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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
二十年目の夫婦編
158/184

6.補佐官の憂慮

【ボータレイ】


 アタシは、ロボットみたいなヴァシュタルに連れられてイザベラが退室した後、隣のダイスケを睨んだ。ダイスケは半笑いでアタシを見上げる。全くもう。見つけた面白そうなことってこれだったのね。


「で、どうすんのよ。結局イザベラにも聞けなかったじゃない」


「つったって、あの状態じゃロクに聞けねぇだろうよ」


 イザベラは、ここの侍女に随分と恐ろしくアタシたちのことを吹き込まれたらしい。ヴァシュタルを虐め過ぎた弊害かしらね。あの犬、どうしてくれようかしら。 


「仕方ありませんわね……。こうなれば、カナエ様に直接お話しいただくしかございませんわ」


「でも、話してくれるかしら?」


 カナエちゃんてば、変なところで強情だし、遠慮しがちなんだもの。それに、あんまり強引に聞いても可哀想だわ。きっとあの子のことだから、頑張って自分で解決をしようとしているのだろうし。


「直球で聞く必要はないだろ。そうだな……、ガルダーとの戦争になるかもしれないが、イザベラはどんな感じだったか聞きたい、とでも言ってみるか?」


「もしくは、世間話の中で引っかかる箇所を見つけ出すか、ね」


「そー。ってことなら、夏苗ちゃんが話しやすい環境も重要だな。ダークがいると話しにくいだろ?オレの方の館で、ちょっとした女子会でも開いたらどうだ?」


 ダイスケは事も無げに言ってるけれど、誰がジラルダークを止めるのよ。偶に一人でカナエちゃんがうちの領地に遊びに来ることはあるとはいえ、今の状態じゃ、絶対にカナエちゃんを独り歩きさせないわよ。


「そ・こ・で、この御方の出番ですヨ」


 ダイスケは、何か薄い桃色の玉を懐から取り出す。何かしら。また、アタシの知らない間に変なもの作ったのね、このおバカ領主。魔装具の開発にはカナエちゃんも関わるようになったからって油断してたわ。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」


「呼んだ?悪戯好きの子」


 玉を媒介にして現れたのは、精霊の王だった。ちょっと、カナエちゃんの隷属精霊に、何てことを……!


「精霊の名前っつうのは分からねぇけどさ、合図決めときゃ来てくれるって言うからよ。いざって時に頼もしいだろ」


「うふふ。愛されし子のためなら、協力するわよ」


 これは、精霊と契約していない、ということになるのかしら。確かに、名前を交わしてはいないし、相変わらず精霊の王はカナエちゃんが一番のようだけれど、本当にいいのかしら、これ。


「つっても、今の今までこっちに姿出さなかったってことは、夏苗ちゃんからストップ喰らってるんだろ、精霊の王?」


「ええ。誰にも言わないでほしいというのが、愛されし子の強い願いよ。だから、教えることは出来ないわ」


「でも、一定時間、夏苗ちゃんからダークを引き離す事はできる」


「そうね。愛されし子が嫌がらないなら」


 頷いた精霊の王に、ダイスケはにんまりと口元を吊り上げた。本当に、この子はどういう思考回路してんのかしら。


「レイ、諸々気にかかるところはありますが、今はカナエ様を優先しましょう」


「……ええ、そうね。はぁ、頭が痛いわ」


 溜め息交じりに首を振ると、ダイスケは悪戯に笑った。それでも見捨てられないし、付き合ってしまう辺り、自分でも相当ヤキが回っているとは思う。


「んじゃあ、夏苗ちゃんをオレの屋敷に送るからよ。その後のことは頼んだぜ。オレは精霊の王と一緒にダークの足止めすっからな」


「はいはい、分かったわよ」


 頷いて、アタシはエミリエンヌを連れて領主邸へ戻った。夕飯ついでの軽食と、それからお酒も用意するよう侍女に命じる。確か、カナエちゃんは甘い方が好きだったわよね。ああそうだわ、カクテルも用意させるようにするといいかもしれないわね。

 

「ねぇ、レイ。ベーゼアも呼びましょうか」


「そうね。きっと、あの子もヤキモキしてるだろうし、丁度いいわ」


 アタシは念話でベーゼアにこれまでの経緯を説明する。そしてこれから、カナエちゃんを招いて食事会を設けることも、その場で出来る限りカナエちゃんの悩みを聞くつもりであることも言っておいた。ベーゼアは、是非にとアタシの提案に喰らいつく。ま、そうよね。ベーゼアはカナエちゃん命だもの。


