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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
神の愛編
139/184

131.北の領地

第三者視点

 北にある領地、ツァンバイの領主邸の一室で、カルロッタは眉間に皺を寄せた。街の酒場に送らせていた部下の一人が持ち帰った報告に、重く息を吐く。こりゃ、自分でも様子を見に行った方がよさそうだな、と考えて、二人の補佐官の顔を思い浮かべた。


「今度はなーにされちゃうんだろ、オッサン」


「独り言とかキモいなー。ホンファにあばら折ってもらったらどうだ。オレもエミリにバッキバキにやられたからよ」


 ノックも無しに訪れたのは、遠くジャパン領を治める侍の領主だった。カルロッタは肩を竦めて書類の束をテーブルに放る。


「ようこそ、放浪領主殿。茶も茶菓子もないけど、まあ座れってくれや」


「オッサンからオレに用とか珍しいな。何があったんだ?アサギナの方は、夏苗ちゃんがうまいことやってくれたぜ?」


 テーブルに放られた書類を手に取りながら、ダイスケが木製の椅子に腰かけた。ぱらぱらと読み進めるダイスケに、カルロッタは苦笑いを浮かべる。


「こういうのは、お前さんの方が得意かと思ってな」


「……何だこりゃ。新しい場所でも見つかったのか?」


 ダイスケは書類から顔を上げると、カルロッタに尋ねた。ダイスケの質問に、カルロッタは首を振る。


「まだ分からん。転移拠点の不明確な野郎が二人、俺の領地に紛れてるってだけだ」


「ニンゲンの奴等が来たにしちゃ、オッサンの領地は遠すぎるな。ガルダーが空間転移の技術でも開発したか?……ダークには?」


「一先ずは、ニンゲンなのか悪魔なのかを見極めたい。ねぐらは押さえてある。宿賃は後二日分支払いが済んでるってよ」


 カルロッタの言葉に、ダイスケは何かを考えてから頷いた。


「……今は、ようやく悪魔とニンゲンが歩み寄り始めたところだ。確かに、曖昧な情報は流したくねぇな。分かった。オレの方で動こう」


「モチロン、オッサンも手伝うわよ」


 ダイスケは苦笑いを浮かべて書類を机に放る。おもむろに立ち上がると、無造作に着物を脱ぎ捨てた。下には、カルロッタの領地でよく見る厚手の生地の服を着ている。カルロッタは驚いて目を丸くした。


「準備いいじゃないの、ダイちゃん」


「どうせこっちに来るなら、放浪してから帰ろうと思ってたからな」


 言いながら、ダイスケは懐から妙な機器を取り出す。いくつかスイッチを押して、カルロッタの机の上に置いた。ダイスケの設置した機械は、実体に近い形でカルロッタとダイスケを投影し始める。


「さ、テレポートしてくれや、オッサン」


 放浪領主は、僻地の放蕩領主ににんまりと笑って見せた。


「暫くは、コイツが時間稼ぎしてくれっからよ」


「さっすがダイちゃん、やるねぇ」


 カルロッタも似た笑みを浮かべて、二人は領主邸から姿を消すのだった。



◆◇◆◇◆◇



 ツァンバイ領にあるイーツァという都市で、ダイスケとカルロッタは大衆向けの酒場に腰を落ち着けていた。ご無沙汰じゃないの、と笑う主人や常連客に、カルロッタは人好きのする笑みを浮かべて答える。


「有名人だな、オッサン」


「ここ、安くて旨くていいのよ。ダイちゃん、生肉いけたっけ?」


「基本何でも食うぜ」


「じゃ、とりあえず香酒のボトルと肉盛り合わせな」


 カルロッタの声に、あいよ、とカウンターから返事が聞こえた。ダイスケはメニュー表もない店内を物珍し気に見る風を装って、店内にいる客を素早く確認する。カルロッタに挨拶をしていたここの主人とこの町の労働者、花街の女たちは除外した。

 残るテーブルは2つ、男二人で座っているテーブルと、男二人に女も二人座るテーブルだ。男二人組と聞いていたが、どうだろうか。カルロッタへ視線を戻すと、カルロッタは男女四人のテーブルへ一瞬視線を向けて、ダイスケに戻した。他に仲間がいたのか、単に同席しただけか。ダイスケは怪しまれない程度に耳を傾けつつ、さっそく運ばれてきた酒のグラスに口をつけた。以前に飲んだ時と変わらない、スパイシーな香辛料の匂いがふわりと上がる。


「うお、すんげー匂い」


「でしょー?ま、ま、ぐいっと飲んでみてよ。結構いけるんだぜ」


 ダイスケがこの酒を飲んだことがあることは、カルロッタも知っていた。だが、ここは領主ではないカルロッタの顔を知る者が多い。ダイスケは、この街をカルロッタに案内されている友人、という設定で行動していた。


「……うん、旨いな。温まるぜ。さすがオッサン」


「飯屋と花街に関しては、ドーンと任せちゃってよ」


「悪い男に引っかかっちゃってまぁ、お兄さん、こんな男になっちゃあいけないよ?」


 隣のテーブルの女性陣が、ダイスケにくすくすと笑いかけてくる。ダイスケは彼女たちに向けて、照れたようにはにかんで笑ってみせた。カルロッタは不満そうに唇を尖らせている。


