5.領主の享楽
【ダイスケ】
どうにもジラルダークの不興を買ったらしいガルダーをどう生かすか。まずは何がジラルダークを怒らせたのか、それを確認するためにオレはアサギナに訪れていた。不興を買った場面に同席していたらしいヴァシュタルに話を聞いて、オレは違和感を覚える。
ヴァシュタルの話によると、ガルダーの第二王女、イザベラは側室に立候補するつもりでジラルダークの前に立ったらしい。直接的には言わなかったが、ジラルダークはイザベラの訪問した意味を察していた。
まぁ、確かにジラルダークは不機嫌になるだろう。夏苗ちゃんが意味を察したかは分からないが、ジラルダークは説明したうえで否定するはずだ。余計な誤解を与えたままにしたくもないだろうしな。
ほんでもって、夏苗ちゃんはイザベラの話し相手をしたらしい。ヴァシュタルはどんな内容の会話をしていたのか知らないようだが、ジラルダークがそれを許していたなら問題があるとも思えない。夏苗ちゃんがガルダーの王女に貶されようものなら、ジラルダークはオレ達に兵を準備させる前に潰しているはずだ。てことは、だ。夏苗ちゃんは、いつも通りの友好関係を築いたんじゃないだろうか。
ああ、違和感の原因はここだ。
何故、夏苗ちゃんがジラルダークを止めない?魔王はガルダーを潰すと言ってる。王女と少しでも仲良くなれたなら、夏苗ちゃんは絶対にジラルダークに進言するはずだ。潰すなんて物騒な、もう少し様子を見よう、仲良くなれるかもしれないと。
「……他に、陛下は貴殿に何か、言っておらなんだか?」
「そ、れは……」
何かがおかしい。そう思ってヴァシュタルに突っ込んで聞くと、ここ最近にしては珍しく、ヴァシュタルが言い淀んだ。早く言えとオレが睨みつけると、ヴァシュタルはもぞもぞと口を動かす。
「ガルダーの、第二王女を口説き落とせと……」
「……ああ、成程」
側室に迎え入れる可能性を完璧に潰してやろうとしたわけか。随分と、出鱈目な命令をしたもんだ。
「で?できそうなのであるか?」
「うっ……、それは、あの、私には、その、女性を口説いた経験は、ありませんで……」
うわぁ。DTだ、DT。男、しかもいい歳したオッサンに頬染められても、こちとら全然嬉しくねぇんだよ。むしろ、鳥肌立ったわ。
ん?でもコイツ、嫌がってるワケじゃなさそうだな。口説いた経験がないから戸惑ってるだけで、別に王女が嫌だからとか、女が嫌だからとは言ってない。……ほほう、こりゃ面白そうだ。いい遊び道具を見つけたぜ。
「少々よろしいですの?」
どうしてやろうか色々と考えてたら、エミリエンヌがボータレイを伴って現れた。あ?何でボータレイが来てんだ?オレが暫く留守にするからって、ジャパンのこと任せてたよな?
