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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
二十年目の夫婦編
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9.魔王の回答

【ジラルダーク】


 私室のソファでカナエを抱いたまま、俺は彼女の顔を覗き込む。カナエは何かを決心したように頷くと、俺を見上げてきた。このところ、真っ直ぐと見てくることのなかった彼女の瞳に、俺は微笑んでみせる。


「あのね、ジル、教えてほしいことがたくさんあるの」


「ああ、好きなだけ聞くといい」


「その、ええと、ジルは、黒い服をよく着てるけど、その色の服が好きなの?」


 これは、ガルダーの王女も聞いていた、俺の好きな色に対しての質問か。さて、どう答えたものだろう。はぐらかすつもりは全くないのだが、カナエの不安は極力取り除いてやりたいものだ。俺はカナエの瞳の色が好きだし、以前にそう伝えもしたが、……そうだな。


「俺の着る衣装は、そもそもが魔王として誂えられたものだ。殆ど俺の意向は反映されていない。建国時に、ボータレイとダイスケが悪魔や魔王の衣装のデザインを担っていて、それがそのまま今も続いている状態だ」


「そう……だったんだ。じゃあ、ジルはあんまり黒い服、好きじゃない?」


 無意識だろう、俺の服を華奢な手で掴んで必死に尋ねてくるカナエに、漏れそうになる笑みを抑え込む。彼女の瞼に軽く口付けて、俺は質問に答えた。


「あまり意識をしたことはなかったな。俺は魔王で、こういった衣装や演出も必要なものだと考えていた」


「じゃあ、魔王様になる前のジルは、どうだったの?」


「そうだな……、ここへ来る以前は、俺は国の第一王子だった。その時も、王子としてふさわしい衣装が用意されていたから、あまり頓着していなかったな。こちらへ飛ばされて、魔王として立つまではそもそも、衣服に意識を向けていなかったように思う」


「……そっか……」


 話しているうち、カナエがこうして思い悩む一因に、俺があまり自身のことへ興味を向けていなかったのもあるのではないか、と思い至る。カナエに尋ねられて、そういえば俺の意向を反映した装いはあったのだろうかと思い巡らせた。いや、あるではないか。この、俺の腕の中に。


「ああ、だが、お前の着ている服は俺の好きなものだ。ここへ連れてきた当初はどの色もお前に合うと考えていたが、お前は淡い色合いの方が似合うな」


 そう告げると、カナエの頬が赤く染まる。この城へ連れてきてからこちら、カナエは俺の用意したドレスの中から選んでもらっていた。カナエの衣服に関しては、俺の趣味がそのまま出ていると言ってもいい。とはいえ、俺自身が纏いたいかと聞かれると、そういうものでもないのだが。


「こういう服、好き?」


「愛でる分には、だな。さすがに、自身で着ようとは思わん。俺は、お前に格好いいと思ってもらえる服がいい」


「なっ……!?」


 そこに、俺の意思がないわけではない。むしろ俺の衣装に関しては、随分と無茶な注文をしているようにも思う。魔王らしくありつつ、ニホンで過ごしてきた彼女が幻滅するようなことのない衣装を求めているのだ。普通に色の好みや衣服の好みを伝える以上の我儘だろう。だが、俺の最も優先すべきことは、カナエに愛されることなのだ。カナエに好いてもらわなくては、話にならん。


「じゃ、じゃあ、次の質問!あの、ジルは、ずっとこの髪型なんだよね?短いのは好きじゃない?」


「いや?短い方が楽だとは思う。だが、魔力で黒髪が靡く方が魔王らしいと言っていた」


「……大介くんだね」


 カナエの言葉に頷く。俺はカナエの後頭部に手を回しながら、彼女のやわらかな髪を撫でた。長い髪の方が好きなのかと、カナエの目が俺を見上げてくる。カナエならば長くてもそれはそれで愛らしいだろう。勿論、短くてもいい。出会った時からその髪型であったならば、俺は絶対に長かろうが短かろうが愛でていた。断言できる。だが、今、ここにいるカナエは、俺のカナエは、どちらも楽しめる髪型なのだ。それを、伝えなければ。


「カナエは、今ぐらいがちょうどいい。あまり長くても、睦むときに腕で踏んでしまわないか心配になる」


「!!」


「短いのもうなじが見えていいが、俺以外に見えてしまうのは耐え難いな。今ほどの長さなら、結べばうなじを堪能できるし、下ろせば指通りを楽しめる。だから、今のままがいい。中々に欲張りだろう?」


「な、ばっ、バカ!」


 カナエの髪型がいい、今のままがいいと本心から思っていることが、正しく彼女に伝わっただろうか。カナエは耳の先端まで赤く染めて、俺の胸元を叩いてきた。いつものじゃれ合いに、俺は目を細めて笑う。ああ、胸の憂いが消えていく。残るのは、ただ愛おしいという感情だけだ。


