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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
神の愛編
146/184

138.魔王の怒り

第三者視点

 カナエを神の元より取り戻す。そう決意したジラルダークは、まず神と対峙した全員を集めた。今は、少しでも情報が欲しい。神と交わした会話や神同士で話していた内容を、ジラルダークは領主、補佐官、魔神の全員と共有した。


「御台様をメグと呼んで、連れ戻す方に執着してたのが武の神、タケルでござるか」


「逆に、こっちにトドメを刺そうとするタケルを制止したり、オッサンたちの意識を持ってったのがモートって奴だわねぇ」


 ダイスケとカルロッタの言葉に他の魔神も頷く。トパッティオは彼らの会話を聞きながら、考えるように口元に手を当てた。


「タケルは武の神とやらのようですが、モートは何を司る神なのでしょうか」


「神にどんな種類があるのかは分からなかったわね……。カナエちゃんというか、メグって呼ばれてたのは愛の神、なんでしょ?」


 ボータレイの言葉に、ジラルダークが頷く。タケルは愛の神であるメグに固執していた。だからこそ、ここへ奪いに来たのだ。モートの口調からして、あまり人の世界を乱すような行ないは、神としてしてはならないようだった。


「何を司っているかは分からないものの、意識を刈り取ることのできる神、でござるか。タケルと違って、今は明確にこちらへ敵意を向けていないが、厄介でござるな」


「厄介なのは、タケルも同様でしょう。陛下で歯が立たないならば、ここにいる我々が束になっても敵いませんよ」


 トパッティオの言葉に、魔神たちが俯く。全員が全力だった。魔王の命令は、普段のような蹂躙しろ、殲滅しろというものではなく、ダイスケとカルロッタを連れて退けというものだった。それ故に、身構えて当たったのだ。だが、魔神が死を覚悟するほどに足掻こうともタケルに傷の一つも付けられなかった。神であるという、彼等の言葉は真実なのだと思い知らされた。


 ジラルダークは、これまでのやり取りからタケルとモートの情報を脳内で整理する。一つ、気にかかることはあったが、それはカナエとは関係ないだろう。この国を統べる魔王としては、見過ごせない点ではあるのだが。

 それともう一つ、意識の混濁した中でのやり取りではあったが、思い出した点がある。もしも想像通りならば、突破点はここだろう。


「……神の誓約とやらが絶対のものであれば、勝機はある」


 ジラルダークは、あの日、カナエが交換条件として神に提示した内容を話した。自分を連れて行く代わりに、大切な人をこれ以上傷つけないでほしい、と彼女は願ったのだ。それに対しタケルは応えた。神の誓約だ、と。ただの口約束である可能性も捨てきれないが、そうでないならばジラルダークたちにも勝機がある。


「カナエちゃんの大切な人って、それ、陛下じゃないの」


「そりゃ最強でござるなぁ」


 ボータレイとダイスケが茶化すように笑った。トパッティオは眼鏡を指先で直しながら、緩く首を振る。


「普段であれば、不確定要素が強すぎると止めるところですが……。どうあろうと、もう一度、神とやり合うつもりなのでしょう?」


「当然だ。カナエを、我が手に取り戻す」


 即答したジラルダークに、トパッティオがやれやれと肩を竦めた。魔神たちも、ジラルダークの言葉に各々頷いている。


「内政はお任せくださいまし。陛下がカナエ様を取り戻すまで、我々魔神が陛下の手足となりますわ」


「ええ。そのための、魔神にございます」


 エミリエンヌとトゥオモがジラルダークに言った。ジラルダークは短く、任せた、と頷く。ジラルダークが国の中枢から一時的に手を引くことは、これまでも何度かあった。その経験を生かすだけだ。もうこの国は、魔王であるジラルダーク一人の力で成り立っているわけではない。支える者たちは、充分に育っていた。


「後は、どうやって神の喉元に手をかけるか、ね」


 ボータレイの言葉に、ジラルダークは自身の左手に視線を向ける。揃いの指輪は、以前にカナエに贈った婚約指輪とは違い、思念を伝えるものではなかった。だがもう一つ、カナエに付けさせたものもある。ジラルダークは、自身の耳に指先で触れた。硬い感触は、彼の耳にいくつも付いている耳飾りだ。同じ形のものを、カナエにも贈ってある。モノキ村へ繋がる扉を使えるよう、ジラルダークの魔力を纏った耳飾りだ。


「どんなにか細くとも、辿ってやる」


 今はカナエの付けているであろう耳飾りを感じることができないが、元は自分の魔力だ。どれほど離れていようが、慎重に辿ればいずれカナエに行きつく。


「陛下のストーキング能力が、妙なところで役立ったでござるな」


「思念を覗くものではない。防犯のためだ」


「カナエさんがその耳飾りの効力を知らないのであれば、立派な付きまとい行為ですよ」


 ダイスケとトパッティオに呆れたように言われて、ジラルダークは眉を顰めた。カナエが知ったならばどうだろうか。きっと彼女は、もう過保護なんだから、と笑いながら叩いてきたり、ちゃんと教えてよと拗ねてみたりはするだろう。だが、外すことはない。ジラルダークは確信をもって頷けた。

