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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
神の愛編
137/184

129.懇親の場

 ジラルダークと花魁ごっこして遊んだ翌日、エミリエンヌに徹底的に叱られたらしい大介くんが、悪魔城にやってきた。一緒に飛んできたボータレイさんが、呆れた顔で大介くんを見ている。私はおやつ部屋で二人と一緒に紅茶を飲みながら、苦笑いを浮かべた。今日、ベーゼアは領地の豪雪を止めるために出張中だ。側仕えのベーゼアがいないならジャパン領のこの二人、と考えたのか。全く、魔王様は過保護この上ない。


「ジルには叱られなかった?」


「そりゃ当然な。あんだけイイ目を見せてやったんだ。怒られるどころか、こっちとしちゃ恩賞の一つも用意してほしいもんだぜ」


 用意してあったショートケーキにフォークを刺しながら、大介くんがげっそりとした表情で言う。いつもと雰囲気が違ったせいか、魔王様は楽しんでらっしゃったけどもね。それでも、私を無断で連れ出したり、勝手に遊女の恰好をさせた事に関しては、だいぶ不服そうだった。私が花魁のコスプレを楽しんでたし、ジラルダークも、うんまぁその、満足したようだから、自分からは言及しないとは言っていたけれど。


「叱らなかった、ってことは感謝してるんじゃないかな。……エミリを止めるほどではなかったみたいだけど」


「そこなんだよなぁ。あんだけ花魁の夏苗ちゃんでイイ思いしといて発案者のオレを見捨てるなんて、ダークの奴、薄情すぎんだろ」


 そう思うよな、と迫る大介くんの頭を、ボータレイさんが容赦なく叩いた。叩いた、というか、叩き潰した、というか。中々に派手な音を立ててテーブルに沈んだ大介くんに、私は目を丸くする。


「んふふ、ごめんなさいね、カナエちゃん。ウチのバカが迷惑かけて」


 ボータレイさんは、花魁騒動について大介くんから何も知らされてなかったようだ。アタシが用意したらもっとカナエちゃんに合うように着物も化粧も簪も用意したのに、とここへ来た直後に言われたから間違いないだろう。


「ホント、勿体ないことしたわ。カナエちゃんは肌が白いから、赤い着物じゃなくて鮮やかな青系の着物の方が映えたでしょうに。簪も合わせるなら銀の物がいいし、ああ、化粧だって、目元は朱じゃなくて橙色でもよかったわ。その分唇を紅で強調してあげて……」


 ボータレイさんの目が据わってる。マジだ、この人。さすが、オネエさま。大介くんの記憶の中にある花魁をそのまま当てはめた衣装じゃあ、私には合わなかったらしい。


「ダイスケの言う衣装でもいいのだけれど、どうせ好きな人の前に出るのなら、一番いいものを目指したいじゃない」


 あの着物合わなかったのか、とちょっと反省していたら、ボータレイさんが身を乗り出して私の手を握った。オネエさまの目は、キラキラと輝いている。おっと、嫌な予感がするんだぜ。


「ねぇ、もう一回、チャレンジしてみない?」


「丁重にお断りします」


 間髪入れずに断った私に、ボータレイさんがむくれた。さらりと長いチョコレート色の髪を揺らして、不満そうに私を見てくる。花魁は楽しかったけど、諸々の事情でご勘弁願いたい。あんなの、私の体力がいくらあろうと無理だ。回復魔法があるっていったって、きついものはきついのだ。


「ダークってば、随分とカナエちゃんに無茶をしたのね」


 ぴたりと言い当てられて、私は言葉に詰まる。何とも答えにくくて、私はボータレイさんから視線を逸らした。ボータレイさんは、溜め息を吐きながら私から手を離す。ボータレイさんの殴打から回復したらしい大介くんが、テーブルから顔を上げた。