「ひっでぇな、オッサン傷付いちゃう」


「反面教師としては優秀な人だからな」


 皮肉めいて言うダイスケに、カルロッタは更にむくれた。隣のテーブルの女性たちは、ダイスケの言葉にからからと快活に笑う。一緒に飲もうかと声をかけられて、ダイスケは快く頷いた。


「ちょっとー、いつもオッサンとは飲んでくれないじゃないの」


「そりゃそうよ。私たちだってねェ、可愛い男の子見ながら美味しいお酒が飲みたいの」


 カルロッタの扱いは、大体どこでもこんなものなのだろう。女性陣もカルロッタには遠慮などしていない。これはこれで、羨ましいスキルだなとダイスケは思った。

 グラスを軽く鳴らして、ダイスケとカルロッタは彼女たちと酒を酌み交わす。彼女たちは見た目の年齢はダイスケよりも少し上くらいだが、言動からしてそれなりに長くこの世界にいるようだ。


「ダイちゃんだけズルいわぁ。今日はダイちゃんの奢りね」


「オッサン、だからモテねぇんだよ」


「ダイちゃんていうのね。イーツァには今日が初めて?」


 妙齢の女性が、ダイスケに問う。ダイスケは頷いて、カルロッタを顎で指した。


「オレは元々、ジャパンのエドにいたんだけどさ。他のとこも見てみたくてノッツァの方をフラフラしてたら、オッサンに捕まっちゃったんだよね」


「運がなかったわねぇ」


 楽しそうに肩を揺らして笑う女性たちに、ダイスケも頷きながら笑う。カルロッタは運ばれてきた料理に手を付けながら、肩を竦めてみせた。ダイスケも、皿の肉を摘まむ。塩気の濃い生ハムのようなそれは、酒場ならではの料理といったところか。


「エドって、随分と遠くから来たんじゃないの」


「ああ。色んな街があって楽しくてさ。それに、男子たるもの、冒険してナンボだろ?」


 そう笑って見せれば、あら可愛いわねぇと妙齢の女性に微笑まれる。この世界に馴染んではいるが、日は浅い。ダイスケは自身の設定を振り返りながら、どうやら印象付けは成功したようだとほくそ笑んだ。

 長くこの世界にいる者は、そうそう自身の定めた拠点を離れたりはしない。異世界へ飛ばされてくる者の面倒を見るためでもあれば、気に入った地に自宅を構える者も多いからだ。根付きやすいように職を斡旋したり土地を用意したりと制度も整えてある。拠点を離れて動くものは、まだまだ、旅行気分の抜けない者だ。勿論、各拠点ごとに誰がその状態であるのかは把握している。これは、ダイスケたち領主しか知り得ていないことではあるが。


 酒を飲みつつ食事を楽しみつつ、ダイスケとカルロッタは女性陣と他愛もない会話を繰り広げている。そんな折だった。


「よォ兄さん。アンタ、江戸から来たのかィ?」


 目を付けていたテーブルにいた男の一人が、グラス片手にダイスケに話しかけてくる。服装はツァンバイでよく用いられている魔物の皮を加工したものだ。ダイスケは人懐こく笑って頷く。


「ああ、そうさ。お前もエドの方から?」


 空いていた椅子に視線を向けると、話しかけてきた男はそこへ腰を下ろした。ダイスケは酒瓶を手に取ると、男のグラスへ注ぐ。男は、すまねぇなと笑ってグラスの中身を煽った。中々にいい飲みっぷりだ。年の頃は二十代前半といったところだろうか。水のような色をした色素の薄い髪に、光の加減か銀に光る瞳を持っていた。


「いや、俺ァ江戸の方に行こうかと思っててな」


「へえ、エドにか。旅行でもするのか?」


 カルロッタがむしゃむしゃと肉を咀嚼しながら男に尋ねる。男は、そんなもんだと頷いた。ダイスケはグラスを傾けながら、苦笑いを浮かべる。


「オレが言うのもなんだけど、今行くのはオススメしないぜ。距離はあるし、もう雪の時期だろ」


 ダイスケの言葉に、男は肩を竦めてみせた。肩ほどの髪が、さらりと揺れる。ダイスケは首を傾げて、男の言葉を促した。


「ちょいと、野暮用でよォ。時間をかけてられねぇんだ」


「そりゃ大変だ」


「アンタァ、江戸から来たんなら知ってるかもな。“メグ”か“カナエ”ってェ名前の女はいなかったかィ?」


「……さぁて、エドも広いからな。知り合いに同じ名前の子はいるが、よければ紹介しようか?」


 言いながら、ダイスケは手元のグラスに口を付ける。男はからりと笑いながらダイスケの肩を叩いた。


「そりゃ助かる。江戸の男ってェのは何かい、世話焼きが多いのかィ」


「かもな。そこのオッサンよりは、親切なつもりだぜ?」


 ダイスケは男に笑うと、テーブルに少なくはない紙幣を置く。同席していた女性陣も、目を丸くしてダイスケを見ていた。


「ここの飲み代を持つくらいにはな。ま、飲もうぜ」


 こりゃいい、と楽しそうに笑う男に、ダイスケも笑みを深める。内心の焦りを出さぬよう、それは必死に繕った表情だった。


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