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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
神の愛編
136/184

128.雪の花

 イルマちゃんたちが頻繁に悪魔城に遊びに来るようになってから四ヶ月。魔界の一年の周期が365日なのかは分からないけれど、また雪の深い時期になってきた。この世界にきてからはもう一年以上経ったのかな。この悪魔城に来てからは丁度一年くらいだろうか。ここへ来た当初も、こんな風に雪景色だった。もう、随分と昔のように感じる。


 そういえば、アサギナには雪が降らないらしい、はしゃぎまくった子供たちの相手を魔神さんがしていて、中庭が大変なことになっていた。子供の投げる雪玉を避けるのはいい鍛錬になります、とグステルフさんが真面目に言っていたのがちょっと笑えた。

 びちゃびちゃに濡れた子供たちをベーゼアが魔法で乾かしてくれて、村へ送ったのが夕方頃で。さて夕飯は何かな、と思っていたら、首から下げていたスマホ……いや、大介くん曰くどこでも電話が、空を自由に飛びたい願望とそれに応えるメロディーを奏でた。毎度毎度思うんだけど、どんな着メロ設定してあるのよコレ。着メロ設定の画面ないし。


『よっ、夏苗ちゃん。ダークには言ってあるから、ベーゼアに俺の城へ夏苗ちゃんを飛ばすように命令してくれ』


「へっ?何?どうしたの大介くん?」


『ま、いいからいいから。ああ、このままスマホをベーゼアに向けてくれりゃいいや。ホラ、早く早く』


 通話開始と同時に、大介くんがどんどん喋っていく。私は、深く考える間もないままに、ベーゼアへどこでも電話を差し出した。ベーゼアは一瞬不可解そうに眉を寄せてから、電話を受け取って耳に寄せる。


「……確認致します。……いえ、確認致しますので。…………それは、ですが、……かしこまりました」


 ベーゼアは頷いてから、私に電話を返してきた。耳に寄せると、大介くんが笑っている。うわ、あやしい。途轍もなくあやしい。


『んじゃ、こっちで待ってるからな!すぐに送ってもらえよ!すぐだぞ!』


 軽い調子で、大介くんの通話が切れた。どうしたもんかとベーゼアを見たら、同じようにベーゼアも困ったように眉尻を下げて私を見ている。


「ええと、何か急ぎの用事みたいだし、ジャパン領の大介くんのところに送ってもらってもいい?」


「ええ、それは構わないのですが……、いえ、カナエ様をお送りした後に、陛下に報告を致します。では、転送いたしますね」


「うん、お願い」


 頷くと、目の前のベーゼアが消えた。代わりに現れたのは、侍スタイルの大介くんだ。ここは、大介くんの執務室、かな?大きめの机と、山積みの書類がある。ボータレイさんはいないようだ。現れた私ににんまりと笑って、大介くんが何か布を差し出してきた。


「何かあったの?」


「まあまあ、何も聞かずにこれに着替えてくれ」


 布を受け取って、その重量に驚く。なんだこれ。布だけじゃない。これは……。え、てか、これって……。


「こんなの着れないって。私、そんなスキルないよ」


「オレの侍女が出来るからよ。ここの外に待機させてある。着替えたら、またここに来てくれ。折角だから、色々とやってほしいことがあんだよ」


 ニヤニヤ笑いながら、大介くんが言う。準備万端のようだ。これ、絶対ジラルダークに許可取ってない、よね?


「んーと、魔王様が激怒する可能性は?」


「夏苗ちゃんがノッてくれりゃあ、ゼロだな」


「…………」


 せめて、テレポートする前に言ってくれ。じゃないと、多分、すぐに気づくぞ魔王様。何となく、私に何をさせたいのか分かったけど、うーむ。私に出来るかなぁ。


「今日はいい感じに雪が積もっててな、夜も晴れそうだし、絶好のチャンスなんだよ」


「ああ、はいはい。言っとくけど、大介くんが怒られても私は庇わないからね」


「はっは、さっすが、夏苗ちゃん。ノッてくれると思ったぜ。んじゃ、早めに頼むわ」


 ベーゼアは、私を転移させた後に魔王様へ確認しに行くって言っていた。ってことは、もうそろそろ飛んでくるんじゃないかな。そう思いながら部屋を出て、侍女さんにお願いする。大介くんに予め言われていたんだろう、侍女さんはにっこり微笑んで着替えるための部屋に案内してくれた。


 さーて、やると決めたからにはしょうがない。メイドやるより精神的な負担もないし、ちょっとだけ面白そうだ。頑張ってジラルダークに喜んでもらおう。


 そう考えて、私は気合を入れるのだった。



◆◇◆◇◆◇



【ジラルダーク】


「うふふふ、愛されし子が楽しそうよ。よかったわね、悪魔の王」


 執務中に突然現れた精霊の王が、俺の視界を蠅のように浮遊しながら微笑む。精霊の王はいきなり現れたかと思えば、カナエの準備が整うまでカナエを見るな、追うなと注文を付けてきた。何があったのかと思えば、ベーゼアがダイスケのところへカナエを送ったという。全く、何を企んでいるのか。ダイスケが俺を裏切るはずがないと頭では分かってはいるが、そう簡単に飲み下せる感情でもない。苛々とした胸の内を紛らわせるために、机を指先で叩いた。


「そもそも、発案はダイスケであろう。何故、カナエの隷属であるお前が従っている」


「愛されし子の喜びが、わたしの喜びなの。喜びそうなことだったら協力するわ」


 なんと厄介な。カナエはそもそも内容を知らされていないようだ、とベーゼアは言っていた。つまりは、発案したのも実行したのもダイスケと精霊の王なのだろう。ニンゲンに近しい意思を持つ精霊とは、斯くも面倒なものなのか。


「ほら、悪魔の王。仕事を終わらせてしまわないといけないわ。可愛らしい愛されし子から、仕事だからと離されたくないでしょう?」


 それは当然だが、一体カナエに何をさせているのか。カナエが本心から嫌がれば精霊の王が察するだろうが、元よりカナエは物事を受け入れやすい。余程のことでなければ、笑って済ませるはずだ。それが彼女の美徳であり、俺の愛する一面でもある。


「ええと、悪戯好きの子は何と言っていたかしら……、悪魔の王が、遊郭に足繁く通う若旦那?だったかしら?」


 はあ?と疑問符が口から出そうになるのを堪えた。遊郭、とは確かニホンの……、いや待て。ダイスケは、本当に、カナエに何をさせようとしている?!


