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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
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15.目論見の裏側

第三者視点

 魔神たちが、祝宴を開こうと頷く少し前のことだ。ヴラチスラフがエミリエンヌにイネスの斧のことで話があるからと呼び出されたのは、ちょうど、アロイジアたちにカナエに会う方法を考えろと言われた後だった。研究の合間の息抜きに体を動かしていただけであったが、何やら面白い方向に話が転がり始めている。ヴラチスラフはエミリエンヌと待ち合わせている中庭へ向かいながらほくそ笑んだ。


「これで、イネスの力に耐えうる金属の精製は出来るようになりますわね」


「ええ……」


 強い武器を作るための土台となる金属の打ち合わせを軽く済ませて、エミリエンヌは中庭を出て行こうとした。くるりと後ろを向いた少女を、ヴラチスラフはゆったりとした動作で呼び止める。


「エミリ……、少々……ご相談申し上げたいのですが……」


「あら、珍しいですわね。ヴィーから私に相談だなんて」


「ふふ……、偶には……、面白いでしょう……?」


 くすくすと笑うヴラチスラフに、エミリエンヌもにっこりと笑った。魔神の中でも最古参のエミリエンヌと最新参のヴラチスラフ。その差は600年に近いが、二人が気にしている様子はない。


「こちらでご相談頂ける内容かしら?」


「ここでは少々……。わたくしの影へどうぞ……、エミリ……」


 差し伸べられた青白い手を、エミリエンヌは躊躇いなくとった。幼いまま成長することのない小さな手を握って、ヴラチスラフは自身の方へ引き寄せた。

 ずるり、と二人の体が影の中へと沈んでいく。完全な闇の中、エミリエンヌのくすぐるような笑い声が反響した。


「いつ入ってみても、影というのは不思議なものね、ヴィー」


「ふふ……、居心地はいいですよ……」


「ええ。とても心地いい闇ですわ。それで、ご相談というのは?」


 声だけが響く不思議な空間の中、エミリエンヌはヴラチスラフに尋ねた。


「はい……。実を申しますと……」


 ヴラチスラフは、アロイジアたちと話していた内容をエミリエンヌに伝えた。皆、奥方様とお会いしたい。出来ることならば仲良くなりたい。しかし、陛下の不興を買わずしてお会いするのは困難である。ならば、どうにか理由をつけて会う方法は無いものか、と。


「まあ。陛下が溺愛されているとは感じておりましたが、不興を買う、とまで思われておりますか」


「ええ……。ダニエラなど……、奥方様とお話しするのも恐れ多いと……」


「それは、溺愛の弊害ですわねぇ」


 困ったように呟いて、エミリエンヌは首を傾けた。とはいえ、見える景色は変わらない闇のままだが。


「カナエ様はまだ、ニンゲンの感覚に近くていらっしゃることをご存知ないのかしら?」


「わたくしは日が浅いですが……、ダニエラはもう……どっぷりと悪魔ですからねぇ……」


「うふふ、それでもまだまだヒヨっ子ですわ。ニンゲンの感覚を失うなど、お笑い種ですわね」


「おや……、手厳しい……」


「ダニエラのように御后様に接すれば、御后様の限界も早まってしまいますわ」


「悪魔の限界……、ですか……」


 ヴラチスラフは、エミリエンヌの言葉に俯いた。長い髪の毛の流れる音が、闇の空間に静かに響く。


「わたくしなどは……、研究が続けられる限り訪れはしないでしょうが……」


「悪魔には老いもなく、子も生せず、あちらの世界へ帰ることも出来ませんの。目標がない限り、生きる意味を見失いやすいのですわ」


「自ずから……、死を選ぶ……。悪魔の生きる限界……ですね……」


「そうですわね。その限界を迎えた悪魔たちを、幾人見送ったことか……。御后様には、末永く陛下と共にあらせられて頂きたいですもの」


 魔王は、カナエを溺愛している。カナエが生きることを諦めた時には、今のままでは後を追ってしまうだろう。この悪魔の国には、全てを見通す魔王が必要だ。出来ることならば、寵愛する后と共に。


「ええ……。では……、策を講じましょう……、エミリ……」


「承りましたわ。うふふ、カナエ様と仲良くなりたいのは、私だけではなかったのですね」


「くすくす……、アロイジアたちだけではなく……、わたくしも仲良くしたいと思っておりますよ……」


「ヴィーは驚かせたいだけでしょう?」


「おや……、ばれましたか……」


 くすくすくす、と闇の中に二人の笑い声が響く。最古参と最新参の二人は、変なところで馬が合うため、とても仲が良かった。知っているのは魔王ぐらいだが。


「さあ、頑張りますわよ、ヴィー。私たちが先導しなくてはなりませんものね」


「ええ……、御心のままに……」


 かくして、魔王と后を祝う宴は計画されたのだった。



◆◇◆◇◆◇



 魔神たちで、魔王陛下と御后様を祝う宴を催そう。


 発案に携わったのはヴラチスラフとエミリエンヌだが、主に準備をしていたのはノエ、ミスカ、アロイジア、ナッジョ、トゥオモ、エミリエンヌの六人だった。魔神のうち半分は、通常の執務に支障が出ないように動いている。