「つ、次の質問ね、ジル、食べられないものってあるの?苦手な料理とか、味とか食感が嫌いな料理とか」


「そうだな。俺は解毒魔法を常にかけているから、腐っていようが毒物だろうが食べられはする。独特の刺激や臭気があるから、あまり好まんが」


「も、もうちょい一般的な料理で……」


「ふむ。……特に嫌う料理はないな。基本的に、何でも食べるぞ。この国は、様々な世界の料理が集まるだろう。食に関しては、新しい味に驚くことも多かった」


 俺の話を何度も頷きながら真剣に聞くカナエを、今すぐにでも押し倒してしまいたい。一番好きな食べ物はお前だと告げたら、はぐらかしていると思われてしまうだろうか。カナエの体で味わっていない箇所などないと自負しているのだが。


「そっか……。ちなみに、私に会う前によく食べてたのって、何?」


「お前に出会う前、か……。さて、特に食事に注文を付けた覚えはないな。出されたものをそのまま食べていた。美味い不味いは感じるが、だからといって別段、特殊な味を欲することもなかったからな」


「あれ?でも、ジル、たまにケーキ食べたいって……」


 不思議そうに俺を見上げてくるカナエの額に、俺は軽く口付けた。これで、精一杯抑え込んでいるのだから、少しはカナエを味わってもいいだろう。無論、彼女の質問にはきちんと答える。


「お前の作るケーキがとても好きだと言っただろう?お前が料理をするようになってから、俺は食の好みが出来たんだ」


「そんな、まさか……」


「トパッティオやダイスケ、ボータレイにでも聞いてみるといい。腹を壊すことがない分、動く糧になれば何でもよかったんだ」


 驚くカナエに、俺は苦笑い混じりに告げる。どれほど己のことに無頓着であったか、カナエに問われて改めて自覚した。それだけ、カナエが俺に与えてくれたものは大きいのだ。俺にはカナエが必要なのだと、少しでも伝わるといい。


「ジル、もしかして、あんまり、自分のこと考えたことなかった……?」


 カナエも気付いたらしい。小首を傾げて尋ねてくるカナエに、俺はそうかもしれないなと頷いた。

 王太子時代は王や民が望むまま王子らしく振舞っていればよかったし、こちらへ来てから建国するまではまず、日々を生き抜くことで精一杯だった。魔王となってからは、王子時代と同じように魔王として振舞っていればよかっただけだ。そこに、俺自身の好みを挟もうとは思わなかった。考えもしなかった、というべきか。


「じゃあ、最後の質問……」


 カナエはそう言うと、頬を染めて俯いてしまう。ガルダーの王女がカナエに投げかけていた質問の内容を思い出した。いくつかあったうち、一つだけ、カナエが俺に聞いてこない質問がある。


「ジル、の……」


 それはきっと、カナエにしてみれば俺に聞きづらい質問だろう。だからこそ、彼女は俺の過去を知ろうとした。過去に俺が愛でたであろう、女性の存在を。俺から求めたのはカナエが初めてだと出会った当初に伝えていたように思うが、うまく伝わっていなかったらしい。


「ジルの、好きなタイプって、どんな子……?」


 上目遣いに、カナエが俺に尋ねてくる。これだけ俺を翻弄して、これほどに俺の心を奪っても、まだ俺の愛しい妻はきちんと理解していないのだ。ならば、もっと刻み込んでやろう。カナエの心にも、当然、体にも、だ。


「さて、……それは難しい質問だな」


 耳元で囁きながら、腕に抱いていたカナエの肢体に掌を這わせた。恥ずかしそうに体を震わせて、カナエが小さく抗議の声を上げる。逃げないように、片腕でカナエの腰を固定した。背中を伝わせて、腰を、太ももを、膝頭で折り返して服の中へと掌を伝わせる。滑らかな肌の感触を、余すところなく堪能した。


「とてもではないが、言葉でお前に伝えきれぬ。……なれば、行動で示すしかなかろう?」


「んぅ、ジル、待って、ちょっ……」


 誘うように開かれたカナエの唇に、躊躇うことなく口付けた。カナエは戸惑うように俺の背に手を置いて、やがて、息苦しくなったのが緩やかな力で叩かれる。名残惜しいが、苦しめてしまうのも可哀想だと唇を離すと、カナエは愛らしく頬を紅潮させて俺を見上げた。濡れた唇に、目を奪われる。


「普段はとても可愛らしい。だというのに、時折、抗えぬほど艶めかしくもなる。俺は翻弄されてばかりだ」


「ば、ばか……」


 整わない息のまま、カナエが俺を睨みつけてきた。唇を舌先で撫でると、びくりと腕の中のカナエが震える。潤み始めた瞳が、俺を真っ直ぐに見上げてきた。


「ジル、好き……」


「ああ、俺もカナエが好きだ。お前のことだけを愛している」


 これが、俺の唯一であり、全てだ。そう、カナエに伝わっただろうか。


 カナエは赤く染まった頬を、俺の胸元に擦りつけてくる。抱き潰してしまいたい衝動を抑え込んで、俺は彼女の髪に口付けた。もう、カナエは悪態をつくことも、抵抗をすることもなかった。俺の服を掴んで、可愛らしく体を寄せてくるカナエに、俺もこれまで堪えていた欲望を解放した。


 理性を失いかけるほど愛らしいカナエの姿が見れるなら、嫉妬されるのも悪くないと、俺はカナエを抱きながら頭の片隅で思うのだった。


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