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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
二十年目の夫婦編
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4.人形の奔走

【エミリエンヌ】


 数日前、アサギナへガルダーの王女が非公式に訪問した。その際に居合わせた陛下がガルダーを敵と認識し、潰すための準備をしろと命じられた。そこまではいい。私たちにとっても、然程焦るような事態ではない。ヴァシュタルの動きようによっては、本当にガルダーを消してしまってもいいとすら思う。とはいえ、ダイスケ辺りがヴァシュタルを補佐するように動くだろうからそうはならないだろうけれど。


 今現在、目の前に横たわる問題はそれではない。もっと深刻で、もっと早急にどうにかせねばならないことだ。


「カナエ、そちらの報告書を見せてくれないか?」


「はい、どうぞ陛下」


 陛下の指示に、カナエ様は穏やかに微笑んで報告書を差し出す。陛下も、頷いて受け取った。カナエ様は陛下が受け取ったのを確認して、手元の書類へ視線を戻す。……まではいい。少しの違和感はあるが、流せないこともない。二十年の歳月で落ち着いたのだと捉えられないこともない。

 けれど、陛下は悲しそうに眉を寄せてカナエ様を見ている。カナエ様はカナエ様で、陛下の視線に気付かずにどこか苦し気に表情を歪ませた。いつもならば桜色に色付いているカナエ様の唇が、今は噛み締められて白く色を失っている。


 これは由々しき問題だ。陛下とカナエ様が、何かを原因として擦れ違っている。しかも、陛下が数日この状態のままでいるということは、陛下にも原因が掴めていないということだ。


 書類を片付けながら二人の様子を窺ううち、カナエ様が執務を終えて席を外した。どこか落ち込んだ様子で部屋を出ていくカナエ様を、陛下は叱られた子犬のようなまなざしで見送っている。だというのに、カナエ様を追うことはない。数日前までならば、一緒に行こうだのお前が行く必要はないだの難癖をつけて傍にいたがっていたというのに。


「一体、何がございましたの?」


 これは放置してはならない。長年の勘が、そう私に告げていた。放置していたら、絶対に拗れる。ただでさえ、うちの国王陛下は朴念仁なのだ。


 私の質問に、陛下は舌打ちをしてから私を睨む。聞くなとでも言いたげだ。けれど、自身ではもうどうしようもないとも考えているのだろう。渋々と、陛下は口を開く。


「分からん。アサギナを訪れた際、俺の側室希望だというガルダーの王女が来ていた。カナエはその王女の相手をしていたのだが……」


「まさか、側室を娶る気でいらっしゃるの?」


「そのようなこと、あるわけがないだろう!」


 からかった私の言葉に、陛下は苛立ちのまま机を殴りつける。カナエ様の心が分からないからと、私に当たらないでほしい。


「カナエ様にはそう、きちんとお伝えになったのでしょう?」


「ああ、当然だ。側室をとる気はない、あの王女もガルダーも排除する気でいると、カナエに伝えた」


「では、ガルダーや王女を案じていらっしゃるのでは?」


 私の言葉に、今度は力なく項垂れて首を振る。頭まで抱えてしまった。全く、情けのない国王陛下だ。


「俺もそう考えた。だが、必要ならば俺の望むように、とカナエは言うばかりで埒が明かん」


「まあ……」


「ああ、何を憂いているんだ、カナエ。教えてほしいと懇願しても、大丈夫だ何でもないと首を振るばかりで……、俺は、そんなに頼りのない男なのか……っ!」


 駄目だ。この朴念仁は、全く使い物にならない。


 私は、ぶつぶつ呟きながら今はここにいないカナエ様に許しを請う陛下を放置して、思考を巡らせた。陛下に何某かの原因があるならば、きっとカナエ様も本人にそう言うだろう。あの方は、ご自身が受け入れられないことをそのままにしておくような方ではない。とはいえ、カナエ様に向けられるそのほとんどを受け入れてしまうから、こちらは心配でならないのだけれど。

 となれば、原因はガルダーとその王女なのだろう。陛下が気付かないうちに何かをされた?いや、それはないわね。まさかとは思うけれど、側室を受け入れようとしている?カナエ様ならば有り得そうだけれど、ここは我々悪魔の国だ。法は我々で出来ている。もちろん、陛下自身も側室の可能性は否定したと言っていた。陛下本人からも否定されているのだから、無理に受け入れようとはしない、と思う。


 なら、今カナエ様を苦しめているのは何だろうか。


「もっと情報が欲しいわね……」


 この朴念仁は使い物にならないし、仕方がない。


「陛下。私は少々外しますが、あまりカナエ様を追い詰めないようになさいませ」


「なっ……、俺がカナエを、追い詰めているだと?!」


 カナエ様のこととなると即座に目の色を変えるのだから、全くおかしな人だ。もっと威風堂々としていた方が、カナエ様も頼りやすいのではないかしら。


「女性にはそっとしておいてほしい時もございますのよ?あまり構えばいいというものではございませんの。ただ傍にいて気にかけていると、言葉ではなく態度で示していればいいのですわ」


