その華奢な肩を抱いて慰められたらどんなに楽か、……それを考えるのは、やめた。



◆◇◆◇◆◇



 ジャパン領に夏苗ちゃんを連れてきて、オレはボータレイとエミリエンヌを呼び出した。夏苗ちゃんはベーゼアと荷解きをさせている。今のうちに、こちらの方針を共有しておきたかった。


「精霊王へは、夏苗ちゃんからも引き続き呼びかけるように言ってやってくれ。レイ、これを」


「アンタの不謹慎な開発が、こんなところで役に立つなんてね」


 懐から出したピンクの玉を渡すと、ボータレイが呆れたように首を振る。夏苗ちゃんの隷属精霊ではあるが、うまい事意思疎通できれば利が多そうだと開発した魔道具だ。オレだって、まさかこんなことに使うとは思っちゃいなかったさ。


「その玉を握って、言葉は何でもいいから精霊の王に呼びかける意思を伝えればいい。とはいえ、精霊王が動けるなら玉に反応がある前に、夏苗ちゃんの所に出てくるだろうけどな」


「万が一、ということもあるもの。アタシの方から精霊の王へ、絶えず思念を送るようにしてみるわ」


「ああ、頼む」


 ボータレイには精霊王のことを任せるとして、問題はこっちだ。オレはエミリエンヌに視線を向けた。エミリエンヌは普段と変わらない人形の表情のまま、オレを見上げる。


「夏苗ちゃん周辺の防御を手薄にした。……分かるな」


「ええ、心得てございますわ」


「この後、オレも城に戻る。ほんのわずかでいい。掴める何かが欲しい」


 オレの言葉に、エミリエンヌはゆっくりと頷いた。相手の出方が分からない以上、策を一つに絞るのは悪手だ。撒ける餌は撒けるだけ撒くしかない。

 こっちだってな、神を相手にしたあの日からそれ相応の日々を過ごしてきたんだ。いいようにされて堪るか。今度こそ、完膚なきまでに叩きのめしてやる。


 オレは固く拳を握り締めて、どこにいるか分からない神を睨みつけるのだった。

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