「ま、ダークへの祝いの意味もあったからな」


「お祝い?」


「ああ、夏苗ちゃんを見つけてから一年経つだろ」


 そうそう。魔王様に拉致られて悪魔城に来てから、もう一年経つんだよね。大介くんに言われて私は、そうだねと頷く。


「ま、その祝いだよ。嫁さん見つけられてよかったなってのと、たまには雰囲気変えてヤるのも悪くなかっただろ?」


「エミリに教育的指導を頼もうかな」


 何を言い出すんだ、この侍は。エミリの名前を出した私に、大介くんは冗談だって言いながら首を振った。冗談に聞こえないっての。大介くんは若く見えるけど、ジラルダークと同じくらい生きてるんだ。私なんかじゃ敵うはずがないから、潔くエミリエンヌに助力を仰ごう。


「それを言ったら、カナエちゃんだってダークに攫われてから一年経つでしょ?ダイスケの用意した不純なお祝いじゃなくって、もっとちゃんとお祝いしましょうよ」


 ボータレイさんがいいこと思い付いたとばかりに手を打った。私はいやいやと首を振ってみせるけど、何でか大介くんも乗り気なようで、そうだなって頷いてる。分かってる。私はここで、全力の拒否をしなくてはいけない。じゃないと……。


「素敵ね、愛されし子。幸せなお祝いだわ。わたしにも、協力させて頂戴」


 ほら、きた!メイヴが来ないはずがない!私は花の香りをさせながら抱き着いてきたメイヴに、私は必死に首を振った。お祝いとか、そんなのやらなくていいから!


「結婚したのはもっと後だし、お祝いってものでもないから……」


「日本だと、入籍日を結婚記念日にする奴等が多かったよな。式は、式場が都合よく押さえられるとも限らねぇし」


 また、コイツは余計なことを……!大介くんを睨みつけていたら、肩に回っていたメイヴの腕が離れた。代わりに、もっと太くて筋肉質な腕に後ろから抱き締められる。ええ、振り向かずとも分かりますとも。テレパシーしたのはどっちだ。ボータレイさんか、メイヴか。もしかしたら、こっちの会話を盗み聞きしてたのかもしれない。


「明後日で、カナエがここへきてから一年が経つ。祝いの席を設けよう」


 断言した魔王様に、大介くんがにんまりと笑った。どうせ、ご愁傷様だな、とか思ってるんだろう。ちくしょうめ。私はジラルダークの腕を遠慮なくべちべち叩きながら、真後ろにいる彼を見上げた。腰を屈めてるのだろう、思ったよりも近くにジラルダークの顔がある。顔だけ振り向いた私に、ジラルダークは目を細めて微笑んだ。


「派手なものにするつもりはない。魔神と、お前の面識がある領主や補佐官を呼んで、酒席を設けよう」


「充分派手なのですがそれは……」


「国を挙げて、祝宴を設けてもいいが?」


 冗談ではなさそうなジラルダークの物言いに、私は思い切り溜め息を吐く。がっくりと肩を落とせば、楽しそうに喉を鳴らす魔王様の息が首筋にかかった。


「ま、諦めて楽しむこった」


 うごごごご……!元凶が、何を言うか!絶対にとっちめてやる!エミリ、今どこにいるの?私、今猛烈にエミリに会いたい!ジャパン領の諸悪の根源を、けちょんけちょんに伸してほしい!


「それが愛されし子の望みなら。呼んでくるわね」


 メイヴがにっこりと笑って消えていく。メイヴを動かすほどに強い願いだったらしい。本能なのか、即座に腰を浮かせた大介くんに、私は思わず手を伸ばした。出ていくのを止めてほしいというのが伝わったのか、魔王様が同じように手を伸ばす。大介くんは、変な悲鳴を上げて硬直した。魔法で拘束されたらしい。


「まぁまぁ、ゆっくりしていってよ、大介くん」


「いやマジ、精霊の王といい魔王といい、手玉に取りすぎじゃね?夏苗ちゃん」


「どなたかと違って、カナエ様は人望がありますのよ」


 冷や汗交じりの大介くんに答えたのは、メイヴに連れてこられたエミリエンヌだった。ああ会いたかった!私の女神!そう思ってエミリエンヌに手を伸ばすと、エミリエンヌはとことこと私に近付いてきて、私の手を両手で握ってくれる。魔王様の拘束さえなければ、エミリエンヌを抱き締めるのに!