 本来であれば加わるはずだったベーゼアも、カナエの側を長時間離れるのは如何なものかということで、準備のメンバーからは外されていた。


 ちなみに、エミリエンヌから魔王へ宴を催したい旨進言したところ、快く許可を貰えたとのことだ。エミリエンヌがどのように進言したかは、魔神たちに知る由もない。


 宴の準備は順調に進み、もう数日の後に開かれるという頃、アロイジアは城の通路の先でグステルフを掴まえた。


「よ、ぐっさん」


「……アーロか」


「こっちは順調だぜー。そっちは、手が回りそうか?何人か戻したほうがいいか?」


 人懐こく尋ねてくるアロイジアに、グステルフも眉間に込めていた力を抜く。以前より、ただでさえ凶悪な顔の造りをしているのだから笑顔の練習をなさいまし、とエミリエンヌに諭されてはいたが、すぐにすぐ出来るものではない。


「いや、何とか回せている。陛下もご尽力下さっているから、な」


「そいつはよかった。奥方様もかなり楽しみにしていらっしゃる、ってベーゼアが言ってたぜ」


「そうか」


 重々しく頷いたグステルフの肩を、アロイジアは軽く叩いた。


「で、だ。ぐっさんに一つ、宴で頼みたいことがあったんだよ」


「何だ?」


「余興やってくんね?」


「断る」


 アロイジアは、即座に返答したグステルフの肩に手を置いて、空いてる方の手でサムズアップをしてみせた。


「大丈夫!ぐっさんなら出来るぜ!」


「おい待て。やらんぞ、絶対に」


「こいつはアンタじゃなきゃダメなんだよ」


 いいか、と前置きをしてアロイジアは語り始める。


 曰く、后であるカナエはまだ、悪魔になって日が浅い。特に、前の世界で戦争を経験したわけでもないから、戦闘職である魔神たちには恐怖を抱いているかもしれない。これから、円滑な悪魔城生活を送る上で、魔神と后に溝があることはとてもいいこととは言い難い。となれば、戦闘職代表であるグステルフが、実は取っ付きやすい男であることを示す他ない。それを示すためには、此度の祝いの席で余興の一つでもやるといいんじゃないか。歓迎していると、態度でも示すべきだ。


「っつーわけよ」


「……よくも、そこまで考えが回るな」


「そりゃー、陛下と奥方様には末永くお幸せでいらしてほしーからな」


「ならば、お前が……」


「俺がやっても意味ねーの。俺は初っ端の印象が軽いからな。強面のぐっさんが芸を披露した方が、インパクトがあるだろーがよ。奥方様も、ぐっさんが怖くねーって分かるしな」


「…………」


 グステルフは、口を真一文字に結んで唸る。アロイジアの言うことも分かる。……が、こいつは口が達者だ。言いくるめられているような気がしないでもない。


「ただでさえ知らねー場所に飛ばされて、魔王陛下に娶られて、いざ乗り込んでみれば魔神は祝福ムードでも何でもねー。ついでに顔も怖いときたもんだ」


 アロイジアは深刻そうに顔をしかめて俯いた。


「ここは、古参の中でも大将格のアンタが矢面に立って、奥方様に示すべきじゃねーか」


「むう……」


「奥方様の笑顔の一つ取れねーで、陛下の右腕が名乗れるかい?そんな不甲斐ねー部下を持って、陛下はお喜びになられるかい?」


「!」


 目を見開いたグステルフの肩を、アロイジアは分かっていると言わんばかりに叩いた。


「頼んだぜ、ぐっさん。俺も相談には乗るからよ。奥方様を笑顔にさせてやろーじゃねーか」


「……ああ」


 決意をその目に宿して、グステルフは重く頷いた。それを確認して、アロイジアは表情を緩める。


 二、三、打ち合わせをして鍛錬場へ向かうグステルフの背中を、アロイジアはその場に立ち尽くして見送る。完全に廊下の先に消えたのを確認して、アロイジアは吹き出しそうになる感情を噛み殺した。


「壮絶な殺し文句だな」


「くっく、ああ、フェンか」


 噛み殺そうと必死なアロイジアは、歪んだ表情でフェンデルを迎える。片手に青い球を、もう片方には紫の球を持ったフェンデルは、苦笑い交じりにアロイジアの尻を蹴り飛ばした。


「若造が。口だけは達者なようだ」


「いってー!蹴ることねーだろ、フェン!」


「グスティは根が真面目だからな。あまりからかってやるなよ」


「分かってるっての。爺さんは、大人しく飾り付け用ライトの研究しててくれよ」


「とっくにエミリに持たせたわ。それに儂は爺ではない。まだ52歳だ」


「おい、600ぐれーサバ読んだだろ、今」


「うるさいぞ、若造」


 もう一蹴り与えて、フェンデルは片手の青い球を軽く上に放る。そのまま掌で受け止めて、アロイジアに笑んで見せた。


「ヴィー特製の幽霊塗料、喰ろうてみるか?」


「げ。遠慮しとくぜ」


 じゃ、準備があるから、とそそくさと逃げ出したアロイジアに、フェンデルは溜め息をついた。両手の蛍光塗料を見比べて、フェンデルも歩き出す。


 さて哀れな武将を助けてやるか、貸し一つだな、と残された呟きは、誰にも拾われることはなかった。

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