「私たちも、ガルダーの王女と陛下のやり取りの件でお尋ねしたいことがあって参りましたの。ガルダーを、本当に潰してもよいものか」
「ああ、その件でござったか」
ボータレイはエミリエンヌのタクシー役をしたらしい。
「もしも、本当にガルダーとやりあうなら、アサギナにも影響が出るわ。陛下からだけではなく、もう少し情報が欲しいのよ」
「だが、陛下は……、ん?いや、待つでござる」
ジラルダークは、ヴァシュタルに第二王女を口説けって指示したんだよな?つまりは、その時点じゃ本気でガルダーを潰すつもりじゃなかったってことだ。
「辻褄が合わぬ。陛下は貴殿に王女を口説くように指示をしておきながら、ガルダーは潰す気でいる。王女だけを逃がす気でござるか?」
「いえ、そのようなことはおっしゃっておりませんでした」
オレの質問に、ヴァシュタルは首を振る。どうなってやがる。ていうか、何をやってやがるんだ、ジラルダークは。こんな取っ散らかった指示は初めてだぞ。
「少しいいかしら。エミリ、彼からの話はお願いね」
「ええ、お任せくださいまし」
考え込むオレの肩に、ボータレイの手が乗った。魔力の感触がする。防音壁か何かを張ったのか。
「おい、何なんだ?お前まで動いてるってことは、ダークに何かあったんだろ?いや、むしろここまで酷ぇなら、夏苗ちゃんに何かあったのか?」
「……アンタ、ホント、無駄に察しがよすぎよね」
「こちとら、何年野郎の下で領主やってると思ってんだ。いいから事情を説明してくれ。これじゃ、オレが動いたところで足を掬われそうだ」
ボータレイに詰めると、溜め息交じりに肩を落とした。それから、絶対に掻き回すなと念を押される。こうも言ってくるってことは、夏苗ちゃんに何かあった、で確定だな。
「何があったのか、それは今、アタシたちも調べているところなの。どうも、ガルダーの王女と話してから、何かを思い悩んでるようよ。ダークにも話してくれないって、凹んでるらしいわ」
「……王女との会話をダークが与り知らねぇなんてことはないだろ?それなら、夏苗ちゃん本人か、ガルダーの王女に話を聞かなきゃどうしようもねぇな」
夏苗ちゃんとイザベラのやり取りを、ジラルダークが観察しなかったなんて有り得ない。ガルダーがオレ達にとってどちら側なのか、未だに決めかねてるんだ。
あー、成程。それでか。この取っ散らかった指示は。夏苗ちゃんが王女を相手にしている間、ジラルダークは王女を何とかしようとは考えていたが、ガルダーを潰そうとまでは本気で考えていなかった。だけど、王女のところから連れ戻した夏苗ちゃんは、ジラルダークにも言わず何かに悩まされている。そりゃ、原因はガルダーの王女にあると考えるだろう。オレだってそう思う。だから、ジラルダークは憂いの原因であるガルダーを取り除こうとしている。
「だけどな、多分、ガルダーを潰したところで夏苗ちゃんの悩みが消えるってことはねぇだろうよ」
ジラルダークもそれに気付いただろう。ガルダーを潰して済む問題なら、今ボータレイやエミリエンヌがここへ来る必要もなかったはずだ。
「話が早くて助かるわ」
普段の夏苗ちゃんなら、意識してようがしてなかろうが、絶対にガルダーの王女を庇う行動に出てる。今回はそういった行動がなかった。なら、原因はガルダーの王女で間違いはないだろう。とはいえ、そこまで気が回ってないってのも大いに有り得るけどな。何に悩んでんだ、夏苗ちゃん。
「だから、引っ掻き回さないで頂戴ね、ダイスケ」
「ニンゲンとの戦争がかかってんのに掻き回すかよ。それに、先に面白そうなモン見つけたからな」
オレは口元を吊り上げてヴァシュタルを見る。エミリエンヌと話していたヴァシュタルは、オレの視線に気付いて顔を青くした。手元にいい玩具があるんだ。どっちも上手くいくように遊んでやろうじゃねぇか。
「……アンタの顔見てると、これっぽっちも信用できないわ」
「悪ィな。ハンサムは生まれつきなんだよ」
「どこがよ」
ボータレイはオレの頭を叩くと、ぱちりと指を鳴らした。結界を解いたらしい。ボータレイはエミリエンヌに、目配せをする。コイツら、オレに夏苗ちゃんの事情を話さないつもりだったらしいな。
「ガルダーの王女はどちらに逗留しておりますの?陛下からの明確な返事があるまでは、帰らないのでしょう?」
「は。王女という身分を加味して、こちらの客室に留めております」