 カナエは、ジラルダークからの贈り物をぞんざいに扱うことなど決してしない。婚約指輪もこっそりと小棚に仕舞っていて、偶に取り出しては眺めているのをジラルダークは知っている。婚約指輪にまつわる一連の騒動を思い出して、一人微笑んでいることも知っている。そうしてジラルダークに見られていることは、カナエは知らないのだが。


「カナエ様が陛下に甘すぎるのも、陛下の度が過ぎた執着心の一因のような気がしてまいりましたわ」


 ジラルダークが可愛らしいカナエの一面を思い出していると、エミリエンヌが睨んできた。何がいけないとばかりに片眉を上げれば、エミリエンヌはしょうもない方、と溜め息をつく。


「いいですわ。カナエ様が無事に戻られましてから、色々とお話いたしましょう」


「ああ、まずは、我が后を奪還する」


 ジラルダークは言って、瞼を伏せた。部屋にいる者は皆、己の魔力を辿ることに集中し始めたジラルダークをじっと見つめていた。集中を乱さぬよう、息すらも潜めている。


 蜘蛛の糸のようなか細い繋がりを、切れぬよう見失わぬよう慎重に辿った。ジラルダークの額に、じわりと汗が浮かぶ。魔力を解放しているわけでも、激しい戦闘をしているわけでもないが、何よりも神経を研ぎ澄まさねばならなかった。


 どれほど時間をかけただろうか。


 途方もないほどに遠くまで辿っていたその刹那、何かがジラルダークの魔力を鷲掴みにしたような奇妙な感覚があった。神か、と思わず身構えて、漂う香りに眉を寄せる。


「ようやく、もどれたわ」


 ジラルダークの耳飾りから現れたのは、花の香りを纏う精霊の王だった。随分と消耗しているらしい。普段とは違って、精霊の王は人の形をとっていなかった。大きな光の玉が、ふらりと宙を泳ぐ。


「戻れた、ということは、カナエと共にいたのか」


「愛されし子の耳飾りから、ここへ戻ってきたの。急がなければ、愛されし子の心が壊れてしまうのよ。わたしでは、守り切れない」


「!」


 精霊の王の言葉に、ジラルダークは目を見開く。カナエはどれほど酷い状況に置かれているのか。ジラルダークは、精霊の王が辿った魔力の道へと意識を向けた。


「わたしが、道を広げながら戻ってきたから、愛されし子のことが見えるでしょう」


 精霊の王の言葉と、ジラルダークの怒気が膨れ上がるのは同時だった。カナエに触れるな、とジラルダークは憎々し気に呻く。思わず、おいここから逃げたほうがいいんじゃないかとダイスケが頬を引き攣らせた。

 ジラルダークはカナエの様子を窺いながら、幾度か自身が転移できないか試す。だが、上手く自身をカナエの元に送れなかった。


『よかった……、無事だった、ジル……、ジル、ごめんなさい……、私のせいで、傷付けてしまって、ごめんなさい……』


 神の国で、カナエは泣きながらジラルダークに謝罪している。己の手の届かない場所で、カナエが泣いている。それは、ジラルダークを最高に不愉快にした。


「何が、お前のせいであるものか……!」


 己が不甲斐ないばかりに、カナエを奪われたばかりか彼女の心までもを傷付けてしまった。カナエの責任などありはしない。ジラルダークを傷付けたのは身勝手な神の所為で、ジラルダークが傷付いたのは己に充分な力がなかった所為だ。

 否定してやりたいのに、涙を流すカナエにジラルダークの声は届かない。どうにかして、彼女の元に向かわなくては。


『ごめんなさい、ジル……、もう傷は大丈夫……?無理はしないで、お願い、私は大丈夫だから、……ジル』


「泣くな、カナエ、大丈夫などと強がってくれるな……!」


 ああ、傷付いて尚、カナエはこちらの心配をするのかと、ジラルダークは堪らない気持ちになった。


「わたしの力を貸してあげるわ、悪魔の王。これきりよ」


 精霊の王は、青白いく光り輝きながらジラルダークの体に触れて言う。


「わたしが悪魔の王の魔力を、意識ごと運んであげる。愛されし子を、絶対に取り戻すのよ」


 カナエの元へ向かえるならばと、ジラルダークは即座に頷いた。二人を見守る悪魔たちは何があっても対処できるよう、固唾を飲んで様子を窺っている。


 ふいに、ジラルダークの耳元で声が聞こえた。


『会いたいよ、ジル……、こんなところにいたくない……、ジルのところに、帰りたい……、ジルと一緒に、生きたいよ……』


 涙交じりの声に、ジラルダークは自身の魔力を解放する。もう、一分一秒も待っていられなかった。強引に精霊の王を引き込んで、己の魔力と融合させる。


「ようこそいらっしゃい、魔王様」


「我が后を取り戻しに来た」


 人間だろうと神だろうと、決して渡しはしない。カナエは、悪魔の王の唯一であり、何よりも愛しい存在だ。帰りたいと泣く彼女を、二度と手放すものか。


 全身に満ちる怒気を神へだけ向けながら、ジラルダークは涙に濡れる愛しい妻に微笑んで見せるのだった。

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