 私の言葉に、陛下はぐっと言葉に詰まった。構い過ぎている自覚はあるらしい。カナエ様はこの朴念仁に、よく二十年間、窮屈だと文句も言わずに付き合ったものだ。


「では、失礼致します」


 形式だけの礼をして、私は執務室を出た。


 さて、どうしたものか。ヴァシュタルに話を聞くとして、アサギナへの足が必要だ。私はテレポートなどという便利な魔法は使えない。となると、魔神の中で見繕いたいところではあるけれど……。カナエ様の憂う内容によってはあまり、男性の耳に入れたくはない。誰に似たのか、うちの魔神は女性の扱いが下手な者が多いのだ。魔神の誰一人として、恋人の一つもこしらえられていないのが何よりも雄弁に物語っている。


 私はポケットから通信機を取り出すと、指先が覚えている番号を押した。


「……こんにちは。今、少しよろしいかしら?頭の痛い問題が発生いたしましたの。……ええ、お察しの通りですわ。貴女のお力をお貸し願えませんこと?」


 そう告げると、私の目の前にふわりと布が舞う。私から力を貸してほしいと連絡することは稀だからか、急いできてくれたらしい。


「何があったの?まさか、またうちのバカが何かしたんじゃないでしょうね?」


 現れるなり詰め寄ってくるボータレイに、私は微笑んで首を振った。今のところ、あの唐変木は関わっていない。……はずだ。


「こちらでは少々。私の部屋へ参りましょう」


「ええ、分かったわ」


 頷いたボータレイを連れて、私は足早に部屋へ向かう。ボータレイには道すがら、ここ数日の出来事を最初から説明した。


「……ダークに思い当たる節がないっていうのがちょっと引っかかるわね」


「やはりそう思われますかしら?」


 私室のソファに腰を下ろしたボータレイは、侍女の淹れた紅茶を飲みながら言う。勿論、侍女はもう下げていた。大事にするつもりはないし、そうしてしまえばカナエ様にいらぬ心労を与えるだけだろう。


「カナエちゃんは側室に立候補してる王女サマの相手をしていたんでしょ?ダークなら放っておくはずがないから、きっと遠視で観察していたはずよ」


「ダークは然程気にも留めなかった何かが、カナエ様を苦しめている……?」


「だと思うわ。ダークに聞くよりは、ダークが見ていたものを知りたいところね」


 ボータレイは溜め息交じりに紅茶へ口を付けた。私も同意見だ。ここ数日カナエ様を悲しませている原因を、見ていたにもかかわらず掴めなかった朴念仁の意見など、聞いたところでしょうがない。


「レイ、いけそうかしら?」


「やれなくはないけれど、抵抗されるでしょうねェ。ことカナエちゃんに関しては、独占欲の塊だから、あの人」


 魔王陛下に抵抗されては、私たちでは歯が立たない。今回に限っては、唯一対抗できそうな精霊の王にも頼れない。何故ならば、カナエ様の魂と繋がっているはずの精霊の王が、今のところ陛下にも私たちにも接触してこないからだ。カナエ様の御心にある陰りが深刻なものの場合、怒り狂って陛下や私たちを責めに来るだろう。


「カナエちゃんが言い聞かせてるのかもね」


「それにしても、カナエ様に害がある場合は訴えてくるはずですわ」


「まぁ、その点に関してはまだ大丈夫、と判断すべきかしら。かといって、放置していいとも思えないけれど」


「そうですわね。こうなれば、原因であろう人たちに会うしかありませんわ」


 私の言葉に、ボータレイも頷いた。記憶を見せろと魔王を説き伏せるよりは、あちらの犬の方が随分と相手にしやすい。ただ、陛下とカナエ様の間で問題が発生していると悟られないようにしないといけない。無用な弱みをニンゲンに見せるほど、私はまだ、ニンゲンを信用できていないからだ。


「ただ、うちのおバカも犬のところにいるのよねェ……」


「……あまり、あの唐変木の耳に入れたくはありませんわね……」


「カナエちゃんと同じ時代のニホン人だから参考になる意見も貰えそうだけれど、変に興味を持たれたら引っ掻き回されそうだわ」


 さすがにリスクが高すぎる。ダイスケにもなるべく隠す方向で動きたいけれど、難しそうね。妙に察しがいいところが、ダイスケのいいところでもあり厄介なところでもある。どうすべきか……。


「ダイスケは、可能ならばアタシが抑え込むわ。嗅ぎつかれたら、どうにか他に興味を向けるように立ち回れる……かしらねぇ」


「お願いしますわ。レイだけが頼りですのよ」


 頷き合って、私たちはお互いの手を握る。向かうはニンゲンの住む領地、アサギナだ。久々に会う領主はどんな顔をするだろうか。少なくとも、笑顔で迎えはしないだろうと思いながら、私はボータレイの魔法に身を任せるのだった。

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