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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
夫婦の休日編
172/184

1.ひとひらの我儘

 その日、私と魔王様はモノキ村に遊びに来ていた。二日続いてお休みが取れたから、のんびりしに来たのだ。いつも通りお隣さんであるイルマちゃんの家を訪ねたら、魔界ではあまり見かけない現象が起こっていた。


「げほっ……、あんまりこっちきちゃだめだよ、カナエさん、ジルさん。風邪が移っちゃうから」


 イルマちゃんとその息子のルノーくんが風邪を引いていたのである。旦那さんであるデメトリくんは、二人に滋養のあるものをと狩りに出ているらしかった。下の子であるリリアちゃんは幸い元気だけれど、ママもお兄ちゃんも具合を悪くしているからか不安そうにしている。

 大丈夫だよと微笑んで、私はデメトリくんが帰ってくるまでの間の家事と看病を請け負ったのだ。ジラルダークは、然程重篤なものでもないからと二人に回復魔法をかけず、私の手伝いとリリアちゃんの相手をしてくれた。安心しろお前には移らぬよう常に回復魔法をかけている、だなんて自信満々に微笑んでいた。魔王様は何年経っても相変わらずおバカだと思う。


 デメトリくんが狩りから無事に帰ってきて、あまり長居しても気を遣わせちゃうからと私たちは昼過ぎには帰宅した。悪魔城じゃなくて、モノキ村の私たちの家に、だ。


 ここまではいい。村の人たちの中でも何人か風邪を引いてるようだったから、そういう時期なんだろう。ニンゲンにとって病は切っても切り離せない存在だ。不老であり、何より即時回復の出来る魔法使いがいる悪魔の国とは勝手が違う。だから、特に私にとっては問題じゃなかった。


「俺もカナエに看病されたい」


 魔王様が超ド級のおバカ発言をするまでは。


「はあ?」


 反射的に低いトーンで返事してしまったのは許されるべきだ。うん、私は悪くない。いきなり何を言ってるんだこのおバカ魔王は。私に看病されたいって、あなたピンシャンしてるでしょうが。

 そう思って視線を上げた先、何故かジラルダークの顔がいつもよりも青褪めているように見えた。え、ちょっと待って、何でこんなに顔色悪いの?はあって返したのがまずかった?魔王様のガラスのハートが砕けちゃった?


「寒気、というのも久方ぶりだな」


 ぶるりと体を震わせて、ジラルダークが覇気のない声で言う。けほ、と軽く咳まで溢した。え……?魔王様が、咳?


「カナエ……」


 驚いて硬直している私の手に、助けを求めるように彼の手が触れる。ジラルダークの大きな手は、確実に普段よりも熱を帯びていた。思わず握り返して、私はもう片方の腕で彼の体を支える。


「ちょ、ちょっ……え?だってジル、回復魔法かけて……」


 だってジラルダーク、常に回復魔法をかけているって言ってたよね?まさかだけど、イルマちゃんたちの風邪が移った、ってわけじゃない、でしょ?ない、よね?ちゃんと回復魔法かけてたんだよね!?


「看病することも考えたが、お前につらい思いをさせるわけにはいかぬ。だから、お前には移らぬように常に回復魔法をかけている……」


 お前には回復魔法をかけている……?どうやら魔王様は、お前に“だけ”は、回復魔法をかけているって言いたいらしい。


 ────それはつまり、自分にはかけてない、ってことだ。


「アホかーッ!」


 心からの叫びがそのまま口から漏れてしまった。ああもう、誰か!誰か魔王様を叱って!何考えてるのさこのおバカ魔王は!一国の主でしょ!?看病されたいからってわざわざ風邪貰ってくる!?どんだけおバカなの!

 あまりのおバカ加減に叱ろうとしたら、ジラルダークは支えていた私に体重を預けてきた。重なった体は、驚くほどにあったかい。むしろ、熱いくらいだ。


「げほっ……、カナエ……寒い……」


 私の耳元で、魔王様は甘えたように呟く。もたれかかってきたせいで、そのままジラルダークの体を抱っこしちゃったけど、ええ、これ、看病するべき?ドアホ魔王様を甘やかすべきなの?


「……カナエ、助けてくれ……」


 かすれた声で、ジラルダークが懇願してきた。ちらっと魔王様の顔を横目で見れば、潤んだ赤い瞳と交差する。つらいんだ、と言いたげに、彼の体が震えた。うぐぐぐ……!


「っ……もう!バカ!ほら、ベッド行くよ!」


 彼の体を支えながら寝室を示すと、ジラルダークはふらつきながらも歩き出す。見上げた横顔は普段と違って苦しそうに歪んでいて、本当につらそうだ。看病されたいってだけで無敵の魔王様がわざわざ風邪引くとか、エミリエンヌが聞いたら盛大に顔をしかめて物理的なお説教をかますだろう。

 何やってんだか私のおバカな旦那様は……と思わないでもないけど、そこまでして私に看病されたいのかと考えると拒絶しちゃうのも可哀想かな、なんて容易く絆されてしまう。あはは、ちょろいな、私。


 とりあえずベッドに座らせて、急いでクローゼットから寝巻を取り出す。着替えててね、とジラルダークに告げると、私はキッチンから繋がっている貯蔵庫に向かった。

 ええと、氷は確かここにあったよね。ああでも、まだ熱が上がり切ってないようだから氷枕よりはタオル湿らせて、の方がいいかな。桶はお風呂場で使ってるやつの予備があったはずだから……うん、よし、これに氷とお水入れて、後はお風呂場のタオルを持って行こう。ああ、あと喉も渇くはずだからとりあえず水差しとコップ持って、後で生姜湯作ろうかな。


