短編3.悪魔の尻尾
おやつ部屋で魔神さんたちとお茶とお菓子を楽しんで執務室に戻る途中、私は少し前を歩くベーゼアの背中を見る。何とはなしにいつも見てたけど、ベーゼアって魔法で見た目を変えてるんだよね。ってことは、私の目の前でふわふわ揺れてる魅惑の尻尾も魔法で作ったものってことだ。ベーゼアの世界でも、悪魔は矢印尻尾が生えてたのかな。
「おかえり、カナエ」
ベーゼアに開けてもらって執務室に入ると、書類を読んでいたジラルダークが微笑んで顔を上げた。ベーゼアは、一礼して部屋を出ていく。エミリエンヌはいないみたいだ。ホラー同好会の方に行ってるのかな。
「ただいま、ジル」
ジラルダークは書類を机に戻して、私へ向けて手を伸ばした。今日は一緒におやつ食べられなかったからか、甘えたいらしい。私は苦笑いを浮かべて、魔王様が導くまま彼の膝の上に座った。
「ジル、魔王様のお仕事」
「急ぎの物はない。確認ばかりで、あとはエミリエンヌがどうとでもするだろう」
「またもう、エミリに怒られるよ?」
「知らん。魔王は俺だ」
あらら。魔王様は唇を尖らせて私の胸元に顔を埋めてしまった。背中を丸めて拗ねてる魔王様の髪を撫でて、ふとさっきまで考えてた悪魔の尻尾を思い出す。というか、魔王様に獣耳が生えてたら垂れてそうだな、って思ったんだけどもね。
「ねぇねぇ、ジル。ジルは、ベーゼアみたいに悪魔の尻尾生やさないの?」
「ん?」
「こう、矢印みたいなヤツ」
私の言葉に、ああ、と頷きながらジラルダークが顔を上げた。何でか、ちゅっと頬っぺたにキスをされる。それから、するりとジラルダークの手が私のお尻を撫でた。
「ちょ!セクハラ!くすぐったい!」
「ほら、生えたぞ」
「えっ?」
「だが、これでは窮屈か。服に穴も開けた方がいいな」
え。……ちょ、え、私に尻尾生やしたってこと?何で私に?言い出しっぺだから?なんか、お尻の辺りにむずむず動くものがあるのって、これ、マジ尻尾?体を捻ってみても、上手く見えない。
「待て。今、穴から出してやろう」
するり、とジラルダークの指が、何と言うか、未知の場所を撫でた。背骨に繋がってる感覚というか、お尻の延長線上というか、今までに感じることのなかった場所がある。
「ちょ、っと待った!さ、触らないで……!」
思わずジラルダークの手首を掴んで止めた。何これ、尻尾ってこんな感覚なの?人に触られるとぞわっとするというか、くすぐったいというか、ええ、はい、ナニとは言いませんけどダイレクトアタックな感じがする。え、これ、服の外に出したらまずくない?ジラルダークがいつでも触れる状態って、やばくない?
「遠慮するな」
「えんっ、りょじゃない、ってば!」
「くすぐったいのか?」
にんまりと意地悪く笑いながら、ジラルダークが私の尻尾を指先で撫でてくる。こ、このクソ魔王め……!分かっててやってやがるな!というか、こんな敏感な尻尾にしたの、魔王様のせいか!
こんちくしょうめとジラルダークをぽかすか叩くと、彼は笑いながら尻尾を撫でる手を止めてくれた。
「バカっ!ジルのバカ!」
「ははは」
ケラケラと楽しそうに笑う魔王様に、私は頬を膨らませる。こんちくしょうめ。何てもの生やしてくれたんだ。
「これ取ってよ、ジル」
「ふむ、どうしようか。尾の生えたお前も、存外に愛らしい。消してしまうのは勿体無いな」
にんまり笑って、ジラルダークが言う。意地悪してやろうって気満々の顔だ。更にむくれる私に、ジラルダークは目を細めて笑ってる。こんの、クソ魔王様め……!
「さて、愛しい妻に乞われては消さぬわけにもいかないが……」
「な、何をご所望なのさ!」
「愛らしい后より口付けの一つも贈られれば、魔王はひとたまりもないな」
ぎいい!ここぞとばかりに魔王様権限ひけらかしやがって!こうなったら、漢夏苗!やってやろうじゃないの!いっつもやられっぱなしだと思うなよ、おバカ魔王様!
「じゃあ、ちゅーしたら絶対に元に戻してよね!」
「ククッ……、ああ約束しよう」
ジラルダークは頷いて私を見下ろす。じっと、柘榴のような赤い瞳が見てる。
…………。
「あの、そんな見られると、しにくいんですけど……」
「ああ、すまない」
私の言葉にくすくすと笑いながら、ジラルダークは赤い目を伏せた。私はジラルダークの服を掴んで、ぐいっと顔を近付ける。自分からのキスも初めてじゃないし、数えたことはないけど結構してる方だと思う。けどもこう、予告してからキスするとなると、心臓がバックバクだ。ジラルダークの服を掴んだ手も、心なしか震えてる。
私は一度大きく深呼吸すると、意を決してジラルダークにキスをした。触れるだけと思ったんだけど、それで魔王様が許してくれるとも思えない。そう考えてジラルダークの唇を吸うと、正解だったらしい、彼の大きな手が後頭部に回された。
必死にジラルダークにキスをして、いつの間にかジラルダークの腕が腰にも回ってて、気付いたら私からのキスというよりはいつも通り魔王様のペースのキスになっている。しかも、舌まで入ってきてた。どうにかこうにか応えたって、魔王様に敵うはずもない。
「はっ……、んむっ……」
呼吸が苦しくて息継ぎをしても、すぐにジラルダークの唇が塞いできた。これじゃ、いつもと変わらないじゃないか!抗議がてらジラルダークの服を引っ張っても、口元で笑った気配がしただけで唇を離してはくれない。
結局、解放されたのは私が喋るのも困難なほどにへろへろになってからだった。魔王様はご満悦顔で私を抱っこして、ご機嫌で書類を読んでいる。尻尾は、さっきのキスの最中に消してくれたらしい。もう、お尻に変な感覚はなかった。私はむくれたまま、ジラルダークの髪の毛に指を絡めて遊ぶ。たまに引っ張って邪魔してやる。魔王様なんて、書類仕事できなくてエミリエンヌに怒られちゃえばいいんだ。雷落としてもらえばいいんだ。
ジラルダークは私が拗ねきってるのを知ってか知らずか、目を細めて微笑んで私へ視線を向けてくる。
「また尾を生やしたくなったら言うといい。遠慮せずにな」
「二度と!絶対に!決して!言いません!」
言うもんか、バカ魔王様!
私はべちりとジラルダークの胸を叩いて、そっぽを向いた。ジラルダークはそんな私にくすぐるように笑っていた。
今度はどうにかして魔王様に尻尾を生やしてやろう。んでもって、魔王様をぎゃふんと言わせるんだ!
私はそう、胸に固く誓うのだった。