「もう少し待ちなさい、悪魔の王。それと、これに着替えさせてと言われていたのだったわ。魔法で着れるだろうって」


 精霊の王がもたらした情報に腰を浮かせた俺へ、何か布を差し出してくる。受け取って、瞬時に着替えた。エミリエンヌを呼んで、今日の分の業務は粗方片付けたと伝える。エミリエンヌは、俺の衣服を見てある程度察していたようで、こめかみをひくつかせながら笑んでいた。


「元凶は?」


「衣装の通りだ。カナエも俺も、巻き込まれただけだ」


「そうですのね。……今度という今度は許しませんわよ、あの唐変木……!」


 エミリエンヌの背後に燃え上がる闘気が見えたような気がするが、錯覚だろう。精霊の王が、まずは悪戯好きの子のところへ飛んでね、と告げた瞬間、俺は転移していた。目の前にダイスケが現れたと同時に斬りかかってやったが、構えていたダイスケはカタナで俺の剣を受け止める。


「あっぶね!ちょ、待て待て。オレを斬るかどうかは、夏苗ちゃん見てからにしてやってくれって」


「…………カナエを、待たせているのか」


 この部屋にカナエの姿はなかった。刃を合わせたまま、俺はダイスケに問う。ダイスケは俺の言葉に何度か頷いた。カナエを待たせるわけにはいかない。何事か知れぬが、巻き込まれてしまった彼女を早く回収しなくては。


「夏苗ちゃんは、二の丸にある別館の二階の一番奥、庭園がよく見える部屋にいるぜ。お行儀よく外から回っていけよ、ダーク。テレポートなんざするんじゃねぇぞ。ま、明日の朝まで、そっちにゃ呼ばれねぇ限り誰も入れないようにするけどな!」


 快活に笑うダイスケに、俺は一発蹴りを入れておく。それから、大介の言う別館へ向かった。テレポートをするな、という一言が気にかかって、念のため徒歩で目指す。積もった雪を踏みしめて殆ど駆け足で向かっていると、すぐに別館が視界に入った。

 二階の一番奥、とダイスケは言っていたか。そう思って視線を上げて、俺は目を見開いた。


 雪の積もる屋敷の屋根を、部屋から漏れる明かりが照らしている。その窓のところに、カナエはいた。目に鮮やかな赤い着物を纏い、普段とは随分と異なる濃い化粧を施し、朱を引いた妖艶な流し目でこちらを見下ろしていた。


 遠目でも分かる。ジル、と彼女の朱色の唇が動いた。ふっくらとした唇が、弧を描く。


 弾かれたように、俺は二階の窓枠へ飛び乗った。カナエは驚いたように目を見開いた後、爪に赤く色を乗せた指先で口元を隠す。くすくすと忍び笑うと、カナエの髪を飾る様々な簪が軽やかな音を立てた。するりと衣擦れの音を立てて、カナエが窓辺から身を引く。


「お入りなんし、主さん。わっちに会いに来てくれたんでござんしょう?」


 普段とは全く違う色香を放ちながら、カナエが目を細めて笑んだ。誘われるがまま、俺は部屋の中に体を滑り込ませる。白い肌の中で、ひと際目立つ朱の唇に、自然と目が奪われた。弧を描くそれは、俺の視線から隠すように指先で覆われる。何も言わず、同じように朱を引いたカナエの目元が楽しそうに細められた。

 見たいならば暴いてみろと、挑発をしているかのようだ。俺はカナエに手を伸ばして、彼女の腕を掴む。引き寄せれば、カナエは耳慣れた悲鳴を上げて俺の胸へ手をついた。しゃらり、とカナエの簪が澄んだ音を奏でる。


「主さんは強引でありんすね。……ふふっ、花魁の言葉って難しい。ね、ジル、びっくりした?」


 俺の胸にもたれるように身を寄せて、カナエが笑った。声も表情も普段と変わりがないはずなのに、酷く扇情的に見えるのは何故だろうか。


「ああ、とても。……お前の色香に気が狂いそうだ」


 俺の素直な感想に、カナエはおかしそうに笑い声をあげる。じゃれて俺の髪に指を絡めてくるその仕草すら、俺の中の欲を搔き乱して増幅させた。


「お酒も用意してあるんだけど、飲む?雪見酒だって」


「……そうだな。お前と共に味わおう」


 頷いた俺に、カナエは盃へ手を伸ばそうとする。だが、俺はその手を掴んで、そのままカナエの唇を塞いだ。舌を絡めて口付けるうち、カナエが俺の着物を掴んで艶めいた声を漏らす。たっぷりと口中を弄んでから、俺は唇を重ねたままに囁いた。


「こちらを味わった後に、な」


 カナエは瞬きを数度繰り返した後、仕方ないなと微笑む。許しを得て、俺は頭をもたげ始めていた欲望を解放した。


 同時刻、ダイスケがエミリエンヌに手酷く叱られていたようだが、俺からの叱責がなかっただけありがたいと思ってほしいものだ。

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