 慌ただしく準備をして寝室に戻ると、寝巻を着たジラルダークがぼんやりした様子でベッドに腰かけていた。


「ほら、早く横になって。体冷えちゃうでしょ?」


 私の言葉にこくりと頷いて、魔王様は大人しくベッドに潜り込む。クローゼットから厚手の布団を引っ張り出して、ジラルダークの上に掛けた。その勢いのまま、ぽんぽんと軽く布団を叩く。私の手に反応してかジラルダークはもぞもぞと布団の中で体勢を変えると、こちらに顔を向けた。熱のせいでとろりとした赤い瞳がどこか嬉しそうに細められる。甘ったれ魔王様め。可愛いじゃないか。

 私は苦笑いを浮かべながら、頬っぺたにかかった彼の黒い髪を撫でた。指先に触れたジラルダークの肌は、じんと熱を持っている。まだ熱は上がりそうだ。湯たんぽか何か作ったほうがいいかな。


「ジル、寒くない?」


 声を抑えて尋ねると、ジラルダークはまだ少し、とかすれた声で答える。もう一枚掛布団あったかな、ってクローゼットを振り返ると同時に、頬っぺたに触れていた手を掴まれた。じわりとジラルダークの高い体温が伝わってくる。


「添い寝、げほっ……」


 咳き込みながらもおバカな要望を伝えてくるジラルダークに、つい笑ってしまった。もう片方の手でジラルダークの手を引き剥がすと、彼の手を布団の中に戻す。


「だーめ。病人はいい子で寝てなさい」


 笑いながら告げる私に魔王様は不服そうに唇を尖らせたものの、強引にどうこうする気力はないようだった。改めてクローゼットを覗いて、私は中から毛布を引っ張り出す。彼の上にそれも掛けると、もう一度ぽんぽんと布団を叩いた。


「少し寝てて。お水はサイドボードに置いておくから。もし熱くなったら、冷やしたタオルもあるからね。もし私がいなかったら、それ使ってね」


「……どこへ……?」


 不安そうに眉を寄せたジラルダークの髪を撫でて、私は微笑んだ。


「あったかい飲み物作ってくるよ。お昼まだだけど、食欲は?」


 無いと示すようにジラルダークは首を振る。まあそうだよね。今は寒気が酷いみたいだから、食欲よりも寝たほうがいいだろう。一応、おでこを冷やすようにタオルも持ってきたけど、寒いと感じてるようならまだ必要ないはずだ。そんなに長く目を離すつもりはないよと私は微笑んでジラルダークの髪を撫でる。


「うん、じゃあ大人しく寝ててね。準備したら、ちゃんと戻ってくるから」


 そう告げた私に安心したらしい、ジラルダークは大人しく瞼を伏せた。暫く彼のそばで様子を窺っていたら、然程間を空けずに彼の寝息が聞こえてくる。

 全くもう。本当に風邪引くことないのに。ちょっと甘えたいって、そう言えばいいのに。どこまでもおバカなんだから、この魔王様は。


 ジラルダークの黒い髪から手を離して、私は自然と浮かぶ笑みのまま寝室を後にした。さてと。風邪っぴき魔王様のために、ちゃんと看病してあげないとね。とりあえずは生姜湯と、うーん、食欲はないって言ってたけど、果物だったら食べられるかな。念のため、彼が望んだらすぐ出せるように用意しておこう。薬は……どうしようか。いやまあ、魔王様がその気になれば魔法で一発回復なんですけどね。


「お薬っていったらエミリだけど、こんなことになってるだなんて言ったら怒髪天をぶっちぎりそうだしなぁ」


 モノキ村からは、明後日の朝に帰ることになってる。帰るまでにはジラルダークも自分で治療するだろう、多分。魔王様が魔法を自主的に封印して倒れました、なんて各地から領主さんたちが飛んできてお説教フルコースになってもおかしくないもんね。

 なら、私にできることは一つ。ジラルダークが望む看病とやらをすることだ。ふと前に、同じようにモノキ村で私が体調不良になった時のことを思い出す。世話焼き魔王様がここぞとばかりに過保護になってた記憶だ。お粥をあーんされたのもついでに思い出して、私は一人で真っ赤になって悶える。


 落ち着け私。あの時、ジラルダークは体調が悪い私にお粥を持ってきてくれたんだ。ジラルダークのせいで体調を崩してたんだけど、ちゃんと消化のいいご飯作ってくれたり看病してくれたんだよね、一応。


「ってことは、ジルも調子悪いときはお粥なのかな?それとも、……まさか、わざわざ大介くんに聞いた……?」


 ジラルダークのいた世界と、私のいた日本じゃ随分と食事の習慣が違うのだ。思い返せば、私が嫁ぐまでジラルダークの主食は米じゃなかった。あの当時はパンだと思っていたけれど、小麦のパンともちょっと違うパンもどきがジラルダークの主食だった覚えがある。大介くんたちと仲良くなってからはお米が主食になることも増えた。元々、ジラルダークは出されたものは何でも食べるタイプだ。最近じゃあ、炊き込みご飯のバリエーションにウキウキしてたりもする。

 ううむ。だったらお粥を用意しても問題ないと思うし、食欲が戻ればジラルダークは食べてくれると思うけれど……。


「今は果物を用意しておいて、夕飯の時にまた考えよう」


 そう独り言ちて、どこでも電話が入ってるポケットに手を添えた。調べる手段はある。あるにはあるけど、色々危険なところだ。主に、魔王様の名誉的な部分で。もうちょっと手段を考えないとな……。


 私は貯蔵庫の中に入りながら、うむむと唸るのだった。

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