 ダイスケと精霊の王が上手くやってくれたらしい、カナエちゃんはそれから間もなくこの領主邸の客間に飛んできた。ベーゼアも一緒だ。


「いらっしゃい。急でごめんなさいね、カナエちゃん」


 カナエちゃんはアタシの言葉に笑って首を振る。一見、元気そうではあるけれど、どこか少し、やつれたようにも見えた。


「少々、ガルダーの件で確認したい件がございましたの。……というのは口実で、女子だけでお食事会をしたかったのですわ」


 エミリエンヌが、悪戯にくすくすと笑いながらカナエちゃんの手を握る。カナエちゃんは、エミリエンヌの言い分を信じたらしい。同じように悪戯に笑い返していた。


「こういった食事会って中々できないでしょ?いい機会だと思ったのよ」


 席を勧めながら、アタシもエミリエンヌの話に乗る。確かにそうですねぇ、とカナエちゃんはいつもの調子でのんびり頷いた。


 運ばれてくる食事を楽しみながら、まずは当たり障りのない会話を紡ぐ。食事として出した甘辛い肉じゃがはダイスケが好きなのよ、とか、アタシの生まれた国では所謂パンのようなものにおかずを全部詰めて食べてたわね、とか、警戒心を持たせないための世間話だ。

 けれど、カナエちゃんの表情が一瞬曇った。アタシは、気付かれないようにエミリエンヌに目配せをする。ガルダーじゃなく、こっちに引っかかったわね。


「……ごめんなさいね、食事が口に合わなかったかしら?」


「あ、いえ!違います!美味しいです!」


「けど、何でもない、って顔してないわ」


 世間話のうちのどれがカナエちゃんの悩みに掠ったのか。分からないのなら、ここから切り崩していくだけだ。アタシは、微笑んでカナエちゃんの顔を覗き込む。


「アタシだと、話しにくい?」


「そんな、ことは……」


 アタシの言葉に、カナエちゃんはしょんぼりと俯いてしまった。ベーゼアが、心配そうにカナエちゃんの肩に触れる。もう一押し、かしら。


「どんな些細なことだっていいのよ。話すだけで気持ちが軽くなることだってあるじゃない。ね?」


「そうですわよ。ここはお酒の入った女子会なのですから、何に気を遣う必要もありませんわ」


 言いながら、エミリエンヌがカナエちゃんにお酒を勧める。甘く作ったカクテルを一口喉に流して、カナエちゃんは本当にいいのか窺うようにアタシを見た。可愛らしい上目遣いに、アタシは微笑んで見せる。……ここに男共を呼ばなくてよかったわ。こんな顔されたら、落とす気なくたって落ちるでしょ。


「その……、あの、本当に、今更なんですけど……」


 至極言いにくそうに口を開いたカナエちゃんは、その胸に秘めていた悩みを吐き出してくれた。


 聞いていくうち、あまりのいじらしさに抱き締めて撫でてあげたくなってしまう。ベーゼアも同じ感想だったらしい。先程までとは打って変わって、ほっこりと生暖かい視線をカナエちゃんに注いでいる。エミリエンヌは、あの朴念仁、とぼそりと呟いていた。


「あと、それと、その……、レイさんとエミリは、魔王様になる前のジルを知ってます、よね?」


「ええ、そうね。知ってるわよ」


「じゃあ、その、……その頃って、ジルは、……誰か、恋人がいたり、したんですか?」


 その質問に、アタシもエミリエンヌも目を丸くする。ああ、そうか。なるほど。カナエちゃんは、ジラルダークが初めて付き合った男だって言ってたわね。ジラルダークとのデートが、人生初のデートだって可愛らしく緊張してたのも覚えてる。

 どうやら、このいじらしい奥方様は、不器用で不慣れなやきもちを一生懸命に焼いているらしい。さっきのお悩みも、このやきもちの延長なのだろう。


「いなかったわよ。まぁ、オティーリエ……あのストーカー魔女に悩まされててそれどころじゃなかったのよねェ」


「そう、だったんですか」


 こちらには分からないように頑張ってるのだろうけれど、あからさまにホッとした表情となったカナエちゃんに、思わず笑みが零れる。エミリエンヌは、溜め息交じりにカクテルを飲み干した。


「元々、女性に関しては鈍い方ですの。数百年の間、無意識に抑えていた欲求を今、全てカナエ様にぶつけているのですわ。まともに相手をなさいますと、カナエ様がお倒れになってしまいますわよ」


「そっ!?そうなの、かな?」


 ド直球なエミリエンヌの言葉に、カナエちゃんの顔が真っ赤に染まる。可愛いわぁ。こんなに愛されてるっていうのに、あの馬鹿、何やってるのかしら。


「過去の女性関係はほとんどないとして、さっきの話よね。全く、陛下には困ったものだわ」


「いや、あの、ジルが悪いんじゃないです、私がちゃんと見てないから……」


「んもう、カナエちゃんたら」


 またしょんぼりしてしまったカナエちゃんの額を、アタシは指でつついた。そもそもの問題は、これがやきもちだってカナエちゃんもジラルダークも気付いていないところなのよね。初恋もままならなかったカナエちゃんはいいとして、あのおバカ魔王は何をしてるのかしら。こういうのを受け止めてこそ、男の度量が知れるってモンでしょうよ。


「あんまり無理しちゃダメよ。今日は吐き出せるだけ吐き出しちゃいなさい」


 微笑んでそう告げると、カナエちゃんははにかんで笑う。……ホント、この場に男がいなくてよかったと、アタシは心の中で溜め息を吐くのだった。

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