「なれば、私たちから陛下の意思をお伝えいたしましょう」
「それと、貴殿が陛下からの命を遂行できるよう、力添えするでござるよ」
にんまりと歯を見せて笑うと、ヴァシュタルはぶるぶると震えだした。三十路後半のオッサンに怯えられてもなぁ。
「さ、行くでござる」
ヴァシュタルにそう言うと、オレ達はイザベラのいる客室に侍女を送った。準備もあろうかと、オレ達は近くの応接室にいる。ニンゲンはオレ達の習慣を知らないが、オレ達はニンゲンの習慣を知っている。王族であるならば、支度に一時間はかかるだろう。
ちょうどいい。その間にヴァシュタルを躾けてやるか。すぐにすぐ結果が出るもんでもないしな。長く楽しめそうだ。
「ヴァシュタル、拙者がおなごの口説き方というものを伝授してやろう」
「うっ……!」
ニヤニヤ笑いながら女の口説き方を教えるオレに、ボータレイとエミリエンヌの冷めた視線が突き刺さる。ま、気にしたら負けだ。こういうのは楽しんだモン勝ちだぜ。
「───とまあ、これから拙者たちがイザベラ殿に陛下の意向を伝えるでござる。イザベラ殿は失恋するでござる。さっきも言った通り、これはチャンスなのでござるよ」
「は、はぁ……」
「陛下が御台様に接するよう、やさしく慰めるでござる。急いては事を仕損じると申すでござるがゆえに、決して焦ってはならぬでござるよ。まずは、よき相談相手の位置を狙うでござる。口説くのはそれからでござる」
「な、なるほど……?」
ああ、クッソ楽しい。ヴァシュタルがオレの掌でころころ転がるのが目に見えるようだ。
オレが心底楽しんでいたら、控えめに応接室の扉がノックされた。入ってきたのは、赤茶色の髪に合わせた落ち着いた深紅のドレスを纏った女だった。コイツがイザベラか。だが、どうも様子がおかしい。
「どうぞ、お入りくださいまし」
エミリエンヌが促すと、イザベラは二、三歩足を動かしてぴたりと止まった。何をするつもりかと構えていたら、そのままイザベラは跪く。
「先日は、大変失礼な振舞いを致しました。特に、正妃様にはなんとお詫び申し上げたらよいか……」
「……急に、どうなさいましたの」
エミリエンヌは注意深くイザベラの様子を窺いながら、彼女に尋ねる。オレも、イザベラからは見えない位置で刀の柄に手をかけた。
「ジラルダーク陛下の国では、后を何人も抱えたりしないのだと、こちらの侍女に教えられました。私が気安く言葉を交わしたあのお方は、陛下の唯一の寵愛を受ける正妃様なのだと。……陛下の去り際の、殺気立ったお顔にも納得しております」
おっと。どうやらイザベラは、話に聞くほど鈍感ではなかったようだ。なら、ここを断罪の場とでも勘違いしてそうだな。
「全ては、私の不勉強が招いたもの。厚かましいお願いとは存じ上げておりますが、どうか、……どうか、私めの首でお許しいただけませんでしょうか」
おいおい、ここの侍女は何を吹き込んだんだ?つうか、どういう教育をしてんだ、ヴァシュタル。
ちらりとヴァシュタルを見ると……、ダメだコイツ。全くその通り、首だけで済めば僥倖だ、とばかりに頷いてやがる。馬鹿か!これじゃあ、オレ達が悪政敷いてるみてェじゃねぇか!エミリエンヌも、どっちに転がそうか迷ってるようだし、ここはオレが割り込むしかねぇな。
「……謝罪は、受け入れるでござるよ。御台様は寛大な御方ゆえ、然程気分を害されておらぬ」
ジラルダークは激おこだけどな。それと、だ。
「ヴァシュタル。イザベラ殿に正しく我々の国を教えて差し上げるといいでござる」
くれぐれも脅かすんじゃねぇぞ。口説けつってんのに、首落とされるか心配させてるようじゃ進展も何もあったもんじゃねぇ。
そう、目に込めてヴァシュタルを見る。ついでに口パクで、口説け、と言っておく。それでようやく、ヴァシュタルは本来の目的を思い出したようだった。
「あ、いや、ええと、その、イザベラ殿」
うわぁ……。大丈夫か、このオッサン。
「よろしければ、私が彼等の国についてお話いたします。これでも、領地奪還からここまでの復興を一番間近で見ておりましたゆえ」
う、うーん……。マジで大丈夫かコレ。こっから相談相手の立場確保して、口説いていけんのか、コイツ。
オレは引きつった笑いを浮かべながら、何ともぎこちなくイザベラをエスコートするヴァシュタルを見送るのだった。