「お任せくださいまし。私が必ず、悪い領主を懲らしめて差し上げますわ」


「ああ、ありがとう、エミリ!頼りになるのはエミリだよ!大好き!」


 にっこりと微笑むエミリに伝えると、私の肩を拘束していた魔王様の腕に力が籠った。ぐえっ!?


「ちょ、ジル、くるし……」


「……すまない」


 少しだけ緩んだけど、依然としてジラルダークは私の肩を強く抱いたままだ。叩いてみても、ジラルダークの腕は緩まないし離れない。どうしたもんかと思っていたら、エミリエンヌがジラルダークを見上げて冷笑を浮かべた。


「正しく願いを汲むことで生まれる信頼もございましてよ、陛下」


 エミリエンヌの言葉に、ぐっ、とジラルダークが息を飲んだようだった。もう一度魔王様の方を振り向こうとしても、さっきよりも強く抱かれて後頭部がジラルダークの胸で固定されちゃってるから上手く振り向けない。硬直してる大介くんを縄で縛りながら、エミリエンヌが溜め息を吐いた。


「本日の執務は終わらせましたのでしょう?ご夕食は部屋にお運びいたしますから、ご夫婦でよく話し合われてはいかがですの?」


 エミリエンヌの言葉と同時に、目の前の光景が変わる。ぼふっと衝撃があって、私は後ろから抱き締められたままジラルダークの膝に座っていた。ええと、ここは寝室か。魔王様がベッドに座ったのか。で、その膝の上に座らされた、と。


「……あの日、お前を無理に連れ去ったのは、悪いと思っている。祝うことではない、とお前は言うが、俺はお前と出会えたことが何よりの僥倖だ」


「別に、嫌じゃないよ。私だって、ジルに会えて嬉しいもん。けど、その、みんなでお祝いじゃなくて……」


 私の肩に顔を埋めてしょんぼりしちゃった魔王様に、私は小さな声で話す。ジラルダークは私の腰の辺りを後ろから抱き締めたまま、じっと私の声を聞いていた。いやもう、大介くんが言わなかったら、こっそり自分の中でお祝いするつもりだったのに。


「ええと……、その、ジルと二人きりで、ゆっくりお祝いできたらなって、思ってたの……」


「!」


「オムライス、好きって言ってくれたでしょ……?だから、その、夕飯作って、一緒にお酒でも飲めればなって、思ってたんだけど……」


 やばい。言ってて恥ずかしいぞ。しかもこれじゃ、サプライズ失敗じゃないか。ああ、居たたまれない。しかも、ジラルダークの抱き着く腕がまた強くなってきてるし。苦しくないぎりぎりまで力籠ってるし。ああ、恥ずかしい。


「馬鹿なことを提案してすまなかった。そうだな、カナエと二人きりで、祝おう」


 ジラルダークが耳元で囁きながら、ちゅっと音を立てて耳たぶにキスをしてくる。くすぐったいやら恥ずかしいやらで、私は彼の腕の中で身を縮めた。ジラルダークはお構いなしに、ちゅっちゅしてくる。こうなっちゃうから、当日まで内緒にしときたかったのに!


「では、明日の夜に祝おうか。日を跨いで、二人きりで」


 二人きりってのを強調するなー!ああもう!もう!


 恥ずかしさに真っ赤になりながら、せめてもの抵抗でジラルダークの手の甲をつねる。緩められた腕に振り向いて、彼の顎にキスをした。当然の如く押し倒されながら、思う。エミリエンヌ、大介くんのことは、貴女に託したぞ、と。

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